テオバルトが屋敷に帰宅すると、アルベルトがげっそりとした顔をして、テオバルトの自室で待機していた。
 その横には、宙に浮いた精霊。思わずバタンと自室の扉を閉めてしまい横にいるハクが驚いた顔で、テオバルトを伺い見る。

「うん、マリー姉様に帰宅の報告をしていなかったな」

 さも当然といった感じで、踵を返そうとするが、ガシッと腕を掴まれた。

「いつも帰宅の報告なんてしたことないだろう」
「アル兄さん、早い帰宅ですね。普段なら夜遅くまで騎士団の詰所にいますよね」
「あれが耳の横で五月蠅すぎて仕事にならない」

 アルベルトの必死な形相に、だから忠告はしたのにと内心毒つく。
 人に興味があり、しかも契約者の叔父の血縁関係者に姿を現してもいいと許可が下りたのだ。
 守る者の範囲に僕たちが含まれていると宣言していた精霊がこの絶交の機会を残すなんてことはない。
 そりゃー纏わりつくよね。叔父がいない分、四六時中アルベルトのそばにいたのだろう。

「アルベルト! 話の途中よ! レディに声を掛けず席を外すのはマナー違反よ!」

 腰に片手をあて、人差し指を忙しなく振り、プンプンと怒った表情でアルベルトの顔面間近にそれはいた。
 その移動速度に唖然としつつ、顕現している姿に屋敷の中だからと油断しすぎたと、侍女達に目撃されたら一騒動になると、その軽率な行動に頭を抱えたくなる。
 テオバルトはその被害者でもあるのだ。

「あらテオバルトにハクじゃない!!」
「ガルゥ!(フラウ、会いたかった!)」

 フラウの視線が、ハクとテオバルトに変わる。
 その隙を逃さすはずもなく、アルベルトは静かに後退し、テオバルトの真横まで移動していた。
 さすがの動きですと称賛しつつ、嬉しそうに返事をするハクの様子に、再び頭を抱えたくなる。

「面識がある……みたいですね」
「あぁ、そのようだ」
「あらハクとジークベルトは、わたしの友達よ! ここ最近、一緒に魔法の修練をしているのよね」
「ガウ!(そうだ!)」

 テオバルトとアルベルトの会話に、仲良く話をしていた二人が割り込んできた。
 ジークベルトは、既にフラウとの面識があり、頻繁に会っているようだった。

「魔法砂をプレゼントする予定だったのに、ダンジョンに移動したのよ。しかもわたしを置いて……」
「ガウゥ(置いてかれた)」

 目に見えて、二人が落ち込みだすが、アルベルトが空気を読まず、質問する。

「魔法砂とは?」
「ジークベルトが『ガラス石』作りを頑張っているのよ。失敗ばかりだけど、その原因がジークベルトの魔力の高さで、魔法砂が耐えられないの。だから、わたしの魔法砂をあげる約束をしたの。こんなことになるなら、わたしが持ってくればよかったわ。ヴィリバルトがもうすぐ伯爵になるからその用意で大変だったのよ」
「フラウ頼むから、そう言った重要情報はこぼさないで」
「重要情報?」

 サラッと重要情報を漏らすフラウに、テオバルトは眩暈がする。
 しかも、その自覚がないのだ。
 コテと首を傾けながら、テオバルトを見る仕草はあざと過ぎる。

「アル兄さん、知っていましたか?」
「いや、いま知った。おそらく上層部で厳守されているのだろう。新しく伯爵家ができるとなれば、古参が騒ぎ出すのが目に見えている」

 テオバルトの問いに、アルベルトは頭を振り、先のことを思ってか苦々しく顔を顰めた。
 アルベルトの様子を、気にすることなく無邪気な顔をしてフラウは続けた。

「伯爵は、先の戦争の実績で決まっていたのよ。断ったんだけど、色々と肩書きがあったほうが、うるさいのを片づけやすいから、面倒だけど貰うって言ってたわよ」
「そうか……。叔父上は一掃する気なのか……」

 フラウの話を受け、さらに顔を顰めたアルベルトに、テオバルトが一際明るい声をだして、その場を納めようとした。

「アル兄さん、今そのことを考えるのはよしましょう。フラウもこう言った事を口に出してはダメだよ」
「あらヴィリバルトが、テオバルトなら、なんでも話していいって言ってたわよ」

 フラウの言葉に卒倒しそうな衝撃を受け「ヴィリー叔父さん、なぜです!」と、頭に手を置き、天を仰ぐ。
 アルベルトが、そっとテオバルトの肩を叩いた。

「ガルゥ(フラウ)」
「そうだったわ! テオバルトにお願いがあるのよ!」

 ハクの呼びかけに、フラウはパンと手を叩いて、衝撃から立ち直れないでいるテオバルトに切り出した。

「お願い? あまり良い予感がしないのだけど……聞くだけ、聞くよ」
「あら簡単なことよ! わたしとハクをコアンの下級ダンジョンへ連れって行って!!」
「それは至極難しいお願いだね。ダメに決まっているよ」
「どうして?」
「ガルゥ?(なんで?)」

 テオバルトの答えに、涙目で訴える様は、とても同情をひく。
 この二人を並べるのは、悪手だ。思わずいいよと許可してしまいそうになる。
 はたから見れば、いじめているようにも見えるんだろうな……。

「ガウッ(ジークベルトが、テオバルトに外へ連れて行ってもらえるようにお願いしていいって言ってた)」
「そうよ! ジークベルトがいいって言っているのよ!」

 テオバルトは、ハクの言葉を理解できないが、フラウはその代弁者なのだろう。
 ジークベルトの許可云々は別として、ヴィリバルトがハクの暴走を阻止する役割を含め、フラウとアーベル家の接触を自由を許可したのだろう。
 おそらくそのお世話係は、テオバルトとアルベルトだ。

「えーと、ジークベルトは、ダンジョンの中だから連絡はできないよね?」
「あらジークベルトとハクは」
「ガゥッ!(ダメッ!)」

 フラウの言葉を遮るようにハクが吠えた。
 ムンクのような顔をしたフラウが、矢継ぎ早に言葉をつなげる。

「そうだったわ! 三人の秘密だったわ! テオバルトたちにも話せないわ!」
「うん。だったらその話はいいよ」

 テオバルトは即答する。
 その姿勢に疑問をもったフラウは、煽るように話す。

「あら興味がないの? ジークベルトが関わっているのよ? ヴィリバルトなら即食いつくわ!」
「うん、僕はいいよ」
「テオバルト、面白くないわ!」

 口を尖らせ、不貞腐れる精霊を見て、自分の選択肢が正しいものであると感じた。
 なんとなくだが、その話は聞かない方が身のためだと直感で察した。正直、頭痛の種はもうお腹一杯なのだ。
 アルベルトは、フラウの言葉に少なからず興味を持ったようだが、この小さな精霊が所持しているであろう大きな爆弾の数々が頭を横切り、テオバルトと同様、無関心を貫くことにした。
 ブラコンが精霊に負けた瞬間だった。

「わたしが人間サイズに顕現して、ハクをコアンまで連れて行くわ」
「絶対にダメ!」
「むぅーー。じゃテオバルトが連れて行ってよ」
「それもダメ!」
「ダメ、ダメ、ダメって…………。わかったわ! ならヴィリバルトからの報告はもうしないわ!」

 押し問答を続けていると、精霊が逆切れしました。
 プイッと横を向いて、承諾以外の言葉は受付ないようだ。
 その様子にアルベルトが、本当に仕方なく告げる。

「テオバルト、一度、父上に相談しよう。エスタニア王国の動向も気になるしな」
「わかりました。フラウにハクも、父様が外出の許可をすれば連れて行くよ」
「本当ね! 約束したわよ! 早速ギルベルトに会いにいかなきゃ」
「ガゥー!!(ありがとう!!)」
「いや、許可すればだよ……」

 テオバルトの声が聞こえたかは定かではないが、フラウはその場から消え、ハクは周りを走り回っている。
 あぁ、もうこれは確定事項なのだと、すぐに頭を切り替えたテオバルトは、道中の世話は、僕なんだろうなぁと、必要な物資などの手配を考えるのだった。