「さすが『アーベルレシピ』です!」
食卓に並んだ数々の料理を前に、興奮したエマが大声で叫んでいた。
その声量に食卓を囲んだ騎士たちから、非難めいたまなざしを送られる。
エマ本人も自分の声量に驚くぐらい自覚がなかったようで、大きな瞳を瞬せ、居心地が悪そうに小さくなった。
すると叔父が「これはジークが提案した料理なんだよ」と、助け舟をだした。
それを聞いたエマの瞳が怪しく光る。
あっ、これ、まずい。
アーベル家の料理人たちと同じ瞳だ。
「ジークベルト様は神様です!」
エマが、理解不能な言葉を発した。
横にいたカミルが「おいっ」と、慌てた様子でエマを諫めるが、興奮が最高潮となったエマの耳には聞こえなかったようだ。
「ジークベルト様! 他にもアイデアがありますよね。それを私に、私に、再現させてください!!」
その場でエマは頭を何度も伏せ「お願いします。お願いします」と、俺に嘆願してくる。
その度に、ドンッ、ドンッとした鈍い音が、食卓に響いた。
俺は若干引きながら「エマ、頭、大丈夫?」とうかがうも「大丈夫です。再現の許可をお願いします」と、真っ赤に腫れ上がったおでこを再び机に伏せた。
いやっ、大丈夫じゃないから! と、心の中で突っ込み、主人である王女に目配せをした。
エマの変化に戸惑いを見せていた王女は、俺の視線に気づくとひとつ頷き、エマを窘めた。
「エマ。ジークベルト様が困惑されているわ」
「姫さま……」と、王女の声にエマが、我に返ったような顔をした。
「たしか『アーベルレシピ』は、一般向けに発表されているもの以外は、門外不出のものと聞いたことがあるわ。発案者がジークベルト様でも、アーベル家ご当主の許可なく、レシピを教えることはできないのではないかしら」
「それは……」
王女の説明に、エマの顔色が変わる。
言葉を詰まらせながらも、あきらめきれない様子を見せるエマに王女がとどめをさした。
「わかりましたね、エマ。アーベル家とのご縁がなければなりません。いまはあきらめなさい」
「……はい」
下を向きながら返事をするエマに、僅かながらも同情心が湧く。
女の子を泣かせるのはつらいな。でもここは、心を鬼にしないと、あとあと面倒なことになる。
エマのあの瞳は……料理人たちの執着を思い出して身震いした。
「素敵な晩餐を前に、水を差すような行動をわたくしの侍女がして、大変申し訳ございません」と、王女が謝罪をした。
すかさず叔父が「『アーベルレシピ』をこれほどまでに評価して頂き、光栄ですよ」と、ウィンクしながら謝罪を受け取る。
「まぁ、ありがとうございます。アーベル様」と、王女の柔らかい声が響く。
その場の重々しい雰囲気が、一転して明るくなる。さすが叔父である。
ただ元をたどれば、叔父がエマの心に火をつけたことが原因ですけどね。
あの発言はぜったいにわざとですよね。
面白いことになりそうだと思って、助け舟をだしたように見せかけましたよね。
俺のジト目に気づいた叔父は、にこやかに料理の説明をしだした。
料理がいかに美味しいか、レシピを提案した俺がいかに優秀かを熱弁した。
その度に、エマの瞳が怪しく光ったことは、気にしないでおこう。
最終的には、全員が満面な笑顔で料理を味わい楽しんだ素晴らしい晩餐となった。