「ジークベルト様、素晴らしい戦闘でした!」
両手を組み瞳を輝かせて、俺を賞賛する王女。
その足元には、大量のオークのドロップ品が転がっている。
まさに異世界。
少し遠くから「危ないですよー。姫様ー。あわぁわぁー」と、心配するエマの声が途中で悲鳴に変わり、その姿は砂漠に埋もれていた。
近くにいた男騎士カミルが、二次被害も考えずエマのそばにより、一緒に砂漠に埋もれた。
「あっ、ドジっ子発動中のエマに近づくのは、危険なのに」
「カミルは、学習致しませんね」
その様子に、二人して苦笑いしつつ、魔法袋に戦利品を収める。
エスタニア王国の面々との距離が縮まるぐらい、踏破が近づいていた。
俺たちは、いま最下層手前の二十四階層にいる。
「これだけ倒しても、剣スキルは遠いか――」
二十四階層に到達するまでに倒したオークの数は数百に及ぶ。
伯爵から剣の指導を受けた翌日、叔父のスパルタ教育で、短剣スキルを取得するイベントがあった。
たった一匹のオークで、短剣スキルを取得できたことにも驚愕したが、何よりも俺の欠点がわかった。
俺はより強い魔物を倒すことで、修練が上がり剣スキルが取得しやすいと思い込んでいた。
だが実際は違う。
剣技でその個体にどれだけの決定打を与え、その身についたかだ。
短剣は俺の体のサイズに合い、剣技を活かした威力とそれまで修練した剣の基礎、努力が身につき習得となった。
レベルの概念で、数値や高レベルを追っていたが、ゲームの世界ではないと改めて認識した。
俺が他の人より身体能力が優れていても、努力をしなければスキルを習得することは難しいのだ。
気を引き締め、その後も伯爵から剣の指導を受け続け、いまのこの体を活かしてできる最大限の剣技を極めている。
徐々にではあるが、剣の扱いも上手くなっていて、剣スキルまであと一歩のような気もしている。
――戦利品を集める手を休め、物思いに耽っていた俺に「ジークベルト様……」と、気遣わしげな声が聞こえた。
はっとして顔を上げると、白い耳をペタンと下げ、その大きな瞳が心配そうに俺を見ていた。
庇護欲をそそる姿に思わず手が伸びていた。
「心配かけて、ごめんね」
とうとうやっちまったなとの本音とは裏腹に、王女の頭をなでる手は止まらない。
素直で本当にかわいいんだよね。
少しいい雰囲気に、お互い気恥ずかしさから動けないでいると「ジーク!」と俺を呼ぶ叔父の声に二人の距離があく。
砂に埋もれた二人を救出した叔父が、砂まみれ男騎士を地面に放り投げると『報告』で俺たちに伝える。
「最下層の階段手前で、今夜は野営をするよ。だから早く帰っておいで」
「はい。アイテムを拾い終えたら合流します」
俺も『報告』で、叔父に伝えると「了解」とすぐに返事がくる。
ヴィリー叔父さん、俺を呼んだの、もしかしてわざとですか?
とても助かりましたけど。
「ジークベルト様?」
王女があざとく首を傾げながら俺を呼びかける。
この仕草でまだ少女、末恐ろしいです王女様。
「最下層の階段手前で、今夜は野営をするそうです。アイテムを拾い終えたら、合流しましょう」
「はい。わかりました。ジークベルト様、なにかよそよそしくありませんか?」
「気のせいですよ」
王女の問いに素早く反応して返す。
俺のその態度に、王女はなにか言いたげな表情を一瞬するが、足元にあるアイテムを拾いだした。
無言でアイテムを拾う王女に、冷たい態度でごめんねと心で謝罪する。
王女との距離が近づきすぎたと反省した俺は、あと少しで別れる彼女の姿を目に焼きつける。
もうすぐ特別な時間は終わる。
適切な距離に。
このお方は王女。エスタニア王国の第三王女なのだから。
そして俺は、王女が発した小さなつぶやきを聞き逃した。
「いまは我慢のとき。今夜が勝負よ、ディアーナ・フォン・エスタニア」