夕食の準備がほぼ完了した頃、伯爵と叔父が調理場に姿を現した。
 伯爵は、俺の姿を捉えると、矢継ぎ早に質問する。

「カミルに伺いましたが、ジークベルト殿は剣を嗜んでいるとか」
「いえ、嗜みなどと言えるレベルではありません」

 俺は首を横に振り、否定した。

「失礼。ジークベルト殿は、魔法以外の戦闘スキルは所持されていないのですかな。いや答えたくなければ結構だが、興味があってね」

 俺の反応を見た伯爵が、言葉を慎重に選びながら俺に尋ねた。俺はそれに応える。

「戦闘スキルは所持していません。一応、父上に剣の手ほどきを受けています」
「そうですか! やはり男児たるもの戦闘スキルの所持を目指すものですな。よければ、ダンジョンにいる間、私が教授しますがいかがですかな」

 伯爵は、満足げにうんうんと、腕を組みながらうなずいている。
 その申し出に、俺は前のめりに返事をする。

「いいんですか!?」
「えぇ、もちろん!」と、伯爵は、にこやかに返事をした。

 なんてありがたい! 神が! ここに神がいる!

「助かります! じつは父上から八歳の誕生日までに、剣スキルを取得するようにと課題が出ていまして、もう時間がなくてあきらめていたんです」

 俺は興奮さめやらない様子で、事情を話した。

「またそれは、厳しい指導ですな」

 俺の事情を聞いた伯爵は目を見開き、少し驚いた顔をした。すると、伯爵の横にいた叔父が俺の事情を補足する。

「アーベル家は、剣の名家でもありますからね。私も幼少期は鍛えられましたが、あいにく相性が悪くてよく父さんに叱られていましたよ」
「アーベル殿でも、苦手分野はありますか! お父上のヘルベルト・フォン・アーベル殿は、我が国でも有名な武人ですからな! しかしアーベル殿は素晴らしい魔法の才能があるではないですか。戦闘スキルまで所持されたら、我々騎士は面目が立ちませんな!」

 叔父の苦戦話に、機嫌が上がった伯爵は、盛大に笑っていた。
 伯爵……。水を差すようですが、七年前の鑑定で、叔父は、戦闘スキルの剣・短剣・弓を所持しています。
 しかも、弓はLv6で、最上級レベルです。現在は、それよりもレベルが上がっていると思われますと、俺は心の底でそっとささやいてみた。

 夕食後、伯爵から指導を受けるため、小部屋から少し離れた広場で、俺は準備運動を始める。体がいい感じに温まってきたところで、伯爵と叔父が話をしながら現れた。
 王女たちも、見学するために集まってきた。
 全員が揃ったことを確認して、俺が魔法袋から黒い剣を出すと「その剣は!」と、叔父が驚いた声を出した。
 やはり叔父が、関係しているようだ。
 父上の態度から、黒い剣について、叔父が関わっているのだろうと、予想はしていましたよ。
 俺はなにも知らないふりをして、驚愕した叔父の反応に返すように、首を半分傾けながら質問する。

「ヴィリー叔父さん、この剣を知っているのですか」
「あぁ! 所有者がジークになっている」

 さらに大きな声をあげた叔父は、額に手をあて「兄さんから報告を受けてないんだけど……」と、周囲に聞こえないぐらいの声でつぶやいた。
 伯爵たちは、そんな俺たちのやり取りを不思議そうな顔をして、静観している。

「いや、うん。その剣は……。昔、私があるダンジョンで見つけてね、我が家の保管庫の奥底に封い……、しまっていたはずなんだけどね」

 やけに歯切れの悪い叔父の返答も気にはなったが、それよりも剣の保管場所に驚いて、思わず口に出していた。

「えっ!? 保管庫のわりと手に取りやすいところに、乱雑に置いてありましたよ」
「あぁ、そうだと思ったよ」

 叔父の反応から、剣は保管庫の奥にしまっていたのだと思う。
 誰かが移動させたのか。それとも剣が勝手に移動した?
 そうだったらホラーだけど……。

「……。呪いの剣では、ないですよね?」
「ん? それは大丈夫だから、安心していいよ」

 叔父は俺を安心させるように、頭をポンポンとなでて、苦笑いをする。
 いやいや、これだけ煽って、大丈夫だからで済まないですよ。安心できるはずないからね。

 俺が、不満げな顔を叔父に向けると同時に、伯爵が会話に割り込んできた。

「失礼。いわくありげな剣なのですかな。見た目は黒いが、普通の剣のように思えますがな」

 伯爵が興味深そうに剣を見ながら、叔父に尋ねると、叔父が俺に視線を移し口を開いた。

「ジーク、バルシュミーデ伯爵に剣を渡してくれないかい」
「はい」

 俺が伯爵に剣を渡すと、その腕が漫画のようにガクッと下がる。
「こっ、これは!」との伯爵の焦った声と共に、剣が俺にすぐ返却された。そして何度も手を開けたり閉じたりして、手の状態を確認した後、伯爵は、俺と剣に視線を向けた。

「ジークベルト殿は、重くないのですかな」
「いいえ、普通の剣と同じ……、いや、幾ばくか軽いかもしれません」
「軽いですか……。なるほど。アーベル殿、所有者限定の剣なのですな」

 俺の返答に、伯爵は納得したかのように大きくうなずくと、自信ありげに叔父に言った。それを受けた叔父が茶目っ気たっぷりに、黒い剣の特性を説明した。

「ご名答! さすがバルシュミーデ伯爵。今は鞘から出ているので、ジーク以外が持つと重くなり、鞘に収まれば、ジーク以外、抜けなくなります」
「ほぉー。まさに珍品ですな! 敵に剣を奪われても、攻撃される心配もない。素晴らしい剣ですな! それに──」

 剣の特性を聞いた伯爵は、興奮した様子で熱弁し始め、話が止まらない。
 叔父、わざと肝心な部分の説明を省きましたね。ほかにもありますよね? と目で訴えると、叔父はウィンクし、伯爵たちにわからないよう俺に合図する。
 叔父の仕草から、これ以上答える気はないと悟り、俺は追及するのをあきらめた。
 まぁ危険であれば、父上が黒い剣の所持を許可するわけがなし、叔父がこの場で回収しているはずだ。
 けど、叔父が保管庫の奥にしまって、言葉を濁していたが封印するほどのものだ。
 人目に触れさせたくなかったのか? なにかよほどの理由があったのだろう。
 叔父が黒い剣の所持を黙認したということは、その余程の理由は、すでに解決済みか、もしくは解決の必要がなくなった可能性が高い。
 呪いの剣ではないようだし、半年間この剣と修練を共にしてきたのだ。愛着はある。それに今さら、ほかの剣を与えられても、しっくりこない。
 んーー。もうこの剣については、深く考えるのは止めよう。

 結論が出たところで、修練場に足を踏み入れる。
 叔父が、修練に集中しやすいようにと、わざわざ小部屋に近い広場を見つけて、土魔法で、修練場を作ってくれたのだ。
 どこまでも過保護でござる。
 俺が修練場に入ったことを確認して、伯爵と男騎士もそれに続く。男騎士も一緒に指導を受けるのだ。
 女騎士は……。察してほしい。
 行動を共にして数日経っているが、女騎士と会話した覚えさえない。協調性の欠片がも ないようで、移動や食事以外は、顔を見せない。
 最近、王女付きとなったため、王女たちも性格などを把握しきれていないようだ。ただ王女や伯爵の命令は、素直に従っているため、騎士としての問題はなく、自由にさせているようだ。ちなみに剣の腕前は、男騎士より上だ。
 さて、集中。
 腹の中心に力を入れ、精神を統一する。
 剣を構え、素振りを始める。

「ほぉー。剣の構えは、素晴らしいですな!」

 伯爵が、俺の構えを褒めてくれた。
 前世では、剣道を習っていた。
 高校時代は、インターハイにも出場した実力だ。
 ただ準決勝直前に食中毒を起こし、救急車で運ばれた苦い思い出もある。
 あれも不運値のせいだったんだろうな……。
 雑念で、素振りが乱れる。
 集中しろ。油断すると、素振りでも怪我をする。
 竹刀と剣では、当然重さも違うし、剣道はスポーツだが、剣術は命を殺めるものだ。
 その違いは明白だ。
 一瞬の隙で『死』とつながるのだ。

「では、そのまま素振りを二百。型や剣技は自由だ」

 伯爵の指示に、俺は小さくうなずき、素振りを続ける。幼い体だが、体力には自信がある。
 額に汗が、ジワジワと浮き出てくる。
 俺は目の前に魔物がいることを想定して、体を動かし始めると、剣を縦に横へと流し、仕留めていく。



 ***



「アーベル殿、ジークベルト殿は、剣の素質がとても高いですな。半年前から指導を受けた動きではありませんぞ」

 ジークベルトの剣筋を見た伯爵は、感心した声でヴィリバルトに伝えた。

「ジークは、天才ですからね。騎士たちの面目が立ちませんよ」

 微笑みながら肯定したヴィリバルトは、ジークベルトの評価を簡潔に述べる。
 その評価を聞いた伯爵は「ふむ」とひと言つぶやくと、腕を組み、眉をひそめて考えだした。

「あの動きで、剣スキルがないとは……。ふむ。体が小さいため、剣技の威力がなく決定打とならないのだな。こればかりは実戦で経験を積むしかない。本人も自覚して、サイクロプスで実戦を積んだのですな、ふむ」
「普通の思考サイクロプスではなく、オークで修練するのが妥当ですけど。そこがジークですね」

 ヴィリバルトが、ジークベルトの欠点を指摘する。

「そうですな。実戦で魔物を倒せば、スキル習得が早くなりますが……。あの動きならオークは倒せますな。ふむ。剣スキルより、短剣スキルなら、すぐに取得できるのではないですかな」

 伯爵もヴィルバルトの指摘にうなずき、短剣スキルの取得の可能性を示唆すると、ヴィリバルトがそれを肯定する。

「そうですね。ジーク自身は気づいてないようですが、身内びいきではなく、戦闘スキル系の潜在能力は、どの分野でも芽が出ると考えています」
「末恐ろしいですな」

 伯爵がその大きな体をわざと震わせる。その伯爵の態度を見て、ヴィリバルトが誇らしげに言った。

「自慢の甥ですよ」

 伯爵と叔父が、そのような会話をしていたとは露知らず、俺は剣の修練を淡々とこなした。