「おい」
「なんですか?」
「お前、剣を使うのか? 魔術師ではないのか?」

 食事の準備中に、男騎士が俺に声をかけてきた。
 先ほどからチラチラ見ていた理由はそれか。気が散って、危うく包丁で手を切る寸前だったんだぞ! 怪我したら治せるけど、痛いじゃないか! 痛いのは嫌だからなっ!と、心で叫んでいると、男騎士の言葉遣いを気にした王女が注意する。

「カミル、ジークベルト様に対して、お前とは、失礼です。エスタニア王国の品位を問われます。気をつけなさい」
「姫様……。申し訳ございません」

 男騎士は、即座に片膝をつくと胸に手をあて、王女に頭を下げた。

「わたくしにではなく、ジークベルト様に謝罪なさい」
「……申し訳ございません。以後、気をつけますので、お許しください」

 すぐさま王女が謝罪先の指摘をすると、男騎士は、その体制のまま、体を俺に向け頭を下げた。
 王女は、その態度にとても満足そうだ。
 すぐに「気にしていないのでいいですよ」と伝えると、男騎士の眉間にくっきりとしわができた。
 あっ、しまった。
 この場合「以後、気をつけろよ」みたいなことを言うべきだった。あの言い方だと、男騎士なんて眼中にありませんと、言っているようなものだ。
 言葉って、難しい。
 まぁ真実、眼中にないんですけどね。
 気まずい沈黙が訪れる中、王女が場をつなぐ。

「ジークベルト様は、魔術師を目指されているのですよね?」

「えっ?」と、王女の思ってもいない問いかけに、きょとんとする。
 男騎士もそうだったが、なぜ魔術師なのだ?

「えっ? 違うのですか? 魔術師を目指されているものだと思っておりました。あれほどの魔法をお使いなのですから、魔法を極めて研究などの道に進まれるのかと、勝手に思っておりました」

 俺の反応を見た王女が、思い違いをしていたと気づき、その理由を述べた。
 その理由に納得した俺は、迷いのない声で答える。

「冒険者になる予定ですよ」
「冒険者ですか?」

 意外な職業に、王女は目を瞬かせる。

「えぇ、世界を見て回りたいんです」
「まぁ! ですが……、侯爵家がお許しになるのですか?」

 王女の金髪の上にある白い耳が、一瞬ピンと立つが、すぐに下がると、心配そうな面持ちで俺に尋ねた。
 素直でかわいいと、俺の王女の評価がまた上がる。
 すごく好感が持てる子だよね。

「僕は四男なので、自由にできるんです」
「そうなのですね。わたくしもお役に立て──」
「わぁー!!」

 俺の真正面でサラダを作っていたエマが、完成したサラダを運ぼうとして小石につまずき、盛大にやらかした。
 かかえていたサラダボールが宙を舞い、どうすればそんなにうまく着地するのか、逆さになってエマの頭をすっぽり収めた。おかげでエマは、体中が野菜とドレッシングまみれとなっていた。
 うん。ドジっ娘侍女ですね。
 当のエマは「わぁあぁぁーー」と、言葉にならない声を発している。
 まぁ、そうなるよね。
 うん、うん。手間暇かけたからね、そのサラダ。
 きっとおいしくできていたと思うけど、やってしまったことは、しかたない。
 そんなことより、まずエマのケアだ。俺が行動した直後、「貴重な食料を!」との男騎士の怒声が響き渡った。
 おいっ! 怒鳴るより先にすべきことがあるだろう。こいつまじでダメだ。
 男騎士の態度に、大きくため息をつく。
 ブチブチと女々しく、いまだ声を荒らげている男騎士を後目に無言でエマへ近づくと、頭からサラダボールを取り、体中の関節を手で触り、怪我がないか確認する。
 その行動に、エマが半泣き状態で答える。

「ジークベルト様、ずっ、ずみません」
「それより、怪我はないかい?」

 俺の問いかけに「ないです」と、エマは頭を横に振り、懸命に泣くことを我慢している。
 その様子を流しつつ、本人の申告とざっと見た感じから、膝と腕のあたりのすり傷だけのようだ。
 たいした怪我ではなくて、よかったと安堵する。
 洞窟の中にいるため、地面は土ではなく、堅い岩なのだ。
 下手をすると骨折する可能性だってある。

『聖水』と『微風』、それから『洗浄』だ。

 同時進行は難しいため、ひとつひとつ確実に魔法を施す。
 まずは『聖水』で、 膝と腕のすり傷を治療する。ついでに、見た目ではわからない打ち身も治療する。すり傷は、跡形も残さず、綺麗に消えた。
 よし。次は、エマの体に張りついている野菜を『微風』で、サラダボールに集め、魔法袋に片づけたと見せかけて、『収納』のゴミ箱へ格納する。
 最後に『洗浄』でドレッシングの汚れを落として、ミッション完了だ。
 うん。完璧。小石につまずく前のエマが、そこにいる。その仕上がりように満足する。
 当事者のエマは、緑色の瞳をパチクリとさせ、両手を見てから視線を上にあげる。

「あっ、あり、ありがとうございます!」
「たいした怪我じゃなくてよかったよ。サラダは気にしないでいいよ。予備があるからね」
「はい! ありがとうございました!」

 エマは、元気よく返事をすると立ち上がり、頭を下げる。
 その様子は微笑ましく、エマの性格のよさが滲み出ている。

「エマ、よかったわ。ジークベルト様、ありがとうございます」
「たいしたことはしてないよ」

 俺の行動を静観していた王女は、俺とエマの話が終わるタイミングで、声をかけ頭を下げた。
 さすが一国の王女! 胆が据わっている。
 侍女の失態にも動揺せず、俺が行動するとわかっていたようだ。内心はすごく心配していたようだが、感情を抑えて傍観していたのだ。
 王女の気持ちがなぜわかるか、いやだって、耳と尻尾が「心配です」状態だったのだ。
 エマの治療中、王女の金髪の上にある白い耳がピンと伸びてピコピコと動き、尻尾も忙しなく動いていた。これあきらかに心配している証拠でしょ。
 普段の王女なら、ポーカフェイスで喜怒哀楽が、周囲にわからないように行動しているはずだが、耳と尻尾が、王女の感情出しちゃってるんです。
 まぁそのおかげで、俺の王女の評価はうなぎ上りだ。
 ふたりが仲良く手を取り合って喜んでいる姿を横目に、魔法袋から料理長お手製の『アーベル風サラダ』を取り出し、エマへと渡す。
「わぁー、おいしそうですね!」と、王女がひときわ明るい声を出して覗き込むと、その場が一変、和気あいあいとした雰囲気に包まれた。
 その雰囲気に居づらくなったのだろう。男騎士は、そそくさと持ち場に戻っていった。