ディアーナ王女が「おいしいです」と、ニコニコして、食事をとり、その横に座っているエマが、ぎこちなくサンドイッチを口に含む。微妙な空気がただよう中、全員で食卓を囲んでいた。
 この空気を作った本人たちは、黙々と食事をしている。結局、食べるんなら、はじめから騒がなくてもよくない? そこは騎士の意地を貫き通してよ。とも思うが、伯爵の喝が、よくよく効いたのかもしれない。
 王女と同じ食卓を囲むなんて、由々しきことだと、一番最後に食卓に現れた男女の騎士が騒ぎだした。すると「有事でなにを言っている!」と、伯爵が黙らせた。この間、数分。あっという間の出来事だった。
 非難の的になっていたエマも「エマ、私の隣で食べましょう」との王女の一言で、困惑しながらも静かに席に着いた。
 ここはダンジョンだ。死と隣り合わせの場所である。身分など関係ない。

 まあそれはそれ。王国一行のゴタゴタは、伯爵に任せ、俺はマイペースに、エマが作ったスープを堪能していた。
 残り物から、これだけ素晴らしいスープができるとは、感心するほど、それだけ、エマが作ったスープは絶品だった。エマには料理の才能があるようだ。
 おかわりを所望したいところだが、雰囲気てきにも、今回は遠慮したほうがいいと、空気を読んで「ごちそうさま」と、手を合わせる。
 その作法にディアーナ王女が「失礼ですが、ジークベルト様、食前と食後の作法はどちらのものですか?」と、不思議そうに問う。「本の中に書いてあった島国の習慣です。食材の命を自分の命にすることへの感謝と、食材にたずさわるすべての人への敬意が込められているそうです」と、予め用意していた答えをだす。すると、王女が感心したように「それは素敵な習慣ですね」と、キラキラした瞳で俺をみた。「はい」と、無難に答えたが、どうも王女は、なにか思いちがいをしているようにみえる。
 叔父が「昔からジークは、不思議な行動をとるんだよね」と、フォローのようで、フォローではない発言に、ジト目になる。
 うん。叔父にだけは、言われたくない。

 全員の食事が終わり、今後の予定について伯爵が口にする。

「本日は、二十一階層の階段を目指すことでよろしいですか。アーベル殿」
「ん? まだ協力するとは言ってないよ」

 叔父の発言に、全員の動きが固まる。
 えっ? 叔父よ、何を言っているんだ? 昨日の挨拶で共に行動することになったのでは?
 俺の戸惑いを余所に叔父は言葉を続ける。

「一緒に行動をするなら、こちらの条件をのんでもらおう」
「なっ、なにを今さら言いだすんだっ!」
「だから一緒に踏破するなら、その前に条件があると言ったんだよ」

 男騎士が、狼狽するのも、しかたがない。
 俺も予想していなかった叔父の発言に心底驚いているのだ。
 騒然とした中、空気をかえる凛とした声が辺りに響く。

「条件とはなんでしょう」
「ディアーナ王女はさすがだね。落ち着いているね。私からの条件は一つ、踏破するまでの間にえたジークベルトに関する情報を黙秘する。もちろん誓約魔書にサインしてもらうよ」
「誓約魔書だと⁈ ふざけるなっ!」
「ヴィリー叔父さん………」
「ジーク、これだけは譲れない条件だ」

 叔父が真剣な表情で、俺に諭す。これはもう決定事項だ。俺の異常性を他国にバラさないための手段なのだ。

 誓約魔書とは、魔力で施行する契約書だ。
 その効果は著しく、誓約魔書に違反すれば、命を落とすことになる。そのため、一般的に使用されているのは、下位の魔約書だ。魔約書は違反した際の罰が予め指定でき、命を落とす心配はない。
 誓約魔書を持ちだすのは、よほどの事がない限りありえないのだ。

「誓約魔書を断れば」
「ここで解散だよ。君たちが短期間で踏破できるとは思わないけどね。その前に小さな事故があるかもしれないから気をつけてね」
「アーベル家の子息にそれだけの価値が……っ」
「言葉には、注意したほうがいい。たかだか小国潰すよ」

 男騎士が言葉を終える前に、叔父の周りの空気が一変する。
「ひぃっ」とエマが尻餅をつき、後ずさる。王女や女騎士の顔色が、一気に青白くなる。男騎士は、そのプレッシャーで、動けなくなっているようだ。
 伯爵は、額に汗を掻きつつ、叔父に問う。

「ジークベルト殿が、当代の『アーベル家の至宝』ということでしょうか」
「そうだよ。ジークに何かあれば、アーベル家を敵にまわすと考えてくれていい。その意味わかるよね? そうだね、大国を壊滅までに追い込むぐらいの戦力はあるよ」

 さらっと、恐い発言をしないでください。
 俺には、それほどの価値はありませんよ。評価が高すぎます。いくら誓約魔書で契約したいからと、言いすぎですよ。
 非難めいた視線を送ると、それに気づいた叔父が、ゆっくりとした口調で俺に伝える。

「ジーク、いい機会だから覚えておくんだ。君は自分が思っているより影響がある存在なんだよ。兄さんだけではない。アーベル家が、全力で君を守る。これが我が国の王族であってもかわりない。ジークに刃をむけるなら消えてもらうよ」

 ゴクッと、喉が鳴る。いま叔父はなんと言った。俺が王族より優先される? 不敬どころか、謀反とも取れる発言をしたのだ。
 その事実をのみ込めない俺に、叔父は優しい笑顔で、ポンポンと頭を叩く。

「いまは、頭の隅に入れておけばいいよ」

 叔父の真意がわからない。
『アーベル家の至宝』その言葉を何度か耳にしたことはある。あるが、それは言葉のあやで、アーベル家が俺を大事にしていると、外面的にアピールするための略称だと思っていた。
 まさか、アーベル家が国に謀反までしても俺を守るとは、考えてもいなかった。
 アーベル家の歴史は長い。マンジェスタ王国が誕生した際の立役者でもある。その功績から侯爵位を授かり、初代王の次男を婿に迎えている。
 その後も何度か王族から臣籍があり、マンジェスタ王国の『第二の王族』と陰で囁かれている。

「答えはでたかな?」
「誓約魔書を受け入れます」
「「姫様‼︎」」
「ジークベルト様に助けて頂いた命です。ジークベルト様にどのような秘密があるかはわかりません。ですが、ダンジョン踏破するまでの間にえた情報です。日常生活でそれを口にすることはない事柄なのでしょう。誓約魔書を受け入れることで、この状況を改善できるなら、わたくしは受け入れます」
「御意」
「私も姫様のご意志に従います」
「残りはどうするんだい」
「くっ……。姫様に従います」
「仰せのままに……」
「それはよかった」

 五人の意志を確認すると『収納』から紙を五枚出し、それぞれの前に置く。
 用意周到だ。叔父の中では、既定路線だったようだ。

「おっと、忘れるところだった。署名のあと血を一滴垂らしてね」
「血ですか?」
「えぇ。私の作成した誓約魔書は、署名だけでは発動しない仕様なんですよ」
「そうなのですね」

 王女は叔父の言葉を疑うことなく返事をすると、エマから針を借り、誓約魔書に血を落とす。
 パァーと、誓約魔書が光り、跡形もなく消えた。