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「今日の目標は、二十階層だ。日が暮れないうちに到達して、野営場所を探そう」
「はい!」

 朝食時に、魔法袋からサンドイッチを出したら、叔父に感激された。魔法袋の中身のほとんどが、食糧であることを伝えると、抱きしめられた。
 まさかチート叔父の『収納』が、容量だけ大きい、オプション機能が一つもない、ただの『収納』だとは、思いもしなかった。空間魔法の『収納』が、一発で成功すると、考えてもいなかったようだ。チートならではの失敗ですね。
 そのため、長期遠征は苦痛でしかなく、食事のためだけに、全力で暴れるらしい。
『赤の魔術師』の二つ名の背景が、食事環境だなんて……。うん聞かなかったことにしよう。
「時間停止付きの『魔法袋』を別に持ったらどうです?」と提案したら「その手があった!」と感謝された。うんうん。『収納』持ちは、気づかないもんですよね。

 叔父の『索敵』で十九階層の正しい階段を見つけ、その場所まで歩く。
 俺の『索敵』の十キロ範囲では、階段を見つけることはできなかった。この機会に『索敵』のレベルを上げ、範囲を広げるのだ。叔父に『索敵』のコツを聞きつつ、出会う魔物を殲滅する。
 特にホルスタインの団体は、逃がさない。ドロップ品が、牛肉と牛乳とチーズなのだ。おいしい魔物である。ドロップ品の中に加工品が、まじっているが、余計なツッコミはしない。そういうものだと、受け入れる。
 ドロップ品を『魔法袋』へ収納しつつ『収納』へ移しかえる。『魔法袋』の容量が、二畳分ぐらいなのだ。『収納』のダミーなので、小さくてもいいやと考えたが、それでも金貨500枚なのだ。
 一応、時間停止付きである。

 魔物を討伐しながら、やっと目的の階段に着いたころには、昼が過ぎていた。
 昼食にハンバーガーとフライドポテトを食べて、お腹を満たし、十九階層の森へ進んだ。
 ここでもすぐに、叔父の『索敵』で階段が発見される。近道をするため、道なき道を歩くことにした。叔父が先頭で、道を開けてくれるため、俺は快適なお散歩状態だ。この調子なら二十階層もすぐだなーと、のんきに歩いていると、白い塊りを発見した。

「ヴィリー叔父さん、あの白い塊りは何でしょう?」
「ん? あれは!」

 俺の疑問の声に、叔父が、白い塊りを視界に入れる。すぐに方向転換し、白い塊りへ突き進む。
 深い藪の中にそれはあった。大きな繭が三個、不気味な姿で、枝にぶら下がっていた。

「これはまた厄介な……」

 怪訝な顔して叔父が、繭を短剣で切り裂く。その中には、大柄な男がいた。
   
「息はないか……‼︎ この紋章は!」

 大柄な男が所持していた剣の紋章を見て、叔父が目を見開く。
 白狼に剣の紋章、どこかで見た紋章だな……。どこかの貴族の私兵かと考えていると、叔父が、残りの二個の繭も切り裂いていた。残念ながら、息はなかった。

「ジーク、他にも繭がないか探そう。Bランクのコールスパイダーが複数いるようだ。気をつけなさい」
「はい」
「ジーク、生命体の反応がある。私は右、ジークは左だ」

 俺と叔父は、手分けして辺りを捜索することにした。人の命がかかっているため、迅速に行動する。叔父の指示どおり、左に移動して『索敵』で、生命体を示しだす。
『索敵』は、レベルや熟練度が上がるほど、術者の希望にそったものを正確に見つけることが、可能だ。ちなみに、叔父の高性能な『索敵』は、余計な情報を出さないよう制限もできるようだ。さすがチート叔父。

「ヴィリー叔父さん! こっちに繭がある! 六個あるよ!」

 叔父に声が届くよう、大声を上げ、俺の背丈より高い繭を短剣でなんとか切り裂く。
 魔法は危険だ。万が一制御できなかったら中の人間まで切り裂いてしまうのだ。
 繭の中から小さな手が見えた。子供⁈ 慎重に切り裂いていくと、俺の年ぐらいの金髪の少女がいた。そっと首の動脈を確認し、口に手をあてる。

「息がある」

 僅かな反応だが、生きていることにほっとする。少女を繭から引き出そうとした時、真後ろから気配がした。
 慌てて、横に跳び回避すると、俺のいた場所に白い糸の束が着弾した。
 危なかった。
 気を引き締め、藪のなかに身を潜めていたコールスパイダーに向き合う。

 ん? 普通のコールスパイダーと色が違う! 変異種だ! Bランクの変異種って、Aランク相当だ!

 これはまずいと、叔父の気配を探る。数匹の魔物と戦っているようだ。
 後ろには、繭が六個、下手に逃げると繭を巻き込むおそれがある。ここで決着をつけるしかないか……。集中し、魔力循環を高める。
 幸いなことに、コールスパイダーの変異種は、俺の初動を待っているようだ。
 余裕があるね、それが命取りになるんだぞ。

『疾風』

 コールスパイダーの変異種と共に、後ろの木々がなぎ倒されていく。
 あちゃー、またやり過ぎた。
 昨日から修練している『疾風』は、叔父のインパクトが強すぎてイメージに残り、なかなか上手く扱えないのだ。
「シャー(イタイ)」と、怒った様子で、コールスパイダーの変異種が、木々の間から出てくる。
 仕留め損ねたようだ。威力が強くても拡散したら、結果はこうなる。コールスパイダーは、足を数本失い、身体中から体液がでている。

「ギャィーー(コロスーー)」

 かなり怒っている。でも初動を許したのは、君の判断で、君が油断したんでしょうよ。八つ当たりはやめてほしい。それに俺、蜘蛛、苦手なんだよね。

『灯火』

 十本の火矢が、コールスパイダーの変異種に次々と刺さるが、外殻が固いのか、ほぼ半分の矢が貫通していない。コールスパイダーが、反撃で白い糸を口から吐くが、俺の所まで届かない。だいぶ弱っている証拠だ。
 俺は、魔力を最大限に上げ、イメージを固めて集中する。

『熱火』

 大きな火の玉が、コールスパイダーの変異種に命中する。本来なら、この速度の魔法は回避できたはずだが、足を数本失くした影響で、バランスが取れず、素早く移動できなかったことが、致命傷となった。コールスパイダーを囲っていた火が消えると、そこには、最上級の絹織物が残っていた。

 森の中だが、火魔法の制御は完璧で、他に燃え移ることもなく、静かに鎮火した。だがそこには、風魔法で無残になぎ倒された木々と、いくつかのドロップ品が落ちていた。

「もう少し修練が必要だね、ジーク」

 肩を叩かれ、横を見上げると、苦笑いした叔父がそこにはいた。