まだまだ料理話は尽きないが、話が一段落したところで、料理人の一人がプリンを持ってきた。
あっ、忘れていた! ハクたちを待たせているんだった!
料理人たちに挨拶をし、また来ることを伝え、調理場を急いで後にする。
少し熱くなりすぎたかと反省するが、食事が充実するだろうとの満足感に胸が踊る。
今日の夕食が楽しみだ! 唐揚げを試すと言っていたな。ワクワクする気持ちを抑え、足早に自室へ向かう。
自室の扉の前で深呼吸をする。
ハクたち、すごく怒っているだろうな。プリンで機嫌がなおるほど単純ではないよね。
俺が悪いんだし、ここはあえて受け入れよう。
覚悟を決めて扉を開けた瞬間、顔面と胸にダブルタックを受け「うわぁ」と、その場で沈み込む。
「遅い! 遅すぎるわ!」
「ガルゥ!(遅い!)」
「ごめんね。新レシピを教えていたら、話が広がってしまったんだ。気が付いたら時間が経っちゃって……」
「新レシピ? ポテトチップス?」
「他もね、たくさん教えたから、今日の夕食は豪華になると思うよ」
「他ってなに? 美味しいの?」
「ガルゥ?(おいしいの?)」
「とりあえず、ぼくの上から降りてくれるかな?」
ハクたちは、怒りを忘れ、素直に俺の上から降りる。
そして促すかのように、テーブルの前まで行くと、俺を無言で見つめる。
はい。すぐにご所望の物を用意します。
空間魔法から、プリン、ポテトチップス、ポテトフライを取り出し、机に置く。
フラウは、プリンをパッと掴むと「うふふ」と笑いだした。
「これがプリン。ヴィリバルトが美味しいって、自慢していたものね。うふふ」
ハクは、ポテトチップス、ポテトフライに興味津々だ。
ちょこんとお座りしながら、俺の許可を待っている。
うちの子、賢いんですよ。待てができるんです。
その上、かわいいし、モフモフだし、かわいいし。
俺が悶絶していると、ハクがたまらず伺いをたてた。
「ガルゥ?(食べていい?)」
「いいよ」
美味しそうに食べるハクの姿に、頬がゆるみっぱなしだ。
うん。俺の決断は間違っていなかった。
これから、アーベル家だけでも食改革をしよう。
俺の前世の知識をフル活用するのだ。
あぁー楽しみだ。
父上にお願いして、ラピスが手に入らないかお願いしてみよう。
ラピスは、白米に似た穀物であることを確認している。
やはり元日本人は、お米が欲しいのだ。
想像しただけで、涎が口にわいてくる。
「ガルゥ!(おいしい!)」
ハクの歓喜の声をきいて、さらに決意を固くする。
こうして、アーベル家の食改革が始まったのだ。
「ヴィリー叔父さん、ここは、ダンジョンですよね?」
「うん、そうだね。おそらくコアンの下級ダンジョンじゃないかな? 私が王都付近で、入ったことがないダンジョンは、それぐらいしかないからね」
「ぼくは、なぜここにいるのでしょうか? フラウから魔法砂をもらうために、魔術団を訪れたはずなのですが……」
「いい質問だね。今、移動魔法の研究をしていて、『移動石』内にある移動魔法を取り出すところで、失敗したようなんだよ。ちょうどそのタミングで、ジークが訪問して、巻き込まれたと。んーー、新人に任せるには、早すぎたかな」
叔父は腕を組み、首を傾ける。その様子を横目に、俺は小さく溜め息を吐いた。
嫌な予感がしたんだよね……。
――三日前、俺は『ガラス石』の作成に、またしても失敗した。
フラウが、俺たちの前に現れて四ヶ月、その間、一度もガラス石を作成できないでいた。
魔力制御は、Lv5となり、魔力砂へ均等に魔力は、注げているはずだ。その証拠に濁った玉ではなく、透明な玉を形成できるようになっていた。
手にした瞬間、粉々に割れるという致命的な状況ではある……そもそも才能がないとか、そのような落ちではないと、そう思いたい。
粉々に割れた残骸を目にして「またダメだった」と、落胆する俺に、魔道具作りを興味深く見ていたフラウが「ジークベルトは、魔力が高すぎるから、魔法砂が、耐えられないのね。うふふ」と、さらっと有力情報を漏らした。
「いま俺の魔力が高すぎて、魔力砂が耐えられないと、そう聞こえたんだけど、聞き間違いだよね」
「あら、ほんとうのことよ!」
「聞き間違いではない?」
フラウ曰く、魔力は均等に混ざっているが、材料の魔力砂A-では、俺の魔力に耐えられず、形成した瞬間に割れるそうだ。
注ぐ魔力を抑えるか、魔力砂のランクを上げるしか、方法がないとのことだった。
しかも俺は、魔道具作成スキルを取得していないので、注ぐ魔力を極端に抑えたところで『ガラス石』の作成に成功する確率は、ほぼないに等しいらしい。
俺の数ヶ月間の努力……。泣いていいですか。
俺のひどい落ち込み様に「魔力が高いことは、とてもいいことよ!」と、慌ててフラウが、フォローする。
「わかっている。恵まれているのは、わかっているんだよ。だけど、俺の数ヶ月間は、返ってこないんだよーー。うぅ、うわぁーん」
俺を心配して、寄り添ってくれるハクのふわふわの毛に顔をうめ、泣く。現実逃避すること数十分。ハクの毛から顔を上げると、なぜか、フラウもハクの毛に顔をうめ、その柔らかさを堪能していた。
俺の憩いの場所が! ライバルの登場に少しあせるが、ハクの飼い主は、俺だから大丈夫、俺は寛大なんだと、自分に言い聞かせる。
「…………。フラウ、そろそろハクの毛から離れて?」
「気持ちいいから、いやっ!」
「ガルッ!(俺は、大丈夫だぞ!)」
我慢できず、フラウに離れるよう言うが、ハク本人が、了承してしまった。
そこは俺の場所なのにぃー。
はぁ……。ジタバタしても、状況は変わらないので、ガラス石作成の手段に思考を巡らせる。
魔力砂A+以上となれば、そう簡単に市場に出回ってはいない。
父上にお願いすれば、容易に手に入るが、それはしたくない。となれば、自力で確保だけど、入手場所が厄介だ。
俺の移動魔法で行けて、魔力砂A+以上が確保できる場所はあそこしかない。だけど、あの場所には、まだ近づいてはいけないと、俺の直感が言っている。
んーー。俺の情報網では、あと一つ確保できる場所を知っているけれど、嫌な予感しかないんだよなぁ。
その場所に行けば、ヘルプ機能が泣いて喜んでくれるはずだが、でもなぁ…………。
悩んでいると、ハクの毛から顔を上げたフラウが「精霊の森の魔法砂は、あるわよ! ジークベルトは、いつもおいしいものをくれるからあげるわ!」と、有難い申出をしてくれた。
**********************
せっかくのチャンスを!
クソ精霊、余計なことを!
**********************
いま、ヘルプ機能の罵倒が聞こえた気がした。
空耳だよね。
ヘルプ機能が罵倒……。ないないない。
ハハハハッ……。
幻聴は聞こえたが、三日後に魔術団へ行くことを約束した。残念ながら、ハクはお留守番だ。
魔術団は、主に魔術研究をしているが、魔物や魔獣の研究もしているので、研究対象として目をつけられると厄介だと判断した。
ハクは、白虎を『隠蔽』して、変異種のブラックキャットとしているが、実はブラックキャットも、王都付近では滅多にお目にかかれない貴重な魔獣なのだ。研究者からしたら、生唾ものだ。
アーベル家の後ろ盾があっても用心にこしたことはない。ハクに説明すると、渋々ながらも承知してくれた。
とはいえ俺自身も、研究対象として目をつけられる可能性が高いのだが、危険を冒しても行くしかないのだ。フラウに、魔力砂を持ってこさせることが、できないからだ。
以前フラウに、顕現について質問した時、顕現していない時は、人の目には見えないが、フラウが手にしたものは、消えることなく、その状態で見えるらしい。例えば、フラウが、ティーカップで紅茶を飲むと、他の人からは、ティーカップが、宙に浮いて、紅茶が消えていくように見えるそうだ。
想像してほしい。魔力砂が入ったビンが、宙に浮いて移動しているのだ。それを目撃した人は、どう思うだろう。
変な噂がたち、もし精霊がいると勘づかれたら、大変な騒ぎになる。それだけは、避けたいのだ。
叔父にお願いすることも考えたが、借りを作って、後々からまれると、面倒なので、リスクが一番低い俺が、魔術団に行くことにした。
***
王城の両側に、魔術団と騎士団の棟がある。
騎士団には、テオ兄さん同伴で何度か訪問したことがあるが、魔術団を訪問するのは、初めてである。
しかも今回は、一人での外出だ。
よくマリー姉様の許可が下りたなぁとも思うが、行き先が魔術団の叔父の部屋で、行き帰りが馬車での移動で、護衛も侍女も伴っている。この状況で許可が下りなければ、逆にマリー姉様を疑うレベルだ。
そびえ立つ棟の高さに圧倒されつつも、まずは、主である叔父へ先に挨拶をしようと、第三魔術団の執務室を訪問すると研究施設に通された。
そこは窓がない一本の暗い廊下で、等間隔で燭台が配置され、蝋燭の灯りが不気味に揺れている。
施設内には、一部の魔術団員と特別な許可がある者しか入れず、護衛と侍女が、俺一人で行動することに抗議をした。ただ団員は淡々と「許可がなければ、物理的に入れません」「ご一緒されてもいいですが、強制排除されます」「安全性は、保証されています」と、数十分の押し問答が終わり、結果、渋々だが護衛も侍女も、執務室で待機となった。
いやそれ以前にさ、研究施設に入れる許可が俺にあるのって、おかしくないかなぁ。誰も突っ込まないけど、俺まだ七歳だからね。まぁ叔父の血縁ってだけで、許可が下りてそうだけどね。
団員は、俺に叔父の居場所を簡単に説明すると、職務に戻っていった。
えっ? 案内してくれないのと、眼で訴えてみたけれど、通じなかったようだ。
正直、すっげぇー怪しくて、一人でこの廊下を歩きたくなかった。
叔父への挨拶は不要ではと、頭を過ぎるが、不義理は人としてだめだと、すぐにあきらめ廊下を見る。蝋燭の灯りが、俺の心をうつすかのように揺れていた。
暗い廊下は長く、まっすぐに見えるが若干曲がっており、途中で上がったり下ったりしていた。
慣れとはこわいもので、少し歩いただけで、先ほどの不安は消え、長く続く廊下に経費削減のためとはいえ、この演出はどうなんだろうと、歩きながら失礼なことを思っていた。
五分ほど歩くと、団員の説明通り、大きな黒い重厚な扉が現れた。黒い扉にはノブがなく、事細かな曲線が描かれている。
「えっと……。扉の左側に青の石があるはず……。あった! この石に魔力を込めればいいんだよな」
魔力を手に込め、青の石にそっと触れる。
青い石が魔力に反応し光ると、扉に描かれている曲線が流れるように光っていき、扉全体を覆うと、重厚な扉がゆっくりと開いていく。
大がかりな仕掛けに関心する。
あとで聞いた話だが、あの重厚な扉は『移動門』といい、希少な古代魔道具なんだそうだ。
現在の技術では作れないものらしい。移動先を指定できるが、登録できる移動先は四か所と少ない。
ただ、重要施設を守るための侵入者対策には、役に立っており、予め登録している魔力以外は、牢屋へ直行らしい。許可のある俺はもちろん、アーベル家の魔力は全員登録済みだそうだ。
扉の中へ進むと、廊下とは一変し、明るく開放感がある場所に出る。
「おぉー、怪しい施設から高級施設にランクアップ!」
声が反響する。
ドーム型の天井に、ステンドグラスが張り巡らされており、足元は白の大理石である。
ステンドグラスからの光が、大理石に反射してキラキラしている。
魔術団の棟内にこのような場所があるとは、予想できないものだ。
さて目の前には、赤・青・緑・黄・黒の五つの扉がある。
団員の説明だと青い扉に叔父がいるとのことだった。
青の扉の前に立つと、なぜか嫌な予感がした。
なんとなくだけど、いま扉を開けないほうがいいような気がする。
んー……。悩んだあげく、ここまで来て挨拶しないなんてない。
男は度胸だ!
勢いよく青の扉を開けた瞬間、眩い光に包まれ「あっ! やっぱり……」と、瞬時に理解して、あきらめた。
「ジーク!」と、叔父が慌てて俺の腕を掴み、気がつくと二人でここにいた。
王都から西にあるコアン。
別名『職人の町』『ホワイトタウン』と、呼ばれるこの町は、古くから下級ダンジョンがあり、初級から中級クラスの冒険者たちが、活動拠点としている。また王都からも近く、ダンジョン産の物資が多く流通し、老舗も多く、西の交易拠点としても有名である。
町の特徴として、建物が、白のレンガ一色で統一されている。そして、亜人が多く住んでいる町でもある。
巻き込まれ事故で、コアンの下級ダンジョンに、移動した俺たちだが、叔父の様子から、どうも雲行きが怪しいようだ。
「うーん。ダンジョン内に移動するとは……。予め設定されている座標が、暴走程度で狂うのか? そもそも大前提が、間違っているとしたら……。『移動石』の指定場所が、コアンの下級ダンジョンであれば、辻褄は合うが、誰が、何のために、これを用意した……」
先ほどから、叔父がぶつくさと、ひとり言を話している。考えごとは、口にだすタイプのようだ。
しばらく様子をみていたが、どうもらちがあかないので、俺が叔父に声をかけた。
「『移動石』の指定場所は、コアンだったのですか?」
「いいや、王都だよ」
「だいぶ座標が、ズレましたね」
「そうだね。魔法が暴走しただけでは、片づけられない事象だね」
「えっ? 魔法って、暴走するんですか⁈」
「もちろん。制御不能となって大暴走したあげく、暴走死亡なんてこともあるから、日々の修練は大事なんだよ、ジーク」
「暴走死亡……。そうならないよう日々、精進します」
俺の素直な返事に、叔父は頬笑み、頭をポンとさわる。その仕草は、父上と似ている。年が離れていても、やはり兄弟だ。
「さて残念なことに、ダンジョン内では、なぜか移動魔法が使えない。今回の件は、特例のため、カウントはしないで欲しい」
「はい」
「いい返事だね。その移動魔法の代わりが、階層スポットと、呼ばれるものだ。これは各階に設置されているが、いくつか条件がある。まず、移動できるのが、ダンジョン内の階層で、一度でも訪れた階層しか移動できない。例えば、パーティ内の誰かが、十階層まで踏破していたら、その人物と一緒に移動さえすれば、未踏破でも、十階層に移動することはできる。ただし移動の際、その人物に触れていることが、必須なんだよ」
「なるほど」
「私は、コアンの下級ダンジョンは、初めてなのだけれど、ジークもそうだよね?」
「はい。初めてダンジョンに入りました」
「そうだろうね。移動した場所が、下級ダンジョンで助かったね。これが上級だと少々厄介だった。いま私たちがいる階層は十七階。コアンの下級ダンジョンの最下層は確か……。二十五階だったはず。んー…。ダンジョンボスを倒したほうが早いかな?」
「ボスを倒すんですか⁉︎」
「ここのボスは、レッドソードキングだ。ジークでも十分倒せるよ」
「Bランクの魔物ですけど……」
はい。叔父スパルタです。
レッドソードキングとは、鎧と剣の魔物だ。
デュラハンとよく間違えられるが、レッドソードキングは、首があり、体長四メートルの巨体だ。特徴として、兜の中心に赤い石が付いている。この赤い石は、宝石のルビーです。
お金になる魔物だが、ランクが高くB、Bランクの冒険者パーティで、なんとか倒せる魔物だ。
それを俺一人だなんて、無理ですからね! チート叔父と一緒にしないでください!
「ジーク、お客さんが来たようだよ。実戦授業をしよう」
「えっ⁈ はい。わかりました」
前方に、オークが三匹現れる。
オークは、見た目はイノシシで、耳の横から角が生えている。低ランクの魔物で、俺でも余裕で倒せる。
『灯火』
精度が上がった『灯火』は、三本の火矢で、オークの眉間に命中し瞬殺する。瞬殺したオークが光ると、その場にオークの肉とオークの角が、ドロップされていた。地上と違い、ダンジョン内で魔物や魔獣を倒した場合、素材がドロップされる仕様なのだ。本の知識で知ってはいたが、初めての光景に興奮する。
すげぇーー! リアルゲームだよ!
やっべぇーー、興奮する! テンション上がる!
「オーク三匹じゃ敵にもならないね。うんうん。素晴らしい! 教えがいがあるね! ジークは、火魔法をよく使用するね。他の攻撃魔法は、使えないのかい?」
「いえ、最初に使った攻撃魔法が、火魔法で、熟練度も高いので、つい使ってしまうんです」
「なるほど。では、今日は風魔法の修練をしよう! ジークは『微風』は使えるね?」
「はい! 使えます!」
「では、その上の『疾風』を使おう。ジークの魔力値なら使えるはずだよ。まずは私がお手本をみせるからね」
先ほどまでの静寂が嘘のように、次々と魔物が、出現する。目の前に、赤色のオークの変異種とオーク四匹が現れた。
叔父が『疾風』と発すると、瞬く間に風が起こり、赤い角と肉がドロップされていた。
「えっ⁉︎」
一瞬過ぎて、開いた口が塞がらない。
魔法の発動は、確認できたけど、オークへの攻撃が、確認できなかった。早業過ぎて、参考にならないよ!
さきほどまでの興奮はどこやら、チート叔父の魔法に冷静さを取り戻す。足下に転がるドロップ品をみる。
一歩間違えれば、俺が、あぁなるんだよね……。ハッハハ……。
ダンジョン内で人が死ぬと光はしないが、放置すると一時間ほどで吸収され、装備品だけが残るのだ。
うん。俺、まだ死にたくはないから、慎重に行動しよう。
チート叔父から、早速学ぶのだった。
太陽が沈みかけ、広大な草原がオレンジに染まる。本当にダンジョンにいるのかと、目を疑う景色である。
十七階層は、洞窟だったので、時間経過がわからなかったが、十八階層の草原は地上と同じで、昼夜が、はっきりとわかる。
現在、俺たちは、コアンの下級ダンジョン、十八階層の中間地点にいる。
「さて今日は、ここで野営の準備だね」
叔父が、収納から『魔テント』をだし、野営の準備を始めた。俺もたき火ができるように、草を抜き、小枝を集めながら、自主的にお手伝いをする。
前世では、活躍の場がなかったサバイバル知識が、少し生かされたのが、地味に嬉しい。不幸体質だったので、キャンプなど、トラブルの原因になりそうなものは、常に回避していた。
本音を言えば、友人たちと一緒に経験して、遊びたかったが、迷惑はかけられない。だから、本や写真などで知識をえて、行った気分を味わっていた。
そんな俺を見兼ねた前世の両親が、家の敷地内にテントを張り、疑似体験をさせてくれた。家族みんなで、寝袋に入り、テントに一泊した経験は、前世の俺の行動を変えたきっかけだった。
パッキンと、小枝が折れた音がして、思考が現実に戻る。
ああ、またかと、止まっていた手を動かし、たき火の準備を再開する。
成長とともに、前世の記憶を思い出すことが、多くなった。おそらく実体験が、過去の経験や記憶を思い出させるきっかけになっているのだろう。
前世の俺は、何をするにも、あきらめの境地にいたので、その分、反動が大きいようだ。
すっかり日が暮れ、辺り一面、暗闇に覆われる。吸い込まれそうな闇を前に、ダンジョンは甘くなかったと、反省する。数日で帰宅できると、軽い気持ちで挑んだが、コアンの下級ダンジョンは、広大だった。
一階層辺りの面積の平均が、二千平方キロメートル。十七階層は、洞窟エリアのため、規模は小さかったが、草原エリアは二千平方を超える。その中で、下層に繋がる正しい階段を探さないといけない。階層によっては、階段が複数あり、偽物も存在する。偽の階段を降りると、だいたいの場合は、その階層の初めの位置に戻る。そう振り出しに戻るのだ。しかも『索敵』の範囲が小さいと、全体の把握が難しく、階段の発見さえ困難である。
広大なダンジョンほど、難易度が上がる。コアンは下級ダンジョンではあるが、踏破した冒険者は少ない。現に今日は、ひと組の冒険者にも会わなかった。
認識の甘さを再確認した。俺ひとりでダンジョン踏破は、辛うじてできても、数ヶ月はかかる計算だ。本での知識と実体験は、まったく違うのだ。
だが、心配は無用だ。俺には、チート叔父がいる。叔父の『索敵』は、範囲が広く、階段を間違えることもない。『何階層の階段』と示されるようだ。さすが、チート叔父!
最短で踏破することはできるが、チート叔父の能力でも、数日での踏破は、難しいようだ。
たき火のパチッパチッとした音が聞こえる中、夕食のオークの肉が焼けるのを待つ。
手持ち無沙汰だったのか、叔父は『収納』から何かを出し、忙しく手を動かしている。どうやら魔道具を作っているようだ。
普段の俺なら、その行動を凝視するのだが、心ここに在らずで、じっと、たき火の炎を見つめて、不安な気持ちを落ち着かせていた。
ひとつ、心配ごとがある。
外部へ連絡する『報告』が、使えないのだ。正確にいえば、使用できないのではなく、ダンジョン内での魔法の効力が、限定されているのだ。
そのため、ハクや父上たちと、連絡が取れていない。いま屋敷の中は、騒然としているのではないかと、暗に想像がつく。
特にハクが、心配だ。
ハクとは、魔契約を結んでから、このように長く離れたことがないからだ。
部屋の中で、すごく心配しているんじゃないかと、その姿を想像して、心が締めつけられる。
ふと魔道具を作っていた叔父と目が合う。叔父が、驚いた顔して、その手を止め、俺の頭を撫でた。
「ジーク、心配しないでも大丈夫だよ。研究施設にいる他の隊員が、私たちのことを報告していると思うし、私からもフラウに、兄さんへ状況説明するようお願いしたからね」
「えっ? フラウと連絡が取れるんですか⁈」
「魔契約しているからね。念話はできるよ」
「えっ? 魔契約すると念話ができるんですか⁈」
「絶対ではないけどね。ある程度の信頼をお互いもっていれば、できるはずだよ」
「そうなんですね!」
「でもねジーク、ハクとは魔契約をしていないから、念話はできな……聞いてないね」
叔父の情報に、沈んでいた心が浮上する。
魔契約に念話機能があるとは!
さっそく『ハク』『ハク』『ハク』……と、心の中で、呼び続ける。
俺とハクは、固い絆で結ばれている。絶対に念話ができるはずだ。根気強く呼び続けていると、ハクの声が聞こえた。
『ジークベルト!』
『ハク聞こえるかい?』
『ジークベルト!』
『よかった……』
『ジークベルトいまどこ? すごく心配した。マリアンネもテオバルトもみんな心配してる。ハクもすごくすごく心配した』
『心配かけてごめんね。いろいろあってね、コアンの下級ダンジョンなんだ』
『ダンジョン? 危ない! ハクも行く! すぐに行く!』
『ハク、ありがとう。大丈夫だよ。ヴィリー叔父さんがいるから、心配しないで、家で待っていてほしいんだ』
『ヴィリバルトが一緒?』
『うん。ヴィリー叔父さんが一緒だよ』
『…………わかった。ハクまつ』
『ありがとう』
『あした帰ってくる?』
『それが……数日掛かりそうなんだ』
『‼︎ やっぱりハクも行く!』
『ありがとう。俺は、必ず帰るから待っていてほしい』
『ジークベルトいないの寂しい……。ハクひとりいやだ……』
『ごめんね、ハク。寂しい思いさせて……。帰ったらいっぱい遊ぼうね』
『…………わかった。ジークベルト帰ってくるのまつ』
『ありがとう。明日、また連絡するね』
『うん。ジークベルト、はやく帰ってきて』
ハクとの念話がきれる。ハクの声を聞いて安心したが、寂しい思いをさせている現実に気持ちが沈む。
そんな俺の表情を見て、叔父が「魔契約は難しいができないこともないよ」と励ましてくれた。
ん? なんで魔契約なんだ? よくわからないが、すごく心配している叔父を安心させるため、ここは素直に頷いておいた。
オークの肉が、いい感じに焼け、少し早い夕食をとる。ダンジョンで、たくさん動いたので、お腹はペコペコだ。
野営なので、カトラリーが用意されているわけでもなく、俺の『収納』には、あるけどね。そのままオークの肉にかぶりつく。
うまいっ!
オーク肉の丸焼きは、美味でした。今生はじめてのB級グルメ? に、舌鼓をうつ。躊躇なく、オークの肉にかぶりついた俺を見て、叔父が、肩を下げて、申し訳なさそうに謝る。
「悪いね、ジーク。料理は凝ったものが、作れないんだよ」
「おいしいです」
「アンナが見たら、卒倒しそうだね」
「ん? あー、そうですね。でも、場面場面ではないですか? それに、おいしいです」
「そうだね」
叔父は苦笑いしつつ、オークの肉にかぶりつく。ただ肉にかぶりついているだけなのに、この人の所作は、なにをしても、優雅だ。見習わないといけないが、努力してできるものだろうかと、疑問に思う。
まあ、考えても無駄だと、これからの成長しだいと、棚上げしつつ、オークの肉を堪能した。ただ、毎日これはキツイよね。
『収納』に、料理長特製の唐揚げなどの揚げもの類や俺が所望した料理を忍ばせている。果物やお菓子などもあるんだけど、出したほうがいいよね。
数日分の食糧を『魔法袋』に移しておこうと、ダンジョン踏破にむけて、前向きに動くことにした。
***
「今日の目標は、二十階層だ。日が暮れないうちに到達して、野営場所を探そう」
「はい!」
朝食時に、魔法袋からサンドイッチを出したら、叔父に感激された。魔法袋の中身のほとんどが、食糧であることを伝えると、抱きしめられた。
まさかチート叔父の『収納』が、容量だけ大きい、オプション機能が一つもない、ただの『収納』だとは、思いもしなかった。空間魔法の『収納』が、一発で成功すると、考えてもいなかったようだ。チートならではの失敗ですね。
そのため、長期遠征は苦痛でしかなく、食事のためだけに、全力で暴れるらしい。
『赤の魔術師』の二つ名の背景が、食事環境だなんて……。うん聞かなかったことにしよう。
「時間停止付きの『魔法袋』を別に持ったらどうです?」と提案したら「その手があった!」と感謝された。うんうん。『収納』持ちは、気づかないもんですよね。
叔父の『索敵』で十九階層の正しい階段を見つけ、その場所まで歩く。
俺の『索敵』の十キロ範囲では、階段を見つけることはできなかった。この機会に『索敵』のレベルを上げ、範囲を広げるのだ。叔父に『索敵』のコツを聞きつつ、出会う魔物を殲滅する。
特にホルスタインの団体は、逃がさない。ドロップ品が、牛肉と牛乳とチーズなのだ。おいしい魔物である。ドロップ品の中に加工品が、まじっているが、余計なツッコミはしない。そういうものだと、受け入れる。
ドロップ品を『魔法袋』へ収納しつつ『収納』へ移しかえる。『魔法袋』の容量が、二畳分ぐらいなのだ。『収納』のダミーなので、小さくてもいいやと考えたが、それでも金貨500枚なのだ。
一応、時間停止付きである。
魔物を討伐しながら、やっと目的の階段に着いたころには、昼が過ぎていた。
昼食にハンバーガーとフライドポテトを食べて、お腹を満たし、十九階層の森へ進んだ。
ここでもすぐに、叔父の『索敵』で階段が発見される。近道をするため、道なき道を歩くことにした。叔父が先頭で、道を開けてくれるため、俺は快適なお散歩状態だ。この調子なら二十階層もすぐだなーと、のんきに歩いていると、白い塊りを発見した。
「ヴィリー叔父さん、あの白い塊りは何でしょう?」
「ん? あれは!」
俺の疑問の声に、叔父が、白い塊りを視界に入れる。すぐに方向転換し、白い塊りへ突き進む。
深い藪の中にそれはあった。大きな繭が三個、不気味な姿で、枝にぶら下がっていた。
「これはまた厄介な……」
怪訝な顔して叔父が、繭を短剣で切り裂く。その中には、大柄な男がいた。
「息はないか……‼︎ この紋章は!」
大柄な男が所持していた剣の紋章を見て、叔父が目を見開く。
白狼に剣の紋章、どこかで見た紋章だな……。どこかの貴族の私兵かと考えていると、叔父が、残りの二個の繭も切り裂いていた。残念ながら、息はなかった。
「ジーク、他にも繭がないか探そう。Bランクのコールスパイダーが複数いるようだ。気をつけなさい」
「はい」
「ジーク、生命体の反応がある。私は右、ジークは左だ」
俺と叔父は、手分けして辺りを捜索することにした。人の命がかかっているため、迅速に行動する。叔父の指示どおり、左に移動して『索敵』で、生命体を示しだす。
『索敵』は、レベルや熟練度が上がるほど、術者の希望にそったものを正確に見つけることが、可能だ。ちなみに、叔父の高性能な『索敵』は、余計な情報を出さないよう制限もできるようだ。さすがチート叔父。
「ヴィリー叔父さん! こっちに繭がある! 六個あるよ!」
叔父に声が届くよう、大声を上げ、俺の背丈より高い繭を短剣でなんとか切り裂く。
魔法は危険だ。万が一制御できなかったら中の人間まで切り裂いてしまうのだ。
繭の中から小さな手が見えた。子供⁈ 慎重に切り裂いていくと、俺の年ぐらいの金髪の少女がいた。そっと首の動脈を確認し、口に手をあてる。
「息がある」
僅かな反応だが、生きていることにほっとする。少女を繭から引き出そうとした時、真後ろから気配がした。
慌てて、横に跳び回避すると、俺のいた場所に白い糸の束が着弾した。
危なかった。
気を引き締め、藪のなかに身を潜めていたコールスパイダーに向き合う。
ん? 普通のコールスパイダーと色が違う! 変異種だ! Bランクの変異種って、Aランク相当だ!
これはまずいと、叔父の気配を探る。数匹の魔物と戦っているようだ。
後ろには、繭が六個、下手に逃げると繭を巻き込むおそれがある。ここで決着をつけるしかないか……。集中し、魔力循環を高める。
幸いなことに、コールスパイダーの変異種は、俺の初動を待っているようだ。
余裕があるね、それが命取りになるんだぞ。
『疾風』
コールスパイダーの変異種と共に、後ろの木々がなぎ倒されていく。
あちゃー、またやり過ぎた。
昨日から修練している『疾風』は、叔父のインパクトが強すぎてイメージに残り、なかなか上手く扱えないのだ。
「シャー(イタイ)」と、怒った様子で、コールスパイダーの変異種が、木々の間から出てくる。
仕留め損ねたようだ。威力が強くても拡散したら、結果はこうなる。コールスパイダーは、足を数本失い、身体中から体液がでている。
「ギャィーー(コロスーー)」
かなり怒っている。でも初動を許したのは、君の判断で、君が油断したんでしょうよ。八つ当たりはやめてほしい。それに俺、蜘蛛、苦手なんだよね。
『灯火』
十本の火矢が、コールスパイダーの変異種に次々と刺さるが、外殻が固いのか、ほぼ半分の矢が貫通していない。コールスパイダーが、反撃で白い糸を口から吐くが、俺の所まで届かない。だいぶ弱っている証拠だ。
俺は、魔力を最大限に上げ、イメージを固めて集中する。
『熱火』
大きな火の玉が、コールスパイダーの変異種に命中する。本来なら、この速度の魔法は回避できたはずだが、足を数本失くした影響で、バランスが取れず、素早く移動できなかったことが、致命傷となった。コールスパイダーを囲っていた火が消えると、そこには、最上級の絹織物が残っていた。
森の中だが、火魔法の制御は完璧で、他に燃え移ることもなく、静かに鎮火した。だがそこには、風魔法で無残になぎ倒された木々と、いくつかのドロップ品が落ちていた。
「もう少し修練が必要だね、ジーク」
肩を叩かれ、横を見上げると、苦笑いした叔父がそこにはいた。
発見した繭は、全部で十二個、生存者は五名だった。
七名分の髪の毛と遺品は、叔父が空間魔法で収納し、遺体は土の中に埋めることとした。放置しても、一時間後には、ダンジョンに吸収されるが、やはり人として埋葬はするべきだ。
叔父はすぐに移動するべきだと主張したが、俺が埋葬をしたいと我儘を言った。命の危険があるのは理解しているが、やはりそのままにはしておけなかった。
簡易な墓石を作り、手を合わせる。
「ジーク、そろそろ行くよ」
「ヴィリー叔父さん、ありがとう」
「君は、優しい子に育ったね」
頭をポンポンと撫でると、丸太の上に並べている生存者の方へ向かう。さきほど俺が変異種と共になぎ倒した木々が役に立っていた。
「この人数を運ぶのは、苦労するな『浮遊』」
ぼやきながらも、魔法を駆使する姿はさすがだ。数本にまとめた丸太が宙に浮いている。その上には人……実にシュールだ。
「ジーク、この森は早く出たほうがいい。下級ダンジョンでBランクの変異種が出現するとは、異常事態だ。二十階層の階段は、すぐそこだから急ぐよ」
「はい」
俺と叔父は、進む速度を上げるため『倍速』を使用する。森を切り開くため『疾風』を駆使して、『索敵』で二十階層の階段まで進む。
叔父は同時に四種類の魔法を使用しているが、涼しい顔をしている。さすがだなぁーと、目指す人が、すぐそばにいる環境に感謝し、遠いなぁーと、尊敬の眼差しで、見つめる。叔父の背中に一歩でも早く近づけるように、ダンジョン踏破するまでの間、多くのことを学び吸収するんだと目標を定めた。
一時間ほど歩いた先に、二十階層の階段を見つける。階段の幅が、丸太より大きく、そのまま下りても支障がなかったことは、ラッキーだった。
二十階層は、草原だった。
野営ができる場所まで移動すると、丸太を置き、それぞれの容態を確認した。生存者は、金髪少女、侍女、女騎士、男騎士、スキンヘッドの騎士だ。
外傷は、ほぼなく、全員気絶をしているだけだとのことだった。
丸太の上には、一際大きい繭が、一つ置いてあった。
叔父が研究のため、確保したのだ。その中身はスキンヘッドの騎士だった。
コールスパイダーの繭は、生命力を徐々に吸収し、繭を大きくしていく。大きければ、大きいほど、繭の中の生命力が高いということだ。つまり中の人物のレベルが高いことになる。だが、これほど大きな繭が完成することはまずないそうだ。
レベルが高い者ならその前に脱出するので、外傷がないことから、繭に包まれる前に、状態異常であったのだろうと分析していた。
叔父の説明に耳を傾け、大きな繭とスキンヘッドの騎士を交互に見る。
うーん、気になるけど、今はいいや。俺は鑑定の使用を控えている。叔父が既に情報を収集をしていると判断し、無駄な魔力は使用しないように心がけていた。万が一に備え、魔力を極力残しているのだ。といっても、『倍速』と先の戦いで魔力が余り残っていないんだけどね。
それに、この五人が、危険人物なら、叔父が野営場所に連れ帰るはずがないのだ。
そろそろ日が暮れる頃、俺が助けた金髪の少女が最初に目覚めた。
「うぅっん……。ここは……わたくしは……エマ! パル! あっ……」
少女は、急に起き上がったため、体勢を崩す。
慌てて駆け寄り、上体を起こし支える。白い耳がピコピコと動いている。
補足で付け加えておくと、少女には、白い耳と尻尾があった。繭から出した時に気がついたが、叔父の指示で詮索はしない。
「ありがとうございます」
「立てますか?」
「はい。立てます」
俺は少女をエスコートしながら、高貴な身分であると確信した。戸惑いなくエスコートされる様と、背筋をピンと伸ばし歩く姿勢は、優雅で品がある。手入れされた金髪の髪と琥珀の瞳、きめ細やかな白い肌に映える朱、耳と尻尾つきのまごうことなき美少女である。
焚き火の前に用意された椅子に案内し、果樹水を手渡すと、一瞬躊躇したが、コクコクと飲みほした。
ついでに、キャラメルも差し出す。
「あの、これは?」
「キャラメルってお菓子だよ。甘いもの食べると落ち着くよ」
「ありがとうございます」
昨日、空間魔法から魔法鞄へ移しておいて正解だった。
少女はキャラメルを口にすると、目を見開き、破顔する。うん。笑顔は最高の褒め言葉です。
「新作かい?」
「はい。叔父さんもどうぞ」
「うん、美味しい! 口の中に入れた瞬間、溶けるんだね。きみの発想力には、毎回驚かされるよ」
「貴方がお作りになったのですか?」
「いいえ、料理人ですよ。ぼくは、アイデアを提供しただけです」
「すごく美味しいです」
「まだあるからどうぞ」
「ありがとうございます」
少女の耳と尻尾がパタパタと嬉しい! を表現している。うん。ハクと同じだ。
俺と叔父と少女、まったりとした時間が流れていた。
雑談をしながら、少女が落ち着いたところを見計らって、叔父が切り出した。
「なぜあのような場所にいたのかな」
「わかりません。『移動石』を使用したら、魔物の巣の中にいて、次から次へと繭の中に……」
「それは災難だったね。ここがダンジョンであるのはわかるかい」
「そのようですね」
「『移動石』は、どこで購入したものかわかるかい?」
「わかりません」
「そうか、私たちも、同じようにダンジョンに飛ばされたんだよ。何かヒントがあればと思ってね」
「そうなのですか! お力になれず、申し訳ございません」
少女は申し訳なさそうな表情をし、耳と尻尾が下がっている。うん。ハクと同じだ。
その様子から少女が、嘘を言っているようには、みえない。それに叔父、少女の同情をさそうように、話を盛りましたね。俺たちは、実験の失敗で、ここに飛ばされたのであって、少女たちのように、故意に飛ばされてはいない。なにか考えがあっての発言だと思うので、黙っておきますが。
少女の後方から大きな影が近づいてくる。スキンヘッドの騎士だ。俺たちが雑談している間に、目が覚めたようで、丸太から下り、静かに状況を確認していた。俺と叔父は、気づいてはいたが、あえて無視をした。
少女は影に気づくと、後ろを振り向き「パル!」と声を上げる。その声は、喜色に溢れていた。
パルと呼ばれたスキンヘッドの騎士は、少女に対し力強く頷くと、叔父に向かい頭を下げた。
「貴殿が助けてくれたのか。お礼を申し上げる」
「貴方がたを発見したのは、この子だよ。助けたのもね。私は手伝っただけさ……。お行儀が悪いね!『守り』」
直後、丸太から火の玉と剣を抜いた男騎士が奇襲をするが、叔父の『守り』でひれ伏した。
「グッ」と男騎士の声が漏れる。
「さて、助けた恩人に対しての暴挙は、いくら頭が混乱していても、褒められたものじゃないね」
叔父の周辺から冷気が漂っている。ゴクリと喉が鳴る、すげー威圧だ。
威圧対象外の俺でも息をのむほどだ。直接威圧を受けている男騎士は、玉の汗をかき、顔色は白くなっている。
「このまま君たちをここで見放しても構わないんだよ。エスタニア王国のご一行殿」
「貴様‼︎」
「あれ違ったかい? 白狼と剣の紋章は、エスタニア王国だよね」
叔父のあからさまな挑発に、あっさりと乗る男騎士。這いつくばった状態で抵抗しようとするが、スキンヘッドの騎士が制した。
「貴殿のおしゃる通り、我々はエスタニア王国の者です。この者にはあとで強く言い聞かせますので、貴殿の怒りをおさめては頂けないだろうか」
叔父とスキンヘッドの騎士の視線が交差する。
しばらくして、叔父の威圧が緩和されていく。ほっと、安堵の息を吐き、俺は叔父のそばに寄る。万が一、交戦となった時に、邪魔をしないように、叔父が逃走することはないと思うが、逃走がしやすいようにだ。
俺の行動に、叔父の眉が上がり、俺の頭に手を置いた。満足いく行動だったようだ。