目覚めると、誰かに抱かれているようだった。
 視界がぼやけて、状況把握ができないが、人肌を感じる。
 真上から女性の声が聞こえた。

「リア様、元気な男の子ですよ」

 重心が急に不安定となり、暖かく心地よい優しさに包まれる。

「やっと会えたわね、私の坊や」

 頬を数回撫で、額に柔らかいものが落ちる。
 リアとは、今生の俺の母のようだ。その腕の中は、懐かしい匂いが鼻孔をくすぐり、心地よい安堵感と満足感に浸る。
 一生ここにいたいと、願ってしまう。俺、幸せだ。もう転生とかどうでもいいや……。
 思考が停止し、うつらうつらし始め、しばらく幸せな世界の中をまどろむ。
 身体が宙に浮く感覚に、ハッと意識が浮上する。この幸せな世界から遠のいていく。
 いやだ! 思わず抗議の声を上げた。

「ぁ……ぁ……あぅ!」

 自分が発した声でない声に驚いて、眠気も吹っ飛んだ。
 赤ん坊のため、声帯が上手く使えない。言語スキルが、付与されていても、発声面の技術が備わっていないため、言葉が発生できないのだ。
 当たり前か……。俺、赤ん坊なんだ。記憶を持ったまま、まじで転生したよ。
 生死案内人の説明、実は半信半疑だった。あの場面で疑う余地はなかったけど、都合がよすぎたのだ。
 実際に経験すれば、無駄話せず、色々と詰めておけばとの後悔もあるが、どちらにしろ時間切れで、強制退場だった。
 心残りは、前世の家族に別れを伝えられなかったことだ。
 事故死だから、その機会はないけれど、生死案内人に、手紙などを託せたかもしれない。
 俺が、突然死んで迷惑をかけただろうな。感謝しかないが、名前が消えた影響か、家族との思い出も、気持ちも、だんだんと希薄になっている。
 おそらくこれは、転生したからだ。
 新しい人生に、前世の記憶はあるが、感情が伴わないのだ。もう記憶ではなく記録だ。自分を構成する性格や精神年齢は、そのままだ。不思議な感覚だけれど、違和感はない。俺であることには、変わりないのだ。

 さて、気持ちを切り替えて、現状を把握しよう。
 転生先が、成人男性なんて上手い話はなく、現状の俺は、生まれたての男児だ。
 うん? ちょっと待て?! うわぁー。……気づいてしまった。
 誰しも経験し、生きるためには必要なことだが、母乳やオムツの経験は、記憶から抹消できないものかと思う。
 はっははは……。そこだけ切り離すことは、難しいよね。
 まさか転生のアドバンテージが、最初に悩む要因になるとは、精神年齢が高い分、受け止めるのに時間が掛かりそうだ。

 現実を直視する間に、母リアとの対面は終了となったようで、一定リズムの振動に、どこかに運ばれていると感じた。
 視力が発達していないので、視界がぼんやりとしか見えない。
 この状態だと、何も情報が収集できないな。新生児の間は、行動に移せないか……。
 あっ、そうだ! 生死案内人から付与されたスキルを活用しよう。
 特典で貰ったスキルは、言語、成長促進、鑑定眼だ。
 言語は、自動的に使用されている。母と女性の会話を理解できているので、問題はないようだ。
 成長促進は、後々活躍するスキルだが、今望んでいるものではない。
 鑑定眼。これだ! 早速使って………。
 スキルの使用方法を聞いていないぞ!
 言語と成長促進は、自動スキルだ。鑑定眼は、どう考えても手動スキルだ。もし自動なら、そこら中を自動鑑定して、過剰な情報量で、俺がプチパニックを起こしているはずだ。手動となれば、普通はあれしかない。無理だとは思うが、お約束の方法を試してみる。

「ぁ……ぅぁ」

 ですよね。やはり言葉を発することはできない。
 だとすれば、心で念じるしか方法はないが、おそらく対象を認識して念じればいいと思う。
 都合が良いことに、俺は運ばれていて、視界いっぱいに、一人の女性を認識できる。
 この絶好の機会を逃すことはしない。視界いっぱいの女性を意識して、心の中で『鑑定眼』と念じた。
 突如、頭の中にステータスが表示された。


 ***********************
 アンナ・テレマン 女 45才
 種族:人間
 職業:侍女長
 Lv:15
 HP:70/70
 MP:40/40
 魔力:35
 攻撃:38
 防御:53
 俊敏:58
 運:39
 魔属性:水

 戦闘スキル:体術Lv6
 魔法スキル:水魔法Lv3
 技能スキル:家事Lv7、料理Lv4、作法Lv6、執事Lv5
 **********************


 おぉー。成功した!
 ステータスは、ゲームの世界と同じ仕様だ。
 HPとMPはわかる。他の内容も大体理解できるな。スキルも知識内にあるものだ。
 よかった。理解できる範囲での鑑定結果に、心底安堵する。
 残念なことに、俺の知識は、某有名ゲームを簡単に攻略したぐらいしかないのだ。
 こんなことなら、前世の妹が、推薦していた転生もののラノベシリーズ、後回しにせず、読破すればよかった。後悔先に立たず。
 知識がないものは、どうしようもない。今できることをしよう。何事もポジティブにだ。
 せっかくアンナの情報があるのだ。そこから考えてみよう。
 アンナの年齢と経験を加味すれば、Lvとスキルの取得率は、一般的に高いか低いか、どちらなんだろう。
 まずこの世界の基準がいるな。
 手始めに、周囲の人の情報を取得して、統計をとることから始めよう。幸い記憶力は、人並み以上に良いので、困らないはずだ。
 前世の俺なら、手っ取り早く、本で知識を取得することを選択するが、読むことすら不可能だ。
 あっははは。行き詰まり感ハンパねぇーー。けれど、楽しみは多いぞ!

「アンナ!」

 前方からの甲高い声に反応して、アンナはその場で立ち止まる。
 パタパタとした足音が間近まで近づき止まると、アンナが、落ち着いた口調で窘めた。

「マリアンネ様、淑女はいかなる場所でも優雅に、廊下を走ってはなりません。上品にかつスマートに歩くのです」
「ごめんなさい。つい、ついね。アンナたちの姿を見つけたら、駆け出してしまったの。次からは気をつけるわ。だから、今回は大目に見て、お願いよ」
「日常生活が、所作にでることをお忘れなく」
「はい。わかったわ。普段から気をつけるわ。ねぇ、それよりも、私たちの弟を見せてちょうだい」
「まったく、仕方がありませんね」
「ありがとう。アンナ。大好きよ。うわぁ、この子が、私たちの弟なのね。うふふ、可愛い。お母様と同じ銀髪で紫瞳! お兄様たちが見たら溺愛するわね」
「はい。そうですね。リア様に大変似ておいでで、旦那様も大変お喜びでした」
「お母様は、ご無事?」
「はい。とても元気にされております」
「そう! それはよかったわ!」

 頭上での少女とアンナの会話に耳を澄まし、第三者からの外見報告に唖然とする。
 転生先が、中世ヨーロッパ風な世界観だと、生死案内人の説明にもあったので、外見も洋風だろうと、予想はしていた。その中でも銀髪で紫瞳は、珍しいのではないかと思う。
 なんとなくだが、母リアは、外見も内面も、ズバ抜けて美しい人だと思う。
 あの抱擁感の持ち主が、不細工だとは想像し難いし、俺の勘では、極上の美人のはずだ。
 父とは対面していないので、容姿の判断もつかないが、アンナの職業から、おそらく貴族ではないかと、判断できる。
 貴族のイメージで浮かぶのは、お金と権力と端整であることだ。ごく一部にあれはいるが、ほぼ美形のはずだ。
 今ある情報と、前世の知識から想像するに、俺の容姿は…………。
 あまり嬉しくないな。贅沢だと我儘だと罵ってくれてもいい。ブ男より、美男のほうがいいに決まっている。
 偏見があるかもしれないが、銀髪、紫瞳って、美少女なら許容範囲だが、男でその外見は痛い人に見える。
 俺の知識が偏っているのかな。いや、そんなことはないはずだ。
「ぁ……あぅっ」と、思わず声がでた。

「あら、どうしたのかしら?」
「マリアンネ様に、ご挨拶をされているのではないでしょうか」
「まぁ! うふふ、私があなたのお姉さんよ」

 的外れの二人の会話に抗議をしたい。
 おっ! 視界に影が二つ認識できる。
 俺が、声を出したことにより、少女マリアンネとの距離が、更に近づいたようだ。
 今なら鑑定眼が、成功する可能性が高い。
 少女の影を意識して『鑑定眼』と念じると、突然視界が暗転した。



***




 気がつくと、フワフワとした暖かい物の上に寝かされていた。
 ベッドかな? 周りの気配を窺うが、誰もいないようだ。
 前後の記憶が曖昧だ。
 えーっと、鑑定眼を実行して、意識が落ちた……?
 赤ん坊の体力を考えれば、疲れて寝てしまったのかもしれない。
 それにしては、突然すぎるような気もするが、そこを掘り下げても、答えはでない。精神年齢が高い赤ん坊なんて、前代未聞だもんなぁ。
 それより、少女の鑑定は、失敗したのか?
 んーー……。理論的に考えれば、成功するはずだったんだが、情報を確認した記憶がないことから、失敗したのだろう。
 鑑定眼は名の通り、眼で対象物を認識して実行するものだと考えている。だけど、俺は赤ん坊で、視力が発達しておらず、対象物を捉えることができない。複数人いる状況では、対象を特定できずに失敗するか、その場全員の情報が取得できると、予想した。結果、失敗したことになる。
 んーーーー。わからないなぁ……。
 確かに二つの影を認識したが、マリアンネを意識して、鑑定眼を実行した。
 アンナと同じく、個人を特定したので、失敗するはずはないのだが、この理論に自信があったんだけどなぁ。やはり視力が発達していないことが、致命的だったのかと思う。
 そうなると、次は俺自身だ。能力の把握は不可欠だ。
 自身に向けて『鑑定眼』と念じる。


 ***********************
 ジークベルト・フォン・アーベル 男 0才
 種族:人間
 職業:侯爵家四男
 Lv:1
 HP:8/10
 MP:50/100
 魔力:100
 攻撃:10
 防御:10
 敏捷:10
 運:200
 魔属性:全属性

 身体スキル:毒耐性Lv5・麻痺耐性Lv4・状態異常耐性Lv3・闇耐性Lv3・呪耐性Lv7
 上級スキル:鑑定眼Lv-
 固有スキル:言語完全理解Lv-・成長促進Lv-
 加護:転生祝福
 称号:幸運者

 スキルポイント:1000
 **********************


 さてさて、色々と突っ込みたいステータス内容だ。
 時間はたっぷりあるので、ゆっくりじっくり確認しますかね。
 俺の今世の名前は『ジークベルト・フォン・アーベル』元日本人からすると、横文字にかなりの違和感があるが、まぁこれもいずれ慣れるだろう。
 侯爵家の四男か。俺の知識に間違いがなければ、侯爵の地位はかなり高いはずだ。
 マリアンネが『姉』と名乗っていたから、今把握できるだけで、五人兄姉だ。
 身の回りの物の感触からして、不自由なく養えるほどの裕福さとみた。

 次はステータス値の確認。
 魔力とMPが非常に高いのは、特賞効果の全属性適合のためだと想定。
 運値は、称号の幸運者の影響を受けているのだろう。
 その他は、アンナと比較しても低いから平均的なのだろうか?
 いや、Lv1だと考えれば、この数値は高い。
 初期値ボーナスが、あるかもしれないなぁ。まぁ、いっか。いまそれを気にしても何もできないもんなぁ。そこはおいおいでいいや。
 HPは、体力が消耗して下がっているようだ。
 自然と下がるのか、攻撃されないと数値に変化がないと勘違いしていた。
 完全なるゲーム脳だ。ここはゲームではなく、現実世界だと、頭では理解しているつもりだったが、スキルやステータスなどのファンタジー要素に、どうも浮きだっている。
 気持ちを引き締めなおさないと。ん? MPが半分なのはなぜだ。
 考えられる原因は、鑑定眼だが………。
 んん? なんだこれ?


 **********************

 鑑定眼:鑑定の上位スキル。鑑定Lv10で取得可能。MP消費50。

 **********************


 突然、頭に甲高い音が鳴り響き、鑑定眼の詳細が表示される。
 びっくりした! ほぼ身動きがとれない身体だが、一瞬ケツが浮いたぞ。
 はい。鑑定眼の超便利機能発見! 知りたい情報を選択すると詳細な内容がわかるようだ。
 この情報から、鑑定眼のMP消費は50であることが判明。MP消費量が多いか少ないかは、下位スキルの鑑定を使用して比べてみよう。
 下位スキル使えるよね?


 **********************

 上位スキルの取得可能条件である、下位スキルは使用可能。

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「ピコ」との電子音とともに、下位スキルの情報が表示される。
 おぉーー! ヘルプ機能発見!
 鑑定眼、かなりの便利スキルだ。情報収集の救世主ともいえる。
 これで、動けない赤ん坊の間も、時間を有効活用できるし、有難い機能だ。
 鑑定眼を二回使用すると、ちょうどMP0になる。毎日二回が使用限度かな。いや、MP回復も考えれば、三回は使えるな。ところでMP0になるとどうなるんだ。


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 MP:精神力、魔法・スキル使用時に必要となる。0になると気絶する。

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 はっははは。さっき気絶していたのか……。
 鑑定失敗とかの問題ではなかった。これは気をつけて、鑑定眼を使用しないといけない。度々気絶していたら、身体が保たない。

 さぁ、気を取り直して次にいこう。
 多数のスキルが付与されているが、これも特賞特典なのか?


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 特賞特典は、鑑定眼Lv-・成長促進Lv-・全属性。

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 身体スキルは、母胎内での成長時に取得。

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 ヘルプ機能、ありがとうございます。
 それにしても、毒・麻痺・闇・呪・状態異常の身体スキル。関わりたくない厄介なものばかりだ。
 母上、俺を身籠っている間、何をされていたんですかね?
 あぁー、思い出した! 貴族は耐性をつけるために毒を服用することがあり、妊娠中にも服用して、胎児にも耐性をつける習慣があったと、昔の文献で読んだことがある。
 所持して悪いスキルではないし、むしろ備えあれば憂いなしだ。まぁ後々必要となることは避けたいけどね。

 次は一気に確認します。


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 成長促進:LvUP毎に基本値MAXUP+10を付与。極稀に100を付与。

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 言語完全理解:全言語の読.書.聞.話を完全に理解できる。

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 転生祝福:転生者特典! スキルポイントの振り分けができ、スキルを取得できる。

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 幸運者:最強運を持つ者に与えられる称号。

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 突っ込みどころ満載なんですが……。
 まず成長促進だが、生死案内人の説明では、少々能力値を上乗せするスキルとの話だったが、基本値MAXUPって! もうこれだけでチートじゃないか! そもそも、LvUP時の基本値ってどれぐらいなんだ。


 **********************

 LvUP毎に付与される基本値は0-10であり、各個人の才能値に準ずる。ただし、運値に関しては、才能値は関連せず、その時々で上下する。そのため非常に上がりにくく、初期値の者も少なくはない。

 **********************


 才能がある人の二倍成長するってことだよな。
 Lv10なら、Lv20の人と同じステータス値ってことでいいのか。いや、違うな。基本値が毎回MAXUPすることはないんじゃないか。
 そうなると、Lvが高くなればなるほど、常人離れする。
 特に初期値100のMPと魔力……。すげぇーー嫌な予感がする。極稀の100が付与される気がヒシヒシする。
 うん。今は考えないでおこう。LvUPは当分先だからその時に考えればいいや……。
 決して考えることを放棄したわけではない。いまは情報が少な過ぎるので、判断ができないだけだ。LvUPまでに、きっと策はある。あるはずだ。

 言語完全理解も下手したら、いや下手しなくてもチートスキルだ。
 例えば未解読の古文書も、楽々読めるし書けるんだ。この世界の言語がどれぐらいあるか分からないが、俺は勉強する必要もなく会話ができる。

 うわぁー。人生堕落しそう。

 前世の俺は、読書が趣味と言えるぐらい好きだった。本は知識欲が満たされるし、故人たちの行動を学べる。読んだ後の満足感と思考時間がまた堪らない。
 俺もうこのスキルだけで満足です。

 異世界特典が神すぎる!

 気持ちがかなり高揚するが、現実は赤ん坊の俺が本を読む機会などそうそうないとの結論に至る。
 人参をぶら下げられて、食べられない状況って……。

 次は加護の転生祝福。
 貰った時は、おまけ程度にしか考えていなかったが、スキル取得ができるとは、かなり使える加護だ。
 これそもそも加護なのか? スキルのような気もするが、そもそもスキルって何だろう?


 **********************

 スキルとは、ある一定以上の習得で付与される。スキルの有無で、その分野における能力が格段に違う。

 **********************


 なるほど。スキル取得までの壁は高いのか。
 俺のスキルで一番高いのは、呪耐性Lv7だが、Lv-は?


 **********************

 スキルLvには段階があり、以下となる。

 Lv1 初級
 Lv2 初中級
 Lv3 中級
 Lv4 中上級
 Lv5 上級
 Lv6 最上級
 Lv7 達人級
 Lv8 名人級
 Lv9 超人級
 Lv10 伝説級
 Lv- 神級

 **********************


 安定のヘルプ機能。助かります。
 はい、特賞特典すべて神級でしたーー。
 チートスキルのはずだ。
 驚きは、呪耐性Lv7の達人級だ。
 有り難いが、母上どんな修練をしたんですかね。聞きたいような、聞きたくないような。

 話を戻そう。
 ある一定以上の習得が必要なスキル取得をスキルポイントで、簡単に取得できるのだ。
 そのスキルポイントの取得方法は、楽ではないはずだ。


 **********************

 スキルポイントの取得は、LvUP時、戦闘経験値より取得可能。

 **********************


 ですよねー。当分ポイント取得は難しそうだな。
 となると、今あるスキルポイントを大事にしないとね。
 スキルの取得は、熟慮しなければならない。これも当分後回しだな。

 最後の幸運者はどう考えても、前世関連だよな。


 **********************

 幸運者は、ジークベルト・フォン・アーベル(あなたの)の初期設定! ラッキー!

 **********************


 ヘルプ機能?! 壊れたのか? 壊れたんだな!


 **********************

 ヘルプ機能は正常です。

 **********************


 自動回答しやがった。
 俺の初期設定ってことは、前世での悪運はこの称号が原因ってことか?
 いやまさか転生すれば、毎回リセットされる……よね?
 魂の記憶は消えるって言っていたしね。称号だけが消えないなんてないよな。


 **********************

 称号の幸運者だけは未来永劫消えません。(注:ただし悪徳を積み重ねた場合特例で削除されます)

 **********************


 再びの自動回答。
 ちょっと待てぇー。意志があるのかヘルプ機能!

 …………
 …………
 …………
 …………
 …………
 …………
 …………

 そこ無回答かーっい! 待って損したわ!
 自動回答ツールでも備え付けられているのか?


 **********************

 正解です!

 **********************


 絶対意志あるだろ!






「リア、体調はどうだ」

 この渋い声は、俺の父、ギルベルト・フォン・アーベル。
 父のステータスは既に『鑑定』で確認済みである。


 ***********************
 ギルベルト・フォン・アーベル 男 37才
 種族:人間
 職業:侯爵、第一騎士団副団長
 Lv:57
 HP:493/493
 MP:135/135
 魔力:145
 攻撃:392
 防御:403
 敏捷:412
 運:102
 魔属性:火・土・炎・雷
 **********************


 侯爵であり、第一騎士団副団長でもある。
 実力は折り紙つき、将来の総帥候補で、近々団長に昇進することが決まっている。
 この情報は、ヘルプ機能からである。
 ヘルプ機能の意志? あれは目下調査中です。まぁ調査という名の放棄ですけどねー。
 それよりも『鑑定』でヘルプ機能が使えたのには驚いた。『鑑定眼』の機能だと思っていたよ。


 **********************

 特例です。

 **********************


 だそうです。
 もう突っ込まない。無駄な努力はしない。

 鑑定の消費MPは5、鑑定眼の消費MP50と比べると、かなり使い勝手がいい。
 このMP差は情報量。鑑定はある程度の情報。鑑定眼はすべての情報と詳細な内容となる。
 ちなみに俺の鑑定のスキルLvは、鑑定Lv10に相当する。上位スキル所持のため、下位スキルは取得可能条件Lvが使えるようだ。
 調子に乗り、視界に入ったもの全てを鑑定した結果、情報がパンクした。
 記憶に自信があっても、これほどの情報量は、さすがに無理だ。
 さてどうするかと思案していたら、ヘルプ機能から救いの手が差し伸べられる。
 鑑定したものは、履歴に保存されるとのことだ。
 はぁーと、思わず感嘆する。死角なしのスキルだと感心していると、これも特例とのことだった。やっぱりね。
 結論としては、鑑定Lv10の情報が確認でき、消費MPも少なく、特例でヘルプ機能が使える鑑定を普段利用することにした。

「ギル、とてもいいわ」

 うふふっと、可愛らしい声が、頭上で響く。
 申告が遅れましたが、俺は幸せの国の中にいます。赤ん坊生活で精神を削られている俺の唯一の癒し時間だが、毎回毎回謀ったように、子煩悩で愛妻家でもある父ギルベルトが訪れる。
 邪魔だとは少しも思ってませんよ。えぇ、本心ですとも。ただこの正確さには驚きますけどね。
 多忙な執務の合間に、抜けて来るようで、執事ハンスに「やはりここでしたか」と、強制連行されるのは日常。

「ジークも元気そうだな」

 父上、今朝もお会いしましたよ。
 アンナが止めているにもかかわらず、俺を抱き上げ、無言で上下に振り、怒られていましたね。
 おそらく、高い高いをしたんだと思いますが、まだ首すわってませんから! 頭がもげて死ぬかと思いました。反省してますか? してますよね?! 身動きができれば即逃亡してますからね!
 ゴツゴツした手が、遠慮がちに頬を撫でる。
 まぁ悪くはない。欲を言えば、その繊細さを今朝だして欲しかった。
 父上は、慎重派らしいが、母上や俺に関しては、たちまち我を忘れるようだ。

 頭上で二つの影が重なる。
 視界見えてません。邪魔もしません。ただ、このダダ漏れの甘い空気は勘弁してほしい。
 夫婦仲が良いのは、もちろんいいことだ。
 念のため、もう一度言う。
 夫婦仲が良いのは、いいことだ。
 だが! だが! だがぁー! 俺のいないところでやってくれーー!
 俺の心の叫びを無視して、両親はとても仲睦まじく、甘々の雰囲気のまま、他愛もない話をする。これも普段通りである。
 そして俺は、両親の会話に耳を傾けるような、無粋な真似はしない。まぁ眠気に勝てないので、物理的にできないんだけどね。
 例の如くうつらうつらし始める。両親の会話は子守り歌で、幸せの国の心地良さが、さらに強固な眠りを誘う。
 気づくと九割八分が、ベッドの上だ。マジ完敗です。

「ジークも安定してきたし、鑑定はどうするの?」
「ゲルトの件で鑑定師は信用できない。ヴィリバルトに頼んでいる」
「そう。ヴィリーなら安心ね」
「あぁ。ヴィリバルトはディライア王国を訪問中だ。帰国後の鑑定となる。早くて一ヶ月後だな」
「サンドラ様のご出産がもうすぐだものね」
「出産後の経過連絡の任務と鑑定も請負っているようだ」
「鑑定眼持ちは大変ね……」
「リアが気にすることではないさ」

 幸せの国に滞在中ですが、今の会話は聞き逃しませんでした。
 完落ち寸前のところで、戻ってきました。
 はい、俺頑張った。

 情報を整理します。

 まず、ゲルト。
 兄姉の中で唯一対面したことはないが、俺の兄らしい。
 侍女たちの会話では、特待生で魔術学校に通っており、麒麟児と称されているようだ。
 誕生時の鑑定で何かあったようだが、詳細は不明。大体予想がつくけどね。

 ヴィリバルトは、父の歳の離れた弟で第三魔術団所属の騎士だ。
 魔術に長けており、適応属性も多く、上級属性も複数所持している。
 外見と実績から『赤の魔術師』『赤の貴公子』との二つ名があるようだ。
 未だ独身で、貴族女性からの人気も非常に高く『赤貴公子会』という名の会があるらしい。
 燃えるような赤髪と赤瞳、貴族の中でも一際、端整な顔立ちが、その特徴を更に印象づける。赤のイメージである活発や情熱とは反して、落ち着いた冷静さが意外性と繋がり、人気を高めている。また物腰も柔らかく、洗練された動きが更に人を魅了するようだ。
 侯爵家にはよく滞在しており、兄弟仲はすこぶる良好、お世話に慣れているはずの侍女たちが、漂う色気で一瞬失神するそうだ。

 サンドラは、我が国の第一王女で隣国のディライア王国に正妃として嫁いでいる。
 臨月に入り、近く、第一子が誕生する予定である。王女時代に、赤貴公子会を発足させた一人であり、初代会長だったとの噂もあるらしい。

 全て侍女情報です。
 皆さん、赤ん坊だと油断して、雑談多いんですよね。大変有り難いことです。
 叔父の情報が多いのは察してください。

 問題は叔父ヴィリバルトが『鑑定眼』持ちであると判明したことだ。
 貴族は生後一ヶ月ぐらいに鑑定師を呼んで、魔属性を確認することが習わしである。
 貴族の多くは魔属性を所持しており、適応属性を把握することで、子に初級魔法を覚えさせる。魔力があっても、魔属性を所持していなければ、魔法は使えないのだ。魔属性のない子は、スキル取得を目指し教育転換する。
 この鑑定は近年『お属初め』と呼ばれ、とても重要視されている。
 お属初めの情報に、ヘルプ機能が暴走したのかと焦った。このネームセンスのなさは、さすがにないと思ったからだ。


 **********************

 失礼です。

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 その後、ヘルプ機能の応答がなくなった。
 悪かったーと、平謝りして、機嫌を直してもらった記憶も新しい。いやもう生命線ですから。謝って許してくれるなら、謝りますよ。

 お属初めの結果は、各家で対応が違う。
 一部の貴族は公表する。特に第一子は、公表する家がほとんどだ。
 家の跡継ぎが魔属性を所持していると証明するためだ。貴族は魔法が使えて当たり前というのが一般論である。
 しかし、魔属性がない子もいる。理由は色々あるが、多くは片親が貴族出身でないことだ。
 その子が第二子以降なら、スキル教育を徹底され体面を保つ。
 第一子は悲惨だ。スキル教育はするが、家の面汚しだと親族中に罵られる。そのためまともに育てられることは少なく、成人までに病死することが多い。少数だが、分け隔てなく立派に育てる家もある。
 だが第二子以降の魔属性を所持した者に家督は譲られる。貴族の家督は長子が継ぐ。男子がいなければ長女が継ぐことになる。
 ただし魔属性がないものは家督が継げない。貴族家にとって魔属性はそれだけ重要なのだ。

 魔属性の属性数は平均1.5であり、属性は遺伝されることが多い。

 通常属性は、火・風・土・水・光・闇・無
 上級属性は、炎・雷・氷・聖・呪

 上級属性は、後天的に取得する者が多い。
 稀に先天的に上級属性を所持している者もいる。その者は、神童・麒麟児と称されることが多い。
 はい、でました麒麟児!
 予想でしかないが、ゲルト兄さんは、先天的に上級属性を所持していると思われる。
 ゲルト兄さんの侍女情報、極端に少ないんですよね。もう少し掘り下げて欲しかった。
 情報からもわかるように、全属性所持などありえないのだ。
 俺は、自由きままに普通の生活がしたい。そこで転生祝福の加護から有効なスキルを取得しようと思いつき、隠蔽スキルにたどり着いた。
 転生祝福の加護で取得できるスキルは、Lvでの解放条件がある。
 例えば、鑑定スキルを取得するには、解放条件であるLv10が必要となる。
 隠蔽スキルは、Lv1で取得可能だった。
 助かったと、心底思った。そうそうにスキルポイントから隠蔽スキルを取得する予定にした。
 一般的な鑑定師なら、ある程度の隠蔽Lvで誤魔かしが可能だからだ。
 鑑定師になる人間は少ない。そもそも鑑定スキルの取得は難しく、長けた知識と修練が必要である。
 鑑定Lvにより、確認できる情報がことなるのはもちろんだが、自身のLvより高い相手への鑑定は、鑑定Lvが高くなければ無理である。鑑定師の仕事は、ほぼ『お属初め』の魔属性確認だ。成人を鑑定することはほぼほぼなく、鑑定Lvを上げる難しさから鑑定Lv3が平均的である。

 ちなみに自身のステータスは『ステータス表示』で確認できる。
 ヘルプ機能でこの情報を知った時、崩れ落ちた。実際は崩れ落ちないが、精神的に折れた。
 日々知識を蓄えていた。
 お属初めや鑑定師の情報は、ステータスの魔属性や鑑定眼から掘り下げて掘り下げて掘り下げて掘り下げて……掴んだ。
 ヘルプ機能は鑑定の情報内でしか、応答がない。そのため消費MPが高い鑑定眼を自身に実行し、残りのMPで鑑定を使用していた。
 消費MPを意識しながら、少しでも多くの知識を得るため、取捨選択していたのだ。
 それが、それが! 『ステータス表示』でステータス確認ができるなんて!
 便利だ。だが、その情報なぜすぐにくれなかった。俺の努力、返してくれーーーー。
 半日やさぐれていたが、俺の努力は無駄ではなかった。万能なヘルプ機能でも、魔力を使用していないステータス表示では、ヘルプ機能が使えないことがわかった。


 **********************

 精進いたします。

 **********************


 だそうです。精進してできるものなのか。

 最近では魔道具が発達し、冒険者ギルドの登録時に簡易版でステータス確認できる物もあるらしい。
 やはり在ったか冒険者ギルド! ゆくゆくはお世話になるつもりである。
 貴族でも兄姉が多い場合は、冒険者になる者も珍しくはない。
 普通は文官や騎士団・魔術団に所属するが、一般からの雇用もあるため、狭き門だ。
 口利きもあるが、すべての貴族の子に対応できるわけもなく、次男以降はそれぞれの道を探す。
 この世界でも、雇用問題はあるんだね。まぁ俺は『世界を見て回りたい』ので、冒険者になる予定だ。


 話を戻す。
 当初予定していた隠蔽Lv5では、鑑定眼持ちの鑑定はおそらく欺けない。
 隠蔽Lv10 もしくは 隠蔽Lv-を取得するしかない。
 事前に確認した取得スキルポイントはこれである。


 **********************

 取得に必要なスキルポイントは、以下となる。
 スキル取得には、取得Lvまでの合計Pが必要である。

 Lv1 10P
 Lv2 20P
 Lv3 30P
 Lv4 40P
 Lv5 50P
 Lv6 60P
 Lv7 70P
 Lv8 80P
 Lv9 90P
 Lv10 100P
 Lv- 450P~

 **********************

 要するに

 隠蔽Lv10を取得するには、550P
 隠蔽Lv-を取得するには、1000P(隠蔽Lv-の取得Pは450Pだった)

 必要ってことだ。

 俺は二つとも選択ができる状態である。
 隠蔽Lv10を取得するか、隠蔽Lv-を取得するか悩ましいところだ。
 スキルポイントを残すか残さないか、安全をとるかとらないかだ。
 隠蔽Lv10だと心許ない。心許ないんだが、今後のことを考えると、スキルポイントを残すべきではないかと躊躇してしまう。
 迷わず選択ができる決定的な情報があればいいんだが……。

 ここは一つ、教えてヘルプ機能様!

 『鑑定眼』発動!

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 …………
 …………

 少々お待ちください。
 ただいま、掘り下げ中です。

 …………
 …………
 …………

 鑑定眼を隠蔽スキルで欺けるLvは?


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 通常の鑑定眼であれば、隠蔽Lv10で対応可能。ただし、実施者と対象者のLv差が大きい場合や、実施者の取得スキルによる環境で、隠蔽Lv10にて対応できない可能性あり。

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 微妙だな。
 叔父のLvや取得スキルはわからないが、まずLv差はどれぐらいなんだ?


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 Lv差は50以上です。

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 うわぁー。また微妙な数字だ。
 父上は騎士団の副団長でLv57、叔父は魔術団の騎士ではあるがそれ以上のLvであるとは考えにくい。
 年齢差から考えても、Lv50は超えていないと推測する。
 騎士の条件の一つに、最低Lv20が必須とはあるが、なんせ一般人の平均はLv10ですから。
 そうとなれば後は、取得スキルによる環境だよな。
 あいまいな説明ですな……。どの取得スキルが影響するのか。


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 実施者の取得スキルの環境によるため、回答不可。

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 えっ?! まさかの回答不可です。
 ヘルプ機能でもわからないことがあるのか。


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 不確かな情報の中での回答となるため、予測も含め何百通りの情報を表示しますがよろしいですか。

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 すみませんでした。遠慮しておきます。


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 わかればよろしい。

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 んーー。これはもう、隠蔽Lv-の選択しかないかな。
 念のため、もう一度内容を確認する。
 ん? 通常の鑑定眼?
 冒頭の通常の鑑定眼を見逃していました。


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 例外は、特賞特典で付与された鑑定眼。

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 ここで特賞特典、再登場です。
 そして俺のスキルチートすぎる。
 なるほど、これも環境ですね。
 もしかして、対応できない可能性のスキル環境って、考慮しなくてもいいぐらいのレアケースなのか?


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 正解です。

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 おぉー。やっぱりそうか。
 そうなると振り出しに戻りますがな!


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 あとはご主人様の選択です。

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 そうなんですがね。
 決め手がないから、決断ができないんですよ。決断力がない主人で申し訳ない。
 あっ! 最近ヘルプ機能が、俺をご主人様と呼ぶ。
 ムズ恥ずかしいので、やめてくださいと平にお願いしたが、応答なし。
 俺、ご主人様なんだよね? そこで無視する?
 いいんだ……。もうなんとでも呼べばいいんだ。はぁー……。

 そもそもスキルポイント1000は、どこからの付与だろう。


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 生死案内人の心配りです。

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 そこは応答するのか。
 これも特典かと思ってましたよ。
 生死案内人、ありがとうございます。






『お属初め』の日がとうとうやってきた。

 俺は子供用ベッドに寝かされており、そばには母リアがいる。
 母上は、落ち着かないのか、俺のベッドの脇を行ったり来たり、時には俺を抱き上げたりしている。
 執事のハンスが、叔父の訪問を伝えると「すぐ戻る」と、父上が部屋を出てから大分時間が経っている。
「遅いわね。何かあったのかしら?」と、母上がこぼすと、トントンと扉をノックする音が聞こえた。

「はい。どうぞ」

 母上の返事とともに、扉がゆっくり開き、複数の気配を感じる。

「義姉さん、ご無沙汰しています」
「ヴィリー、元気そうね」
「えぇ、義姉さんも元気そうで安心したよ。相変わらず美しいね」
「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
「私は世辞はいわないよ。美しい人に美しいと称しているだけだよ」

 ヴィリバルト叔父さん、初見ですが、侍女情報と大分違いませんか。
 なんだかチャラ男臭がします。
 そして横にいる父上から相当な威圧を感じます。

「兄さん、挨拶だよ」
「わかっている」
「嫉妬深い夫を持つと大変だね、義姉さん」
「うふふ、嬉しいわ」
「リア」
「はいはい。ここでイチャつかないでくださいね」
「わかっている」

 慣れって怖いよね。
 この程度のイチャつきならもうスルーできますよ。
 いつでも二人の世界へ入りますからね。

「それでは、今日の主役君と対面いたしますか」
「ヴィリバルト、優しく扱えよ」
「わかっていますよ。まだ赤ん坊なんだから、丁重に扱いますよ」
「なんだ」
「なるほど。兄さんのことだから、首もすわっていないジークに高い高いとかして、乱雑に扱ったとアンナに怒られたんですね」

 叔父さん正解です! 現場見ていたんですか!
 俺は半分意識が飛んでいたけれど、もうこってりぽってり絞られていましたよ。

「見ていたのか!?」
「兄さん、私は任務で昨日帰国したばかりです」
「わっ、わかっている」
「ギル、ヴィリーには勝てないわ」

 会話しか聞こえない状況だが、なんとなく把握はできる。
 父上、さきほどまで目が泳いでいましたね。母上の参加でこの話が終わったと安堵しましたね。
 ええぇ、えぇーー、まだ二ヶ月の付き合いですが、俺にはわかりますよ。
 叔父は一歩引いて、事の成り行きを静観する。これがアーベル兄弟の日常であると、この数分の会話で察しました。

 視界に細長い影が入る。
 父上とは違う、大きく繊細な手が頬を撫で、俺を抱き上げた。

「はじめまして、ジークベルト。叔父のヴィリバルトだ」

 まだ視力は、顔を詳細に把握できないが、父上と同じ鮮やかな赤は認識できる。

「義姉さんに似ているね。男にしておくのはもったいないね」
「そうだろう」
「うふふ、そうでしょう。私と同じ色の髪に瞳なの。他の子供たちは、ギル、アーベル家の遺伝子を引き継いでしまったから、とても嬉しいわ」
「義姉さんの色は珍しいからね」

 母上と同じ外見で似ているのは、すごく光栄なことだけど、ますます容姿確認したくないなぁ……。
 男にするには勿体ない愛らしい顔立ちってことですよね。
 父上までもが賛同するぐらいだから、生まれてくる性別間違えたかね。
 ただ俺はノーマルなので、女性にはなりませんよ。女装もしませんからね。
 だから母上! 叔父と一緒に女の子の服を検討しない! 「可愛いと思うぞ」って、父上! 賛同しない!
 あぁー。俺が身動きできない赤ん坊だからって、勝手に話を進めないでください。
 泣くぞ! 思いっきり泣くぞ! いいのかっ!
 俺の心の声とは裏腹に大人たちは、楽しそうに会話を続けていた。

「今から君に『鑑定眼』を使うね、特に身体が痛くなるとかはないから安心してね」

 脱線してようやく本題です。
 意外と紳士な叔父。ご丁寧な申告ありがとうございます。
 隠蔽スキルよ、上手くやってくれぇー。マジでなんとかしてくれよ。頼むぞ!
 上手く隠蔽ができていれば、叔父に見えるステータスはこれだ。


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 ジークベルト・フォン・アーベル 男 0才
 種族:人間
 職業:侯爵家四男
 Lv:1
 HP:10/10
 MP:10/10
 魔力:50
 攻撃:10
 防御:10
 敏捷:10
 運:200
 魔属性:火・風・土・水・無

 身体スキル:毒耐性Lv5・麻痺耐性Lv4・状態異常耐性Lv3・闇耐性Lv3・呪耐性Lv7
 称号:幸運者
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 魔属性は、実用を考えて五個。
 本心は、光と闇も加えたかったが『将来全属性所持の可能性あり』なーんて、大騒動になる気配がしたので断念。
 そもそも隠蔽スキルを取得した意味がないしね。

 ステ値は、MPと魔力を隠蔽。
 魔属性が五個も適応されて、魔力が低いのはどうかなぁと思い、平均より上の50にしてみた。
 運値はそのままで、称号から察知してくれるかなぁと期待。
 称号を残した理由は、今後の行動で『最強運』だからと、周りが納得してくれれば重畳。
 加護と特典スキルはすべて隠蔽した。これを隠さずに何を隠すのかとなるよね。
 母胎時に取得した身体スキルだけは、一切隠蔽しませんでした。
 母上が頑張ってくれた証ですしね。

「ふーん」

 叔父から、何とも捉え難い声が聞こえた。
 隠蔽失敗したのか?!
 変な汗がでてくる。不安で、やばい。泣きそうだ。

「ヴィリバルト、鑑定はどうだったんだ」
「魔属性は火・風・土・水・無だよ」
「光・聖属性はないのか」
「ないよ。代わりに幸運者の称号付きで、運値が200だよ」
「運値200?!」

 あれ? 期待と違う反応。
 魔属性の数で多少驚くかなと思っていたが、追加属性の確認がありました。
 しかも上級属性の聖が含まれている、まさかの展開です。
 いやはや選択属性間違えたか?
 だけどアーベル家は、火属性を多く輩出する名家である。
 上級属性を選択するなら炎と考えていたが、何故聖なのか?
 んん……。わからない。
 ただ、隠蔽スキルは上手く仕事をしてくれたようだ。
 ホッと、一安心で終了したかったが、運値でその反応は想定外だ。
 称号ですんなり受け入れられると思っていた。何がいけなかったんだ。

 父上が驚きのあまり、俺たちに急接近していた。
 近い近いですよ、父上!

「落ち着いて兄さん」
「わるい」
「あくまで推測だけど幸運者の称号が、運値に影響していると考えるよ。幸運者の説明は『最強運を持つ者に与えられる称号』とあるからね」
「そう……か」
「兄さん、驚くのはまだ早いよ」
「まだなにかあるのか?!」
「落ち着いてくださいね、魔力値が50でした」
「なんだって!」
「この理由はわかりません。お手上げです」

 あれ? あれれ? 魔力値50ってまずった?!
 叔父さん、お手上げって、何らかの理由を推測してください。お願いします!
 空気がすごーーく重い気がする。
 あっ! おっ、おれ、Lvやステ値の平均に魔力値上乗せしたけど、初期ステ値調べてないわーー…………。
 うおぉーー。やっちまった感ハンパねぇーー!

「まぁ難しい顔して、ギル、ギル? 聞こえてないわね」
「衝撃だったんだと思うよ。この顔は何を言っても無駄ですよ」
「そうね、ヴィリー鑑定は以上かしら」
「さすが義姉さん、少しも動揺はしてないね。それとも想定の範囲内だったのかな」
「あらすごく驚いているわよ。でもそうね、ジークは私にとって特別だから、何を聞いても受け入れられるわ」

 母上の登場で場の空気が和らぐ。
 まさかの初期ミスをする息子ですが、優しく包み込んでください。
 叔父よ。今すぐ母上に俺を渡しなさい。渡せぇーー。

「なるほど。あとは身体スキルですね。毒・麻痺・闇・呪・状態異常の耐性を取得している。これは義姉さんが頑張ったからだね」
「そう! ジークに耐性スキルがついたのね! 嬉しいわ」
「耐性スキルは取得するのが難しいスキルだからね」
「耐性スキルがついていたのか」

 おお。父上、再起動!
 フリーズするほどの衝撃を与えてしまい、申し訳ないです。
 猛省中です。
 今後このようなことはないよう、精進します。

「早い復活だね。もう少し掛かるかと思っていたよ」
「わるい。公表の件を考えていた」
「そう。兄さんは公表しないと断言していたけど、考えが変わったんだね。私はジークのためにも公表するべきだと思うよ」
「覚悟は決めた。全力でジークベルトを守る!」

 あれ? 雲行きが怪しくなっていませんか。
 公表することで、父上が覚悟するようなことが俺に生じるんですか。
 全力で守っていただけるのは、大変有難いんですが、トラブルが判明しているなら公表やめましょうよ。

「兄さん、別に全てを公表しろとは言ってないよ。魔属性だけ公表すればいい」
「だが」
「公表はあくまでも任意だ。さきのゲルトの件で、注目度は高いだろう。だけど魔属性の適応数だけで満足するよ。誰も魔力値や運値の異常に気づく者なんていないし、アーベル家の公表を疑う者はいないよ。心配なら私が『守り』の魔法でジークを鑑定できないようにするよ」
「それはそうだが、万が一のことを考えれば」
「わざわざ騒動を増やす要因を作らなくていいよ。それに成長すればLvなどで誤魔化しがきくし、称号もその際ついたことにすればいい」
「ギル、私もヴィリーの意見に賛成よ。魔属性だけの公表でいいと思う。他のことは、今ここにいる三人だけの秘密にすればいいわ」
「リア」
「ジークを騒動に巻き込みたくないわ。ゲルトを守れなかったことを今も後悔しているの」
「魔属性の適応数だけでも魔術省は動くよ。だけど問題はない。魔属性は当時の私と同じだから、対応を父さんに聞けばいいよ」
「父上にか」
「上手く対応すればゲルトみたいにはならない。珍しいよね、父さんがこの場に出席しないなんて」
「お義父様たちは、魔法都市国家リンネに滞在されているわ」
「リンネにかい? 最近はよく国を離れているけど、また遠い場所へ行ったね」
「国王に代わり臨時の特派大使として訪問している。賓客だと喜んで二つ返事だった」

 俺から祖父母の話に変わった。
 話の流れから、魔属性のみ公表ってことでいいのか。
 魔力値と運値は、異常値だったんですね。
 叔父は、Lvが上がれば誤魔化しがきくと言っていたが、俺には成長促進があるので、隠蔽スキルに頑張ってもらおう。
 初期ステ値を調べ忘れて、勘違いして本当にすみませんでした。

 サクッと反省したところで、兄ゲルトの件だ。
 兄ゲルトは、属性鑑定の結果、騒動に巻き込まれて、父・母が守りきれなかった。そこに魔術省が関わっている。
 侍女情報の特待生で魔術学校に所属している件が、これに繋がっているのだろう。
 ゲルト兄さんに未だ会えない理由もここだな。
 なんとなくだが、俺は騒動に巻き込まれない気がする。祖父の対応もそうだが、最強運が良いように作用しそうだ。

 で、俺が注目したいのが『魔法都市国家リンネ』だ。
 情報が遠い場所とだけだが、名前の通り魔法に精通しているのだろう。
 魔道具なども多く作製していそうだな。
 行くのが楽しみだ!

 魔法と言えば、叔父の『守り』の魔法だ。
 この世界の魔法は、大雑把に言えばイメージ。
 同じ魔法名でも多種あり、その効果は色々だ。
 例えば『癒し』なら、麻痺や毒など状態異常の完治も、怪我などの緩和や全快も同じ名前である。
 術者のイメージによって、魔法は行使され、効力は魔法Lvと魔力による。
 怪我の全快をイメージして『癒し』を行使しても、術者の魔法Lvや魔力が低ければ、怪我の緩和になるんだそうだ。
 叔父の『守り』は、魔法を阻害するものだ。まぁ他にも使えるんだと思う。

 ということで叔父を鑑定して見よう!
 興味本位だが、叔父のスキル等はすごそうなので、鑑定眼を使用する。
 叔父に『鑑定眼』と念じる。

「ん?」
「どうした? ヴィリバルト」
「今、魔力が動いた」

 魔力を感じるんですか、叔父様!
 やばい。見えてないが、叔父が俺をすごく見ている気がする。
 叔父こわいです。
 こわい。こわい。こわい。この人こわい。
 赤ん坊になってから、感情の起伏が激しい。
 少しでも、不安などを感じると、泣きたくなる。いや泣く。
 赤ん坊の防衛機能だ。もう制御不能です。

「ぅうっうぎゃあぁーーうんぎゃーあぁーーーー」
「あらあら、ジークがこんなに泣くなんて珍しいわね」

 幸せの国が迎えにきましたが、中々落ち着きません。
 一旦、泣き出すと満足するまで泣き続けます。

「あぁーー、失敗した。嫌われたかな」
「お前がこわい顔してジークを見るからだろ」
「魔力の痕跡を探っていたんですよ。ジークの周辺に散らばっていたのでね」
「わかったのか」
「はい。犯人は扉の向こうにいます」

 叔父が言葉を発した後『ガチャ』と扉が開く音がした。

「マリアンネ! テオバルト!」
「お「父様、ごめんなさい」」
「テオ『報告』の魔法を使ったね」
「ヴィリー叔父様、私がお願いしたの。ごめんなさい」
「マリー姉様は悪くない。僕が勝手に使ったんだ」

 少し落ち着きました。
 姉さん、兄さんナイスです。
 助かった。まじで助かりました。
 俺の『鑑定眼』と、テオ兄さんの『報告』が、同時期に使用されたのだと考える。
 まさか叔父が、魔力を感知するなんて、想像していなかった。
 しかも使用した魔法を特定できるとは、驚きだ。
 鑑定眼を使用したの……バレてないよね。スキルだからバレてないよね。

「マリー、テオ、怒っているわけではないんだよ。『報告』の魔法を使った理由を教えてくれるかな?」
「ヴィリー叔父さんごめんなさい。ゲルトと同じようなことだけは、ジークには絶対させたくなかったんだ。ゲルトは、五歳で強制的に魔術学校に入学した。入学年齢を満たしていないのに特例だと、父様たちが邪魔できないよう公表までして。しかも優秀な魔術師の育成のためと入寮を促し、屋敷にはほとんど帰さない。今は喜んで勉強や研究をしているけど、当時は母様に会いたいってよく泣いていたんだ。ただ上級属性の雷を所持しただけで、家族と離されて、孤立させるなんて、可哀想だ。だから僕、悪いことだと分かっていたけど『報告』を使って、ジークの属性を確認したかった」
「お父様は魔属性を公表しないとおっしゃっていたわ。でも先生方が大変期待されていたの。また魔術学校に特待生が現れるんじゃないかと。強制的に鑑定師を派遣する可能性も示唆していたの。だから鑑定結果を聞いて、もし上級属性を所持していたら、お父様を説得しようと話しあったの。でもアル兄様はその必要はないと賛成してくれなかった。お父様たちが、守るから大丈夫だと。私でも心配で」
「二人ともジークを心配してくれたのね、嬉しいわ。でも大丈夫よ。お父様やヴィリーが必ず守ってくれるわ。だから安心してね」
「お「母様、ごめんなさい」」

 兄さんっ! 姉さんっ!
 感激して言葉がでない。ありがとう!
 今世もいい家族に囲まれて、俺はすごく幸せです。

「――ということですよ、兄さん」
「うむ」
「子供たちは、ずいぶん優しく成長したね」
「あぁそうだろう。自慢の子供たちだ」
「だけど、それとこれは別よ」
「義姉さん、いいのですか子供たちをほっておいて」
「今はジークに夢中だからいいの。あの子たちには罰が必要よ」
「リア」
「ダメよ、ギル。優しさをはき違えたら。あの子たちはまだ子供。大人に守ってもらう必要があるの。ゲルトのことは、私たち大人の失態よ。子供たちに心配させたことは反省しなければならないわ。だけど、あの子たちが、大人の話に首を突っ込んだことは別よ。いつでもいい話で終わるとは限らないわ。恐いこともあると教えなければならないの」
「義姉さんに賛成! その役目、私に任せてくれないかい? もちろん無理はさせないけど、二度と同じことはしないと後悔させるよ」
「あら? どういった内容かしら」

 大人たちが、着々と罰計画を立てているのを、兄さんたちはまだ知らない。