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 調理場に入ると料理人たちが一斉に、俺に注目した。その中から、恰幅のよい中年の男性が、こちらへ近づいてくる。
 料理長だ。

「ジークベルト様、いかがないさいました?」
「忙しいところごめんね。おやつにプリンを食べたいんだけれど、三個用意できるかな?」
「もちろんです。侍女にお伝えいただければ、お持ち致しましたのに」
「うん。ありがとう。じつはプリン以外にも作って欲しいものがあって……」
「新しいレシピですか?!」

 俺の言葉に、料理長が食い気味に反応する。
 プリンのレシピを伝えた時「その他は、その他は、ないのですかーー!」と、なかなか離してもらえなかったのだ。一瞬の隙をついて、逃げていたのを忘れていた。
 やべぇーー。失言だったかも……。
 ちらっと、料理長を見る。その瞳は、期待に満ちてキラキラと輝いている。後方の料理人たちも、同じ眼をしていて、新レシピに興味津々だ。

 あぁ、期待しているわーー。
 ただのポテトチップスなんだけど……。
 申し訳なさすぎるんですが……。

「たっ、たいしたものではないよ。期待は、しないでね」
「はい!」

 若干引き気味で、苦言をさすが、料理人たちからは、威勢のいい返事が、かえってくる。
 その食いつき振りに、頬が引きつる。
 料理人たちは、はやくレシピをくれと、訴えている。その姿は、飢えた野獣のようだ。
 単純なレシピすぎて、暴動なんて起こさないよね。それぐらいの勢いなのだ。
 あぁーー、もう!
 期待するなとは、言ったからね。苦情はきかないよ。

「芋を薄切りにして、オリーブオイルで揚げて欲しいんだ」
「オリーブオイルで、揚げる?」

 あぁーーーー! 揚げる文化がないんだった。
 不思議そうな顔している料理人たちに、手順を説明する前に鍋の確認だ。

「えっと……。まず鉄鍋を見せて」
「はい。少々お待ちください」

 料理長は、俺の言葉に素早く反応すると、料理人たちに指示を出す。

「おいっ鉄鍋だ。すぐ用意しろ」
「「「「はい!」」」」

 料理人たちは、調理置場から鉄鍋をかき集める。
 色んな形の鉄鍋が並べられ、揚げ物に適している鍋を選ぶ。
『魔コンロ』に鍋を置き、用意されたオリーブオイルをなみなみとつぐ。
 俺の行動を黙って見ている料理人たち。その静けさが逆にこわいんですが……。

「まずオリーブオイルを熱します。ある程度熱したら、水を一滴落とす。ジュッと音が鳴り、パチパチ弾けだせば、薄く切った芋を入れます。大体二分間揚げてください。揚げた芋は紙などでオリーブオイルを切って、その後、塩を少々かけてください」
「わかりました。やってみましょう。すぐ準備しろ」
「「「「はい!」」」」

 料理長の指示とともに、料理人たちが動き出す。
 あっという間に芋はスライスされ、揚げられていく。
 待つこと五分。

「ジークベルト様できました」

 皿の上には、ポテトチップスの山ができていた。
 それを一枚とり、口に運ぶ。
 パリッと、心地いい音が調理場に響く。

「ポテトチップスだ」
「これはポテトチップスという料理名なのですね」

 思わず呟いた言葉を料理長は見逃さない。
 もう名称、前世の名前でいいわ。
 気にしないでおこう。

「料理長も食べてください」
「はい。では」

 パリッパリと、いい音をさせる料理長。
 思わず喉が鳴る。もう少し頬張ればよかった。
 料理長は、食べ終わると眉間に皺を寄せ、味を確認している。
 プリンの時とは違い、不味そうな顔をしているな。
 口に合わなかったのかと、不安がよぎる。

「固くシンプルな味ですが、なんとも癖になりそうです。もう一枚と手に取ってしまいますね」
「これは、甘味ではないお菓子なんだ。甘くないお菓子があってもいいと思うんだ」
「ほぉー。甘くないお菓子ですか。なるほど、そのような考えは盲点でした」

 料理長の意見にほっとして、再びポテトチップスを頬張る。
 うん、絶妙な塩加減だ。
 そうなると、ポテトフライも作って欲しい。

「同じ材料で、芋を太く細長くすれば、また違う料理になるんだ」
「また違う料理ですか? では早速作ってみましょう」

 俺の言葉に料理長は、すぐさま動く。
 包丁を片手に、芋の太さを確認する。

「これぐらいの太さでしょうか」
「うん。先ほどより長く、芋がきつね色になるまで揚げてください。あとは一緒だよ」
「この料理名は?」
「ポテトフライです」

 慣れ親しんだ名称を口にした。
 そして、待つこと二十分。

「できました! ジークベルト様、試食をお願いします」

 できたてのポテトフライを口にする。
 熱いがホクホクで上手い!

「ポテトフライだーー!」
「私もいただいてよろしいでしょうか」
「もちろん!」
「これは! 先ほどとは、食感が違いますね。材料も同じで簡単な手順ですが、こうも違うとは、奥深い」
「今回は塩だったけれど、色んなソースを付けて食べるのもいいね」
「なるほど、これは軽食などの付け合せにいいですね」
「ぼくは、おやつとして食べたいな」
「わかりました。ご用意します」

 あぁ、もういいや。料理長に丸投げしよ。
 食べたかった物を食することで、今までの料理に対する欲求不満が見事に爆発した。

「揚げ物には、唐揚げや天ぷらといったものもあります」
「唐揚げや天ぷらとは、どんなものです?」
「詳しくは知らないんだけれど…………」

 俺のあるだけの知識を料理人たちに伝える。
 熱心に俺の話を聞き、メモを取りだす。その熱量に俺も感化され、次から次へと料理名を口に出す。
 あとは料理人たちに任せ、再現してもらうんだ。
 前世の知識が、ここで生かせている。妹のお菓子作りを手伝っていたのも役に立った。
 これだけ受け入れてくれるなら、遠慮せずに食改革をしよ。
 この世界の食は、まずくはないが、単調すぎる。
 料理長に説明しながら、いくつかの可能性を伝え、いつの間にか料理人たちも話の輪に入っていた。