「ジークベルト、プリンが食べたいわ!」
「精霊って、食することができるの?」
「あら、食べる必要はないけれど、味覚はあるわよ」
「そうなんだ。食材で、口にしたらダメなものはないの? 例えば、肉とか?」
「ないわよ。どうして?」
「いや、偏った知識があってね。殺生したものは、口にできない……とか?」
「うふふ。ジークベルトは、面白いことを言うのね。だとすれば、何も口にできないわ。すべてのものに、生命(いのち)はあるもの」
「そうだよね……。ごめん、フラウ。変なことを聞いて」
「気にしてないわ! ジークベルトは、優しいわね。うふふ」
「プリンだったね。なら今日のおやつは、ポテトチップスも作ってもらおう!」


 あの突然の訪問から、フラウが、俺の部屋に入り浸っている。理由は、俺と仲良くなりたいらしい。俺のなにかが、フラウの興味を引いたようだ。精霊の気まぐれは、よくあることなので、あきるまで付き合うしかないようだ。

 叔父は精霊との契約を隠蔽している。
 理由は、言わずと知れた『精霊狩り』で、厄介ごとを避けるためでもある。
 この部屋でも、万が一に備えて、顕現はしていない。顕現せずとも、俺とハクには視えているので問題はないが、侍女たちには視えないので、最近では「ジークベルト様が、壁に向かって、ブツブツと独り言を……」との噂が流れ、侍女たちに心配されている。

 ねぇ、俺の評判!
 いままで、築き上げたものが……。
 そんなイタイ子を見る目で、みないで!
 はあーー。

 この屋敷で、フラウの存在を認識しているのは、父上、執事ハンスと侍女長アンナ、テオ兄さんだと、フラウが、教えてくれた。
 テオ兄さんは、フラウのうっかりで、存在を知ってしまったようだ。

「ギルベルトと久しぶりにお話がしたくて、テオバルトがいるのを忘れて、ついつい顕現しちゃったのよね。うふふ」

 フラウが、悪気もなく、あっさりと答えた。
 テオ兄さんって、かなりの確率で、大はずれを引くよね。俺の件といい、秘密を抱え込んでいる。うん。なんだかひどく同情してしまう。
 秘密の一部は、俺なんだけど……。
 テオ兄さん、ごめんね。ストレスで、倒れないでね。

 ついでに、俺の隠蔽が効かなかった理由もフラウは、教えてくれた。

「あら、知らないの? 精霊は『真実の眼』があるから隠蔽してもだめよ」
「真実の眼?」
「簡単に説明すると、そのものの本当の姿を視る眼よ。だからわたしには、隠蔽は効かないのよ! すごいでしょ!」

 フラウは、得意げな顔で、腰に手をあて、胸を張る。翠の髪が、サラサラとなびく。
 うん。かわいいだけです。

 精霊の秘密を少し教えてもらい、フラウに興味が湧く。他にも面白そうなスキルを所持していそうだ。精霊を鑑定する機会なんて、そうそうないし、鑑定眼、使ってみようかな。

「ジークベルト、だめよ! 鑑定なんてしたら絶交よ! 女の子のヒミツを覗き見るなんて、ジークベルトのエッチ!」
「えっ? どうして鑑定をしようとしたことがバレているの? えっ? 精霊って心が読めるの? それに精霊って性別があるの?」
「ヴィリバルトと同じ顔をしたもの! なにか企んでいそうなことぐらい察するわ! それに失礼よ! 精霊に性別はないけれど、わたしは女の子よ!」

 えっ? 性別がないのに、女の子なの?
 たしかに、豊満な肉体は、ありましたよ。実体験しているので、あの柔らかさは最高でした。俺も男だから、そりゃー嬉しかったですよ。
 えっ? でもあれって、作りものでしょ?
 作りものではない? フラウが、人間の女性だったら、あんな感じになる?
 えっ? それは、無理ゴリ押しじゃない?

 フラウの性別云々を思い出していると、この世界にないはずの食べ物の名前が、耳元に響く。

「ポテトチップス?」
「ガルゥ?(ポテトチップス?)」

 ハクとフラウが、仲良く小首を傾げている。
 うわぁー。かわいい! かわいすぎるっーー! これだけで、ご飯一杯はいける! 聖獣と精霊の最強タッグ! もうっ、かわいすぎだろ! やばすぎぃーー!

「それ、プリンより、美味しいの?」
「ガルゥ?(おいしいの?)」
「甘味ではないけど、お菓子だよ」
「甘くないお菓子? ならいらないわ!」
「ガゥ!(食べる!)」

 俺の簡単な説明に、きれいに意見が分かれました。
 ハクは、食べる。フラウは、甘くないならいらないと。
 んーー。でもフラウは、食べると思うな……。しかも、お気に入りとかになりそうな予感がする。
 不思議なもので、あるとつい口に入れてしまうし、手が止まらなくなるんだよなぁ。
 まずは、再現だな。

「では、料理長にお願いしにいきますか」
「「ガルゥ! はーい!」」
「ん? ハクとフラウはお留守番だよ」
「えっ、なんで?!」
「ガルゥ?!(なんで?!)」
「ヴィリー叔父さんとの約束は、この部屋だけって話だったでしょ。たぶんフラウ、部屋から出れば、ヴィリー叔父さんに強制回収されるよ。ハクは、料理長NGだったよね」
「そんな……」
「ガゥー(そうだった)」

 両手を頬にあて、口を開けたまま、固まるフラウと、頭を垂れて微動だにしないハクのあまりにも素直すぎる反応に、思わず、笑ってしまうのだった。