アンクレットを渡された経緯を思い出していると、手元から砂がこぼれ落ちていく。
 集中力を切らしたため、本日六度目の『ガラス石』に失敗する。
 はぁーー。思わず大きなため息がでる。
 玉にも形成されず、ただの砂となった砂が机の上に広がる。
 ここ数ヶ月、これの繰り返しだ。
 今手元にあるのは、流通している魔力砂で、ランクA-である。
 んーー。難しい……。S+でないとダメなのか……。
 いや劣化版のガラス石は、Bの物が多いとの情報だ。やはり形成段階で、均等に魔力を注ぐことができていないのだ。
 まだまだ修練が足りない。魔力制御を中心に鍛え直そうと決める。
 同時進行で、魔道具作製は続け、経験値を積み、まずは品質関係なく魔道具を一個完成させるんだ。
 机に広がった砂を空間魔法で片づけて、一人遊びしていたハクに向き合う。

「ガルゥ?(今日は終わり?)」
「ううん。休憩。そのあと魔力制御の修練だよ。一緒にやるかい」
「ガルゥ!(やる!)」
「小腹空いたよね。侍女に何か持ってきて貰おう」
「ガルゥ!(すいた!)」

 侍女を呼ぶため『呼び鈴』に手をかけようとしたところ、廊下からバタバタとした足音が聞こえる。

「ガウッ?(なんだ?)」

 ハクは、警戒して低姿勢をとり、耳を忙しなく動かす。
 屋敷内で大きな足音が聞こえるのは、めずらしいのだ。
 足音が近づき、俺の部屋の前で止まると勢いよく扉が開く。
 そこには、絶世の美女がいた。
 八頭身の長身で手足が長く、豊満な胸だが腰は細い。
 白い肌に流れるように美しい緑色の髪がさらに美女を際立たせる。
 ぱっちり大きな緑色の目、筋の通った高い鼻、ぷっくりとした唇、顔はシミ一つなく陶器のような白さで、左右対称になっていた。
 息をのむ美しさに絶句する。

「みぃーつけた!」

 美女は俺を見ると素晴らしい速度で動き、ムギュとその豊満な胸に俺を抱く。
 豊満な圧迫感に、幸せだが……窒息で死ぬ。
 アワアワと、必死にその腕から逃れようとするが、美女のどこにそんな力があるのか、ビクともしない。

「やっと、やっと会えたわ!」

 歓喜の声が上から聞こえる。さらに強い力で抱きしめられた。
 あぁ俺、美女の胸で死ぬのか……。
 間抜けな死にかただな……と、意識が飛ぶ寸前、俺の危機を察して、ハクが助けに入る。

「ガウガゥ!(ジークベルトを離せ!)」
「なに? なんで聖獣がここにいるの?」
「ガルゥ?! ガッガルゥ!(なんで?! おっ、おれは魔獣だ!)」
「なにを言っているの? 白虎でしょ? 聖獣じゃない」
「ガルゥ!(魔獣だ!)」

 ハクの参戦で、美女の腕がゆるんだ隙に脱出する。
「あっ」と美女は声を漏らすが、素早くハクと一緒に後方へ下がる。
 酸欠で頭がフラフラするが、美女の言葉は聞き捨てならない。
 ハクが聖獣であることを見破っているのだ。
 俺と魔契約したことで、ハクは隠蔽Lv-が使えるのだ。
 隠蔽Lv-で誤魔化しが利かないだと……。
 この美女は一体何者なんだ。

「ステータスを隠蔽しているのね。知られたくないの? 内緒ってこと?」
「ガウ!(そうだ!)」
「じゃあ、秘密ね! ヴィリバルトにも秘密にしておくわ! うふふ、ヴィリバルトが知らないなんて……うふふふ」

 あれ? やけにあっさりと引き下がった。
 油断させて隙を狙って……いるようには全く見えない。
 美女は未だ「うふふふ」「ヴィリバルトが知らない秘密」「秘密なのよ」「うふふふふ」と、上機嫌に一人の世界に入っている。
 叔父の知合いのようだが、アーベル家の屋敷を自由に歩けるだけの人だ。

 ……まさか。

 俺が確信の言葉を口に出す前に、扉が開き、叔父が登場した。

「フラウ! やはりここでしたか」
「見つけるのが早いわ!」
「魔術団から気配が消えたら、心配するよ」
「心配してくれたの?」
「もちろん。フラウは私の大事な友だからね」
「ごめんなさい。でもヴィリバルトだって悪いのよ。約束したのに、いつまで経っても連れて来てくれないんだもん」
「それとこれとは話が別だよ」

 美女が反論しようと口を開きかけると、ポンッ! と美女から音がした。
 そこには、三十センチメートルほどの姿となった美女? 西洋人形のような人? が宙に浮いている。

「あぁーもぅ! あの姿、気に入っているのに!」
「魔力の無駄遣いだね」

 プクゥと頬を膨らませ、叔父の周囲を回り抗議している。
 やはりそうかと、確信をえるために、叔父に声をかけた。

「ヴィリー叔父さん」
「ジーク、迷惑をかけたね」
「この子って?」
「視えているのかい? 顕現していないはずなんだけどね」

 えっ? と、驚愕する俺を横目に、叔父の視線が動く。

「顕現していないわよ。ジークベルトは資格持ちだから視えるわよ」
「やはりそうなんだね」
「あのー」

 また二人の会話に戻りそうだったため、俺は途中で声をかける。
 それにフラウが答える。

「うふふ、わたしは風の精霊のフラウよ。稀有な人の子。ジークベルト貴方に会いたかったの」
「ぼくにですか」
「そうよ!」

 叔父のそばにいたフラウが、勢いよく俺に近づくと、弾丸トークしだした。

「もう他の子が貴方に会ったって自慢するから、悔しくて! ヴィリバルトの血縁者なのに一度も会ったことがないって言ったら、あの子鼻で笑ったのよ。わたしは、ヴィリバルトと契約しているから、貴方との契約は無理でしょ。なのにあの子が貴方と契約したいって言い出しているのよ。わたしがヴィリバルトのそばにいるのによ。ヴィリバルトが大事にしている子を守るのは、わたしの役目なのにぃーー」
「あの精霊様」
「フラウでいいわよ」
「フラウ様」
「フラウよ」

 頬につきそうなぐらいの至近距離まで近づき、腰に手をあて注意する姿は、とても愛くるしい。
 フラウの本来の姿なのだろ、腰まである緑色の髪と大きな緑色の目が、美女と同じだ。

「フラウ、精霊に会ったのはフラウが初めてです」
「あら? 貴方なら顕現しなくても視えるはずよ。現にわたしは視えてるでしょ」
「はい。フラウの姿はわかります」
「わたしだけ視えるの?」
「今まで精霊を視たことはありません」
「そうなの! そうなのね! あの子、視えてないなら契約なんてむりじゃない。なんだ心配して損をしたわ。うふふ」

 上機嫌に宙を舞い、部屋の中を「うふふ」と漂っていく。
 その姿に満足したのかなと、精霊は気まぐれ屋であることを思い出す。
 叔父が俺の肩に触れる。

「フラウを意識したから、視えてるんだと思うよ。普段は視えないはずだから安心していいよ」
「はい」
「迷惑をかけたね」
「いいえ」

 俺は首を横に振る。
 精霊を視たいとは、今は思っていないが、興味はある。
 たぶん、精霊に会いたいと思えば、俺は視えるのだろう。
 ただ俺は幼すぎる。自分さえ守れない男が、他を守るなんてことできない。
 守れる時期が来たら、会いに行こう。

 ふと叔父の噂が頭を過ぎる。
 まさか、精霊をそんなことに使うのかと疑惑の目を叔父に向ける。

「ん? ジークなにかな?」
「ここ最近、叔父さんに恋人ができたと侍女たちが噂をしていましたが」
「それわたしよ! 人間サイズに顕現して、ヴィリバルトとたくさん出掛けたわ」
「とても助かったよ」
「ヴィリバルトの役に立てたならいいわ!」

 嬉しそうに叔父を見つめるフラウを見て、ありなんだと吃驚した。
 叔父の常識に目を疑いながら、宙を舞う精霊に、異世界なんだなぁと改めて自覚した。