夕食後、ジークベルトを執務室へ呼び出した。

「ジークベルト、呼び出した理由はわかっているな」
「ハクのことですよね」
「ハク? あぁ魔獣の赤子のことか。それに関しては、マリアンネから話は聞いている。責任を持って世話をするんだぞ」
「父上! ありがとうございます!」

 無邪気に喜ぶジークベルトを見て、心底安心する。
 まだ五歳児なのだ。この子は聡明だが、まだまだ手のかかる幼い息子だ。
 ジークベルトの態度は嬉しい誤算だった。頬が緩みそうになり、慌てて気を引き締める。
 いまは問い質すことに集中するのだ。

「さてその件で、一つ質問がある」
「はい?」
「魔獣の赤子、ハクだったな。どこで拾ってきた」
「『白の森』です」
「白の森には、ブラックキャットは生息していない」
「……ですが、白の森にいたのです」
「白の森は、ホワイトラビット・ゴブリン以外の魔物は、ほぼ生息していない。またブラックキャットの首都付近での生息は、ほぼ確認はされていない。ジークベルト、どこで拾ってきた」
「白の森です。すごく傷ついていて、捨てられたのか、捕まって逃げてきたのかわかりません。何度も回復魔法をかけて助けました」
「……真に『白の森』なんだな」
「はい……」

 ジークベルトの眼は、どこか視点が定まっておらず、何かを隠しているのは、明瞭だった。
 そんな息子をこれ以上問い詰めるのは、得策ではない。
 ここは折れるしかない。

「そうか。だがジークベルトなぜ『白の森』に一人で入った」

 ギルベルトが、矛先を変えたことに、ジークベルトは、一瞬戸惑った表情を見せる。
 だがすぐに表情を引き締め、ギルベルトの問いかけに回答する。

「それは……ホワイトラビットなら、ぼくでも倒せるからです」
「ジークベルト、お前はまだ五歳児だ。倒せるからと言って、わざわざ危険な場所に一人で行くことは、褒められたものではない。白の森には、ゴブリンも生息する。極僅かだが他の魔物もいるのだ。万が一があったらどうする。己の傲慢と油断は、死を早めることを忘れるな」
「ごめんなさい、父上」

 ジークベルトは、神妙な顔つきで反省の言葉を発した。
 なにか思い当たることがあったのだろう。素直に反省している点は心証が良い。

「森に入る時は、必ず誰かを伴って入ることを約束しなさい」
「はい! 父上!」
「二週間の謹慎だ」
「はい! 父上! ありがとうございます!」
「ジークベルト、謹慎だからな。二週間大人しく屋敷で過ごすんだぞ」
「はい! わかっています!」

 やはり俺はジークベルトには、甘い気がする。
 森に入るなとは、言えなかった。
 言えるはずもない、俺も父上に内緒で魔物討伐に出ていたのだ。
 ジークベルトよりも上の八歳だったが、約束はさせた。
 一人では、もう入ることはないだろう。

 ジークベルトが退室すると「父上」と執務室の内扉からアルベルトが現れた。

「アルベルト、聞いての通りだ。ハクとは『白の森』では出会っていない。ジークベルトは何らかの方法で別の地域に赴いたのであろう」
「別の地域……」
「テオバルトと魔物討伐に出掛けているのは、認識しているな」
「はい。冒険者ギルドでの聞き取り調査によりますと、冒険者ランクCのニコライ・フォン・バーデンと共に行動をしています。魔物がほぼ無傷で買取される日があり、その傷跡は高度な魔法が使用されていると、噂を呼んでいます。その魔術師は誰だとバーデンに詰め寄った冒険者がいたようですが、一笑に付したとの報告を受けています。その買取日ですが、ジークがテオ達と魔物討伐する日とほぼ一致します。最近は討伐後、数日時間をあけて、買取依頼しているようです。おそらくテオに指摘されたのでしょう」
「そうか、その噂消せるか」
「はい。既に叔父上と協力の上、口の堅い冒険者に叔父上の狩った魔物を数度買取に行かせています」
「さすがだな」
「いえ、ジークを守るためです」
「その討伐で得た資金で『移動石』いや『倍速』を使用した魔道具を手に入れた可能性がある」
「行動範囲が広がりますね」
「あぁ、厄介だ。大人しくしてくれればいいのだが……」
「それは難しいでしょう。父上の息子ですよ」

 ギルベルトの嘆きに、アルベルトは笑顔で回答する。

「そうだな、お前にも手を焼かされたな」
「えぇ。アーベル家の男は、何かと問題を起こします。血筋です。諦めてください」
「ジークベルトを守るために、これからも頼むぞ、アルベルト」
「もちろんです。俺の可愛い末弟ですから!」