テオ兄さんは、やはり優秀な人だ。
 俺の歩調に合わせ、かつ平坦な道を選び先導してくれる。
 森林公園は、入口付近は整備されているが、奥に行くにつれ、けもの道となっている。
 魔物だけではなく、野生の動物も生息している。
 付近を警戒しながら『報告』の魔法を使用しているようだ。
 しばらく歩くと、開けた場所に出る。『白の森』に到着したようだ。
 突然、テオ兄さんの足が止まった。
 真後ろにいた俺は「ぶっ」と、テオ兄さんにぶつかり「どうしたのですか」と、鼻を押さえながら非難めいた声を上げる。
 だがテオ兄さんには届いておらず、その視線は、前方を見据えていた。
 その様子に、俺も身体をずらして前方を注視する。
 先に、金髪の長身が不貞腐れたように立っているのが見えた。
 あれは!? まさか! なぜここに?
 思い当たる人物は一人。
 テオ兄さんは慌てた様子で、金髪の長身へ駆け寄って行く。
 俺もその後に続いた。

「ニコライ!」
「よぉ、テオ」

 金髪の長身ニコライは、不敵に笑うと待っていましたとばかりに手を挙げる。
 この人が、ニコライ・フォン・バーデン。
 厄介な相手が出てきたなと、内心舌打ちする。
 当初からニコライとは、接触する予定はなかった。
 テオ兄さんと交渉すれば、おのずと二人で魔物討伐に行くと想定していたのだ。

「どうしてここにいるんだい。君は最近発見された迷宮へ行くと言っていたじゃないか」
「どうも気が変わってなぁ。おっ! このチビが噂の弟くんか」
「初めまして、ジークベルト・フォン・アーベルです」

 ニコライが、値踏みするように俺を見るが、アンナ監修の貴族の形式通りの完璧な礼儀で挨拶をする。
 おっ、驚いてる。驚いてる。
 開いた口が閉じませんね。幼児がする挨拶ではないよね。
 んー?
 真横のテオ兄さん、呆れた顔しないでください。狙ってやっているんですよ。
 さてさて、相手がフリーズしている間に情報をえましょう。
 ヘルプ機能の掘り下げで、ある程度の人物像は把握できてはいるが、詳細な情報が欲しいので素早く『鑑定』を行う。


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 ニコライ・フォン・バーデン 男 15才
 種族:人間
 職業:冒険者
 Lv:17
 HP:121/121
 MP:98/98
 魔力:86
 攻撃:141
 防御:94
 俊敏:82
 運:34
 魔属性:光・水
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 テオ兄さんより、三歳上なのか。見た目はもう少し上に見える。
 やはり冒険者として活動しているだけあり、十五歳にして身体が出来上がっている。
 Lv17だが、ステ値は平均以上だ。特にHPと攻撃値が高い。
 腰にある長剣からして、戦闘スキルを所持しているのだろう。
 おそらくパワー系の魔法剣士だ。
 戦闘に備えMP温存のため『鑑定眼』が使用できないのが悔やまれる。
 魔属性は意外だった。
 光属性って、女神や勇者の物腰の柔らかいイメージが根強くて、体格がいいニコライでは想像の欠片もない。
 まぁ適応属性は選べないので、あくまでも俺のイメージなんだけどね。

「これはご丁寧に。俺はニコライ・フォン・バーデンだ。Dランクの冒険者だ」

 復活は予想より遅かった。
 不意を突かれ、動揺しているのが、手に取るようにわかった。
 まだまだ若いってことだ。精神年齢は俺がだいぶ上だから、余裕はある。
 ニコライが、立て直す間に、今後の行動方針を考えたかったので、狙い通りで満足です。
 俺の満面の笑みに、ニコライは眉を顰める。
 それを真横で見ていたテオ兄さんが、自然と俺を隠すように、ニコライとの間に入る。

「ニコライ、今日は『白の森』で予定があると伝えていたよね」
「あぁ『白の森』なんて初心者が行く場所へ予定があるなんて気になってな。でもよぉ、その予定がチビだとは思っていなかったぜ」
「三歳の誕生日の後に『白狩り』をすることになってね。その前に雰囲気だけでも味わえば、本番でも失敗しないだろうと思ってね」
「それは過保護なことで」
「ニコライ、悪いがあまり時間がないんだ。馬車の時間がある」
「なら俺も協力するぜ。実戦を見せた方がいいだろ」

 白の森に行くと、事前に情報提供をしていたんですね。
 そりゃー気になって待ち伏せするわ。
 長年の相棒が、急に初心者の森に予定があると言って、魔物討伐をキャンセルした。
 今までにない行動に動揺し、他の誰かと組むのか? パーティ解散危機?! かと、悪い思考に陥ったんだろう。
 初見の不貞腐れた態度はそれだな。
 冷静に考えれば、他の可能性も示唆されるが、突然過ぎて頭が回らなかったようだ。
 そして現れたのが俺だった。安心したのから一変、興味そそられるわな。
 テオ兄さんは、自分の迂闊さが招いたことだと気づいている。
 取り繕った嘘で、場を乗り切るつもりのようだが、無理ですよ。
 ニコライは、俺が起因だと確信して、この状況を面白がっています。
 はぁーー。いずれバレることだ。
 テオ兄さんが付き合う人だ信用しよう。

「遠慮「ぼくは、かまいせんよ」してくれ」
「はっ!? なにを言っているんだい、ジーク!」

 俺がテオ兄さんの言葉を遮り、了承と取れる発言をしたことに、テオ兄さんはひどく驚き、思わず俺の肩を掴んだ。
 俺は肩を掴んでいる腕に手をかけ「大丈夫です」と視線を合わせ頷く。
 黒瞳が真剣に事の真意を探っている。黙ったままその視線を受け続けると、そっと肩から手を放した。
 手を放す際、力が一瞬入ったのは、激励だと感じ、俺は、前に出る。

「ニコライ様、これから見るもの全ての内容を忘れていただけるならば同行を許します」
「ほぉー。こりゃまた上からだな」
「はい。今日は、ぼくがお願いをして『白の森』へ連れて来てもらいました」
「へぇーーーー。チビがお願いをしたのか」
「はい。言うなれば、ぼくが依頼人です。同行を許可する権利は、ぼくにあります」
「なるほどな、わかった。今日、俺はここにはいない」
「よろしくお願いします」
「ジーク、いいのかい」

 心配顔なテオ兄さんに、笑顔で頷く。
 確かに危ない橋だ。同行の許可は、魔力の異常値が家族以外に知られることになる。
 だが、他人がどのような反応をするのか、確認するいい機会でもあるし、その最初の人物が兄弟の信をえている人であれば、悪いことにはならないはずだ。もちろん、釘は刺しておくけどね。

「テオ兄さんのご親友でしょ。信用していますし、それにテオ兄さんを裏切ることはしないですよ」

 ニコライは、クックッと低い声で笑い「なるほどねーー。こりゃー、優秀な弟だなぁ」と、テオ兄さんの肩を叩いた。
 テオ兄さんはあきらめたように笑い、ニコライへ本日の目的を簡潔に述べていた。