約束の第三週の二日、初めての魔物討伐の日だが、俺は屋敷から出るに出れない状況にいた。

「どうするんだい。ジーク」
「マリー姉様の対策を忘れていました。何か策はありませんか」
「僕に聞くのかい」
「そこは年長者の知恵といいますか……」

 テオ兄さんと二人、目の前に立ちはだかるマリー姉様の対応策を模索する。
 マリー姉様は、あの日以来、俺に対し超超超超超超過保護になった。
 弟たちの惨事に相当ショックを受けたようだ。
 その豹変ぶりに、侍女たちはおろか家族までも引いてしまった。
 封印した記憶のため、詳細は語らないが、昼夜問わず俺を離さない家族ストーカーだった。
『ジークを守る』と宣言した責任感での行動のようだが、それでも限度があると思うんだ。
 父上に悟られ、一時ほどの執着はなくなったが、過保護は健在だ。

「二人とも何をこそこそしているの」
「姉様、今日は僕にジークを預けてください」
「だめよ。私が王妃様主催のお茶会に呼ばれているのを知っているでしょ。屋敷の中ならまだしも、ジークを外に出すなら、私も一緒じゃないとだめよ」
「普段からジークを独り占めしているではありませんか」
「うぅー。だからといって、外出はだめよ」
「マリー姉様、テオ兄さんと二人でお出掛けしたい」

 姉様の弱点である俺を最大限に使う。
 顔を斜めに傾け、目に涙を浮かべ上目遣いで、ここぞとばかりに、マリー姉様に訴える。

「うっ、その顔は反則ですわ」
「森林公園で遊ぶだけです」
「お庭でいいじゃない」
「屋敷内ばかりでは、ジークが可哀想です。気分転換に森林公園の自然で遊ぶのもいいことです。僕が小さい頃、アル兄さんと二人でよく連れて行ってくれたじゃないですか」
「それは……そうだけど。森林公園の奥は『白の森』に繋がっているわ。魔物だって出る可能性があるし、危ないわ」
「大丈夫ですよ。奥までは行きません。万が一、魔物が出ても、ホワイトラビットですよ。僕が仕留められます」
「んー……。でも、ホワイトラビットだけとは限らないわ」
「姉様、そんなことを言っていたら、ジークはどこにも行けなくなる。過保護すぎるのもだめだと父様に叱られたばかりですよね。僕を信頼して預けてください」
「テオ……。もう、行き帰りは馬車よ。これだけは譲れないわ」
「もちろんです」

 おぉーー。さすがテオ兄さん、マリー姉様を説得したよ。
 大難関突破です。思わず拍手をしそうになり慌てて止める。
 あぶねぇー。姉様の機嫌を損ねるところだ。
 静かに二人のやりとりを傍観していた意味がなくなる。
 冷静に対応しなければ、あくまでも今回はテオ兄さんとお出掛けなのだ。
 承諾を得たテオ兄さんは、素早く侍女に指示し、馬車を手配する。
 そして俺と姉様の接触を極力避けさせ、馬車へ押し込む。
 その間十五分あまり、その行動の速さは賞賛に値する。

「はぁー。お茶会の日でよかったよ。もしなければ一緒に行くと言って説得できなかった」

 馬車が動き出すと、テオ兄さんは疲労感たっぷりに大きく息を吐きだす。
 あまりにも冷静沈着に事を運ぶので忘れていたが、下手するとテオ兄さんの秘密がバレる可能性もあったのだと、今さらながら思った。

「ありがとうございます」
「お礼はいらないよ。姉様の暴走を止められなかった責任は僕にもあるからね。あの期間は酷かっただろ」
「まぁトイレまでついて来た時はさすがに困りましたね。マリー姉様も悪気があったわけではありませんし、ぼくを守ろうと色々と考えての行動だったようですしね」
「姉様は思い立ったら即行動の人だからね。猪突猛進なんだ。嫌わないで欲しい」
「もちろん、大好きですよ。テオ兄さんも好きですよ」
「はっはっは、ありがとうと一応お礼は言っておくよ」
「本心ですよ」

 俺の発言に馬車内の空気が一気に和んだ。
 テオ兄さんと交流を深めている間に、森林公園に馬車が着いた。
 馬車乗り場には、他の馬車は見当たらない。
 森林公園は、人気スポットなので、他の貴族とも会う可能性もあったが、幸運なことに今はいないようだ。面倒な関わりがなく安心して馬車から降りる。
 テオ兄さんが、御者に帰りの時間を指定している。
 馬車は一旦屋敷へ戻ってもらうのだ。これも面倒な貴族対策の一環である。
 一応俺たち、アーベル侯爵家の子息ですからね。
 縁を繋ぎたい人たちは、山ほどいるのだ。
 アーベル家の馬車があれば、ここにいますとアピールしているようなものだ。
 馬車を見送り、テオ兄さんと共に、森林公園の奥にある『白の森』へ向かう。
 白の森こそ今回の目的であるホワイトラビットが多く生息している場所なのだ。
 もちろん『白狩り』でも使用される場所だ。