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 目が覚めると、ベッドの上にいた。
 意識が朦朧としている。
 なにが起きたのか、少しずつ記憶を辿る。

 母リアが亡くなってから一ヶ月、『最後の別れ』をした。
 日本の四十九日みたいなものだ。
 儀式が終わり、兄姉だけ部屋に戻された。そう兄姉が揃ったのだ。

 ガタガタと全身が揺れはじめる。

 マリー姉様に手を引かれ、ソファに座った。
 ゲルト兄さんがマリー姉様を呼び、一人になった瞬間、『落雷』の魔法が俺の脳天に落ちた。
『生きている』喜びと『死んでいた』恐怖が交差する。
 殺意の恐怖が全身を覆い、「あっぁあーーーー」と、声にならない声が部屋中に響く。

「ジーク! 大丈夫よ。もう大丈夫だからね」

 マリアンネの涙声は、耳に聞こえるが何を言っているのか把握できない。
 混乱とともに、精神が病んでいく寸前、意識が明瞭に戻る。
 ヴィリバルトが『聖水』を施していた。
 全身が温かなものに包まれ、気持ちがだんだんと落ち着いてきた。
 周囲の様子も確認できるまでに回復し、俺の手をギュッと強く握っていたマリー姉様の泣き顔を見て、明日はひどく腫れるだろうなと、見当違いなことを考えていた。
 俺の視界いっぱいに赤い髪が入った。

「ジーク、私がわかるかな。わかるなら返事をして欲しい」
「はぃ」
「うん、大丈夫そうだね。気持ちを落ち着かせる魔法を使ったからね」

 叔父の繊細な手が、俺の髪をゆっくりと梳かす。
 ここは安全だ。ここに敵はいない。
 心底安心して、瞼を閉じる。

 ゲルトとは、数回対面しただけだが、嫌われているのは明白だった。
 初対面は、顔を認識できなかったが、雰囲気で察した。
 母親をとられた子供の嫉妬だと、時間が経てば解決するだろうと、安易にしか考えていなかった。
 それは他の兄姉がとても好意的に、俺に接してくれていたからだ。
 特に長兄アルベルトの溺愛はすごかった。
 十五歳の差が影響しているのだと、それだけであるとそう信じたいほどだった。会えば全身を抱きしめられ、顔中にキスの嵐。
 片時も俺を離さないその態度に、母上も父上も毎回苦笑いをしていた。
 だがゲルトは、回を重ねる度、態度が悪化していき、母リアが「困ったわね」と嘆いていた。
 あぁ、この人とは、どんなに努力をしてもわかり合えないのだ。相性がすこぶる悪いのだと感じた。
 そう悟ったのは、三回目の対面だった。
 母上の目を盗み「お前さえいなければっ」と、動けない俺に何かを仕掛けようとした。
 母上がゲルトの変化に気づき、事なきを得たが、もうこの時には予兆があったのだ。
 俺は兄弟でこのような関係はよくないと思ったが、解決の糸口が見つからない。
 長期戦と考え、極力近づかないでおこうと決めていた。
 まさか、殺意を抱くまで、憎まれていたとは想定外だった。
 俺がなにかしたのだろうか。死に際まで、母上を独占したのは、悪かったと思う。
 だけど、知らなかったのだ。母上が不治の病に冒されているなんて、わからなかった。
 いつでも美しく元気だった。身体が弱いのであろうとは、周りの態度で認識はしていた。
 もしあの時、俺が『鑑定眼』を使っていれば、母上の病を治せたのだろうか。
 原因をヘルプ機能に追及させ、特効薬を手に入れることもできたかもしれない。
 もしくは、事情を父上に話し、俺のチートスキルで母上を治すスキルを獲得できたかもしれない。
 何もできなかったかもしれない。だけど知らないよりも知っておきたかった。
 あの時の選択を後悔した。

『あなたはその時の最善を選択したのだから。前を向きなさいジーク』

 母上の声がした。
 はっとして瞼を開け、周囲を見るが、叔父と姉様が心配そうに俺を見ていた。

「まーねぇー。じょうぶ(マリー姉様、大丈夫です)」
「うん、よかった。ジークは私が絶対に守るから安心してね」
「あーとぉー。じょうぶ(ありがとう。でも大丈夫です)」
「心配はいらないよ。『監視』の魔法を使うからね。ジークにゲルトが近づけば、私や兄さんに報告が入るようにする。もう二度とこのようなことは起こさせない。だから安心しなさい」
「でもそれでも、ジークは私が守るわ」
「そうだね。心強いよ、マリー」
「ヴィーお、まーねぇー、あーとぉー。(ヴィリー叔父さん、マリー姉様、ありがとう)」
「ジーク少し眠りなさい。急激な回復を施したんだ。身体がまだ追いついていないはずだ。マリーも限界近くまで、魔法を行使したんだ。少しでいいから眠りなさい。私がそばにいるからね。安心しておやすみ」

 叔父はそっと姉様を俺の横に寝かせ、布団を掛けた。