不運からの最強男


 教室の窓から差し込む光が、机の上のガラス石に淡く揺れていた。
 俺はお手製のガラス石を手に取り、指先でなぞる。
 最初は形にするだけでも苦労した。
 何度も失敗して、心が折れかけたこともある。
 それでも積み重ねて、魔道具作製スキルを取得し、魔力制御の精度も整えていった。
 今では素材さえあれば、安定して作れる。
 それでも、こうして手に取ると、あの頃の感触がふっとよみがえる。
 今日の授業は、魔法ではなく魔力だけを込める魔力石の生成を行う。
 俺にとっては、それほど難しいことじゃない。
 教授の声が教室に響く。

「準備が整ったら、始めてください。焦らず、丁寧に。ガラス石に意識を向けて」

 俺は目を閉じ、魔力循環を高める。
 ゆっくりと魔力を注ぐと、透明だった石に色が差し、やがて真っ白な魔力石が出来上がった。
 教室のあちこちで、魔力石が白く染まりはじめていた。
 セラも成功したらしく、魔力石を見つめたまま小さく息をついた。

「できました」

 隣のディアーナが、落ち着いた声で魔力石を机に置いた。
 教室のうしろの方では、レオポルトの声が響いていた。

「俺の手にかかれば、魔力石も簡単さ!」

 すぐに親衛隊の子たちが弾む声で続く。

「レオ様、素敵です!」

 そういえば、レオポルトは自製のガラス石を作ろうとして、少し前に教室へ来ていた。
 あいつなりに頑張っていたけど、たしか失敗して落ち込んでいたはずだ。
 それでも、こうしてすぐに切り替えるあたりがレオポルトらしい。
 騒がしさの残る教室で、教授が机の間を歩きながら、ひとりひとりの結果を確認していた。

「アーベル君は、さすがとしか言えない出来だ。それと、ラフェルト君。君の魔力石も素晴らしい精度だ」
「ありがとうございます」

 教授の評価に、俺は素直に頭を下げた。
 けれど、もうひとり。名前を呼ばれたはずのドミニクの声が聞こえない。
 視線を向けると、彼はうつむいたまま動かなかった。
 顔色は青白く、体もわずかに揺れている。体調が優れないようにも見えた。

「ラフェルト君、どうしたのかね?」

 教授が声をかけると、ドミニクはゆっくり顔を上げた。

「いえ教授。なんでもありません。褒めていただき、光栄です」

 やはり、おかしい。
 言葉は丁寧なのに、声に張りがなく、息も浅い。
 どうにも気になる。
 ドミニクには魔属性がない。
 魔属性がないことを気にしている素振りなんて、今まで一度も見せなかった。
 けれど、今日の彼はどこか違う。
 俺の考えすぎかもしれない。
 ただ体調が悪いだけなのかもしれない。

 教授が教壇に戻り、手をかざす。
 宙に浮かんだ魔力石がゆっくりと回転し、光を帯びていく。
 その隣には、色の鈍い石と、ひびの入った石が並んだ。

「ガラス石が割れたものや、色が鈍くなったものは、魔力制御が上手くできていない証拠なのだよ」

 教授は浮かぶ石を指し示しながら、わかりやすく説明を続けた。

「先生、魔力石はなにに役立つんですか?」

 前列の席から、ひとりの生徒が声を上げる。

「いい質問だ。魔力石は、魔道具の媒介となるものだ。魔力が少ない者は、魔道具を起動できないことがある。魔力石は、その不足分を補い、魔道具を動かす助けになるのだよ」

 教授の説明に、いくつかの声が続いた。

「では、今日の授業はここまでとしよう。提出物のある者は忘れずに」

 教授の声が、教室全体に穏やかに響く。
 その言葉を合図に、周囲の席で椅子が引かれ、鞄に手を伸ばす音が重なった。

「かなり有意義な時間だったね」
「はい。私は魔力石について、なにも知りませんでした」
「うん。僕たちが思っている以上に、見えていないことって多いんだね。これから、一緒に知っていこう」
「はい!」

 ディアーナの声が少しだけ弾み、微笑みながら俺を見る。
 セラもそれに合わせるように笑顔でうなずいた。
 和やかな空気の中で、俺の視線がふと横へ流れる。
 ドミニクが机に手をつき、立ち上がろうとしていた。
 わずかにぐらついたあと、姿勢を整え、顔を伏せたまま出口へ向かって歩き出す。
 その様子を追っていると、いつの間にかレオポルトが俺のそばに立っていた。
 声を落とし、ぼそりとつぶやく。

「ラフェルト伯爵家は、良質な魔力石をここ数年売りに出している」
「それって……」

 言葉を切る俺に、レオポルトは軽くうなずいた。
 ヘルプ機能、今のドミニクの状態は。

《魔力切れではありませんが、かなり危険な状態です。ドミニクは日常生活に支障のない程度の魔力を残し、魔力石を毎日生成しています》

 やはり、そうか。

《ご主人様、ラフェルト伯爵家の家内のことについては、いくらご主人様でも口を挟めません》

 わかっているよ。
 ……それでも、今の彼には助けが必要だろう。

《承知しました。ドミニクは現在、マリアンネと接触しています》

 えっ、マリー姉様?
 こんな短時間で、なにがどうなっているんだ?


◇◇◇


 教室を出る少し前、ドミニクは小さく息を吐いた。
 机に残した手が震えていたが、誰も気づかない。
 無理に搾り出した魔力の反動が、体の奥に鈍く残っていた。
 血の巡りは重く、関節が軋む。
 魔力石しかない──それだけは譲れない。
 それが彼の最後の矜持だった。
 けれど現実は容赦がない。
 自分が作った魔力石よりも、ジークベルトの方が、はるかに良質なものを生み出していた。
 その差に、誰よりも早く気づいていたのはドミニク自身だった。
 動悸が耳の奥で膨らみ、視界の端が滲む。
 倒れるわけにはいかない。
 意地だけで体を支え、教室を出る。

 廊下には、授業を終えた生徒たちの声が満ちていた。
 そのざわめきを避けるように、人気のない道を選ぶ。
 ひとりになりたいときに向かう、使われていない一室。
 ドミニクは、誰にも見つかりたくないという思いだけで、そこへ向かった。

 扉を開けた瞬間、室内の奥でマリアンネがわずかに動いた。
 思いがけない来訪者に肩を跳ねさせ、彼を見つめる。

「あら、あなた。この前、迷惑をかけた子よね」

 その声には、距離を測るような警戒と、わずかな安堵が滲んでいた。

「たしか、ジークと同じ学年の……ラフェルト伯爵家のご子息だったかしら」

 彼女の視線が、蒼白な頬と汗を捉える。

「あなた、具合が悪いの?」

 ドミニクは口を開きかけたが、声は出なかった。
 足元が揺れ、支えを失う。
 マリアンネが息を呑むより早く、彼の体は静かに崩れ落ちた。