「いらっしゃい、アルベルト様の弟ジークベルト・フォン・アーベル」

 赤い玉座に座ったユリアーナは、自信に満ち溢れていた。
 彼女の唇には妖艶な微笑が浮かび、その魅力が場を支配していた。彼女の鋭い眼差しが俺を貫くように見つめる。
 俺は一瞬、彼女の威圧感と魅力に圧倒されそうになったが、深呼吸をして、なんとか心を落ち着けた。

「ディアとエマはどこだ?」

 俺の声は思ったよりも緊張していたが、ユリアーナの微笑は変わらない。彼女は優雅に手を振り、目を細めて笑った。

「うふふ、せっかちさんね」

 ユリアーナが俺の背後にいる甲冑を着た男に目配せすると、彼は静かに動き出した。すると突然、玉座の間の煌びやかな装飾の中に黒い闇が浮かび上がった。その闇は徐々に広がり、その中からディアーナとエマがゆっくりと姿を現した。

「ディア! エマ!」

 彼女たちはそれぞれ大きなグレーの玉の中に閉じ込められていた。

「あなたを捕まえようとしたら、強力な結界に阻まれて失敗したのよ」

 玉座に座ったままユリアーナが冷ややかに足を組み替える。その動作はゆっくりと、まるで俺を観察するような、彼女の冷酷さを際立たせていた。

「だから、代わりに餌を捕まえたの」

 ユリアーナの目には冷たい光が宿り、微笑みの裏に隠された悪意がちらつく。
 彼女の本性をまのあたりにし、俺の心の奥底に冷たい恐怖が広がった。


 ***


 王城の客室で就寝していた俺は、ハクとスラの温もりを感じながら静かな夜を過ごしていた。
 突然、ハクがなにかの気配に気づき、飛び起きた。

「どうしたの、ハク?」

 俺は目を覚まし、ハクの動きを追った。ハクは扉の前で低く唸り声を上げている。

〈嫌な匂い!〉

 スラも目を覚まし、俺の首にぴったりと引っ付き、警戒心を露わにした。

〈くさい!〉

 ふたりの並ならぬ様子に、俺はベッドから起き上がり、扉に向かって歩み寄る。

「誰かいるのか?」

 一時の沈黙の後、扉の向こうから聞きおぼえのない男の低い声がした。

「至急の用件だ。扉を開けてくれないか?」

 俺は眉をひそめ、警戒心を全開にして、扉の向こうを見つめた。

「こんな深夜に訪れて、客人のぼくに用件があると?」
「そうだ」

 男は短く答えた。その無機質な声色に、俺の緊張がさらに高まる。

「申し訳ないんだけど、無理なんだ。怪しい人は部屋に入れちゃだめだと強く言われているからね」
「ディアーナ王女と侍女のエマの命がおしいなら、開けてくれ」
「なっ!」

 言葉を失った俺は、呆然とした。ディアーナとエマの顔が脳裏に浮かび、手のひらに汗が滲むのを感じた。

《ご主人様、調査しました。現在ディアーナとエマは行方不明です。現時点の私の能力では、彼女たちがいる場所を特定できません》

 ヘルプ機能の報告により、男の言い分が事実であり、彼女たちが危険な状態であることがわかった。

〈ジークベルト、どうする?〉
〈主!〉

 ふたりの心配を感じながらも、状況を考えるに扉を開けるしか道がなかった。
 魔袋から戦闘用の服を取り出し、素早く着替え、黒い剣を腰につけ、マントを羽織った。

「扉を開けてもいい。だけど、ぼくたちに危害は加えないで欲しい」
「はじめからそのつもりだ」

 男の意外な回答に驚きつつも、ドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開けた。
 そこには甲冑を着た男が立っていた。彼は扉が開くとすぐに、ハクに近づき、魔道具のようなものをかざした。
 ハクが静かに床に倒れる。

「ハク!」

 ハクが倒れたのを見て、俺の心臓が一瞬止まったように感じた。急いで駆け寄ったが、恐怖で手が震える。だが、ハクは何事もなかったかのように、静かに寝息を立てていた。

〈主、危険!〉

 スラが叫んだ瞬間、男は俺の首に張り付いていたスラにも同じように魔道具をかざした。
 力なくスラが床へと落ちていく。

「危害はくわえないと約束したはずだ!」

 俺は怒りで体中が震え、男を睨みつけた。
 男は冷静なまま、無表情で俺を見返し、「眠らせただけだ」と淡々と答えた。

「時間がない。ジークベルト・フォン・アーベル。ディアーナ王女とエマの命がおしければ、俺に黙ってついてこい」

 甲冑の男はそう言って、部屋を出た。
 俺は一瞬躊躇したが、ディアーナとエマの命を最優先に考え決断した。
 床に眠るハクとスラを抱え上げ、そっとベッドに移動させた。そして、彼らを見守るように一度振り返り、男の後を追って部屋を出たのだった。

 ***


「素直についてきてくれて、本当に良かったわ」

 ユリアーナの冷たい声が響いた。彼女の唇には薄い笑みが浮かび、その目には無慈悲な冷たさが見えた。

「ディアたちを解放してください」
「あら誰がそんな約束をしたの? アイゼン?」

 俺の主張にユリアーナは興味深げに首をかしげ、視線をアイゼンに向けた。彼女の笑みは一層広がり、周囲の空気が一瞬張り詰めたように感じた。

「いえ、私はふたりの命がおしいなら、ついてこいと言ったまでです」

 アイゼンが無表情で答えると、ユリアーナは思い出したかのように口を開いた。

「そういえば、ジークベルトの魔獣たちはどうしたの?」
「ユリアーナ様から預かった『眠り』で眠らせました」
「そう、あとで回収してちょうだい。変異種のブラックキャットと特殊体のベビースライムが私のコレクションとなるのね。とても楽しみだわ」

 彼女は玉座に深く腰掛け、目の奥に冷たい光を浮かべて俺を見つめた。

「あら、その顔いいわね」

 ユリアーナが冷たく微笑んだ。その瞬間、玉座の横にある水晶が不気味な青白い光を放った。彼女はその光に視線を移し、口元に妖艶な笑みを浮かべた。

「アイゼン、あなたの古い知人が玉座の間に近づいているわ。首を持ってきてちょうだい」

 その言葉にアイゼンは一瞬躊躇ったが、すぐに深々と臣下の礼をとった。

「仰せのままに」

 アイゼンはユリアーナに対する絶対的な忠誠心を示し、玉座の間をあとにした。
 ユリアーナとアイゼンのやり取りの間、俺はディアーナとエマが入っているグレーの玉を鑑定眼で見た。
 
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 闇のカーテン
 効果:外界からの接触を遮断
 説明:闇魔法『暗闇』で作製された膜のようなもので、変幻自在に形を変える。同等以上の闇、光魔法で破壊できる。
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「強い魔力。なにをしたのかしら?」

 ユリアーナが目を細めて俺を鋭く見つめる。

「ディアたちを覆っているグレーの玉について調べていました」
「ジークベルトは鑑定持ちなのね、それで、解決はできそうなの?」

 俺が意外にも素直に答えたことに、ユリアーナは一瞬驚いたが、すぐに挑発的な態度を取った。
 できないとそう思っているんだろうな、それなら期待に応えないと。

『光輝』

 グレーの玉が一瞬の閃光と共に割れ、中からディアーナとエマが飛び出してきた。ふたりは互いに顔を見合わせ、俺の元に駆け寄ってくる。

「あら、お見事!」

 玉座からユリアーナの驚嘆した声が聞こえた。