夕暮れの光が部屋に差し込み、柔らかなオレンジ色の光がみんなの顔を照らしていた。
 話し合いが無事に終わり、部屋には安堵の空気が漂い始める。緊張感が解け、みんなの表情にも少しずつ和らぎが見えた。

「静かに話を聞けて、ハクとスラは本当に偉かったね」

 俺は微笑みながらふたりの頭を優しくなでた。
 ハクは目を細めて嬉しそうに尻尾を振り始め、スラは平べったく溶けていき、床にぴったりと体をつけた。

「ガウッ! 〈怒った女の人には近づいたらだめ!〉」
「ピッ! 〈だめ!〉」
「えっ、それ誰に教わったの?」

 俺は予想がつきながらも、あえて尋ねた。すると、ふたりは口を揃えて「「ヴィリバルト」」と答える。
 その名前が出た瞬間、叔父は驚いた表情を見せたが、すぐに頬をかきながら弁明し始めた。

「ちょっとした教訓を教えただけだよ」

 まったく、どんな教訓をふたりに教えたのか。
 ふたりにそんな偏見を植え付けるようなことを教えるなんて、信じられない。
 俺のジト目に耐え切れなくなったのか、叔父がすぐに話題を変えた。

「さて、今日からはエリーアス殿下の客人として、王宮に滞在するよ」
「バルシュミーデ伯爵家には戻らないんですか?」

 突然の提案に俺は驚きを隠せなかった。

「ジーク、心配しなくても大丈夫だよ。ヨハンとのお別れの時間は、この件が片付いたらちゃんと取るからね」

叔父は優しく俺の頭をなでて、安心させるように微笑んだ。

「ヨハンも喜びます」とパルが微笑みながら言う。

「ヴィリー叔父さん、エリーアス殿下の客人って、理由はどうするんですか?」
「うん?」

 叔父は少し含みを持ちながら、俺の反応を楽しむように答える。

「テオが、殿下の趣味である流木に興味を持ち、意気投合したことになっているんだ」
「えっ、いつの間に?」

 俺は驚きの声を上げ、ハクとスラにご褒美のオークの肉を与えているテオ兄さんを見た。
 俺の視線に応じるように、テオ兄さんが軽くうなずいて補足する。

「何度か登城して王城の者にエリーと仲が良くなったと印象づけているから、数日の滞在は問題ないよ」
「エリー?」

 俺は頬が引きつるのを抑えることができなかった。

「親しさをアピールするには愛称で呼んだ方が効果的だと殿下に提案されてね」

 テオ兄さんが少し困った表情を浮かべ、諦めた様子で言った。
 そうだよね。さほど親しくない他国の王族を愛称で呼ぶのって、かなり勇気がいる。
 その時、俺たちの会話を耳にしたアグネス側妃が、エリーアスに向かって声をかけた。

「エリーアス、まだただの木を集めているのですか?」
「母上、ただの木ではありませんよ。流木です。長い年月をかけて川や海を旅し、自然の力で形を変えるのです。その独特な形や質感は、人工的には作り出せない美しさを持っています」
「ごたくはいいのです」

 アグネス側妃は厳しい口調で言い放った。
 エリーアスは肩をすくめ、ため息をついた。
 どこにいてもやはり母は強しと俺は心の中で思った。

「私たちは後宮に戻ります」
「母上、どうかお気をつけて」

 王妃がそう言うと、マティアスは心配そうな顔をしていた。
 そんな彼を王妃は優しく包み込むように抱きしめた。

「心配はいらないわ。お父様が警備を増員してくれたから」
「ブルーム公爵が動きましたか」

 王妃の言葉に反応したパルが目を鋭く光らせ、ふたりの間に割り込んだ。

「ええ、バルシュミーデ前伯爵」

 王妃は優雅に微笑みながら、うなずく。だが、その目は笑っていなかった。
 マティアスとの抱擁を邪魔された怒りが手に取るようにわかった。
 しかし、パルはそれを気にすることもなく胸を張り主張した。

「王妃様、私はただの冒険者のパルです」
「そうだったわね」

 パルの気迫に一瞬たじろいた王妃は、すぐに気を取り戻した。

「ブルーム公爵家は内乱に一切関与しないわ。あくまでも後宮の警備を強化するだけ。だから数には入れないでちょうだい」
「わかりました」

 パルが胸を手に当て、深々と臣下の礼をすると、静かにその場を引いた。
 先ほどまで空気を読まずに会話に割り込んでいたパルとは思えない、洗練された態度に俺の頭は混乱する。まるで別人のようだ。
 王妃も同じように驚いているようで、少し間を置いてから、マティアスを見つめた。

「マティアス、私たちが関われるのはここまでよ。あとは、エリーアス様と……」

 王妃が言葉を切り、その視線を叔父に向けるが、少しして頭を軽く振り、マティアスに戻した。

「エリーアス様に相談しなさい」
「ありがとうございます。母上」

 そんな王妃の態度に、マティアスが苦笑いをした。

「アグネス様、そろそろ戻りましょう。エレオノーラ様が待っていますから」
「はい、シャルロッテ様」

 ふたりは微笑み合いながら、仲良く部屋を後にしたのだった。