エスタニア王国は、国王の死が発表されてから四日後、混乱と不安に包まれていた。
王宮前の広場には、革命の光の面々を従えたトビアス・フォン・エスタニアが立ち、国民に向けて声明を発表した。
「国民よ、聞いてくれ! 俺はトビアス・フォン・エスタニアだ。今日は、お前たちに真実を伝えなければならない。前国王が亡くなったのは、神獣の怒りを買ったからだ。彼は金の瞳を持つ者が真の王位継承者であるという事実を覆し、その結果、呪いにより命を落とした」
突然現れたトビアスに国民はざわめき、その内容に困惑と疑念の声が広がった。
人々は顔を見合わせ、ささやき声が広場を満たした。
「俺たちは長い調査の末にその証拠を掴んだが、王太子であるマティアスに阻止されたのだ。さらに、武道大会で俺がマティアスを襲ったのは、彼の側近から手渡された魔剣に意思を乗っ取られたからだ。俺は無様にも罠に嵌まったのだ」
トビアスは拳を握りしめ、目に涙を浮かべながら続けた。
彼の声は震え、国民に向けた訴えは心の底からの叫びのようだった。
「俺は王子として、皆のために戦ってきた。しかし、あの魔剣に操られた瞬間、俺の意志は奪われ、無力だった。俺の過ちを許してくれ。俺は再び立ち上がり、真実を明らかにし、エスタニアを守るために戦う!」
彼の言葉に国民は静まり返り、トビアスの真摯な姿に心を動かされた。
彼の熱意と苦悩が伝わり、同情と共感の声が広がっていく。
すると、トビアスのうしろの控えていた左目から右頬に傷がある男が小型の物を手に掲げた。
「武道大会では何者かによる策略で多数の小型の爆弾が会場内に設置されていたが、我々はそれを解除した」
国民がそれを見て、驚きと恐怖の表情を浮かべた。
ざわめきが再び広がり、誰もがその小型の爆弾に目を奪われた。
「見てくれ、これがその証拠だ!」と傷の男は声を張り上げた。
「我々は皆の命を守るために戦っている。トビアス王子は真実を語っているのだ!」
トビアスは深く息を吸い込み、再び国民に向き直った。
「信じられない者もいると思う。だが俺は、王太子に刃物を向けたにも関わらず、国から容疑者として指名手配されていない」
国民の間に再びざわめきが広がった。人々は互いに顔を見合わせ、トビアスの言葉の意味を考え始めた。
「これはなにを意味するのか?」とひとりの男が声を上げた。
トビアスはその声に応えた。
「それは、俺が真実を語っているからだ。王太子マティアスは、俺を罠に嵌めようとしたが、真実を隠しきれなかった。俺は皆のために戦う。エスタニアの未来のために! そして、金の瞳を持つ真の王であるユリアーナ・フォン・エスタニアを王にするために!」
「ユリアーナ殿下が真の王!?」
「あの噂は本当だったのか!」
ユリアーナの名を挙げた瞬間、国民たちの間に熱気が広がった。
人々は驚きと興奮の表情を浮かべ、互いにささやき合った。
広場全体がざわめきに包まれ、期待と希望の声が次第に大きくなっていった。
「ユリアーナ殿下を王に!」と一人の若者が叫び、その声に続いて次々と賛同の声が上がった。トビアスの言葉が国民の心に火をつけ、広場は一体感に満ちていった。
トビアスはその光景を見つめ、深くうなずいた。
「皆の力を貸してくれ。共にエスタニアの未来を築こう!」
国民の中から賛同の声が次々と上がり、広場全体がトビアスとユリアーナを支持する声で満たされたのだった。
***
「マティアス王太子殿下、大変です」
マティアスの側近が慌てた様子で王太子室へ駆け込んできた。息を切らしながら、汗を拭い、事の経緯を説明する。
「トビアス兄上が、国民の前で声明を発表した?」
マティアスは驚きと苛立ちを隠せず、拳を握りしめ、眉をひそめた。
「私がトビアス兄上を罠に嵌め、ユリアーナ姉上から王太子の座を奪ったなどと、そんなこと、絶対にありえない!」
「しかし、国民の賛同が多く、我々の手には負えません」
困惑した表情で、目を伏せ、肩をすくめながら、声を震わせてマティアスに言った。
マティアスはその言葉に一瞬、言葉を失った。
部屋の中には緊張が漂い、重苦しい沈黙が続いた。
その時、エリーアスが静かに部屋に入り、マティアスの興奮を抑えるように肩を抱き寄せ、優しく背中を叩いた。
「冷静になるんだ、マティアス。焦ってはいけない。今は冷静に対処する時だ。感情に流されてはいけない」
「エリーアス兄上!」
「兄上の声明を聞いたよ。まるで真実を知っているかのような、馬鹿げた話だ。民衆を煽り正統性を強調しようとしているのはわかる。姉上を真の王だと巻き込むなんて、浅はかだ」
マティアスは深く息を吸い込み、冷静さを取り戻そうと努めた。
「どうすればいい、エリーアス兄上?」
エリーアスは少し考え込んだ後、静かに答えた。
「まずは、兄上の主張を徹底的に調査し、矛盾点を見つけることだ。そして、姉上と直接対話し、彼女の意見を聞くべきだ。ユリアーナ姉上が真の王でないことを証明するためには、彼女自身の協力が必要だ」
マティアスはうなずき、決意を新たにした。
「わかった。すぐに行動に移そう。臣下たちを呼び集め、そこでトビアス兄上と対峙する」
エリーアスは微笑み、マティアスの肩を軽く叩き、励ますように背中を押した。
「その意気だ、マティアス。共に戦おう」
ふたりは部屋を出て、次の一手を考えるために作戦会議を始めた。
エスタニア王国の未来は、彼らの手に委ねられていた。