帰り道の馬車内は、静寂と重苦しさが混ざり合った雰囲気で包まれていた。
 俺とディアーナは、一言も交わすことなく、沈黙を続けながら伯爵家へと戻った。
 王城から戻った俺たちは、すぐに応接間へと向かい、叔父たちに王城での出来事を報告した。

「密葬、それは妥当な判断だね。他にはなにがあった?」

 俺たちの間にただずむ雰囲気を察知した叔父の問いかけに、俺は一度視線を隣にいるディアーナへ移してからその情報を口にした。

「ユリアーナ殿下が、光の精霊との関係を公言しました」
「それは本人が直接言ったのかい?」

 意外そうな顔して叔父が尋ねた。

「はい。マティアス殿下が怪我の具合を聞いて、自然と口に出たようです。ただ……」
「ただ?」
「自然に出てきたように見えましたが、これまで機会がなかったとは思えませんでした」
「なるほど。ジークはそれが少し不自然に見えたんだね」
「はい。意図的に光の精霊との関連性を示唆したように思えました」

 俺が叔父の目を見つめ、はっきりとそう告げると、部屋に緊張が走り、誰かの喉が鳴る音が響いた。
 その緊張を遮るように、エトムントが声を発した。

「ジークベルト殿は、ユリアーナ殿下がこの一連の動きになにか関連性があるとお考えなのですね」
「エトムント殿、これはあくまで僕の主観です。だけど、そう見えたのです。僕が寝ていた二日間で、ユリアーナ殿下は国民の支持を得て、国民を味方につけたように思えます」
「しかし、それは、マティアス殿下の身を守ったため。それにあの方には王位継承権がない」

 エトムントが厳しい視線を送りながら、俺の意見に反論した。
 すると、叔父が「王位継承権ね」と、皮肉混じりの態度でつぶやいた。
 それに反応したエトムントが、不快感を隠そうともせずに、叔父を見る。

「アーベル伯、なにかご不満があるのですか?」
「バルシュミーデ伯もさすがに貴族だなと思いましてね」
「それがなにか」
「私も含め、我々は血筋に固執する。それは魔属性が一つの起因でもあるけどね。だが、エスタニア王家ほど血筋に縛られた王族はいないよ」
「それはどういう意味ですかな」

 ふたりの会話にパルが真剣な表情で割り込んだ。

「言葉の意味のままだよ。パル殿は心当たりがあるのでは?」
「ふむ。王家の秘密ですな」
「ご名答」

 叔父がパルの答えに満足げに頷くと、エトムントが混乱した表情でパルを見て問いかける。

「王家の秘密!? 父上、なにをおっしゃっているのですか」

 その問いかけに答えず、パルが黙って目を閉じた。
 叔父の視線が、俺の隣で静かに息を止めていたディアーナへと移る。

「王家の真実(・・)を伝えてもよろしいですね?」

 叔父の提案にディアーナが、ゆっくりと頷いた──。

「それでは、ディアーナ様が女王になれば!」

 王家の真実に対してエトムントが、自明の如く声を上げた。
 その声は部屋中に響き渡り、一瞬の静寂を生んだ。
 しかし、その静寂はすぐに叔父の冷たい言葉によって一掃された。

「そうなれば、我々は手を引くよ」
「なっ、ヴィリバルト殿!」

 エトムントが、驚きの声を上げた。

「ジークベルトが王配になることはない」

 叔父の断言に、俺は内心安堵する。
 俺の安堵に気づいた叔父が微笑みながら目配せするそばで、彼の眉が上がる。

「おや? ディアーナ様は納得されていないご様子だね」
「私は……」
「ジークから説明を受けたのだろう?」

 叔父の鋭い目がディアーナを見据えた。

「頭では理解しているのです。私が女王になったとしても……」

 ディアーナが言葉を詰まらせ、一瞬だけ彼女の金の瞳が揺れ動いた。
 叔父は彼女の反応を静かに見守っていた。

「君たちは、少し加護に甘えすぎたのかもしれない。エスタニア王国ほどの小国が千年近くも他国から干渉されず、大きな飢餓もなく魔物や魔獣の被害も少ない。これほどの奇跡が続いた国は他に例もない。しかし、永遠は存在しないのだよ。すでに綻びが見え始めている」
「えっ?」
「内乱の兆しだよ」

 叔父の指摘に部屋にいた何人かが息をのんだ。

「過去に王家がいかに横暴でも、エスタニア国民は反感を持たなかった。しかし現状その芽が出始めている。例え、ディアーナ様が女王に即位しても、その綻びはゆるやかに拡大していく。元に戻ることはない。そうだよね、シルビア?」

「うむ。兄上の加護を修復するには、兄上の力が必要じゃが……」

 じっとなにか言いたげな視線を俺に投げかけるシルビアに、俺は曖昧に笑う。

「兄上しかできんのじゃ!」

 シルビアが大声でそう叫んだ。

「「兄上?」」

 パルとエトムントが疑問げに言った。

「あっ、もう一度紹介するよ。彼女は神獣のシルビア。今はジークベルトと一時的な契約をしているんだ」
「「「「神獣!」」」」

 シルビアの正体を知らなかった者たちが、一斉に驚愕の声を上げる。

「なんと、ジークベルト殿は神の使いでしたか」
「私は神の使徒と剣を交えたのか。これは名誉なことだ」
「チビ、また厄介事を……」
「叔父様、また報告を怠っていましたね」

 それぞれの発言が興奮した部屋の空気に溶け込んでいった。
 しばらく、その場は静寂に包まれた。
 神獣の存在、俺の契約、そしてそれぞれの反応。それら全てが部屋の空気を濃密なものにしていた。