「兄上の『白狼の加護』は、一族の繁栄が主体となる加護じゃ。先祖返りの副産物として、王の器が生じたのじゃろ」

 シルビアが、ディアーナを見つめながら深刻な表情で告げる。
 その声は静かでありながらも、重みを感じさせた。
 俺はそれを聞いて「いらない副産物だよね」と、内心の複雑さを隠すために皮肉っぽく笑う。
 それに対抗するように、シルビアが俺を見つめ真剣に言う。

「そうかのう。妾は、必然的に必要なものではと思うのじゃが」
「必然的に?」

 シルビアの言葉に、俺は思わず反応してしまった。

「そうじゃ。考えてみてみ。先祖返りが突然王になるのを周囲が認めるかえ。王の器があれば、それを肯定しやすい」
「なるほど」

 納得する俺に、シルビアは一瞬微笑むも、すぐにうなずきながら真剣な表情に戻って話を続ける。

「おそらく兄上は、エスタニア王家が治める土地には、天災や飢餓がないよう結界のような加護を与えたのじゃろ。それを代々の王に継承させ維持させる。じゃが、兄上の血が薄くなれば、その加護も徐々に弱まっていく。おそらくじゃが、甥っ子は、人として生をまっとうしたのだろう。じゃから、兄上の血が濃く出た先祖返りが王になるよう助言したのだろうて」
「それは結界を守るためですね」

 話しを黙って聞いていたディアーナが、理解したように言った。
 その声からは、彼女がこの問題の深刻さを自身の心で感じ取っていることが伝わった。

「そうじゃ、おそらく兄上は、王の継承の際、これらの記憶と加護を与えておる。先祖返りは加護もあるが、神獣としての能力の覚醒もある」
「神獣としての能力?」

 シルビアの言葉に、ディアーナは目を見開き、息をのんだ。その驚きは彼女自身でも予想外だったことを示していた。
 そんなディアーナに対して、シルビアは皮肉を込めながらも優しく言った。

「うむ。神獣としての能力は個体差があるゆえ、小娘がどのような能力に目覚めるかは、妾も予想はできぬ。とはいえ、真の神獣である妾よりは能力は落ちるゆえ、気にすることはないかえ」
「ディアーナ、気になるのはすごくわかるけど、『覚醒』は成人後に開花されるから、まだ考える時間はたっぷりとある。今は『白狼の加護』について話し合おう」

 ディアーナは、俺の提案に「はい」と、安堵の表情でうなずきながら素直に応えた。
 そして、シルビアに向き合うと戸惑いながらも質問をする。

「あの、シルビア様は、シルビア様のお兄様である白狼様が、その後どうなられたかご存じですか」
「妾は、神殿に数百年、人間の数回分の生の時間を過ごしたのじゃ。兄上がどうなったのかは知らぬ。今は本来の力も出せぬし、気配も察知できぬからのう」

 シルビアはディアーナにそう答えながらも、なぜか視線を俺に向けた。
 なにかを感じ取ったシルビアが俺に訴えかけている。
 さすが兄妹。
 俺の微妙な変化に気づいたようだ。
 しかし、俺はその訴えを笑顔で交わし圧をかけた。
 一方ディアーナは、始祖である白狼の生死や行方がわからないと説明を受け、俺が危惧していた結論を導きだした。

「私が王位につけば……」

 その決意を耳にしたシルビアが一瞬沈黙し、厳しい眼差しをディアーナに向けた。

「小娘が生まれた時に下した王の決断が、この国の運命を決めたのじゃ」

 シルビアは、深呼吸をひとつした後、重々しく告げた。

「もはや、小娘がこの国の王になることは、情勢を踏まえてもない。この国は『白狼の加護』を失くすだけじゃ」
「私が王位につけば!」

 それに対しディアーナは反論するように力強く叫んだ。
 彼女の目は決意で満ちており、その声は部屋中に響き渡った。

「難しい話じゃ。誰が小娘を支持する? エスタニア王国内でそれをするものはいるのかえ。それに小娘、アーベル家は協力してくれんぞ」
 
 ディアーナの考えを否定するかのように、シルビアは淡々と事実を告げた。
 ディアーナが動揺を隠せずに「えっ」とつぶやくと、シルビアは、畳みかけるように言葉を続けた。

「小娘が王になれば、アーベル家は手を引く。ジークベルトを王配などにはせん。ジークベルトが自分の意志でそれを望んだら別じゃが……」

 シルビアの言葉は俺の心にも重く響き渡った。
 王配か……。
 俺には、その重責を背負うほどの覚悟はない。
 ディアーナが王になれば、自然と婚約は消え、彼女の支えとなる王配を探す手伝いをすると思う。
 いち友人として、距離をとり、彼女が困っていれば手助けする。そのような関係が連想できた。

「もし、小娘がジークベルトに情を訴えでもしたら、アーベル家は必ずエスタニア王国を潰すじゃろうて、のう」

 シルビアが冷静に続け、俺に同意を求める視線を送った。
 ディアーナは言葉を失ったまま、呆然としていた。

「だから小娘よ、その選択は慎重になされんといかん。この国の未来がかかっておるのじゃから。小娘が王位を継がなくても、『白狼の加護』はすぐに消えるわけではない。長い年月を経て徐々に失われていくだけなのじゃ」

 シルビアの重い声が部屋に響き渡った。
 その後、部屋は息をのむような静寂に包まれ、その言葉の重みがまだ空気を震わせているかのようだった。
 ディアーナは、シルビアの言葉の意味を理解したのか、彼女の金の瞳からは、深淵へと落ちていくかのような失望が滲み出ていた。
 一方、シルビアは冷静さを保ち続け、彼女の視線は俺に向けられていた。
 彼女の視線は鋭く、まるで俺の反応を見透かそうとしているかのようだった。
 俺は心の中で、シルビアに『よくやった』と、賛美を送っていたが、表面上は落ち着きを保っていた。
 俺がディアーナへ言わなければならない事実を彼女が伝えてくれたからだ。
 俺は、ディアーナが王位につくことは望ましくないと考えている。
 たしかに『白狼の加護』は、エスタニア王国の今後を考えると維持しなければならないものかもしれない。
 しかし、それには弊害がある。それは血の濃さだ。
 白狼は神化に近い力をつけていたが、人と交わることでその力を徐々に失くしていた。
 その子孫であるエスタニア王家は、長い年月の中で、白狼の血を薄め続けてきた。
 いつかは消えるもの。永遠はなく、現在の状況は当時とは異なるのだ。

「ねぇ、シルビア」

 俺が静寂を破るように声を上げると、部屋にいる全員が俺に注目した。
 それに応えるように「なんじゃ」と、シルビアが応える。

「君のお兄さんは、永遠にこの加護を持続し続けたかったのかな」
「むぅ。兄上の意志がどのようなものであったかはわからぬ。じゃが、単純に人として生きる息子を子孫を不幸にさせたくなかったからかもしれぬ」

 シルビアは言葉を絞り出すようにそう言った後、ゆっくりと深く息を吸い込んだ。
 その瞳は遠くを見つめ、何かを思い出すような、しかし何も見えないような表情だった。

「シルビア様、私は……」
「小娘は、自分のことだけ考えればいいのじゃ。ジークベルトと添い遂げたければ、すべてを受け入れて忘れるのじゃ」

 ディアーナが気遣うように口を開いたが、それを打ち消すようにシルビアが断固とした言葉を重ねた。
 彼女の顔は一瞬、悲しみで曇ったが、すぐに元の生意気な顔に戻った。

「俺も、シルビアの意見に賛成かな」

 俺の意外な賛同に、シルビアとディアーナは驚きの表情を浮かべた。
 ふたりとも一瞬言葉を失ってしまったようだった。
 ディアーナの態度はわかるが、シルビアの驚きに、『おい、シルビア。なんでお前も驚いているんだよ』と、俺は内心突っ込んだ。

「ふむ。素直じゃと調子が狂うのう」
「私との添い遂げ……」

 シルビアは目を見開きながらも小さく笑い、ディアーナは頬を染めて口元を手で覆った。
 その後の空気は少し和んだ感じがした。