ディアーナが落ち着いたことを見計らって、俺は彼女の手を再び握った。

「ディア、君に話さなければならないことがあるんだ」

 俺の声は震えていた。ディアーナは俺を見つめ、その瞳には混乱と不安が宿っていた。

「これは、君が知るべき真実だ。王家の真実だ」

 俺は深呼吸をして、握っている手に力を入れた。

「君は本来、王位継承権第一位なんだ」
「特例である先祖返りのことをおっしゃっているのですね。それはお父様が公表されておりませんので、私の王位継承権は第四位です」
「それが違うんだ。王が公表せずとも王位継承権第一位は君にある。エスタニア王家の秘密。それは建国時にある。君の先祖返りには初代エスタニア王の血縁が関係しているんだ」

 ディアーナは驚きで口を開けたまま、俺を見つめていた。
 彼女の深い金色の瞳は困惑と驚きで広がり、その美しい顔は驚愕で硬直した。その瞬間、俺の心は複雑な感情で満たされた。
 彼女に真実を告げることの重さと、彼女がそれを受け入れるかどうかの不確実性による緊張感。

「ジークベルト様? 初代エスタニア王の血縁?」

 彼女の声は震え、その言葉には混乱と不信感が込められていた。
 俺は極めて冷静に言葉を繋げる。

「エスタニア王国には、有名な昔話があるね。『白狼と少女の約束』」
「まさか」

 何かに気づいたディアーナが、そうつぶやいた後、俺は同意するように言った。

「そうそのまさかだよ。初代エスタニア王は白狼と人間との間に生まれた子供だ」
「待ってください。私の先祖返りは数十代前に起因します。後宮に獣族の妃がおり、その妃の子孫からです。王家は現在近親婚を禁止しておりますが、昔はそれがございました」

 ディアーナは一瞬、言葉を失った。
 彼女の瞳は驚きと混乱で広がり、何度か口を開け閉めした。そして、彼女は深呼吸をして、自分の思考を整理しようとした。
 俺はそれを尻目に確信を告げる。

「おかしいと思わない。獣族の妃の子孫を特例で王位継承権第一位とするなんて。それに獣族の妃には子はいたけど、残念ながらその子は成人前に亡くなっているよ」
「それはっ……どういうっことで……しょうか」

 ディアーナの声は震え、その瞳からは信じられないという感情が溢れていた。

「エスタニア王家には、公に知られている『表の王家の系図』と、秘密裏に保管されている『真実の系図』という二つの系図が存在する。『表の王家の系図』には、獣族の妃の子孫が現王家の血筋に受け継がれていることが記載されている。だけど『真実の系図』にはないんだよ。後の王が隠蔽するために二つの系図を作成した。代々エスタニア王には、真実が告げられる。初代エスタニア王は白狼の血が半分流れている。その子孫が現王家である。先祖返りをした子が誕生した場合、エスタニア王とすることも」

 ディアーナは驚きと混乱が交錯する表情で、俺の言葉を消化しようと目を閉じた。
 彼女の唇が何度も開いたり閉じたりする様子から、彼女がどれほど動揺しているかが伝わってきた。
 その様子を俺は静かに見守っていた。

「ジークベルト様は、何をご存じなのですか」

 ディアーナが戸惑いを隠せずに問いかけた。その瞳には、答えを求める強い意志が宿っていた。
 俺は彼女の目を見つめ、ゆっくりと口を開いた。

「昔話に登場する白狼は千年以上生きていて、獣族に近い姿へ変えることができたんだ」
「それはどういうことですか?」

 驚きや不安が声に滲みながら、ディアーナがさらに問い詰める。

「白狼は神獣だった。白狼は神化に近い力をつけていたんだ。人に興味があった白狼はひとりの女性と出会い恋に落ち、息子が誕生した。息子は成長すると共に人に興味を覚えたんだ。その時期、この国は荒れていた。彼はその動乱の中に身を寄せ、そしてエスタニア王国を作った。父親である白狼は息子に加護を与えた。この国の繁栄と息子の未来を願って。それが初代エスタニア王だ」

 俺がその事実を明かすと、部屋は一瞬で静寂に包まれた。空気が凍りつくような、それほどの衝撃がそこにあった。
 ディアーナはその事実をある程度予測していたのだろう。
 彼女の瞳は驚きよりも理解を示していた。彼女は深呼吸を一つし、落ち着いた様子でうなずいた。
 その後ろで、いままで静かに息を殺していたエマが、驚愕の色を浮かべていた。彼女の顔色が青ざめ、目が見開かれ、口元がわずかに震えていた。
 これから起きるであろう事柄を含めると、エマにも事実を伝える必要があった。
 一呼吸おいてから、俺は淡々と告げる。

「代々エスタニア王に告げられる真実。それが王以外の王族の人間に漏れていたらどうなる」

 ディアーナが「……っ」と、言葉にならない声を上げた。
 彼女の瞳は驚きと恐怖で広がり、その深さには信じられないほどの恐怖が宿っていた。
 息を呑む音が部屋に響いた。
 彼女の想像を肯定するように、「そうだよ。ディア」と俺が静かに彼女の名前を呼ぶと、彼女はぎくっと体を震わせた。

「君を囲む。もしくは、君を殺すよね」

 俺の言葉が部屋に響き渡ると、ディアーナは息を止め、目を見開いた。
 その様子を確認した俺は、おどけた口調で、「信じられないよね」と言った。

「いいえ、ジークベルト様は嘘はおっしゃいません。私が襲われた理由が王位継承権であるとは予想しておりましたが、そのような背景があるとは信じがたく、いえ、ジークベルト様を疑っているわけではないのです」

 ディアーナはそう言った後、彼女の顔色は一瞬で青ざめた。
 俺は彼女の反応を静かに見つめていた。そして、ゆっくりと口を開き告げる。

「ディアのステータスを『鑑定』した時、一部が見えなかったんだ。それは『白狼の加護』によって覆い隠されていた部分だ。だけど、ぼくにはそれが見えるんだ。なぜなら、ぼくには『鑑定眼』があるからだ。この特別な能力により、他の人々が見ることのできない真実まで見えるんだ」

 俺の言葉に、ディアーナの目が驚きで見開かれ、一瞬の間、時間が止まったかのような静けさが部屋を包んだ。
 そして、その静けさを切り裂くように、俺は言葉を続けた。

「ディアは『白狼の加護』と『覚醒』を持っているんだ。それは普通の『鑑定眼』でも見抜けないほどの強力な加護だ。ディア自身が成人した時、その加護はステータスに表示される。その瞬間、君の能力は開花され、王としての器が備えられるんだ」
「王としての器……」

 ディアーナが自分自身に問いかけるような小さなつぶやきを、俺は聞き取った。

「白狼がどのような思いで、初代エスタニア王に加護を与えたのかは、わからない。その加護の一つとして、『王の器』が成人とともに、付与される。あとは……」

 部屋の扉をノックする音が響き渡り、ディアーナたちは息を呑んだ。
 一旦、俺は言葉を止め、部屋に入ってくる人物を静かに待った。