「ジークベルト様、お目覚めですか?」
金色の瞳が、不安に満ちて俺を見つめる。
その声は微かに震え、彼女が俺を深く心配していることが伝わってきた。
「ディアーナ」
掠れた声で、彼女の名前を呼ぶ。
声の違和感と体の重さから、自分が長い間眠っていたことを理解した。
混乱した頭を整理しようと努力するも、記憶が曖昧で、はっきりと思い出せない。
「お戻りになったあと、突然倒れてしまったのです」
「そう、だったのかな」
ディアーナが俺の混乱を察して、優しく微笑んだ。
その微笑みは、俺を安心させ、心の中にかすかな懐かしさを感じさせた。
なんだか懐かしい夢を見ていたような気がする。
「シロ……」
無意識にその名を口にした。
「シロ?」
「ううん、なんでもないよ」
ディアーナの問いに対し、苦笑いを浮かべてそっと答えた。
遠い記憶を頭から消すように、倒れた時の状況を思い出していた。
たしか──。
『光輝』を取得して、すぐにヴィリー叔父さんへ連絡を取り、ガラス石に魔法を注ぎ込んだことまでは覚えている。
そこから先の記憶がない。
すると、ヘルプ機能が俺に詳細を報告してくれる。
《ご主人様は、ヴィリバルトと協力して『光輝』をガラス石に入れたあと、MPが枯渇して、そのまま倒れました。ヴィリバルトが、ご主人様を伯爵家へお連れして、その間、ディアーナが看病していました。ご主人様が倒れてから二日経っております》
俺はベッドの隣に座っているディアーナの頬へ手を伸ばし、「心配かけてごめんね、ディア。君がそばにいてくれて、本当に助かったよ」と伝えた。
ディアーナの金の瞳が驚きで一瞬大きく開き、その後安堵に満ちてゆっくりと閉じた。
俺の手が頬に触れると、彼女はその表情を歪めながら、両手で俺の手を握りしめた。
しばらく無言で見つめ合っていると、ディアーナは俺の手を握りしめたまま、ゆっくりと微笑みを浮かべ、「ジークベルト様、無事で本当によかったです」と、優しく言った。
その言葉に俺は安堵の息を吐き出した。
その後、俺たちは言葉を交わさず、ただ互いの存在を感じ合う静かな時間を共有した。
その穏やかな時間の裏で、俺はヘルプ機能に『どうなったの?』と、問いかけていた。
倒れていた二日間に何が起こったのか、それを知りたかったからだ。
《『光輝』は役目を果たしました。国王の寝室からは闇の魔道具が回収されています》
そう、よかった。
《決勝戦は、アルベルトが優勝しました》
まぁ、順当だよね。
《試合は予想とは全く違う展開となりました。アルベルトの対戦相手であるヘルマン・フェーブルは、帝国が開発中の新薬によって一時的に魔力を増やした結果、試合中に魔力暴走を起こしました。その隙をついたアルベルトによって敗北し、さらに新薬の副作用により、ヘルマン・フェーブルは永久的に魔力を失いました》
ん?
なんだかすごい展開になってない?
《この背景には、帝国の威信と意地があったかと思われます》
でも、それで自滅したら意味ないよね。
たしか、ヘルマン・フェーブルは、火属性を所持してたよね。永久的に火魔法は使えないって、代償にしては大きすぎるよね。
《帝国とシュムット王国の関係性を考慮に入れると、ヘルマン・フェーブルの意思で新薬を使用したとは思えません。国家のために犠牲を強いられたと見ることができます。ある意味彼は、国の犠牲者と言えます》
治せる?
《ご主人様の能力を考えると、将来的には可能であるかと思われます。しかし、現時点では難しいです》
そうなんだね。
《ご主人様が心を痛める必要は全くありません。このような犠牲者は世界中に無数に存在します。特に、ヘルマン・フェーブルは命に別状がないという事実を考えれば、彼は幸運と言えるでしょう》
うん。
偽善者だとわかっていても、助ける力があるなら助けたいと思ってしまうんだ。
《ご主人様は、あまりにも優しすぎます。すべてを救う力など、誰にもありません。取捨選択をして、一部を切り離して考えることが必要です。そうしなければ、ご主人様自身の精神に過度な負担がかかり、心身の健康を損なう可能性があります》
心配かけてごめんね。
エスタニア王国に来てから、いろいろとあって、心が弱くなっているのかも。
《ご主人様、このまま報告を続けてもよろしいでしょうか》
うん。お願い。
《表彰式が終わった直後、トビアスが突如としてマティアスに襲いかかりました。ユリアーナが自らの身を挺してその攻撃を阻止し、その後、隙をついたトビアスはビーガーとともに逃亡しています。マティアスは無傷でしたが、ユリアーナは重傷を負いましたが、光の精霊が現れ、その加護によりユリアーナは全快しています》
えっ、倒れている間にすごいことになっているね。
《はい。それだけではなく、その奇跡を目の当たりにした国民が感銘を受け、王太子マティアスを守ったユリアーナを讃えています。また、国民の間には新たな噂が流れています。トビアスが王の子ではなく、正統な王位継承権はユリアーナにあるというものです。しかし、ユリアーナは王位継承権を所持していないにもかかわらず、女性であるためにマティアスに王太子の座を奪われたという噂です。どうやら帝国が裏で何かを画策しているようです》
うーん。この噂が流れた真意はなんだろう。
一つ確かなことは、この噂が国民の間で広まり、彼らの感情を揺さぶっていることだよね。
《これは国民が自分たちの声を上げ、不満を表明するきっかけになるかもしれません。そして、それが内乱を引き起こす可能性もあります》
帝国の目的は、エスタニア王国の内乱なんだろうね。
だとすれば、何が目的なんだろう。
《申し訳ございません。帝国の思惑は予測できません。話しは変わりますが、一つ気になることが》
俺の頭の中に響いていたヘルプ機能の声が消え去るほどの勢いで、突然エマが部屋に飛び込んできた。
彼女は非常に慌てた様子で、その顔は青白く、目には絶望が浮かんでいた。
エマは息を切らしながら、詰まる言葉で話し始めた。
「姫様! いま、王宮から連絡が! 王様が、亡くなったとっ……」
その一言が部屋に響き渡った瞬間、全てが静止した。
王の死が近いことを事前に知っていた俺でも、その現実に直面した時の衝撃は大きかった。
隣にいるディアーナはその事実を理解するのに時間がかかり、「お父様が……亡くなった?」と、ほとんど聞こえないほどの小さな声で繰り返した。
その声は震えており、彼女の顔色は一層青ざめていった。
その様子を真横で見つめていた俺の心は痛みで引き裂かれたように苦しくなる。
しかし、俺はディアーナに伝えなければならないことがある。
それは彼女が知るべき真実。『王家の真実』を彼女にいま伝える必要があった。