決勝戦の開始を告げる笛の音が鳴り響くと、会場全体が一瞬静まり返った後、熱狂的な歓声と拍手で溢れた。
 観客席からは期待と興奮が感じられ、その歓声を背にアルベルトは深呼吸をして、集中力を高めた。彼の目は真剣で、その期待に応えるべく、全力を尽くす覚悟が見て取れた。

「アーベル家の倅、火魔法が使えないそうだなっ、キヒッ」

 厭らしく笑う男を前にアルベルトは、彼が纏う魔力の流れがおかしいことに気づいた。
 対戦相手であるヘルマン・フェーブルは、アルベルトと同じく火魔法を得意とする魔法剣士だ。しかし、彼の実力は準決勝で戦ったフランク・ノイラートに比べて一段階、または二段階低いと評価されていた。しかし、その彼の魔力量が、突如として増大していたのだ。その魔力量はフランク・ノイラートを遥かに超えていた。
 アルベルトは驚きを隠せないままヘルマンへ問うた。

「貴殿、何があった」
「キヒッ。さすが、アーベル家の倅、気づいたか。俺は生まれ変わったんだっ。ヒッヒヒ」

 ヘルマンは厭らしく笑いながらもそれに応えた。
 その言動は明らかにおかしく、不快な気持ちがアルベルトに広がっていく。そして、ある可能性が頭をよぎり、彼は思わず「まさか」とつぶやいた。
 ヘルマンの祖国であるシュムット王国は、帝国の属国であり、その中でも特に弱い立場に置かれている。帝国の命令により、彼に帝国が開発中と噂されている新薬(・・)が投与されたと考えれば、彼の魔力が僅か一日で異常なほど高くなったことに納得できる。しかし、それは命を削る行為であり、副作用があるこの方法を魔法剣士である彼がすすんで選んだとは考えにくい。
 アルベルトが思案しているそばで、「シューン」と炎がアルベルトの体を横を切った。

「ヒッヒ。なにをブツブツ言ってるんだ。キヒッ」

 ヘルマンの手には、炎を纏った剣が握られていた。その剣は、まるで生きているかのように輝き、熱を放っている。
 昨日の彼ではできない技量を目の当たりにしたアルベルトは、新たな戦略を練る必要性を痛感した。同時に深呼吸をし、『いま、ひとりの魔法剣士の命が消えようとしている』事実を直視して、立ち向かう決意を固めた。
 アルベルトの態度に異変を感じたヘルマンはゆっくりと剣を振り上げ、アルベルトの方へ向けた。
 その瞬間、周囲の空気が一変した。ヘルマンの剣が空気を切り裂く音が響き渡り、アルベルトに向かって炎の剣が飛んで行った。
 飛んでくる炎を避けながら、アルベルトは剣を構えると、ヘルマンに向かって進みだした。この戦いが彼の人生で最も悲しい戦いとなることを覚悟した。

 その後、決勝戦はあっけなく終わった。
 ヘルマンの魔力暴走が発動し、体内から血が溢れ彼の全身を赤に染めていった。それでも攻撃を止めないヘルマンにアルベルトの剣技が彼の体を襲った。
 そして、彼はピタッと動きを止めると体を地面に倒していた。

「さすがはアーベル家の倅、俺の技量では到底及ばない。感謝する」

 そう言うと、ヘルマンは意識を手放した。
 彼は一見すると厭らしい笑みを浮かべていたが、その目は正気に戻り真剣そのものだった。
 アルベルトは、悲痛な表情を見せながら、彼の体内から魔力が徐々に減っていくのを感じ、最後に微塵も感じなくなったのを確認した。
 ひとりの魔法剣士が、消えた瞬間だった。


 ***


「アルベルト・フォン・アーベルを、本大会の勝者と致す。エスタニア国王に代わり、王太子マティアス・フォン・エスタニアがこれを称える」
「有難き幸せ」

 マティアスの言葉が会場に響き渡ると、歓声と拍手が一斉に沸き起こった。
 その反応を受けて、アルベルトは頭を下げて感謝の意を示した。その瞬間、会場は再び歓声で溢れた。
 観客たちの興奮が落ち着いたのを見計らい、アルベルトがマティアスのそばから辞する。
 アルベルトの視界の端にいたトビアスが、アルベルトの辞する動きに合わせ、マティアスとの距離を詰めていることに気づいた。
 他国が参加する武道大会の表彰式で不祥事を起こすなど、正常な判断力を持つ人間であれば考えもしない行動だ。しかし、彼にはそうした前例があった。
 その事実を思い出したアルベルトは彼の行動を警戒し、注視する。何かあればすぐに動けるように、気配を探っていたにも関わらず、それは起こった。

「トビアス、やめなさい!」

 ユリアーナが突然叫び声を上げた。
 彼女はマティアスに向けられた刃物を防ぐように、勇敢にもトビアスの前に立ちはだかった。
 その瞬間、周囲は驚きのあまり言葉を失い、一瞬の静寂が広がった。しかし、その静寂はすぐに悲鳴に変わり、ユリアーナが力尽きてトビアスの腕に倒れ込んでいく様子を目にした。

「ユリアーナ嬢!」

 アルベルトは無我夢中で、トビアスの腕からユリアーナを奪還すると、止血するため、彼女の腹に刺さっている魔剣に驚き、目を見開いた。

「なぜ、このような物がここに!」

 アルベルトの悲観的な声に、周囲の人々の視線が彼女の腹に突き刺さった魔剣に向けられ、戦慄が走る。
 その隙を見つけたビーガーは、呆然と立ち尽くしているトビアスの肩を掴み、彼を転移させた。

「ビーガー侯爵が、トビアス殿下を連れて逃走しました」

 ひとりの騎士の報告に、周囲の人々は苛立ちを隠せず表情を浮かべるも、ユリアーナの治療を優先することにした。
 魔剣がユリアーナの血を吸い上げ、不気味に輝き始めると、アルベルトは覚悟を決めてユリアーナの腹からその魔剣を抜こうとした。その瞬間、ユリアーナを包むように淡く美しい光が現れ、魔剣はひび割れ、その傷口が癒され始めた。
 それはまるで奇跡のような光景に見えた。
 光の中にいるユリアーナのそばに人外な者とわかる中世的な人物が姿を現し、そっとユリアーナの頬をなでたあと、その姿を消した。
 高位の光の精霊だと、会場にいる誰もがそれを認識した。