アーベル家、エスタニア王国内某拠点に、赤い髪をしたふたりの人物が姿を現した。
 ヴィリバルトとテオバルトだ。
 彼らの雰囲気は普段の温かさや親しみやすさがなく、鋭い目つきと冷たい態度で周囲を圧倒するような印象を与えた。
 影が、ふたりを一室へ案内する。
 彼らが部屋に入ると、窓際にあるベッドの上に痩せこけた女性が静かに座っていた。

「気分はどうだい」
「……」

 ヴィリバルトが女性に声をかけたが、彼女は無言のまま、何の反応も示さない。

「目覚めてから、この状態のようです」

 テオバルトが、影からの情報を伝える。

「精神を完全に壊されているね。生きてはいるが、感情のない人形だね」

 女性は、口を半開きにして、まっすぐと一点を見つめている。
 しかし、彼女の目の焦点は合っていない。

「新薬の実験台になったようだね。初めから捨て駒だったか、とても残念だよ」

 ヴィリバルトは女性に向かって、感情のこもらない冷たい目で見つめ、意味深な言葉を発した。
 その言葉に、テオバルトが反応する。

「知り合いですか」
「少しね。アルの善意(・・)で体は回復したけど、心が壊れていてはね。存外、残酷なことをしたね」

 ヴィリバルトの言葉の端々から、女性に対する嫌悪が感じられる。
 テオバルトは、女性がヴィリバルトの逆鱗に触れたのだと想像した。

「叔父様、どうしますか」

 テオバルトの問いかけの意味を正しく理解したヴィリバルトは、遠回しに言葉を繋ぎ、思案したかのように答える。

「彼女に話を聞くにもこの状態ではね。記憶を覗いても、肝心な部分は視れないだろうし……。エリーアス殿下に、彼女の処遇を決めてもらおう」
「エリーアス殿下にですか?」

 ヴィリバルトの判断に、テオバルトが目を見開き驚いた。

「彼なら、適切な判断をするだろう」
「では、すぐに連絡をとります」

 テオバルトは、ヴィリバルトの真意を汲み取る。
 エリーアスが導くのに相応しい人物かを、アーベル家に牙を向くものかどうかを、試しているのだ。

「テオ、頼むよ。あと、アルには秘密にね」
「わかっています」

 当然とした態度を示したテオバルトに、ヴィリバルトが関心する。

「テオは、覚悟ができたようだね」

 それに答えることは、テオバルトはしない。
 アルベルトは表を、テオバルトは裏を引き継ぐ。生まれた時より決まっていたことに、不服はない。
 アーベル家のために。いまは、ジークベルトのために。
 テオバルトは無言のまま、先に部屋をあとにした。

 部屋の中で女性とふたりになったヴィリバルトは、深い闇に包まれた瞳で、彼女をじっと見つめ続けた。
 その視線は、彼女の心の奥底まで届いているかのようだ。

「ジークベルトなら、きっと君を助けるだろう。残念ながら私は慈悲深くなくてね」

 ヴィリバルトの冷たく、無機質な声が部屋中に響き渡り、女性の名前を呼ぶ。

「人の欲は身を滅ぼす。自業自得だよ。ダニエラ・マイヤー。優しい夢の中で、生涯を終えるがいい」

 ダニエラが、それに答えることはない。