アルベルトは対戦相手を前に、昨日のヴィリバルトととの会話を思い出していた──。
「火魔法と炎魔法が、一時的に使用できなくなっているね」
「そうですか」
ヴィリバルトの診断に、アルベルトは気にした様子がない。
「それより、女性は無事でしたか」
「詳しく聞かないでいいのかい」
「叔父上が、あまり問題視していないようなので、後遺症もないと判断しましたが、なにかあるのでしょうか」
アルベルトは、さもありなんといった態度で、疑問を口にした。
その態度に、ヴィリバルトは苦笑いをこぼす。
「君は本当に子どもと女性に弱い」
「母上の教えでもありますから、自分より弱い者に手を差し伸べることは、上に立つ者として当たり前です」
胸を張って堂々と答えるアルベルトを、ヴィリバルトは、まるで眩しい者を見るように目を細めると、小さな溜息を吐いた。
「はぁ、義姉さんの教育の賜物だよ。彼女の体には異常がないよ。拘束はさせてもらったけどね」
「それは仕方ありません」
ヴィリバルトの処置に、アルベルトは大きくうなずく。そして、安堵したかのように、肩の力を抜いた。
アルベルトを襲った光は、精霊魔法と闇魔法が混在している『混合魔法』と呼ばれるもので、一般の魔術師で繰り出せる代物ではない。
他者の能力に干渉し、その能力を封印する力は、聖魔法、呪魔法といった上級魔法だ。
精霊を隷属していることから、術者は、相当な腕前の闇魔術師で、光の精霊が隷属されていると考えるのが妥当だ。
加害者の女性は、ただ単に駒として使われた被害者であり、そこに彼女の意思はなかったと思われる。
なぜなら、彼女の胸元付近には、奴隷紋が刻まれていたからだ。
痩せた体や、皮膚の状態から判断しても、日常的に暴力が振るわれていたことがわかる。
アルベルトが、回復薬を彼女に飲ませたのも、体の負担を考えての優しさからだ。
回復薬を体に摂取することで、魔法を起動させる。
敵はアルベルトが回復薬を彼女に飲ませることを想定した上で、計画を立てていた。
アルベルトの性格を熟知している。敵の情報収集力は、アルベルトたちが考えるより長けているようだ。
「アル、明日の試合はどうする」
「あまり得意ではありませんが、土魔法で距離を縮め、接近戦に持ち込みます」
「うん。それがいいね。遠隔戦だと相手の魔術師が優位に立つ。その前に討つことが望ましいね。長期戦に持ち込み、相手の魔力切れを狙うのも戦略的にはありだけど、今日の炎魔法で相手が短期戦を見越し、全力で攻撃してくる可能性もある。アル、気をつけるんだよ」
「はい」
***
手で血を拭いながら、『叔父上の予想が的中したな』と、アルベルトは思う。
序盤から怒涛の魔法攻撃を浴び、土魔法の『土壁』で防御していたアルベルトだが、とうとう対戦相手フランク・ノイラートの風魔法、『狂風』が防御壁を壊した。
アルベルトの頬から、うっすらと血が滲む。
フランク・ノイラート、帝国の属国ヴィンフォルクの代表選手で、予選から準々決勝まで危なげなく勝ち進んできた。
魔属性は風のみ。洗練された風魔法と技量、風魔法のスペシャリストと称していいだろう。
幾度かアルベルトが、接近を試みるも、ノイラートがそれを読み『飛行』で、空へ逃避する。
隙をついた攻撃も交わされ、ノイラートが、闘い慣れていることがわかる。
「アルベルト・フォン・アーベル! なぜ火魔法を使わない」
上空から、ノイラートの怒声が聞こえる。
その声に反応して、アルベルトが顔を上げると、いくつもの『疾風』が舞い降りアルベルトめがけて飛んでくる。
それを剣でいなしながら、次の攻撃へ備えるアルベルトの姿にノイラートは、さらに声を荒げた。
「火魔法を使えと言っている!」
彼は額に筋を浮かべながら、アルベルトを睨みつけた。
ノイラートが、怒るのも仕方がない。対戦相手が得意とする火魔法を出し惜しみしているのだ。
アルベルトが、ノイラートの立場なら、同じく憤慨するだろう。
「そうか、俺との試合は全力を出す気にはならないと」
火魔法を使う気配がないアルベルトに、ノイラートは落胆した様子を見せ、アルベルトを軽蔑する。
本来の実力を出せないアルベルトは、それを否定することができないため、沈黙する。
その後、ノイラートの風魔法をアルベルトが防ぐ、攻防戦が続き、闘いは平行線を辿る。
すでに一時間以上、試合時間が経過していた。
アルベルトもノイラートも、魔力が底をつきはじめ、接近戦に入るも、ノイラートの卓越した戦闘能力が全面にでた。
彼は槍の使い手でもあった。
剣を槍で抑える様子は、覇気迫るものがあり、ノイラートの実力を証していた。
アルベルトは、難敵を前に、思わず笑みがこぼれる。
「なにがおかしい!」
アルベルトの笑みに、ノイラートが反応する。
「家族以外の相手で、本気の剣を交えるとは……なんて楽しいんだ」
アルベルトはそう言うと、全身の力を抜く。
一見無防備に見える構えだが、どこを突いても隙がない。動けば確実に反撃にあうことが予想でき、ノイラートは動けなくなった。
大量の汗が、ノイラートの額から流れる。
それを拭うことも許されない緊迫した状況の中で「化け物め」と、ノイラートが苦し紛れに発した。
何度イメージしても、アルベルトの間合いに入れば、負ける。そのイメージを払拭できないノイラートは、自身の負けを悟るしかない。
しかし、ここで何もせず負けるのは、己の仁義に反する。
ノイラートは、アルベルトへ向け、渾身の一撃で、槍を突いた。
「見事だ」
ノイラートが、地面に倒れた。
「勝者、アルベルト・フォン・アーベル!」
競技場内に、勝者の名前があがる。
満身創痍の姿で立っているアルベルトは、拳を握りしめ勝利を掴んだことを喜んだ。
アルベルトの準決勝が終わった。