「ジーク、元気がないね」
「うっ、ヴィリー叔父さん、わかってて聞いてるでしょ」
昨日の醜態を思い出し、俺は赤くなった顔で、叔父を睨みつける。
大人たちの生暖かい目を思い出し、なんとも言えないむず恥ずかしい気持ちになる。
「大人びていたかわいい甥が、まだまだ子供だってことに喜んでいるんだよ」
「うっ、なんとでも言ってください」
ヴィリー叔父さんが、俺の頭を優しくなでる。
そんなふうに優しくされても、俺の心は簡単になびかないんだからね。
「それより、準決勝前に呼び出した理由はなんでしょう」
観客席に着いたとたんに、『報告』で俺を呼び出した叔父は、以前作製した『異空間』を作るよう指示した。
昨日、叔父の気配が、伯爵家になかったことも含め、何か緊急の用ができたのだと想像できる。
「うん。ちょっと厄介なことになりそうなんでね」
叔父の緩んでいた頬が引き締まり、空間内の雰囲気が変わったのを俺は肌で感じる。
「厄介なことですか」
「うん。昨日、アルが襲われた」
「えっ!?」
告げられた内容に、俺は目を丸くして驚いた。
いやだって、昨日のアル兄さんはいつもと変わらず、俺が、『試合すごくかっこよかった』『今度一緒に修練したい』と話したら、上機嫌で俺を抱き回して離さなかった。
今日の朝食の席でも、にやけた表情で俺を見つめていて、普段と大差なかったと思う。
「襲われたといっても、怪我はなかったしね」
「よかった」
俺は、ほっと胸をなで下す。
「ただね、精霊が関与しているっぽいんだよね」
「えっ!?」
叔父の爆弾発言に、思考が停止した。
この人、いまなんて言いました? 精霊が関与しているなんて、言いませんでしたか?
《はい。ヴィリバルトは、精霊の関与を仄めかしましたが、断言はしていません。しかしながら、この発言は関与が非常に高いと確信があるようです》
ヘルプ機能が、俺の心の声に答えてくれる。
有難いことだけど、ねぇ、ヘルプ機能。なんで昨日は、俺を止めてくれなかったのかな。
《…………。黒歴史、万歳》
なるほど。身内に敵がいたのか。
「精霊の意思なのか、従わされてやっているのか、そこがわからないから問題だよね」
「ヴィリー叔父さん。それって精霊を隷属しているってことですか」
「その可能性が高いと私は思っているよ」
叔父の目が細くなり、口角が上がる。その赤い目から、怒りが滲み出ていることに、俺は気づく。
精霊の隷属は、世界で禁止されている行為だ。
約八十年前、奴隷術を用いて横行した精霊狩り。人々の欲望によって精霊たちは傷つけられ、怒り狂い、その膨大な力で世界中の国々に天変地異を引き起こした。
人々と精霊の間に生じた大きな亀裂は、世界の過ちとされており、子供たちは幼い頃からそれを教訓として学ぶのだ。
「準決勝に出場した国は、帝国の属国が二か国。あとはディライア王国と我が国だ」
「ディライア王国って、数日前突然伯爵家を訪問してきたサンドラ王妃の国ですよね」
「そうだね」
叔父の頬が引き攣ったのを俺は見逃さない。
サンドラ王妃、元マンジェスタ王国の第一王女で、叔父の親衛隊『赤貴公子会』の初代会長でもある人だ。
武道大会がエイ選手の棄権で中断されている間、先ぶれもなく突然彼女が、バルシュミーデ伯爵家を訪問し、ヴィリー叔父さんに突撃していった。
叔父が、物理的な圧力に負けて、たじたじになっている様は、傍から見ると面白かったが、矛先が俺に変わった時は、心底怖かった。
ディアーナたちの鉄壁の守りで、俺は難を逃れたけどね。
生命力に溢れたとてもパワフルな人物だったが、知らせを聞いたユリウス殿下が、サンドラ王妃の首根っこを掴んで連れ帰ったのも、とても印象的だった。
「ディライア王国の関与はかなり薄いけど、帝国の属国が気にはなるね」
叔父の意見に俺は賛同する。
サンドラ王妃が率いているディライア王国の関与はないと思う。
あの人柄は暗躍できそうにないし、もし側近が悪事に手を染めていたなら、速攻で締め上げそうだしね。
「精霊を隷属させるには、奴隷術が必要になる。闇の魔術師で呪魔法が使用できる者となると、おそらく『ザムカイト』の者が関与している」
「それはなぜですか」
「闇の魔道具が、裏で頻繁に出回っていたんだ。その出所は、ほぼ帝国を経由していた。帝国の魔術師で、闇魔法を得意としている者は少ない。その中で、呪魔法を習得できる者がいるとは考えづらい。闇魔法を得意とするザムカイトが、関与していたと考えていいだろう」
「なるほど」
叔父の説明に俺は納得する。
魔道具の供給がザムカイトを介していたのならば、精霊を隷属する闇の魔道具を手に入れることも容易い。
「しかし彼らは、帝国から姿を消した。その後に、アルが襲われているんだよね」
叔父は深刻な表情で、言葉を切り出した。
その表情から、何か重要なことがあるのだと感じ取った俺は、叔父に説明を促すように見つめ、口を開く。
「術者がいなくても、魔道具が壊れなければ、精霊を隷属できるのでは」
「そこはね。アルの襲撃で使用された魔法が、精霊魔法と闇魔法なんだよ」
「闇魔法ですか」
「そうなんだよ。私の把握では、武道大会の関係者で、高度な闇魔法を使えるのは、ジークとザムカイトの者だけだ」
「それは……」
叔父の断言に、俺は言葉が詰まる。
要するに、叔父の把握していない第三の人物がいるということだ。
「いまのところ、実質的な被害はアルだけだから、術者を特定するのが難しい」
「実質的な被害って、どういうことですか」
俺の問いかけに、叔父が軽く言った。
「あぁ、アルの自業自得とはいえ、火魔法と炎魔法を一時的に使用できなくなっちゃったんだよ」
「えっ!? それ大問題じゃないですか!」
「まぁ、アルだし、大丈夫だよ」
俺がひとりで混乱している中、叔父の視線の先には、試合会場に足を踏み入れたアル兄さんの姿があった。
準決勝が、始まろうとしていた。