「皆さま、大変お待たせしました。準々決勝、第五戦を開始します」
競技場内に、アナウンスが流れると、人々が、競い合うように我先に席へ戻っていく。
満席の観客席から、拍手が鳴り、出場選手の登場を今か今かと心待ちにしている。
「マンジェスタ王国の若き貴公子。彼の有名なアーベル家の嫡男アルベルト・フォン・アーベル。対するは、魔法都市国家リンネの刺客。氷使いのスヴェン」
出場選手のコールに、会場内の熱気は高まり、歓声で空気が揺れた。
「氷と火、どちらが優勢なんだろう」
「ふむ。甲乙つけがたいが、術者の技量で決まるかのぉ」
ジークベルトの疑問に、シルビアが顎に手を置きながら思惑する。
その答えに、「なるほど、力比べか」と、ジークベルトは納得するようにうなずいた。
「見応えのある試合となりそうですね」
「そうだね」
ディアーナが、期待に満ちた目を向けて、試合会場に上がる出場選手ふたりを見た。
***
序盤からリンネ産の魔道具を使用し、試合を己の有利な展開へもっていったスヴェンは、試合会場全体を氷で覆ったあと、アルベルトの鈍い動きを見て勝機を確信する。
「アーベル家も、所詮はこんなものか」
スヴェンが嘲るように、体の半分が凍ったアルベルトを見る。
アーベル家。
世界の国々が恐れ、敬う。唯一の家。
その配下は、数千にも及び、世界を動かしているという。
「やはり噂は信憑性にかける──」
『業炎』
次の言葉をつなぐことはなく、スヴェンは炎に包まれた。
それは一瞬の出来事だった。
炎が舞うと、凍ったはずの試合会場の地面が割れ、所々に水蒸気が漏れ、会場全体の気温を押し上げた。
そして、先ほどまで無傷で立っていたスヴェンが、意識を失くし倒れている。
「審判。彼の容態を早く確認したほうがいい。適切に処置しなければ、後々、後遺症が残る危険性がある」
静まり返る会場で、アルベルトの声に反応した審判が、すぐに医療班を呼ぶ。
そして、「勝者、アルベルト・フォン・アーベル」と、アルベルトの勝利を宣言した。
運び出されるスヴェンを前に、「申し訳ない。加減を間違えた」と、アルベルトは申し訳なさそうな表情で発した。
その後、すぐに背を向け反対側の出口へ足を向けるアルベルトに、観客たちから盛大な歓声が送られた。
***
「ふむ。なかなかやるではないかえ」
「圧倒的な強さでしたね」
「一瞬でした!」
「ガルッ!<すごい!>」
各々が感想を述べる中、ジークベルトが発言していないことに気づいたディアーナが、「ジークベルト様?」と、彼の様子を窺った。
ジークベルトのその顔は、大きな紫の瞳を丸くして輝かせ、明らかに興奮した様子が見てとれた。
そしてすぐに、
「すっ、すごく、かっこよかった!」
感情を爆発させるように、ジークベルトは立ち上がり叫んだ。
「ジークベルト様!?」
「なんじゃ!?」
「ほぇ」
突然立ち上がり大声で試合の感想を述べ始めたジークベルトに、三人は困惑する。
「ねぇ、見た。炎魔法だよ。いつの間にアル兄さんは、習得したのかな。前に見学したテオ兄さんとの模擬戦は、火魔法が主流だったんだよ。匠の技で凌いでいたけど、今回は力技でねじ伏せた感じだよね。まだ未完成なのかな。制御が上手くいっていないのかな。それでもあの威力はすごいよね」
「ガルッ!<すごい!>」
ハクがジークベルトに便乗すると、さらにジークベルトが熱演する。
「だよね、ハク。氷が一瞬で消えたんだよ。会場の気温も上げて、氷と炎は対極的なものだけど、ここまで圧倒的な力の差を見せられると、アル兄さんの本気は底が知れないよね。どんな訓練をしたのかな。成長途中の俺の体でも耐えられる修練かな。大会が終わったら、手合わせしたいよね」
「お主、落ち着くのじゃ」
シルビアが会話の隙をついて、ジークベルトに声をかけるも、興奮状態のジークベルトを止めることはできない。
「えっ、えっ、落ち着いてるよ。俺にもできるかな。修練したらできるかな」
「ガウッ!<ハクも!>」
「そうだね。もっと鍛えて、強い魔法を使えるようになりたいね。それにね──」
ハクと会話を続けるジークベルトの姿を呆然と見続ける三人娘。
シルビアが、そっとディアーナに声をかける。
「のぉ、小娘」
「なんでしょう。シルビア様」
「あやつは、戦闘狂なのかえ」
「私もあのように興奮したお姿を見るのは初めてで……」
「ふむ。エマはどうじゃ」
「わっ、私も、姫様と同じく初めて拝見します」
「ヘルプ機能はどう思う」
「「ヘルプ機能?」」
「む。なんでもないのじゃ」
《駄犬》
「なんじゃと、喧嘩なら、ぐふぅ」
《ご主人様から、駄犬の『遠吠え禁止』の許可権限をいただいて幸いでした。興奮状態にあるご主人様の姿も素晴らしい。記録に残さねばなりません。時間が経ったあと、冷静になり、黒歴史に頭を悩ませるご主人様もまた然り》
急に口をハクハクさせ、話さなくなったシルビアに、ディアーナとエマは顔を見合わせると、『いつものことね』とアイコンタクトで笑いあう。
そして目の前ではしゃぐジークベルトの意外な一面に、『ジークベルト様も男の子なのだわ』と、ふたりの意見が合致した。
次の試合が始まるまで、その光景は続き、周囲からの生暖かい目で、ジークベルトが冷静になったあと、彼の顔が赤く染まり、頭を抱えて「黒歴史」とつぶやいている姿が目撃される。
アルベルトの準々決勝は、彼の圧倒的な強さを他国に見せつけた試合となり、末弟の黒歴史を更新させる試合となった。