「複雑怪奇すぎる!」
「ジークベルト様?」
「なんじゃ、お主。突然声を出してびっくりするのじゃ!」
「ブッフ」
「ガウッ<どうしたの?>」

 俺の突然の叫びに、武道大会を観戦していたディアーナ、シルビア、エマ、ハクが、それぞれ声を上げた。
 観戦中であったことを忘れ、ヘルプ機能との会話に集中していた俺は、みんなの反応で現実に引き戻される。
「さっきの試合の魔術師の繰り出した無属性の魔法──」と、適当な理由を挙げてその場を凌ぐと、両隣から、かわいそうな視線を浴びる。

「そっ、そうでしたか?」
「お主、頭は大丈夫かえ」
「すっ、すぐに拭くものを……あれ? きれいになっています」
「ガウッ! <ジークベルトにはハクがついてる!>」

 俺の意見を肯定も否定もしない、謂わば模範解答のディアーナに対して、シルビアは、話し合いが必要のようだ。
 隣から、「なんじゃ、悪寒がするえ」と悲観した声が聞こえる。
 エマは、間が悪いことに、俺の声に驚いて口に含んだ飲み物をこぼしていた。その後始末の途中に、俺が無詠唱の『洗浄』で、きれいにした。
 なんかごめんね。エマ。
 ハクは、まあ、かわいいからよしとする。
 各々の反応を見て、「そうかな」と、俺は苦笑いしながら、誤魔化した。
 そして、本日最後の試合に目を向け、押し黙った。俺がそうすれば、自然と彼女たちも、試合に目を向き始める。
 俺は奥底にあるもやもやとした気持ちを払拭するように、半ば、放心状態で試合を観戦した。


 ***


 伯爵家に帰宅すると、久しぶりの観戦で疲れたと言い、早々に客室で、ハクとふたりになる。
 ハクは、試合を見て、狩猟本能を刺激されたのか、<狩りに行きたい!>と、俺の周囲を回り猛アピールしている。
 そんな様子のハクに、「大会が終わったらね」と、頭をなでると、納得したのか、尻尾をピンと上げてご機嫌な様子で、お気に入りのソファに横になった。
 ああ、ほんと、かわいくて、癒される。ハクは俺の癒しだ。
 ベッドに上る前に『洗浄』で体を清め、リネンに顔を埋めると、清潔感を感じさせる香りに、心が落ち着く。

「はあ、このままなにも考えたくない」

 弱音がでるほど、課題が山積みだ。
 体を回転して、無心で天井を見る。

「どうしたら、誰も傷つかないのかな」

 答えのない輪の中に、迷い込んだようだ。
 ヘルプ機能がもたらしたユリアーナ王女の情報は、俺には衝撃過ぎて、頭を悩ませる。
 もう情報過多で、頭の整理ができない。なにが正しくて、なにが悪いのか。

『ユリアーナの背景にはいくつもの疑問が生じます』
『ある時期を境にユリアーナは、国民から慕われるようになります』
『ユリアーナは魅了持ちであると考えられます』
『精霊の加護付きのリボンが、魅了を遮断しています』
『アルベルトは正常です』
『トビアスのユリアーナへの依存、いえ執着は病的なものと考えるべきです』
『ユリアーナは、婚約をしていません』
『トビアスに手を貸しているのは、帝国で間違いありません』
『帝国の者の中に、ハクを傷つけた魔法色の者がいる可能性が見受けられます』
『アーベル家の影がエスタニア王国に入っています』
『マンジェスタ王国は、他国の問題にアーベル家が介入することを黙認したと考えます』

 ヘルプ機能の報告が頭を駆け巡る。
 ユリアーナ殿下が、魅了持ちであることと、国民感情は偶然だとしても、トビアスの干渉が強くなった時期が気になる。
 トビアスの暴挙の裏には、帝国がいる。自信の表れは、大きな後ろ盾があるからとも思えるが、なにか引っかかるんだ。
 ハクを密狩しようとした魔術師が手を貸している可能性もでてきたけど、その割には、俺たちへの接触が一切ない。
 すでに三年経ち、ハクのことはあきらめたと考えるべきか……。
 それに、ヴィリー叔父さんが、それを知らないはずがない。
 それとなく忠告をするはずだし、自由に行動を許可することも辻褄が合わない。
 先日の謹慎は、必然ではなく、偶然だった。

「ああ、わからない!」
<ジークベルト、大丈夫?>

 俺の叫びに、ソファで寛いでいたハクが、心配そうに顔を覗き込んでいた。
 その首元に揺れる紫のリボンに、これもヴィリー叔父さんの計らいだったことを思い出す。俺の胸にも装飾のように鎮座している紫のリボン。

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 精霊の加護付きリボン
 効果:結界
 説明:水の精霊アクアの加護が付いたリボン。あらゆる状態異常から身を守る。物理攻撃にも多少の軽減作用がある。
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 ディアーナのお土産を見たヴィリー叔父さんが、『これは好都合だね』と、口にしてリボンを回収した、翌日には各々にリボンの着用を厳命した。
 不思議に思って、こっそりと鑑定したら、精霊の加護付きだった。
 しかも、フラウ以外の精霊の加護付きに少し驚きもしたけど、ヴィリー叔父さんだからとあの場は疑問には思わなかった。
 どう考えてもこれは、ユリアーナ殿下への対処だと考えられる。
 あの時点でヴィリー叔父さんは、ユリアーナ殿下が魅了持ちであることを知っていたことになる。
 競技場で、ユリアーナ殿下が登場した時に、『鑑定眼』を使用したのだと考えれば、納得がいくのだけど。
 どうしても、なにかが引っかかるんだ。
 俺の提供情報から、アーベル家が内乱に関与することは予想できた。
 俺のために、父上たちは、他国の内乱を阻止する気でいるのだ。どのような犠牲や結末をたどろうとも、ただ俺のために動いてくれる。
 胸が苦しくなり、そばにいてくれるハクの胸に顔を埋める。
 どうしたら、どうしたら、誰も傷つかないですむのか……。
 そんな俺の甘い気持ちをあざ笑うかのように、時間だけが無用にも過ぎていく。