「武道大会の爆破計画ですか」
「はい。そう耳にしました」
ユリアーナは淡々とその事実を口にした。その表情から静謐な雰囲気が漂っている。
「目的は、マティアスの失態を他国の貴賓たちに見せ、継承権の剥奪を狙っているようです」
「なんて浅はかな……。失礼」
「いいえ。私も愚かなことだと思います」
ユリアーナはアルベルトの発言を肯定する。
一旦、言葉を切ると、「だけど、私はトビアスを守りたいのです」と、自嘲気味にそう言った。
強い意志を感じる金の瞳に、アルベルトは吸い込まれそうになるが、己を律するように、かわいいジークベルトを思い浮かべ、踏みとどまる。
片腕の赤いリボンが揺れていた。
***
ユリアーナの告発は、あらゆる面でアルベルトを翻弄した。
ヴィリバルトへの定期的な報告と指示。アーベル家が関与することの責任と重圧。
そしてなにより、ユリアーナとの密会に心が躍る自身の心境の変化に戸惑いとともに、あきらめににた感情が芽生え、アルベルトはそれをゆっくりと受け入れていく。
そんなアルベルトの様子に、ジークベルトを含めた家族が、とても心配していたことに本人は気づかないでいた。
「ご協力に感謝をいたします」
徐々に計画の全貌が明らかとなり、阻止に向けて動いていたアルベルトへ、ユリアーナが、最後の情報を告げ、謝辞を述べる。
彼女の姿を見入りながら、『叔父上の懸念はない』と、安堵したようにアルベルトは顔を緩めた。
ヴィルバルトのもうひとつの懸念。精霊の関与はないと、ユリアーナとの幾度かの密会で、アルベルトは結論づけた。
ヴィリバルトの『鑑定眼』で視ることのできないユリアーナ。
可能性としてあげられたのが、古代魔道具、精霊の関与だった。
しかし、ユリアーナの周囲に精霊の反応はなく、彼女から奴隷術を施した精霊用の魔道具の感知もなかった。
彼女を守っている魔法は、古代魔道具、もしくは、我々が知らない新しく作製された魔道具の可能性が高い。それが彼女を守っているのだと、アルベルトは確信した。
ユリアーナは相変わらず、微量の『魅了』を振りまいているが、ユリアーナの精神汚染は進んでいないと、ヴィリバルトは断言した。
「実行日は、決勝戦当日だと言ったのですね」
「はい。マティアスの失脚を考えるには、絶好の機会だと話していました」
ユリアーナがアルベルトに向ける眼差しには、アルベルトへの信頼が窺いしれる。
「絶対に阻止してみせます」
「アルベルト様、どうかトビアスをよろしくお願いします」
ユリアーナの弟を思う気持ちに、アルベルトは同調する。
ふとアルベルトの脳裏に、ゲルトの姿が思い浮かんだ。
アルベルトの心を苦々しい思いが駆けめぐり、思わず顔を顰めた。
「アルベルト様?」
「いえ、私もユリーアナ嬢のように動けていればと、昔のことを思い出したのです」
アルベルトは、ゲルトの暴挙を止められなかった自身に嫌悪感と後悔があった。
ゲルトのジークベルトを見る目が尋常でないことに、アルベルトは気づいていた。
家族だからとの理由で、それを無視したのだ。結果、ジークベルトに大きな心の傷をつけてしまった。
そして、ゲルトはアーベル家を離れた。
「アルベルト様は、後悔しているの?」
ユリアーナの問いかけに、アルベルトは頭を横に振り、強く否定する。
「いいえ。あの時の父上や叔父上の判断は間違っていなかった。私がそれに気づき動いたとしても、防ぎようがなかった。あの出来事は、起きるにして起きたことだったと、理解しています」
アルベルトの強い意志が垣間見れ、ユリアーナは思わず視線を逸らして、うつむく。
「私は、それでも、トビアスを助けたいと願ってしまう」
「我々がどこまでできるかはわかりません。しかし、彼の方の悪行を止めることで、彼の方の延命に繋がる可能性はあります。あきらめずに、まずは阻止に注視しましょう。必ず成功させます」
アルベルトの力強い言動にユリアーナは、顔を上げる。
「はい。アルベルト様を信じます」
金色の瞳が赤を映し、ユリアーナの手がアルベルトへ伸び、ふたりの手が重なった。