「アルベルト様、こちらです」

 黒い影が、アルベルトをそこへ導く。

「これで、八個」

 時限装置付きの小型の魔道具が、天井裏の隠れたスペースにあった。
 アルベルトは、ヴィリバルトから預かったボフール製の魔道具を手早く起動する。キラキラと白い粉が舞い、小型の魔道具を包み、その機能を停止させた。
 瞬時に凍らせる威力から、ヴィリバルトが魔法を提供したのだと確信する。
 何度見ても幻想的な景色に感嘆の声を上げそうになるが、アルベルトは我慢した。

「時間がない。すぐに次を探せ」
「御意」

 黒い影たちが、アルベルトの指示に従い、競技場の方々へ消えていく。
 アーベル家の影。精鋭部隊が、その鼻を利かせ『武道大会爆破テロ』の阻止にあたっていた。
 ユリウス王太子殿下の容認を取ったヴィリバルトが、ギルバルトに依頼したのだ。
 アーベル家の影が、他国で動く。その意味は計り知れない。
 アーベル家当主の決断に、否はない。
 アルベルトは、凍った小型の魔道具を見つめ、あの日、ユリアーナの告発を思い出した。


 ***


 ユリアーナに案内された場所は、錆びれた礼拝堂だった。
 以前は孤児院として活動していたが、亜人の子供を保護していたことがわかり、廃墟となった。
 ユリアーナは目を伏せ「私が訪問しなければ……」と、言葉を詰まらせる。
 庇護欲をかき立てる彼女の姿に、アルベルトは片腕に結ばれた赤いリボンを無意識につかんだ。

「アルベルト様?」

 沈黙するアルベルトに気づいたユリアーナが、声をかけた。
 アルベルトは「すまない。なんでもない」と、首を振り、ユリアーナに話を続けるよう催促する。

「ユリアーナ嬢、あまり長居はできない。本題に入ってほしい」
「あっ、はい」

 ユリアーナは返事をするも、次の言葉をなかなか出せないでいる。
 すると、アルベルトが礼拝堂の椅子に深く腰をかけると、腕を組み目を閉じた。
 その行動に、ユリアーナは表情を隠すこともなく、泣きそうな顔で微笑んだ。
 アルベルトの心意気が態度でわかったからだ。
 ユリアーナの葛藤を理解し、心の整理ができるまで、急かすことなく、待つことを選択したアルベルトの厚意に、ユリアーナは、祭壇前に膝をつくと祈りだした。
 ユリアーナが祈りだしたことを察知したアルベルトは、もうひとつの問題について考えはじめた。
 ときより、ユリアーナから発せられる微量の『魅了』に気づいたからだ。
 アルベルトは、彼女の行動から無意識に『魅了』を振りまいているように思えた。ユリアーナの『魅了』は、悪意がなく、感情がそのまま『魅了』に感化され、垂れ流れているようだった。『まるで訓練されていない赤子のようだ』と、アルベルトは感じた。
 ひとつの可能性を思い出す。
『本人が自覚していない可能性もある』と、ヴィリバルトは言っていのだ。
 しかしその可能性は、ほぼないとしてアルベルトたちは却下した。
『ステータス』がある限り、外的要因で他者から干渉されたり、能力そのものが封印されていなければ、自身の能力を把握できないことはありえないからだ。
 万が一、王族であるユリアーナが、他者の干渉を受けているとすれば、すなわち、犯人は王族しかいない。
 彼女の過去の背景から、弟のトビアスが怪しくも思えるが、物心がつく前と考えれば、彼女の母親である側妃エレオノーラとの結論が高くなる。
 アルベルトは、グッと唇を噛んだ。
 このまま自覚しなければ、将来ユリアーナは精神崩壊が起きる。能力にのまれてしまうからだ。
 魅了などの精神干渉系のスキルは、幼少期から徹底的にコントロールを叩きこまれる。徐々に汚染される精神との闘い。それが精神干渉系の能力だ。
 だから、幼少期から力をコントロールして、能力にのみこまれないようにするのだ。
 ユリアーナの年齢から考えれば、すでに汚染が進行している状況だろう。

『早急に叔父上へ相談しなければ……』

 そう結論づけたアルベルトは、祈るユリアーナの姿を捉えた。
 片腕にある赤いリボンが、静かに揺れていたことにアルベルトは気づくことはなかった。