「スラ。ジークがとても心配していたよ」
「ピッ!<主がうれしい!>」
ユリウスの肩の上で飛び跳ねるスラを横目にヴィリバルトは、にやけた表情を隠すこともなくユリウスに伝える。
「殿下。とてもお似合いですよ」
「ヴィリバルト。思うことは多々あるが、これが思いのほか役に立つ」
「ピッ<がんばった>」
スラがユリウスの肩から離れ、ヴィリバルトの腕に飛び乗ると催促するように鳴く。ヴィリバルトが腰にある『魔法袋』から出来立てのオークの肉柚子胡椒和えを取り出した。
スラがそれに飛びつく。
室内は柚子胡椒のいい香りに包まれ、緊迫した空気を和らげる。
「それで、いつまでこの状況が続く」
「決勝トーナメントまでには、状況を把握するつもりですが」
「つもりとは」
「ひとつ、厄介なことがあります。私の勘が確かなら、精霊を敵に回す可能性があります」
「それは、なんとも恐ろしい勘だな」
「万に一つの可能性です。ただいまアルベルトが、その調査を始めています」
「…………我々マンジェスタ王国は、他国の内乱に首を突っ込む気はない。アーベル侯爵家の独断で動くのであれば、関与はしない」
「ありがとうございます」
ユリウスの英断に、ヴィリバルトが胸に手をあて頭を下げた。
***
ユリウスの私室から、ヴィリバルトが退室するのを待って、近衛騎士が室内に入ってきた。
ヴィリバルトが人払いをしたのだ。
近衛騎士のひとりが、バルコニーに立つユリウスに声をかけた。
「殿下」
「武道大会終了後、直ちにマンジェスタ王国に戻る。いかなる事があっても、この決定に変更はない。ただし、アーベル侯爵家はその範囲ではない」
ユリウスの決定に、近衛騎士のひとりが室内から消えた。
マンジェスタ王国の者たちに決定を伝えに行ったのだ。
「内乱か。無関係な民が苦しむな」
ユリウスの呟きが静かな部屋に響く。
発言を許されない近衛騎士たちは、その重苦しい雰囲気に、息を呑む。
アーベル侯爵家が除外された意味を彼らは熟知している。
「おまえはどう思う」
ふいにユリウスが肩にいるスラに問いかけた。
「ピッ<主がなんとかする>」
「ふっ。おまえたちのジークベルトへの信頼の高さはすごいものだな。しかし、事は簡単ではない」
「ピッ!<主をみくびるな!>」
「では、お手並みを拝見するか」
「ピッ!<まかせろ!>」
力強いスラの返事に、ユリウスは思う。
『アーベル家の至宝であるジークベルトなら、被害を最小限にとどめるのではないか』と、そんな淡い期待を胸に宿したことを、自嘲気味に笑った。