「ジークベルト様にはこちらを」
「あっ、ありがとう」

 ディアーナから渡されたお土産に、俺は表情をこわばせながら受け取った。
「お揃いでつけましょう」と、期待を込めた視線を送られ、断ることはできずにうなずく。
 俺の手のひらに収まる美しい紫糸のリボン。ひも状の織物。されどリボンには変わりない。
 リボンの扱いに困っている俺のそばで、ハクはチョーカー風に首へ着けてもらい、ご機嫌だ。
 ディアーナたちの護衛に指名されたスラも紫糸のリボンをつけ、ご褒美のオークの肉を頬張っていた。

「小娘、妾だけなぜ色が違うのじゃ!」
「シルビア様は、私と同じ色がよかったのですか?」

 シルビアが金糸のリボンを片手に、ディアーナに詰め寄っていた。

「ぬぅ、違う! わかっておろう! エマは銀糸じゃ」
「はい。私とエマは銀糸。シルビア様は金糸にしましたが」

 ディアーナがとぼけた様子で首をかしげた。
 それを見たシルビアが涙を浮かべ、半泣きで叫ぶ。

「わざとじゃな。ひどいのじゃ」

 シルビアの狼狽に、ディアーナが困った表情を見せる。
 瞼を忙しげに動かしたあと、手元にある銀糸のリボンをシルビアの方へ動かす仕草をした。
 するとその横から大きな手が伸び、ディアーナの手元に別の銀糸のリボンを渡した。

「姫さん、セラ用のこれ」
「ですが」
「あとで、俺が同じ店で購入しておく。わざとじゃねぇんだろ」

 言い淀むディアーナに、ニコライが優しい目をして諭す。
 その発言に本格的に泣きだしたシルビアが静止し、ディアーナの答弁をまつ。

「はい。紫糸と銀糸は三本しかなくて、シルビア様の髪の色から金糸の方が映えるかと、些か考えが足りませんでした。申し訳ございません」

 ディアーナが、ニコライにそう説明すると、シルビアに向かって頭を下げた。

「なんじゃ、わざとじゃないならそう言え!」

 ごしごしと乱暴に涙の痕を拭い、シルビアが金糸を大事そうに懐に入れると、ディアーナの手にある銀糸を手にする。
 そしてニコライに目を向け「ニコライ、妾は紫糸を所望する」と、言い放った。

「なぜ俺が」
「同じ店で購入するのじゃろ。であれば妾は紫糸も所望する」
「おまえ、ちゃっかり二本手にしただろ」
「むぅ。金糸は小娘が妾に似合うと購入したものじゃ。銀糸は小娘たちとお揃いじゃ」
「あのなぁ、このリボンは質がいいんだ。ほいほい買えるものじゃねぇ」
「ケチじゃのう」

 シルビアが不服そうな顔をするとニコライの眉が上がる。
 ふたりの言い合いがはじまると、そばにいたエマがあたふたする姿が見え、ディアーナが涼しげな顔でソファに腰をかけた。
 俺は少し離れた場所にいたテオ兄さんの横を陣取り、謹慎中の疑問を口にした。

「ここ最近、兄さんたちは忙しそうですね」

 俺の含んだ言い方に、テオ兄さんが「そうだね」と遠い目をした。
 あっ、この質問はよくなかったと、テオ兄さんの反応を見て察したが、一度口にした質問を取り消すことは難しく、沈黙が流れる。
 ディアーナたちが帰宅する一時間前に、テオ兄さんたちは帰宅したが、叔父がアル兄さんと客室にいると聞くと、難しい顔をしてふたりの会談が終わるのを待っていた。
 そう、アル兄さんが単独で叔父を訪ねてきたのだ。
 ヨハンとの手習いを終え、屋敷内に入ったところで、アル兄さんと出くわした。

「俺のかわいいジーク!」

 いつもと同じ調子で、感極まったアル兄さんは俺を抱き上げた。
 隣にいたヨハンが唖然とその様子を見て「ジークベルトも大変なんだな」と一言。
 四歳児にして達観した発言に、伯爵家の執事が誇らしげにうなずくと「ヨハン様、歴史の先生がいらしています」と、その場から遠ざけた。
 叔父の準備ができたとの執事の案内を受けるまで、俺はアル兄さんのされるがままに可愛がられた。
 その間、伯爵家に仕える者たちからは生暖かい眼差しを受け続けた。
 テオ兄さんと同じく遠い目をして、数時間前の出来事を思い出していると、アル兄さんが疲れた様子で、俺たちのいる応接室に入ってきた。
 そして俺を見つけると物言いたげに何度か口をつぐみ、視線を外して「叔父上が呼んでいる」と告げた。
 挙動がおかしいアル兄さんを不審に思いながら、俺はみんなの輪から外れた。
 俺の横にハク、肩にはスラを連れて、叔父のいる客室に入った。

 客室に入るとすぐに叔父が「ジークにお願いがあるんだ」と、茶目っ気たっぷりに片目を閉じた。
 警戒しながらも、それに答える。

「なんでしょうか」
「じつは──」


 ***


「アルベルトが、護衛を離れる?」
「はい、殿下。アーベル伯より、さきほど連絡を受けました」
「ふーん。アルベルトが不在の間の護衛に支障は?」
「それがその。アーベル伯より、アルベルト殿の代わりに、この魔物をお側に置くようにとの指示がございました」

 近衛騎士が、戸惑った様子で自身の手のひらを見せる。そこには、ぷるんと揺れる水色の物体がいた。

「ピッ〈よろしく〉」
「これは、面白いことになりそうだ。くっくく」

 ユリウスは目を見開くと腹に手を乗せ、大笑いする。
 水色の魔獣の首には、紫糸のリボンが揺れていた。