一方その頃、アルベルトが見失った不審者マントの人物は、ならず者と騎士が入り混じったいびつな集団に囲われ、退路を断たれていた。

「おらっ、死ねよ」
「ぐっ、なぜっ」

 集団の中でもひときわ体格のいい、左目の上から右頬にかけて大きな傷がある男が、マントの人物に一方的な攻撃をしていた。
 マントの人物は、その攻撃を耐え忍んでいたが、傷の男の拳が数度みぞおちに入り、苦しげな声をマントの中からもらすと、とうとう地面に片膝をついた。

「なぜってか、冥土の土産に教えてやるよっ。おらっ」
「ぐっ」

 傷の男がマントの人物の顔面に容赦なく蹴りを喰らわせると、マントが宙を舞い、砂埃とともに体が地面を跳ね上がった。
 傷の男がマントに手をかけ、フードを掴む。
 その顔を近づけると、ニタッと馬鹿にしたような表情で告げる。

「中途半端な『隠蔽』と『願望』が仇と成したなあ。『願望』に正と導くを込めたのになあ」
「なぜ、それを、うっ」
「なぜだろうなぁ、おらっ」
「ぐっ」

 傷の男は、フードから手を離すと、地面に横たわったマントの人物の腹を蹴り続ける。
 止まらない攻撃。それでもマントの人物は、足掻くように立ち上がろうとする。
 その姿に傷の男の口角が上がる。

「しぶといねぇ」
「おい、いい加減にしろ」

 これからという時に、ひとりの騎士が水を差し、傷の男の肩を引く。
 傷の男が、イラついた表情で騎士の手を振り払った。

「うっせぇんだよ。てめぇ、俺に指図するきか」
「お前たちと違い、我々は弱っている者をいたぶる趣味はない。さっさと処分しろ」
「けっ、よく言うぜ。お偉い騎士様は自分の手を汚したくねぇだけだろう。そうだ、お前。こっちにこいよ」

 傷の男が、水を差した騎士のうしろにいる若い騎士に声をかける。

「ぼっ、ぼくですか」
「そうだ。お前だよ。せっかくだから、手柄を譲ってやるよ」
「えっ」

 新人と思われる若い騎士に、傷の男は自身の短剣を差し出す。
 若い騎士は、躊躇しながらも短剣を受け取ると、マントの人物の前に立たされた。

「おらっ、殺せよ」
「殺せ、殺せ」

 ならず者たちが、若い騎士を煽る。
 異様な空気が包む中、他の騎士たちは、ならず者たちの野次を止めることもなく静観している。
 若い騎士の短剣を持つ手が震え、身動きができないでいると、地面から真っ白な煙が湧き出て、一瞬で辺りを覆った。
 白い煙が、彼らの視界を隠し、傷の男の怒号が響く。

「ちっ、やつはどこだ!」
 
 男たちの混乱は白い煙が消えるまで、しばらく続いたのだった。


 ***


 男が目を開けると、見慣れない天井が広がっていた。
 男の記憶は白い煙で途切れてはいたが、助かったのだと自覚する。
 残虐性の高い傷の男が、このような小奇麗な場所に自身を確保するはずはない。
 死を覚悟した傷も手当てされ、手厚い看護を受けている状況を把握した男は安堵したのか、ほっと息を吐く。

「おいっ、大丈夫か?」

 男の目覚めに気づいた金髪の青年が、心配げな表情で男を見ていた。
 それに応えようと男が体を起こそうとすると、体の痛みを感じたのか顔を顰める。

「ここは? くっ」
「動かないほうがいいよ。僕の『聖水』は、折れた骨を完治できるほどの精度はないからね」

 別の方向から物腰の柔らかい赤い髪の青年が、男に声をかけた。
 男は青年たちを見つめ、一呼吸置く。

「貴方がたは?」
「名乗ったほうがいいかい」

 赤い青年の問いかけに、その意図に気づいた男は口を噤むと、視線が中空を漂う。
 沈黙が部屋を支配する中、男の視線が、椅子の上にあるマントに止まった。
 驚いた表情でマントを見た男は、すぐに自身の体を見て、再びマントに目をやる。
 そして、期待と不安が入り交じった目を向け、青年たちに頭を下げた。

「命を助けて頂きありがとうございます。私はエリーアス殿下にお仕えするルートヴィヒ・フォン・ベンケンと申します。ルイスとお呼び下さい」

 ルイスはそう名乗ると、懐からエスタニア王家の家紋が入った懐中時計を見せ、その身分を示した。
 その覚悟を前に、赤い青年が口を開いた。

「私は、テオバルト・フォン・アーベル。彼は護衛のニコライだ」
「アーベル家の方! 私はなんて運がいい」

 ルイスは目に涙を浮かべ、口元を手で覆った。
 そんな彼の様子に、テオバルトとニコライは視線を交え、厄介事に首を突っ込んだと苦笑いした。


 ***


「『願望』とは面白い魔法だね」
「無属性の魔法です。術者の魔力と熟練度で効力は変わります」

 ルイスの事情と説明を受けたテオバルトたちは、ルイスがすぐに身元を示した理由に納得をする。
 いまルイスの手元にあるマントは魔道具で、『隠蔽』と『願望』が施されている。
 ルイス曰く、マントの『願望』に一致した人物には『隠蔽』が効かない。
 またマントを羽織っている本人、もしくは『願望』と一致した人物でしか、マントを脱がすことができないのだという。
 すなわち、テオバルトたちは、ルイスたちのお眼鏡に叶った人物となる。

「すげぇ魔道具だな。あれだけ争ってもフードがとれないわけだ」
「エリーアス殿下、渾身の魔道具ですから」

 ニコライの感想に、ルイスが誇らしげな顔をして、嬉しそうに答える。

「そうだとしたら、なぜ彼らにルイス殿の正体がバレたのかな」
「おそらく『隠蔽』を看破する魔道具を所持していたのだと」
「そりゃすげぇな。末端の騎士に与える代物じゃねぇぞ。どうするテオ」
「そうだね。僕たちだけでは大事過ぎる。叔父様に相談しよう」

 ふたりの気兼ねないやりとりを見たルイスが、羨望の眼差しをニコライに向ける。

「ニコライ殿は主に対して、随分と大柄な態度ですね」
「ルイスは真面目だな。俺とテオは昔馴染みで気安い仲だから許されてるんだ」
「そうなのですか。私はエリーアス殿下の幼少期からお側にいますが、一度たりともそのような砕けた会話をしたことがございません」
「おいおい。俺とお前では仕える主の身分が違うだろうよ」
「そうなのですが、おふたりの関係が私にはとても眩しく見えます」

 ルイスの素直な言葉に、テオバルトとニコライはお互いの顔を見合わせる。

「だそうですよ。テオバルト様?」
「冗談がきついよニコライ。それに気持ちが悪いよ」
「ひっでえ、言いようだな」

 テオバルトが、とても不愉快そうに表情を歪めると、ニコライが笑いながらその肩を叩いていた。
 その様子に、ルイスだけが戸惑っていた。