壁との距離は十分あったが、未だ出口の距離は『???』だった。
 もう歩き始めて、数時間は経っているはずだ。
 洞窟内なので、時間の感覚は掴めないが、お腹のすき具合から判断した。
 これは父様に教えてもらった方法だ。万が一、閉じ込められたら身体で時間を把握しなさいと手段を教えてもらったのだ。
 姉様も僕も、体力的に限界だった。そろそろ次の動きがあってもいいころだ。

 カサカサ、カサカサと、想像したくない音が耳に聞こえた。
 姉様はまだ気づいていない。
 でもこの音は…………。
 数も一匹や二匹ではない。
 現実を直視したくないが、後ろを振り向くと、黒の大群を視界に捉えた。
 姉様もその姿に気づき、思わず二人して声が出る。 

「うわぁ」
「もういやーーーー!」

 大量のゴキ○リが、僕たちの目の前に現れた。
 必死に逃げ惑い、魔法攻撃を打ち続けるが、数が減ることはなく、魔力も枯渇寸前となる。
 でも、あの大群はいやだ。

「ひぃー。こないで、いやっ、いやーーーー!」

 姉様にゴキ○リが襲いかかっていた。
 僕は姉様を襲うゴキ○リを払い落とすが、ゴキ○リは、次々にわいてくる。
 知っていただろうか。ゴキ○リは、飛ぶんだよ。
 あっ、終わったな。
 一匹のゴキ○リが宙を舞ったのをきっかけに、ゴキ○リたちは飛び出し、大量のゴキ○リが、僕たちの全身に襲いかかった。
 全身にただよう気持ち悪い触感に、精神が病みそうになり、意識が途切れそうになった瞬間、大量のゴキ○リが、跡形もなく消えた。
 やはり幻影だったようだ。リアルな動きと感覚に頭が麻痺しそうだ。
 これは、トラウマになったよ。当分の間、ゴキ○リを見ると悲鳴を上げるほどには、トラウマになった。
 洞窟の上から地上の光が降りそそぐ。

「マリアンネ、テオバルト、無事か」
「父様、僕は大丈夫ですが、姉様が気を失っています」
「ヴィリバルト」
「はいはい。すぐに助けだしますよ。マリーには、いたいお灸になったかな」
 
 二人の声に心底安心する。
 やっとこの場所から解放される。体力、精神ともにくたくただ。
 気を失っている姉様を抱き上げ、洞窟に降り立った叔父様へ渡す。
 その顔は、悪巧みが成功したガキ大将のようだった。
 すべてが叔父様の手の内だったのだろう。
 この洞窟もお手製のものかな。だとすれば、叔父様はかなりの腹黒だ。
 アル兄さんからも、叔父様には決して逆らうなと注意されていたのだ。
 叔父様への今後の対応、少し変わるかも……。
 洞窟から救助された僕は、心配そうな父様の姿にやはりそうだったのかと納得する。
 鑑定師の正体は、父様だった。あの背格好になんとなくだが、親近感がわいたのは、間違いなかった。

「テオは、気づいていたね」
「はい。侍女の行動が不審でしたし、父様たちがこの件をそのままにするとは考えていませんでした」
「侍女はね、あれは別件だよ。テオは、マリアンネを一人にできなかったんだね」
「はい。ごめんなさい」
「うん。これに懲りて今後は必ず報告することを覚えるんだ」
「はい」

 新人侍女は、ヴィリバルトたちの差し金ではなかった。
 ヴィリバルトの婚約者候補にと、多方面から圧をかけていたが、アーベル家は相手にしなかった。
 痺れを切らした伯爵は、闇の取引に手を出してしまった。
 その情報が入ったため、見過ごすことができなくなり、行儀見習いと称して娘をアーベル家へ招いた。
 娘は噂好きであり、とても口が軽かった。
 ヴィリバルトとの結婚を夢に見たとしても、侯爵家の嫁になれるだけの器量を待ち合わせていなかった。
 アンナが一言「ないわ」と、初見で見切ったとの話だ。
 その後、新人侍女の姿を見たものはいない。

 マリアンネは、それから三日三晩寝込んだ。
 最後の大量ゴキ○リが、相当に効いたのだろう。
 その後は、大人の話に首を突っ込むことはなくなり、なにかあればギルべルトへ報告するようになった。