俺の涙がとまり、落ち着きを取り戻すと、俺を包んでいた大きな存在が消える。

「このままずっと抱きしめて甘やかしたいけど、それは彼女に譲って、私は我慢するよ」

 そう言って叔父は自席に戻ると、人の悪そうな顔する。

「それにしても彼女が、神獣とは驚きだね。是非とも私の研究に協力して欲しいね」
「本人がいいのなら、ぼくは構いませんよ」

 いつものやりとりに、俺も乗る。
 すると、シルビアが腕を強く引張り、口をハクハクさせながら、顔を激しく横に振る。
 あっ、忘れていた。
 ヘルプ機能に指示されて『遠吠え禁止』をしていたのだと思いだした。
 叔父との会話に、よけいな邪魔が入るとかえって話しが複雑になる。
 ヘルプ機能のそんな提案を、シルビアが抵抗することもなくすんなりと受け入れた。
 しかも、シルビアは、俺と叔父の会話中、自身の気配を消し、俺たちに配慮していた。
 やればできる狼だった。シルビアの評価を見直し、『遠吠え禁止』を解除した。 

「妾は嫌じゃ! そやつに協力などできん! 底知れぬ闇を持っておる。近づけばスパッじゃ!」
「あっははは。私も嫌われたものだね」

 シルビアの物言いに、俺が注意すると、ひどく驚いたような顔する。

「シルビア、いくらなんでも言い過ぎだよ」
「なっ、なっ、おぬしは、わからんのかえ!」

 俺に真剣な表情で必死に訴えるシルビアと、なにかがツボに入ったのだろう、腹を抱えて笑っている叔父が対照的だ。

「あっははっ……久々に笑ったよ。それならジークと一緒の時にでもお願いするよ」
「はい」
「うっ、仕方ないのじゃ。おぬしと一緒なら、付き合うのじゃ」

 俺が戸惑うことなく返事をすると、シルビアは、あきらめたように了承した。
 その様子に叔父が満足そうにうなずく。

「ジークが、全属性持ちで、前世の記憶があるとはね」
「信じてもらえるのですか?」

 その問いかけに、叔父が不本意そうに眉を上げる。

「信じるもなにも、ジークが言ったことを疑うなんてしないよ。それとも嘘なのかい?」
「いいえ」

 俺へ全幅の信頼を寄せる叔父に、なんだかくすぐったくなる。

「前から不思議だったんだよ。ジークの知識量の多さもだけど、ジーク発案の料理や品物は凄すぎる。兄さんは『天使が天才だった』って褒めてたけどね」
「父上……」

 その情景が思い浮かび、俺は苦笑いする。

「地球の日本だったね、一度は訪れてみたいね」

 叔父の冗談が、なぜか気になる。
 叔父なら不可能を可能にするのではないかと、思ってしまう。

「ジークの秘密は、私だけの胸にしまっておこうと思う。兄さんにも話しをするべきだが、今は時期が悪すぎるんだ。ごめんね」
「いいえ、わかりました。ただ、父上には、ぼくから話をしたいです」
「それがいいね。その時は、私も同席しよう」
「はい。ありがとうございます」

 叔父との会話中、シルビアが俺の腕を引っ張る。

「どうした、シルビア?」

 シルビアが、ハクハクと口を動かす。
 あっ、さっき、つい、シルビアとの会話が終わったので『遠吠え禁止』を発動したんだった。

「妾の扱いが雑するぎるぞ! 仮主として、もう少し丁重に扱えぬのか!」
「ごめん。つい癖で……」
「妾は、神獣なのじゃぞ。そもそも、ぐふぅ」
「で、なに?」

 話しが長くなりそうだったので、物理的にシルビアの言葉をとめる。
 涙目で俺を見上げるシルビアに、笑顔で圧をかける。
 要件を簡潔にね。

「おぬしは前世の記憶があり、前世は地球という異世界にいた人物なのか?」
「そうだよ。あれ? 説明していなかった?」

 シルビアの質問に俺は首をかしげる。
 俺の反応を見たシルビアは、とても不服そうな顔する。

「説明されておらん! しかも、話を聞く限り、天界管理者と接触しているではないか」
「天界管理者?」

 聞きなれない言葉に、該当しそうな人物を想定する。

「あー、生死案内人のこと。転生する直前に説明を受けただけだよ」
「先ほどの話では、生身の姿でも、接触したのではなかったかえ?」
「前世で死ぬ直前に会ってるけど、それが何?」

 俺が肯定すると、シルビアの表情が、パーッとひときわ明るくなる。

「おぬし、凄いのじゃ! 神界の者でも、天界管理者に会うことはできん!」
「そんなに興奮すること?」
「なっ、何故、その凄さがわからんのじゃ!?」
「そう言われてもな。それに姿なら迷宮で確認できるよ」
「なぬぅ!」

 俺たちが生死案内人について語っているそばで、叔父が難しそうな顔で、その話を聞いていたことに俺は気づかなかった。


 ***


「精霊ごときが妾に何をするのじゃ!」
「なによ。偉そうに! 今のあなたは枷しかない。ただのお荷物じゃない!」
「なっ、レベルがリセットされただけじゃ。レベルが上がれば、妾も役には立つのじゃ!」
「あら。お荷物だってことは認めるのね。うふふ」
「むぅ。現状は致し方ない。じゃが、本来の妾の力は、精霊よりも遙かに上じゃ!」
「ふん。ただの負け惜しみね」
「なんじゃとーー!」

 お互い額と両手をくっつけながら、いがみ合っている。
 外野がうるさすぎて、叔父との話が中々進まない。
 シルビアにだけ『遠吠え禁止』を使用しても、フラウの攻撃はとまらないだろう。
 そんなふたりをよそに、俺は叔父と視線を合わせる。
 叔父の合図で、俺は空間魔法を使い、俺と叔父だけの『異空間』を部屋に作った。
 外野がその状況に気づいた時には遅く、慌てて空間内に立ち入ろうとするが、弾かれる。
 この空間は、俺たちふたり以外は、中に入れない仕組みとなっており、外野の声も中の声も聞こえない仕様だ。
 叔父が気を利かせて結界も張っており、さらに強固となっている。
 叔父との息もぴったりだ。

 あの後、テオ兄さんから救援要請の『報告』が入り、あの場はお開きとなった。
 そのため、朝から叔父の屋敷を訪ねたのだ。
 シルビアは、強制転移されるので、仕方なく連れてきた。
 ハクたちは、かわいそうだけれど、まいた。
 ごめん、ニコライ。後は任せた。
 テオ兄さんの救援要請は、ハクたちのことだった。
 昨日、屋敷に帰宅した俺は、それはもう大変だった。
 ハクやスラにも、俺の強い心の動揺が伝わっていたようで、心配も度を超すと、発狂することがわかった。
 ハクたちを宥めるのが、本当に大変だった。
 苦い記憶として、心の奥底に締まっておく。

「ふたりには、いい薬となるね。少し反省してもらおう」
「そうだといいんですが……」

 俺たちとシルビアたちの間には、半透明ガラスのような壁があり、お互い見ることはできる。
 ふたりは壁を叩いていたが、早々にあきらめて、コソコソとなにかよからぬ相談をしている。
 さきほどのいがみ合いは、どこにいったのか。
 その様子を見た叔父が「あまり時間はなさそうだね」と、苦笑いした。
 俺もその考えに一票だ。

「さて昨日は、色々とあったけれど、落ち着いたかい」
「はい。ご迷惑をおかけしました」

 叔父の言葉に重みを感じる。
 ハクたちの発狂に責任を感じているようだ。

「本題に入ろうか。エスタニア王国の真実をジークは、知っているんだね。それは神獣である彼女が、ジークと契約したことにも関係があるのかな?」
「結論から言いますと、シルビアとの契約は関係ありません。契約には了承しましたが、あの場ではそれしか選択肢はありませんでした。ほぼ強制的に決まったものです。厄介払いもいいところですよ」

 あの状況を思い出し、苦笑いしながら俺が肩をすくめると、叔父がつぶやく。

(えにし)も人の運命(さだめ)だ」
「?」
「彼女がジークと契約したことは、何らかの理由があるよ」
「どういう理由ですか?」
「それは、私にもわからない」

 どういう意味だ?
 叔父の意味不明な回答に戸惑うが、考える時間もなく、叔父が話題を変えた。

「次に行こう。ディアーナ様に王家の真実を話すかを迷っているんだったね」
「はい。ディアに話せば、彼女は内戦を止めるためだけに動きます」
「内戦を止めるだけの真実があり、ディアーナ様が動くと確信があるんだね」
「はい」

 俺の肯定に、叔父の目が妖しく光る。

「ではその真実、聞こう」
「ぼくが知り得た真実は──」

 叔父に、ヘルプ機能で調べ上げたエスタニア王国の真実を暴露した。
 その真実に叔父の顔つきが変わる。

「なるほど。先祖返りはそこがルーツか」
「はい」
「となると──」

 ガッシャーン!
 結界と空間が壊れた派手な音がした。
 振り返るとそこには、ご機嫌斜めなフラウとシルビアの姿があった。
 話に集中しすぎて、ふたりの存在を忘れていた。

「うふふ。最上級の風魔法使っちゃったわ」
「スキルがなくても、魔法は使用できるのじゃな。おぬしの魔力、ちと使わせてもらったのじゃ」

 ふたりの目が据わっている。
 放置した時間が長すぎて、完全に切れている。
 あとの始末どうするよ。
 あっ、ヴィリー叔父さん、どこにいった!? 素早い! ひとりで逃げたなっ!
 俺も逃げ……。逃げられない。
 ふたりに肩を強く掴まれ、逃げる隙がなくなってしまった。
 万事休すとは、このことを言う。