「──ということです。他言無用でお願いします」
叔父にすべてを打ち明けた。
俺の前世が異世界人で、その記憶を所持したまま、この世界へ転生したこと。その経緯である前世の不運値が四十倍で生じた不運な出来事も。ハクが聖獣で隠蔽した経緯やシルビアが神獣であることも、俺の能力も含めて包み隠さず伝えた。
その間、叔父は一言も口を挟まず、ただ黙って耳を傾けてくれた。
肩の荷が下りるとは、こういうことを言うのだ。
胸の奥につかえていた負荷が消え、気持ちが軽くなった。
とても清々しく、いい気分だ。
自己満足に浸って、暢気に隣にいるシルビアを見ると、彼女の顔がこわばっていた。
はっと、沈黙している叔父に目を向ける。
叔父の纏う空気が尋常じゃないことに気づき、緊張が走る。
今の今まで、叔父を欺いていた事実は消えないのだ。
俺ができる誠心誠意の謝罪はしたが、それを叔父が許すかは別だ。
培った信用が底辺となったかもしれない。
当然のように受け入れてくれると、甘く考えていた。
得体の知れない者だと、切り捨てられる可能性もあるかもしれない。
俺の思考が、ネガティブに染まりはじめた頃、沈黙していた叔父が、絞り出すように声を発した。
「ああ、やっと長年の謎が解けたよ。義姉さんが、ジークを産んだ奇跡が……なにもかも、ひとつに繋がったよ」
普段の叔父からは、想像できない動揺した声だった。
「義姉さん、貴方が言ったことは、正しかった……。ジークベルト。アーベル家に、兄さんと義姉さんの子供として、生まれてきてくれたことに感謝する。ありがとう」
赤い瞳から、一筋の涙が零れた。
叔父が泣いている。
はじめて見る叔父の涙に、俺は動揺して言葉がでない。
叔父自身も、自分が涙したことに気づいたようで、驚きの表情とともに、素早く片手で瞳を覆った。
その手は、震えている。
冗談で感情を表したり、怒りで空気を揺らしたこともあるが、いつも飄々として掴めない叔父が、これほどまでに感情を乱す姿が衝撃であった。
突然の事態に、なにがどうなのかわからない。
確かなことは、俺の秘密が、母上のなにかと関係があるということだ。
「母上……」
俺の今世の記憶は、母上の腕の中からはじまった。
もう戻れない、あの幸せな世界。
やばいな……。
母上の事を思い出すと、どうしても感傷的になってしまう。
未だに俺の記憶を侵食する色濃い後悔の念。
払拭できないでいる母上の死。
あの時の行動を何度も夢に見る。
もう戻れないと理解しながらも、心はあの日に置いたままだ。
母上が言った『前を向きなさいジーク』だけで、俺は前を見続けている。
母上に会いたい。
もう一度、あの腕に抱きしめられたい。
「……っ、母上」
感情が爆発しそうになり、込み上げてくる涙を唇を噛み締めてぐっと我慢する。
刹那、温かくて大きな腕が、俺を包み込んだ。
ああ、この優しさに俺はどれだけ救われたのだろう。
しばらくして、俺が叔父の肩から顔を上げると、端正な顔がひどく憔悴していた。
「ヴィリー叔父さん」
俺の気遣わしげな声に、叔父が膝をついたまま答える。
「大丈夫かい?」
「取り乱しました。すみません」
俺の声にシルビアが反応して、俺の腕を強く掴んだ。
はっと、シルビアに顔を向けると、泣きそうな表情で俺の胸に顔を埋めた。
シルビアの行動を叔父は黙認すると、俺の隣に座り、俺の頭をなでる。
えっと……。
叔父の沈黙に感謝しつつ、シルビアを落ち着かせる。
彼女には悪いことをした。
シルビアは、俺の近くに居れば居るほど、俺の強い感情を共感できるのだ。
きっと負担となったにちがいない。
今の俺の感情は、決してきれいなものではない。
ごめんね。だけど、ありがとう。
感情を共感してくれる人がそばにいる。それだけでなんて心強いんだ。
謝罪と感謝の意を込めて、優しく何度もシルビアの頭をなでた。
しばらくして、俺の腕の中で「スーッ、スーッ、ズッ」と、鼻水まじりの寝息が聞こえた。
ここで寝れる神経の図太さに、ヘルプ機能から駄犬と言われるのだと思う。
とても幸せそうな寝顔に、なぜかすごく癇に障った。
なので、鼻を摘まんでみた。
「んむぅ。むっ」
シルビアの眉間に皺が寄る。
その顔を見て、俺の頬が緩む。
俺がシルビアで遊んでいると、頭上からの視線に気づいた。
「仲が良いようで、なによりだよ」
「そう見えますか?」
俺はシルビアの鼻を摘みながら、叔父に聞く。
「とても仲が良く見えるよ。ジークが、意地悪をする姿は、貴重だね。心を許しているんだね」
「それは心外です」
「そうなのかい」と、肩を上げる叔父の表情は普段と変わりなかい。
その態度の変化から、あの話題はもう叔父の中で終わったのだと悟った。
だけど……、聞くべきか、判断に迷う。
きっと、答えてはくれない。
でも、なにもなかったことにする選択肢は、俺にはなかった。
「……ヴィリー叔父さん。あの、ぼくの出生に、なにがあったのですか?」
俺の質問に、叔父は一度、視線を上にあげる。
そして、とても気まずそうな顔した。
「すまないね。ジーク。歳を重ねると、涙脆くなるようだ。感情が高ぶって失言をしてしまったね」
叔父が「まいったな」と、片手で顔を覆う。
深く息を吐いてうなずくと、赤い瞳が俺を捕えた。
「私の口からは話せない。ジークが真実を知るその時がきたら、兄さんから話をする。それまで待って欲しい。大人の勝手な言い分で申し訳ないね」
「わかりました。待ちます。一つだけ、一つだけ、答えて下さい」
「なんだい?」
俺は怯える心を落ち着かせ、長年の疑問を口にする。
「母上の死は、ぼくと関係がありますか?」
「ない。それだけは、はっきりと言えるよ」
叔父の断言が、俺の心を震わす。
だけど……『お前さえいなければっ』、憎悪のこもった茶色の瞳が、俺の脳裏をかすめた。
「そうですか……」
「ジーク、まさか、ゲルトの言葉をずっと気にしていたのかい」
叔父が驚いた様子で、俺に問いかける。
「いえ、そうでは……。いや、気にしていなかったと言えば、嘘になります。ぼくは、生まれながらにして、人並み外れた能力がありました。それを母上の治療に使えたのではないかと、ずっと、そう思っていたんです。あの時、父上たちに伝えておけば、母上は助かったかもしれない。そう思って……」
言葉が繋げられない。
ポタポタと、溢れ落ちる涙。俺の涙腺が崩壊した。
あれれっ。これとまんないっ。
やばいなっ……。
俺の異変に気づき、飛び起きたシルビアが、懸命に両手で涙を拭ってくれるが、追いつかない。
まるで俺の後悔を表すように、涙が服に染みを作っていく。
自分で思っていたよりも、俺の心は悲鳴をあげていたのだ。
叔父の眉も下がり、痛々しげな表情で俺を見る。
そんな顔をさせたいわけではないのに、涙は止まらない。
「ジークベルト。はっきりと断言するよ。あの時、君の能力を最大限に生かしても、義姉さんは助からなかった。世界でもトップクラスの魔術師『赤の魔術師』と呼ばれる私が断言しよう。だから君が背負うことは、何もないんだよ」
「ヴィリー叔父さんっ……」
「今まで気づかずに、すまなかったね」
叔父が、シルビアごと俺を抱きしめた。
ああ、やっと母上の死から解放されたのだと思った。
胸の中にストンッと、叔父の言葉が落ちた。
俺よりも格上の叔父が、断言してくれた。
だから、俺は納得ができる。
本当の意味で前を向けるよ、母上。