「──ということです。ジークからの報告は全てです」
「わかった。ヴィリバルト、エスタニア王国での行動を許可するよ。ただし内密に動いてくれ。派手な動きをされると、フォローができないからね」
「御意。殿下、夜分遅くまでありがとうございます」

 ヴィリバルトが報告を終え、ユリウス王太子殿下に謝儀をする。
 それを見届けた殿下は、体から力を抜き、一瞬表情を崩すと、その場から立ち去る。

「ジークベルトの無事が確信できてよかったよ。では、私は城に戻ることにする。アルベルト行くよ」
「はい」

 殿下のあとを追うアルベルトの前に、ヴィリバルトが奇妙な形をした魔道具を差し出した。

「アル、念のためこれを所持しておくように」
「叔父上、これは?」
「私が作成した魔道具だよ。使い方はそこに記載があるので、熟知しておくように」
「はい」

 アルベルトはヴィリバルトからその魔道具を受け取ると、殿下のあとを追った。
 ジークベルトの安否と現状報告が入ると、集まった関係者が各々に退室していく。
 騒いでいたハクやスラも、ジークベルトと念話したことにより、落ち着きを取り戻していた。
 テオバルトに促され、二匹も部屋から退室していた。
 その場に残ったのは、ヴィリバルトとニコライのふたりだった。

「なにか話があるのかな」
「俺をジークベルトの護衛から外して欲しい」

 ニコライの申し出に、表情ひとつ崩さないヴィリバルト。
 その態度から『俺の護衛辞退は想定内か』と、ニコライは思った。

「君はアーベル家の教育を受けたはずだよね」

 突然の教育話しに、ニコライは怪訝な表情をしつつ「あぁ」と、うなずく。

「アーベルの至宝、現在(いま)は、ジークベルトだ。この意味がわかるね」

 あたり前(・・・・)のことを言うヴィリバルトに、ニコライは不信感が湧く。
 アーベル家の教育を受ける前から、ジークベルトが『アーベル家の至宝』であることをニコライは、知って(・・・)いた。
 いつ知ったのかは思い出せないが、それが世界の常識(・・・・・)だ。
 そう言えば、なぜあたり前なんだ。
 疑問が次々と出てくる。ふとニコライが、それを口にした。

「なぜ、ジークベルトなんだ」
「さぁ、あれは(・・・)気まぐれだからね。私にも予想はつかないよ」

 ヴィリバルトの赤い瞳が、驚きに満ちたように大きく見開くと、ニコライの疑問に答えた。
 ヴィリバルトの声が、ニコライの思考に靄をかける。
『赤はなんて言った。あれは、あれとは』と、急にニコライの頭が重くなる。
 一瞬記憶が飛んだニコライは、さきほど自身に訪れた体調の不和を忘れ、平然とした顔でヴィリバルトに質問をなげかける。

「害はないと聞いた。幾ばくか恩恵はあるのだろう」
あれが(・・・)、気まぐれで与えればね。代々の『至宝』が恩恵を得られたわけでもない。先代の義姉さんは、恩恵もなく亡くなったからね」
「あれが? つぅ……」

 再びニコライの頭が重くなり、記憶が飛ぶ。
 しかし本人はそれに気づきもせず、ヴィリバルトに詰め寄った。

「害があるのか!? ジークベルトが死ぬ可能性があるのか!?」
「落ち着きなよ。誰も死ぬとは言っていない」

 ヴィリバルトの淡々とした態度で、そばまで寄っていたニコライが一歩下がる。

「すまない」
「勘違いしないでほしい。義姉さんの死因は、至宝が直接の原因ではないよ。まぁそれも含めて、気に食わないのだろう。私が拒否したことも」

 ヴィリバルトの苛立ちがニコライにも伝わる。
 誰か(・・)に怒っているのを察するが、誰かは(・・・)考えてはいけない。
 ニコライの瞳から光が消える。
 ヴィリバルトはその様子を確認したあと、なにもなかったように話しを進めた。

「こちらの話だ。『至宝』はただの固有名称さ。ただ世界における影響は大きい。我が国の王太子が、現至宝であるジークベルトの行方を案じていた事を見ればわかるね。ジークベルトは、屋敷で大人しくいるタイプではない。今後さらに厄介事が増えるのは、目に見えている」
「……っ」

 ニコライが、唇を噛み締める。
 その仕草に気づいたヴィリバルトは、ニコライに追い打ちをかけた。

「君が何を迷っているのかは大体予想がつく。護衛を外して欲しいとの要望もそれだろ。そもそもその考え自体が馬鹿らしいと思わないのかい?」
「俺は真面目に悩んでいるんだ!」

 ニコライの心の悲鳴が、叫びとなって、部屋に響いた。
 ヴィリバルトが、両手を広げ呆れた様子で、確信をつく。

「だからその悩み自体が、馬鹿らしいと言っているんだよ。ジークベルトは規格外だ。規格外に仕える。その意味は経験したからわかるだろう。君自身なんて、ジークと比べれば、ちっぽけな存在にしかすぎない。一般的な護衛とは違うんだ。そこに君の存在意義を求めるのは、おかしいんだよ。あとは……そうだね、君自身のプライドが、判断の邪魔をしているとしか思えない」
「そっ、それは……」

 ほんの少しあった邪な気持ちをヴィリバルトに暴かれ、ニコライが言葉を失う。

「規格外の護衛に求めることは、常に主の意向に沿って動けること。ただそれだけだ。現に君はできていると思うけどね」
「はっ?」

 ニコライの反応を見たヴィリバルトは『無意識の行動こそ、真に求めているものだよ。それに気づかないうちはまだまだ……』と思いながらも『困ったことに、嫌いではないんだよね』と、全身から大きなため息を吐く。

「私も甘いな。今回だけだよ。ハクとスラ、王女とエマの精神的負荷を緩和させたよね。適切な処置だった。今回はテオも一緒だったけどね。一時はどうなるかと思ったよ。それだけでジークの護衛としての役目はできているよ」
「それはあたり前だろ。ジークベルトがいなければ、あいつらは騒ぎだす。それを抑える行動をするのはあたり前だろ。あとでジークベルトの負担になれば、あいつら自身が悲しむしな」
「うん。君はジークの護衛として適任だよ。私が君をジークの護衛から外すことはない」
「はぁ?」

 ヴィリバルトが、ニコライの行動を肯定すると、ジークベルトの護衛からは外さないと言ってのけた。
 ニコライは、早急すぎる話しの展開についていけない。

「主の意向に沿って動けること。それだけだ。もう答えは教えてあげないよ。よくよく考えることだね。さて私の話は終わったので帰るよ。これからもジークの専任護衛として頼むよ」
「おいっ! ちっ、転移しやがった……」

 ひとりとなった部屋で、ニコライはヴィリバルトに言われたことを反復する。

「なにが専任護衛だ。俺は護衛の辞退を申し出て……あっ? 待て。よく思い出せ。赤が俺に頼むなんて、言うはず……、言ったよな? 夢か? いっ、痛ぇ! 夢じゃねぇ! 待て待て。落ち着け。そもそも俺は、赤にジークベルトの護衛を外すよう懇願したはずだ。それで俺の痛いところを突かれて、赤にジークベルトの護衛に求められるものは、防衛の護衛が重点ではなく、ジークベルトの意向に沿って動ける者だと言われ、俺の行動が既にそれをしていると、結論、専任護衛頼む……。はぁ、意味わかんねぇぞ!」

 ニコライが部屋で悶々と騒いでいると、エマの声が聞こえた。

「ニコライ様! まだこちらにいらっしゃったのですね! スラ様がニコライ様をお呼びです」
「スラのやつ、また寂しいってか」
「うふふ。スラ様は、寂しがり屋さんですからね。ジークベルト様がそばにいなくて、代わりに誰かのそばに居たいのでしょう」
「しかたねぇな。代わりは必要だしな」
「あっ、今のはニコライ様以外でもいいってわけではありませんよ。スラ様はニコライ様をご指定されていますからね!」

 エマが念を押すようにそれを指摘する。
 ふと、ニコライは第三者の声を聞きたくなった。

「なぁ、エマ。俺は、ジークベルトの役に立っているか?」
「もちろんです! ジークベルト様がいない時に私たちを支えてくれているじゃないですか!」

 即答したエマに、ニコライは戸惑う。
 その信頼された顔を前に『答えはまだ見つからないが、今はそれでいい。護衛失格だが、俺にもできることはある』と、自信を少し取り戻す。

「……そうか。スラを待たせると後が恐いな。行くぞ、エマ」
「はい!」

 ニコライの呼びかけに、エマの元気な返事が部屋に響いた。