「いたっ、姉様、大丈夫?」
「だっ、だいじょうぶよ」

 二人が落ちた場所は、深い洞窟のようだった。
 上を見上げるが、地上の光はなく、落ちたはずの穴がない。
 テオバルトは、確信した。
 これは父様たちの罰だ。大人の話に首を突っ込んだからだ。

「テオ、膝を擦りむいているわ『癒し』」
「姉様、ありがとう」
「それにしても、ここはどこなの?」
「姉様、おそらくここは……」

 テオバルトが、父様たちが用意した罰のようだと話そうとした矢先、ドッ、ドッ、ドッドッドッ、ドドドと、なにかが迫ってくる音が聞こえる。

「なっ、なに? なになの?」
「姉様、走って!」

 巨大な石が、マリアンネたちの方へ転がってくる。
 洞窟いっぱいのそれは、回避できそうにない。
 あれに押し潰されたら、怪我じゃすまないよね。
 どうする? どうしよう! 逃げていてもらちがあかない。
 体力はあるけれど、所詮は子供の体力だ。
 横にいる姉様は、動きやすい服を着用しているが、それでもドレスに違いはない。
 そろそろ息が上がって……。そうだ!

『沈下』

「姉様、その横穴に身を隠して」
「よっ、よこあなっ……」

 二人して横穴に身を寄せる。
 巨大な石は、危機一髪のところで、二人の横穴を通り過ぎた。
 ほっと安心したのも束の間、ドンッと大きな音とともに、地面が揺れた。
 その揺れに、顔面が蒼白になる。
 えっ? さっきの石? 死んでいた?
 父様たちの罰だから怪我などすることはないと、安易に考え油断していた。
 もしかすると、父様たちの罰ではないのかもしれない。
 新たな迷宮やダンジョンが、出没した可能性も少なからずあるのだ。
 乱れた呼吸を整え、疲労困憊の姉様をみる。
 ドレスは、ドロドロで裾が所々破れている。幸い靴はヒールがあるものではなかったようだ。
 これならまだ動けそうだ。
 回復魔法を使用して、強制的に体力を戻す。あとあと身体に響くが、そうはいってられない。

「姉様、早急にここを出ましょう」
「うん。でもここはどこなの」
「アーベル家の敷地内です。『報告』で確認をしました」
「出口はあるのね」
「あるけれど、距離が……」
「どうしたの?」
「距離がおかしい!」

 ズッ、ズッ、ズーーと、横穴の壁が動き出す。
 その異変にマリアンネが、不安な声をだす。

「次はなに?」
「姉様、ここを出ましょう」

 テオバルトが作製した横穴は、子供二人でいっぱいいっぱいだった。
 徐々に身体を壁に押し出され、テオバルトはマリアンネの手を取り、洞窟へ戻る。
 そこには、大きな壁があり、徐々にだが動いていた。

「壁が動いているわ」
「そうだね。姉様、追いつかれる前に動きましょう」

 壁の動きは、石よりは遅く、歩いて移動しても間に合う状況だった。
 先ほどのこともあるので、油断はせず、壁との距離を稼ぐため、足早に出口を目指す。
 姉様には報告途中だったが、出口はあるが、その距離が『???』だったのだ。
 誰かの意図がある。ここは迷宮でもダンジョンでもない。
 しばらく歩くと、大きな穴があり、穴の下にはお約束の大量の針があった。

「テオ、どうするの」
「土魔法苦手なんだけれど『形成』で、橋を作ってみるよ」
「ごめんね、テオ。私、なんの役にも立たないわ」
「姉様が気にすることはないよ」

 テオバルトは、集中してイメージを固める。
 魔力循環を高め、強度の高い橋をイメージして『形成』と放った。
 そこには、およそ橋ではない土の塊が、穴を覆っていた。

「テオ、穴を塞いだのね。これなら動きやすいわ」
「いや、姉様……。僕は橋を…………」

 マリアンネは、テオバルトの落胆に気づかず、土の塊の上を歩いて行く。
 その後、何度か同じ光景が現れ、その度にテオバルトが『形成』をするが、橋ではなく、土の塊が穴を覆っていた。徐々にテオバルトの精神が削られていく。
 僕は、ものを作る技術がないようだ。
 頭の情景には、王都の立派な橋をイメージしているのだ。決して土の塊をイメージしてはいない。
 ここまで才能がないとは、思っていなかった。うん。次の魔術学校の課題は、あきらめよう。
 テオバルトは、転んでもただでは起きない精神力の持ち主だった。