「くっ、下級生物がっ! 妾にはむかうじゃとーー」
「シルビア、うるさい。ジークベルトの戦いのじゃまになる。後ろに下がろう」

 ヨハンが至極当然のことを告げると、シルビアが赤い瞳を吊り上げ、ヨハンに詰め寄った。

「妾が邪魔になるじゃと! 小童! 貴様! ぐふぅ!?」
「シルビア、なんど同じことを言えばいいの? 今の君は最弱。ヨハン君と比べても格段に弱い。だから、ヨハン君に君の守りをお願いしているんだよ」
「そうだぞ。シルビア、自分の力量を、はあくすることも、成長するためにひつようなことだと、とうさまが言っていたぞ」
「妾は、神じゅ……ぐふぅ!?」

 俺はシルビアの口を物理的に封じ、『これ以上騒ぐと『遠吠え禁止』を発動するぞ』と、念話で伝える。
 すると、不満気な顔でヨハンのうしろに下がり、大人しくなった。
 その豹変にヨハンが、不思議そうな顔でシルビアを見ている。

「ヨハン君の言う通りだよ。シルビアは、身の丈にあった行動をするように。魔物は倒したし、もう少し前に進もう」
「うん。明日には、とうさまたちに、会えるんだな! とうさまに、ぼうけんした話をするんだ!」

 キラキラした笑顔を俺に向けるヨハンに、自然と頬がゆるむ。
 そのうしろで、膨れっ面した幼女が目に入るが、見なかったことにした。
 ヘルプ機能の教育は、あまり成果はなかった。
 あの日、トイレから解放されたシルビアは、一目で見て分かるぐらい疲労困憊していた。
 もしかして……と、わずかに期待したが、中身は相変わらずだった。
 ヘルプ機能には悪いが、どこかで無理だろうなぁと察していた。
 五百年の謹慎でも、矯正することができないので、仕方ないと俺は諦めていたが、ヘルプ機能の見解は違ったようで、かなり落ち込んでいた。

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 ご主人様、不甲斐なく、申し訳ございません。
 駄犬の躾には、相当な時間を要します。駄犬を甘く見過ぎていました。
 私の裁量不足です。大変申し訳ございません。

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 自身の不甲斐なさを責めるペルプ機能に『よくやってくれているよ』と慰める。
 それがだめだった。
 俺の言葉でさらにヘルプ機能を落ち込ませてしまう。

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 ご主人様に慰められるとは、従者として失格。

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 その後、しばらく応答がなかった。
 赤ん坊からの付き合いで、こうなったヘルプ機能は、放置することが一番であることを学んでいる。
 下手な慰めは時に人を傷つける。言葉は場所を選ぶのだと、反省する。
 それにしても、ヘルプ機能の立ち位置は、従者なんだと、初めて知った事実に少し驚愕したことは、内緒だ。
 まぁあの時は、シルビアがパンケーキに興奮して、手に負えない状況だったので、あまり深くは考えなかったが、声だけの従者もありかもと思う。
 あっ、そういえば、ヘルプ機能はいずれ実体を持つと言っていたな。
 ヘルプ機能の正体がどうであれ、心強い仲間であることには変わりない。

「おぬし、頬を緩ませて何を考えておる?」

 シルビアの怪訝な声を耳にして、一気に現実に戻る。

「何も……。あぁ、おまえの枷が、これ以上増えると困るなぁとは、思ったけど?」
「ぐぅ。枷はもう増えんはずじゃ……。仮主じゃが、主様からおぬしに、妾の契約は移っておる。仮主のおぬしを返さず、主様が勝手に枷を増やすことはせんじゃろうし、主様が度々地上と接触することは、問題があるゆえ。それに、これ以上の枷は、おぬしの負担になるので、主様も増やすことはせんじゃろう」

 淡々と事実を告げるシルビアに、普段もこの落ち着きがあればいいのにと思う。

「当事者が、まるで他人事のようだな」
「むぅ。仕方なかろう。すでに枷はついておるのじゃ」
「まぁ、その枷のおかげで、おまえの神力だっけ? あの力が使えなくなって、俺は安心したけどね」

 俺の発言に、シルビアの顔つきが変わる。
 心底、驚いているようだ。

「なっ、何故? 神力が使えんのがいいのじゃ!」
「あの力は、不必要だろ。無抵抗な人を神力で、自身の前に引っ張ったり、念話の妨害や森のループも、普通にいらない」
「なっ、神力は、他にも色々と有効活用があるのじゃ」
「へぇー。例えば?」
「人の思考を読み取ったり、過去を覗いたりできるのじゃ! だから、おぬしが転移を隠していることも知っておったのじゃ!」
「それプライバシーの侵害だから!」
「ぷ、ぷらいばしとは、なんじゃ?」

 きょとんとするシルビアの顔に、この世界では、プライバシーなんて高尚なものなかったと思う。
 とかいう俺も、鑑定眼を使いまくりで、ガバガバだった。

「とりあえず、神力はいらないけど、戦闘能力まで格段に落ちてしまうとは想定外だ。枷のせいで、取得スキルも使えないのだろう」
「おぬし、話を逸らしたな。まぁよい。うむ。スキルは、ほぼ使えんというより、枷が増えたので消えたのじゃ。もう一度、修練すれば、スキル取得は可能じゃ。一度取得したものじゃから、比較的簡単に再取得可能なはずじゃ」

 俺の動揺を悟られないように、話しをそらすが、シルビアには筒抜けだった。
 それよりも彼女の発言が気になる。

「消えた? だから、シルビアのスキルの部分が、グレー表示になっているんだな。これ使えないのか。紛らわしい。あとで、カスタムするか」
「グレー表示? かすたむとは、なんじゃ?」

 聞き覚えのない言葉に、シルビアは不思議そうな顔で問う。

「俺の鑑定眼では、シルビアの過去スキルも表示されているんだ。だから、それを表示させない仕様にするんだ」
「ほぉ。おぬしの鑑定眼は、不思議じゃの」

 関心したようにシルビアの赤い瞳が、大きく見開かれる。
 俺の鑑定眼は特賞だからね。シルビアが驚くのも無理はない。
 シルビアのステータスは、枷が増えた影響で、レベルはリセットされ、各パラメーターもマイナス表示で、取得スキルもない。

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 白狼 シルビア メス 1255才
 種族:神獣
 Lv:1
 HP:100/300(-200)
 MP:0/150(-200)
 魔力:150(-200)
 攻撃:150(-200)
 防御:150(-200)
 俊敏:150(-200)
 運:200(-200)
 魔属性:風・土・無・光・雷・聖

 加護:???の加護
 称号:神界の駄犬

 仮主:ジークベルト・フォン・アーベル

 状態:枷200
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 HP以外は、枷の影響でマイナスのステータス値だ。
 神獣の特典か、初期ステータス値が高く、特にHPが高いため、救われている部分はある。
 主様の絶妙な枷の掛けかたに関心した。
 HPがマイナス表示になれば、誰であろうと死ぬのだ。
 死因が枷なんてお粗末な死にかたは、俺だったら嫌だ。
 枷は、神界ではよくある罰の方法で、枷を減らすには、本人の反省状況や良心的な行動で減るらしい。
 シルビアが当初負った枷は100、五百年で20弱しか減らせていない。シルビアの反省度合いが、これでわかる。
 そもそも、シルビアが俺と対面した時点でのレベルは50台で、枷は80強で、ステータスに影響もなく、ほぼ枷が機能していなかった。
 枷の数が高いほど、多方面で影響がでるが、その中でも分岐点があり、枷が150を超えることで、大変な事態になるとの噂をシルビアは耳にしたことはあったそうだが、実際150を超えた枷をつけられた者は、シルビアの周囲にはいなかったようだ。

「よかったな。初の快挙かもよ」
「そんな快挙いらんのじゃ!」

 頬を膨らませ拗ねた様子で、前を歩くヨハンの元に走って行くシルビア。だが、ヨハンに片手でシッシッと邪険に扱われ、所在なく立っている。
 伝説の神獣が、なんとも居た堪れない。
 涙目でヨハンに訴えてはいるが、ヨハンは、松茸風キノコ探しで、忙しいのだ。
 移動中にたまたまヨハンが見つけたキノコ、正式名称キーファーウントピルツ。
 匂いが松茸に似ていたので、試しに焼いて食してみたら、絶品だった。
 くっ、ここに、醤油があれば……。
 さらに美味しく頂けたのにぃと、悔しがる俺。
 前世の記録では、松茸の醤油焼きも絶品だが、松茸に牛肉を巻き焼き、酒・砂糖・醤油で仕上げれば、松茸の香りと肉の旨味がマッチした最高の料理となる。
 はぁー。想像しただけで、よだれがでる。
 断念していた醤油作りを再開するべきかと、心が揺れ動く。
 日本独特の食品や調味料は、作るのが最高難度なのだ。
 知識があっても、実際作ってみると、熟成期間や分量など、繊細な作業を繰り返す。
 魔法でパパッととは、できないのだ。
 何百回と試行錯誤して、結果、諦めた。
 あぁ、だけど、やはり味噌と醤油は最低でも欲しい。
 米に似たものは、すでに確保している。
 東の国で穀物の一種として栽培されているラピスというものだ。
 あの時は歓喜したな。
 塩おにぎりが、あれほどまでに美味いとは、想像しえなかった。

「ジークベルト! このマツタケ、いままでで一番大きいぞ! これはジークベルトのぶんな!」
「うおっ」

 突然、目の前にキーファーウントピルツが現れる。
 俺はそれに驚き、思わず後ろに一歩下がってしまう。
 それを目撃したシルビアが、ヨハンの後ろで「ぶぶぶー」と、笑っている。
 駄犬、鉄槌!

「ぐふぅ!?」
「ヨハン君、ありがとう。だけど、エトムント殿へのお土産にするために探していたんだろう」
「いいんだ。とうさまたちのおみやげは、ここにたくさんあるからな! ジークベルトには、おせわになったから、一番大きいのをあげるぞ! うん? シルビア、どうした?」
「ありがとう。今日の夕飯で一緒に食べよう。シルビアのことは、放置していても大丈夫だよ。説明しただろ。例の発作だよ」
「ほっさ、あのきゅうにへんになるって話の……むしすればいいんだよな?」
「!?」

 ヨハンの『へんになる、無視』という言葉に、シルビアが身振り手振りで、なにかを俺に訴えている。
 かわいそうだけどさ、すごく騒がしい人が急に黙りだしたら驚くだろ。
 前もって状況を説明していれば、人はそうなのだと受け入れてくれるのだ。
 まぁちょっと、腹が立ったからって、安易に『遠吠え禁止』を発動させたのは、俺が悪かったと思うけど。
 時には、横暴さも必要だと思うんだ。

「そうだよ。さぁ今日の野営場所までは、あと少しだよ。ヨハン君、道中、松茸が沢山生えている可能性があるから、頑張って探そうね」
「ほんとうか! おれ、がんばるぞ!」

 キーファーウントピルツこと、松茸の生息場所は、地図で確認済みだ。
 今日の野営場所からそう遠からず沢山あったため、少し迂回して歩いている。
 ヨハンが、キーファーウントピルツをマツタケと呼んでいるのは、俺が何度もキーファーウントピルツを『松茸』と連呼していたため、定着してしまったのだ。
 一応、訂正はしたよ。