『ハク、スラ、聞こえるかい?』
『ジークベルト!?』
『主?』
『ジークベルト!! 心配した! 何回もジークベルトの名前を呼んだ。心配した!』
『念話、たくさんした』
『えっ? 念話がつながらなかったのか?』
『そうだ。ジークベルトって何回も呼んだのに、ザーー。って、音がしてダメだった』
『砂嵐か』

 遠距離で念話が届かないとか?
 いまつながってるし……その考えはないか。
 そもそも念話は、魔契約の機能のひとつ。なんらかの理由で阻害されているってことか。
 現にハクたちの念話は阻害され、俺からの念話は通じている。
 俺発信の念話は、つながるってことか?

『すなあらし?』
『あっ、いや、こっちのことだ』
『主、今どこにいる?』
『はじまりの森だよ』
『はじまりの森? 外?』
『外だね』
『主、なぜ外にいる?』
『ちょっとした事故で、外に転移したんだ』
『じこ? じこすると外にいく?』
『えーと、スラ、事故すれば、外に行くではなくて、今回は、たまたま偶然が重なってかな』
『ぐうぜん、かさなる』

 スラが、納得する答えを俺は持ち合わせていないので、曖昧に言葉を濁す。

『近くにヴィリー叔父さんは、いるかな?』
『『いる』』
『ハクとスラにお願いがある。今、俺はヨハン君と、はじまりの森にいると、ヴィリー叔父さんに伝えてほしい。そして伝言役をお願いしたい』
『わかった!』

 ハクとの念話が切れる。
 ハクが状況を伝えに行ったようだ。

『主、伝言、スラできる』
『ん? スラが伝言役をしてくれるってこと?』
『できる。肉!』
『あははは。わかったよ。スラはぶれないね。肉了解!』
『準備する』

 スラとの念話が切れる。
 なにを準備するのだろうか。
 スラの突発的な行動は、エスタニア王国の留守番をするように伝えた際にもあった。
 セラの治療をした後の出来事だった──。


 ***


 ──セラの治療が終わり、留守番の時の懸念を話し合っていた。
 スラに俺がいない間のセラの魔力吸収をお願いした。
 しかしスラは留守番を拒否した。
 どうしても俺と一緒に行くと譲らなかったのだ。

『セラ、好き。でも、主と離れない』

 断固として譲らないスラのかわいい発言に、俺の口もとが緩む。
 はっ! ここでほだされてはダメだ。
 心を鬼にして、説得しないと負けてしまう。
 ハクにも加勢をお願いして、スラを説得するが、なかなかスラからは、いい返事がもらえない。
 その様子を見ていたセラが、困った感じで眉を八の字に下げ、口を挟む。

「ジークベルト様、私は大丈夫です。ですから、スラちゃんを連れていってください」
「それはダメだよ。やっと魔力飽和も改善して、体力づくりを始めたのに、もとに戻ってしまう。それにセラさんが、痛い思いをするのがわかっていて放置なんて、僕は嫌だよ」
「ジークベルト様……」

 俺は頭を振り、その考えを否定する。
 セラは、自分さえ我慢すればいいと思っている。
 その痛みに周りが、どれだけ心を痛めているか、自覚してもらう必要がある。
 みんな、セラがとても大事なのだ。
 エスタニア王国の訪問は、武道大会開催期間も含めて約一ヶ月。
 魔草で抑えたところで、セラの負担が減るわけではない。
 前世の経験から、セラの気持ちは痛いぐらいわかる。
 俺の不幸体質は、俺自身とは関係なく、周りを巻き込んだ。
 家族には数えきれないほど迷惑をかけたし、俺さえ我慢すればいいと思っていた時期もあった。
 だけど、それは違った。
 俺が自分を大切にしないで、周りが幸せになることはないのだ。
 セラ自身が、自分を大切にするその意識を高めてほしい。

「マリアンネ様も、私のためにお留守番を申し出て、いらっしゃいました」
「マリー姉様は、いろいろと考えがあってのことだよ。セラさんが、気にすることはないよ」

 そうなのだ。なんとマリー姉様が、自ら留守番を買って出たのだ。
 あれだけ俺とのエスタニア王国の訪問を楽しみにしていた姉様がだ。
 なにか裏があるのではないかと勘繰るのもしかたない。
 ただ単に光魔法を享受しているセラが、心配だったようだ。

「私にも考えるところがあります。お父様と一緒に家を守りますわ。だけど次は、セラさんと一緒にジークとお出かけしますからね」

 美人がすごむと迫力がある。
 その勢いに思わず、うんうんとうなずく俺。

「約束を破ったら……、わかっているわね、ジークベルト!」
「はい。マリー姉様。約束は必ず守ります」
「いい返事だわ。セラさんのことは、私に任せなさい。アーベル家にふさわしい淑女にしてみせるわ」
「ほどほどに、してくださいね」

 一応、釘を刺しておいた。
 マリー姉様は、セラの問題点を把握している。
 姉様に任せておけば、セラの自己犠牲癖は治るだろう。
 ただ、セラの儚げな感じは、残してほしい。
 マリー姉様は、気が強い系の美人だ。姉御肌ともいう。
 その人物に鍛えられれば、同じような感じになるのではないかと、若干の不安もあったりする。
 ちなみに、ディアーナは正統派。エマはかわいい系だ。

「そういえば、ジークは、どのような女性が好みなの?」
「えっ、俺の好みですか? 俺の好みは、黙秘、いえ、容姿など関係なく好きになった人です」
「模範解答。それで本当のところは?」
「マリー姉様、それ以上の追及は、お願いですからやめてください」

 俺が白旗を上げると、姉様は「ジークもまだまだね」と、満足したように笑った。
 こうしてマリー姉様は留守番組となった。
 結果的に、姉様は留守番組でよかったと思う。
 あの臣下たちのディアーナへの対応を見れば、火を見るよりも明らか。
 姉様の行動を想像しただけで、背筋に悪寒が走る。
 命拾いしたな、エスタニアの臣下たち……。
 俺が姉様との会話を回想している間に、俺とセラの会話をそばで聞いていたスラに変化が現れた。

『主、困る……。でも、離れたくない……。そうだ!!』

 スラは、体をブルブルと揺らし始めると、体を分裂させたのだ。

『これで大丈夫!』
「スラ!?」
「スラちゃん!?」

 俺とセラが目を丸くして、分裂したスラたちを見る。
 綺麗に半分となったスラは、片手で持ち運びができるぐらい小さくなってしまった。

『主、これで大丈夫!』
『いや、大丈夫って……。スラ自身は大丈夫なのかい?』
『スラは、大丈夫。わかれたスラは、セラといる』
『スラと同じことができるってこと?』
『できる。だけど、話せない』
『どういうこと?』

 スラいわく、分裂したスラは、スラ本体と同じ能力が使える。
 それを可能にするために、体を半分にしたが、話すことはできない。あくまでも、スラの分裂体であるので、セラの魔力吸収のためだけに存在するとのことだ。
 万が一、分裂体が攻撃を受け消滅しても、スラに影響はない。
 ただ体の大きさを戻すのに時間がかかるらしい。
 エスタニア王国から帰国すれば、スラ本体と合体して戻し、もとの大きさに戻るとのことだった。
 その話をスラに代わりセラへ説明する。
 セラはスラの本体と分裂したスラを抱き上げ『ありがとう』と、そのプルプルした体に口づけた。

『セラ、好き。気にするな』

 プルッと震え、スラが、それに答えた。
 そこまでされれば、スラを連れていかない選択肢はない。
 ハクとスラに、俺が常にそばにいることができないことを説明し、連れていく条件を何度も反復する。

 一、いつ何時も必ずマンジェスタ王国の関係者と一緒にいること
 二、知らない人には、ついていかないこと
 三、知らない人からもらった物を口にしないこと
 四、勝手に外に行かないこと
 五、許可なく攻撃や魔法を使わないこと

 この五つの条件を守ることを約束に、エスタニア王国への同伴を許可した。
 そして俺が、その条件四を破ってしまったのだ。
 ハクとスラへの条件であっても、俺自身も守るつもりだった。
 合流したら、素直に約束破ってごめんなさいをする。
 威厳? なにそれ?


 ***


 スラを連れてきた経緯を振り返っていると、念話からあり得ない人物の声がする。

『これでいいのかな? ジーク聞こえるかい?』
『えっ? ヴィリー叔父さん?』
『これは……すごい能力だね。ジーク、そうだ私だよ。今はスラの念話を介して話しているよ』
『スラの念話を介してですか?』
『そうだね、理解できない状況かもしれないけど、それは後だ。状況を説明してくれるかい?』
『はっ、はい。今僕は、ヨハン君と共に、エスタニア王国のはずれにあるはじまりの森にいます。現状は──』
『なるほど。子供たちの石の件は、すぐにでも調査をしよう。はじまりの森近辺の都市が登録されている移動石を早急に確保するよ。それにしてもジーク、連絡が遅すぎないかい』
『すみません。風呂に夢中になりまして……』
『ジークが異様にこだわった風呂だね』
『はい……。なにかありましたか?』
『なにかあったと言えば、あったのかな。アルとテオたちが、ハクたちを必死に説得する様子を殿下がおもしろがって見ていたぐらいかな』
『王太子殿下が、伯爵家に……』
『アーベル家の至宝が行方不明なんだから、状況を確認しには来るよね。王城でのんきに臣下からの情報待ちの対応をしたら、考えたね』

 なにを……とは、口が裂けても言わない。

『ご迷惑をおかけしました』
『そうだね。今回のことは致し方ないことだ。『報告』の連絡が早かったことは、評価できる。だけど、後の対応がまずかったね。念話がつながらないことも拍車をかけたけど、従魔となった魔物や魔獣は、契約者に依存する。それがいい意味でも悪い意味でもだ。ハクとスラは、特にその傾向が強いから、ちゃんとフォローするんだよ』
『はい』
『では、また明日、連絡するよ。念話がつながらない可能性もあるから時間帯を決めておこう。万が一つながらなければ『報告』を送るよ』
『はい』
『本当は念話がつながらない原因を特定したいところだけど、時間がないからね。では明日』

 叔父との念話が切れる。すぐにスラから念話が入る。

『主、スラ、がんばった』
『スラ、ありがとう。ハクも心配かけたね、ありがとう』
『ジークベルト、ハク、スラのように伝言できない』
『ハク、適材適所だよ』
『てきざいてきしょ?』
『そう。ハクができてスラができないこともあるだろう。お互いの能力に合った場面で力を発揮すればいいんだよ』
『わかる』
『これからのことを話すね。俺はヨハン君と、はじまりの森の一番近い町へ向かうから、ハクとスラは、ヴィリー叔父さんの言うことを聞いて行動してほしい。二、三日中には、会えるから我慢してね』
『『わかった』』
『うん。じゃまたね。ヴィリー叔父さんが、ご褒美をくれるから、行っておいで』
『肉!!』
『待ってる。ジークベルト』

 ハクたちとの念話が切れ、はぁーと、大きなため息をつく。
 風呂に夢中で、連絡をする時間が遅れに遅れた。はっきり言えば、忘れていた。
 寝る直前に思い出し、慌てて念話を送ったのだ。
 叔父は、曖昧に話していたが、ハクたちが、相当迷惑をかけたようだ。
 前回とは違い、外部との連絡手段があるという甘えがあり、すぐに行動をとらなかった。
 俺自身の存在がどれだけ周囲に影響力を及ぼすのかを考えれば、決して忘れてはならないことだった。
 帰宅したら、兄さんたちやディアたち含め、関係者に謝罪と感謝を伝えよう。
 今日の行動を反省し、静かに瞼を閉じたのだった。