裏庭に全員が集まると、ヴィリー叔父さんが発言する。

「ジーク、この一戦での攻撃魔法はなしだ。バルシュミーデ伯もいいですね」
「いえ、攻撃魔法ありの全力でお願いしたい」
「エトムント、アーベル伯の提案を受け入れろ」
「父上しかし──」

 エトムント殿の反論する声を遮って、パルが真顔で言い放つ。

「瞬殺だぞ。ジークベルト殿に攻撃魔法を使用されてみろ、それこそ剣を合わせる前に終了だ」
「……そこまでなのですか」
「お前、ヨハンにわしの戦闘能力の評価は間違いないと言ったな。ここで断言してやろう。総合力だけで言えば、この場で一番の強者は、アーベル伯、次点でジークベルト殿だ。わしやお前など、足もとにも及ばんわ」
「……っ」
「おっ、おじいさま?」

 その言葉に絶句するエトムント殿。ヨハンは、信じられないものを見る目で、祖父を凝視している。
 そのふたりの表情を見て、パルがニヤリと笑う。

「だが、攻撃魔法なしで、補助魔法のみであれば、お前にも勝機はある」

 うわぁー。息子を煽ってるよ。この親父。
 それに俺の評価、高すぎるでしょ。
 プレッシャー半端ないんですが……、期待された分はかえさないと。
 たしかに、攻撃魔法を中心に戦えば、負けない自信はある。
 純粋に剣だけの手合せなら、体格差や経験値、熟練度を考えると、エトムント殿が圧勝するだろう。
 だけど、身体能力を上げる補助魔法を使用すれば、互角、いや俺が勝てる可能性が高い。
 パルは存外に、補助魔法のみでも勝てないが、隙をつくれば勝てると言っているのだ。
 それにしても、息子に発破をかける親って、どうなのだろう。
 この場合、有効なのか?
 はて?
 ん? 俺相当やばくない?
 しばらくして、エトムント殿の俺を見る顔つきが変わる。
 鋭く俺を見据えると「攻撃魔法はなしの全力で、お願いしたい」と、頭を下げる。
 その思ってもいない行動に、俺が慌てた。

「バルシュミーデ伯、頭を上げてください。軽く一戦を交えるだけですよね」
「軽くではなく、攻撃魔法なしのジークベルト殿の本気をお願いしたい」

 エトムント殿は、そう言って再び頭を下げる。
 その様子に、ヨハンが「とうさま」と、困惑を隠せないでいた。
 ヨハン、その気持ちわかるぞ。俺もだよ。
 エトムント殿もわざわざ頭を下げる必要ないでしょ。
 生真面目すぎるんですよ。
 そこは、お互い攻撃魔法なしで、最善を尽くしましょう。とか、言いようがあるでしょうよ。
 この微妙な空気どうするの。
 俺が対応に困っていると、叔父から助け舟が入る。

「バルシュミーデ伯、ジークが困っているので、頭を上げてください」
「しかし、私は、ジークベルト殿のことを侮っていました。誠意を見せるのは、あたり前のことです」
「大丈夫ですよ。そのあたりジークは、きちんとわきまえていますので、安心してください。さぁ親善試合を始めましょう」
「親善試合ですか」
「えぇ、親善試合です。ジークベルトもいいね」
「はい」

 軽く一戦が、非公式での国の親善試合になったよ。
 今回の叔父の肩書は、マンジェスタ王国の副代表だ。
 叔父の発言には、効力がある。
 たぶん、エトムント殿を納得させるための発言なので、気にはしない。
 もともと本気で戦うつもりだったし、手加減なんて大それた考えは毛頭ない。
 なにより剣を交えれば、相手が加減しているかどうかなどすぐにわかるのだ。
 なんだかんだ言って、俺も環境に染まってしまった。
 剣を交えるのを楽しみにしている自分に笑ってしまう。

「ではこれより、ジークベルトとバルシュミーデ伯の親善試合を行う。ルールは簡単。攻撃魔法なしの一本勝負。どちらかが降参、戦意喪失をした時点で、勝敗は決する。ただし、私が危険だと判断すれば、途中で試合を止める。両者いいね」
「「はい」」
「それでは、始め!」

 叔父の号令と同時に、俺は『倍速』『守り』『強化』を展開する。
 素早くエトムント殿との距離を縮め、まずは小手試しのひと振り。キンッと、小高い金属音が響く。
 くっ、さすが、剣が重い。
 ……まっ、まずい……つっ。
 エトムント殿が、すかさず身長差を生かし、剣を合わせたまま体重をかけてくる。
 圧がハンパない。
 くっ、このままだと、押し負ける。
 どうする。いったん引いて、体勢を立てなおすしかないが、この優位な状況でエトムント殿が、やすやすと引いてくれるはずはない。
 だが、剣を押しつつ、うしろに引くしかない。
 そうだ!

『沈下』
「!」

 ふー。焦った。
 危ない、危ない。
 序盤だからと油断した。

 状況を説明すると、エトムント殿の足もとにある土を沈め、慌てたエトムント殿が、剣を引き後退した。
 これは攻撃魔法ではないから、ルール上、問題はない。
 んー。フィールドを変更してみるか。
『沈下』『隆起』を使い、数十秒で裏庭を高低差のあるフィールドへ変える。
 俺のこの奇妙な行動に、エトムント殿は動けないでいた。
 魔法能力の高さと、一刀目で把握した剣の技量を踏まえ、警戒している。だが、勝機が見えていたはずだ。
 先ほど剣を合わせた結果、このまま戦えば、ジリ貧で俺の負けが確定してしまうからだ。
 魔法で『強化』したにもかかわらず、五分どころか押し負けていた。パッシブスキルの身体強化も効いているのにだ。
 過信していた。
 魔法で強化できても、もとが発展途上の子供の体なのだ。
 強化にも限度があるのだ。
 そこで思いついたのが、速さと身を隠せるフィルードだ。
 小さな体を生かし、奇襲をかける。体力は消耗するが、エトムント殿の精神負荷は、相当なものだ。
 もちろん気配察知されないよう、うまく『隠蔽』を使用する。
 これでどこから攻撃されるかわからない状況だ。
 なかなかの作戦だと思う。
 何度目かの奇襲で、相手の懐に入る隙が生まれた。だが、あと数センチのところでかわされる。
 俺はザッーと、うしろに下がり、エトムント殿の動向をうかがう。

「なかなかやりますね。気配が掴めない。これでは私がもたない」
「負けを認めますか」
「まさか! このような機会はそうそうない! 己を高める絶好のチャンスだ! これで私もまた成長できる!」

 あっ、変なスイッチ押したかも……。
 エトムント殿の目が大きく見開かれ、口から「フフフフフ……」との声が漏れる。
 精神が削られる現状をあきらかに喜んでいる。
 うわぁー。エトムント殿って、マゾか。この表情、教育的にもヨハンに見せていい表情なのか。
 いやダメなやつだと思う……。
 ハッと、ヨハンたちの位置を確認して、安堵する。
 ヨハンたちからは、エトムント殿の背中しか見えない。
 高低差のあるフィールドへ変更した際、叔父が気を利かして観覧席をフィールドよりも高くしたため、全体が見渡せるのだ。
 この表情を子供に特に父親を尊敬しているヨハンに見せないでよかったと油断していると、すぐ横から剣圧が飛んできた。
「あぶなっ」と、ギリギリのところで回避する。
 いらぬ心配をした隙に、攻撃を受けた。
 俺の代わりに剣圧を受けた土壁は、斜め横に切断され、ズッズッズと、上が落ちた。
 えっ、あれ、まともに受けたら死にますが……。
 ぶるっと身震いし、攻撃したエトムント殿を確認するが、そこにはいない。
「しまった! 上かっ」と、声をあげた時には、剣が俺の頭上めがけて振り下ろされていた。
 間一髪、『倍速』で避ける。
 ドスンと、先ほどまで俺がいた場所は、直径一メートルほどの穴があいていた。
 えっ、あれ、デジャブ?
 死ぬよ俺!
 これ親善試合だよね。

「これも避けるか……フフフ。なかなかしぶとい。さていつまで避けれるか」

 その宣言から始まった剣圧の嵐。
 せっかくつくった高低差のフィールドが跡形もない。怒濤の攻撃で、ふたりとも、息が荒い。
 ただやはり武人。攻撃力が回を増すごとに上がっている。
 そろそろ決着をつけないと、俺自身の身が危ない。
『守り』を展開しているので、攻撃は死守できているが、なんだかそれも、エトムント殿に突破されそうなのだ。
 ここで仕掛けないと、負ける。
 俺の直感がそう言っている。
 顔の横を剣圧が飛ぶ。
 考えている間にも攻撃の手はやまない。
 俺も慣れたもので、剣圧の動きに体が自然と反応し、軽々と避けるようになった。
 それに気づいたエトムント殿は、剣圧の速さと攻撃力を高めていく。それを俺が軽々と避ける。
 さらに──と、もう悪循環だ。もちろん俺が避けた先は、土壁だったものの残骸だ。
 俺が、あぁなった可能性はある。
 決着をつけよう。
 俺は魔力循環に集中する。
 黒い剣に、おびただしい量の魔力を注ぐ。
 まだいける。まだだ。
 黒い剣が、赤黒く光りだす。まだだ。まだお前の限界はそこじゃない。
 エトムント殿の息をのむ声が聞こえた。

「バルシュミーデ伯、決着をつけましょう」

 そう言った俺の手には、俺の全魔力を注いだ赤黒く光る黒い剣が、不気味に光っている。
「えぇ」と、エトムント殿は、受けの姿勢で構える。
 俺はひとつうなずき、今できる最大限で、エトムント殿に向かい剣を振る。
 それを全身で受けとめようと剣で支えるが、真っぷたつに剣が折れ、防御魔法の障壁も割れ、黒い剣がエトムント殿の体につく寸前で止めた。だが、勢いのついた剣圧は、エトムント殿の体を切り裂く……直前で、二重いや三重の『守り』が展開されていた。
 叔父の『守り』だ。

「そこまで! 勝者ジークベルト!!」

 叔父の声が響き渡る。
 終わった。
 勝てた。勝利を噛みしめる。

「最後の一刀は、手出しできない。完敗だ。ジークベルト殿は強い」
「いえ、今回はたまたまです。一時はどうなるかと……」

 健闘をたたえ合いながら、お互いに握手を交わす。
 そこに叔父たちが、近づいてくる。

「ジーク、最後の一刀はすさまじかったね。剣を折った上に、防御魔法を三枚壊した威力はすごいね」
「ヴィリー叔父さん『守り』ありがとうございました」
「親善試合で、怪我人が出る事態になれば、私の責任だからね。でも保険をかけておいてよかったよ。判断を誤れば取り返しのつかないことになったからね。で、あれは、剣にジークの魔力を注いだだけなんだね」
「はい。魔法剣は、攻撃魔法と判断しました。序盤で、バルシュミーデ伯との力量差がわかり、精神攻撃へ戦略を変えたのですが、あの通りの結果となったので、どうしたものかと考えていた時に思いついたんです。剣に魔力を注げば、体と同じく攻撃力が増すのではないかと」
「普通の剣なら、魔力に耐えきれず折れるだろうけど、その剣は特別だからね」

 俺の説明に叔父は納得したかのようにうなずく。
 横にいたパルも「試合中に思いつくとは、さすがジークベルト殿ですな」と称賛する。
 だけど、ヴィリー叔父さん、パル、俺は忘れませんからね。
 試合中、エトムント殿の殺気を間近で察した俺は、ふたりへ必死に合図していた。
 それにもかかわらず、無視しましたね。
 危険と判断したら止めるって言いましたよね。
 覚えていろよ。狸親父ども。

「お、おれは、みとめない! こんなの……。お前、ずるしたんだ!」

 ヨハンの叫び声が、裏庭に響く。
 ヨハンはひどく動揺しているようで、普段の呼称に変わり、その場で地団駄を踏むと、ブルブルと肩を震わせ、涙を浮かべて癇癪を起している姿が目に入る。
 尊敬する父親の負けを認めたくないのだろう。
 その姿に妙に納得する俺がいた。
 そうだよな。四歳児の反応ってこれがあたり前だよな。
 俺の周りは、ほぼ大人であり、子供であるはずのディアーナも、精神年齢が高い。
 俺はもともとアドバンテージがあるので除外だが、そうなると見た目と精神が合致するヨハンが、新鮮に見えるのはしかたがないことだ。
 俺がその様子を傍観していると、ヨハンから魔力があふれ出している。
 これは感情の起伏に、魔力が反応しているようだ。
 魔力制御が上手にできない子供には、たびたび起こる現象だ。
 それといって珍しいことではない。
 ヨハンは、ひと通り暴れるとらちが明かないと悟ったのか、荒くれた感情のまま屋敷に向かい走りだした。
『今彼をひとりにしてはまずい』と、頭の中で警戒音が鳴り響いた。俺は慌ててヨハンを追いかける。
 俺が追っていることに気づいたヨハンは立ち止まり、俺に指をさして警告する。

「ついてくるな! とうさまに勝てたのは、たまたまなんだからな。おれだって、大きくなれば、お前なんか倒せるんだっ!」

 その手には『移動石』が、握られていた。
 なぜここに、それが! まずい!
 ヨハンは感情が制御できず、魔力が暴走している。このままだと『移動石』が、発動されてしまう。

「ヨッ、ヨハン君、落ち着こう。うん、今回はたまたま俺が、勝ったんだ」
「うるさい! うるさいぞっ!! あたり前だ。とうさまが、お前なんかに負けるはずないんだ!」

 火に油を注ぐとは、こういった場面のことを表すのだろう。
 ヨハンは、さらに魔力を暴走させた。
『移動石』が発動する魔力の限界を超え、辺り一面、光に包まれた。