――三日後の昼過ぎ。

 マリアンネたちは、裏門の木陰に潜んでいた。
 魔術省から派遣された鑑定師が、昼過ぎに裏門から来るとの情報をえたからだ。

 情報源は、あの新人侍女。
 マリアンネたちに情報を与えるきっかけとなった人物だ。
 彼女もやはり、動向が気になったようで、あれから先輩侍女に食いつき、魔術省がどのように鑑定師を送り込むのか、詳細を聞いていた。
 その様をテオバルトの『報告』で随時、把握していたのだ。
 アーベル家ではめずらしい、教育を受けていない新人侍女。伯爵家の息女で、行儀見習い中である。
 教育を受けないのは行儀見習いだから。だけどアーベル家が、行儀見習いで貴族の息女を預かるのは、ほぼない。
 テオバルトは、その不自然さに何度か疑問を持つ。
 侍女たちが、鑑定師が来ることを許容している。アーベル家はそれを受け入れたと判断していい。
 ジークベルトをそのまま鑑定させれば、大問題になるのは、理解している。
 父様たちには、なにか考えがあるのだろう。
 僕たちの出番はない。けれど、姉様を説得することは、僕にはできない。
 大人たちへ相談しても、結果は変わらないと思う。それに姉様を裏切ることはできない。
 怒られるなら、姉様と一緒に怒られよう。
 おそらく僕たちの作戦は、父様たちに筒抜けだ。
 野放しなのは、実行しても問題ないと判断されたからだ。

 小型馬車が、ひっそりと裏門に着く。
 裏門の衛士が、馬車内を確認すると、黒いマントを羽織った一人の人物が馬車から降り立った。
 身長は高く、体格もいいが、フードを被っており、その顔は拝めない。
 なぜかこの鑑定師に親近感がわいた。

「やっと来たわね。テオバルト用意はいい」
「うん……」

 二人の作戦は、鑑定師を屋敷に入室させないことだった。
 ジークベルトにさえ、接触させなければ、鑑定はできないだろうと考えた。
 裏門から屋敷内までは、距離にして一キロメートルほどある。
 その道中で、鑑定師を穴に埋め、断念させる作戦だ。
 子供の浅はかな知恵である。
 その穴は、テオバルトの土魔法であけるので、魔力が低い人が脱出するには、時間がかかることも計算されている。
 鑑定師は、知識が豊富な人は多いが、魔力は低いのだ。
 子供だが魔力が高いテオバルトと、大人だが魔力が低い鑑定師であれば、この作戦で勝つのは前者だ。
 勝利の確信をもった二人は、この作戦を実行することにした。
 ただの落とし穴作戦ではあるのだが、有効ではある。

 案の定、鑑定師がマリアンネたちの用意した区間に入っていく。
 倉庫内でたまたま見つけた『隠蔽』の魔道具を設置した場所である。
 これも時間稼ぎの一環だ。
 マリアンネたちは、固唾を呑んで鑑定師の動向を窺っていた。
 予め指定していたポイントに鑑定師の足が着く。
 マリアンネが合図をするが、魔法を放つのに一瞬躊躇した。
 鑑定師の後ろ姿が、父様と重なったからだ。
 まさか、そんなっ。だったら、この作戦は大失敗だ。
 だけれど、作戦をやめることはできない。

『沈下』

 テオバルトは魔法を放つが、鑑定師の足元が崩れることはなく、逆にマリアンネたちのいた場所が崩れていった。

「うわっーー!」
「きゃーーーー!」

 二人の叫び声が辺りに響く。
 鑑定師は、その様子をフードの下で、心配そうにみていた。