裏迷宮の階層スポットから転移すると、ディアーナが俺に抱きついていた。

「ご無事のご帰還、なによりです」

 えっ? なに、このかわいい子。
 ディアーナの突然の行動に、俺があたふたしていると、ニコライがからかってくる。

「チビ、盛大な歓迎だな。うらやましいぜ」
「あっ、すみません。わたくし、はしたないことを……」

 その言葉を聞いて、正気に戻ったディアーナが、恥ずかしそうに俺から離れる。
 とても残念だ。

「お帰りなさいませ」

 エマが一足遅れて俺たちに合流する。 
 ん? 気のせいか。
 エマの様子が少しちがうように感じる。
 とても落ち着いて見えるのだ。
 ディアーナに優しい眼差しをして、まるで年上のお姉さんのようだ。
 年上のお姉さんで間違いないんだけどね。
 普段とちがう雰囲気に気をとられていると、テオ兄さんが転移先を『報告』で調査してくれていた。

「ここは当初の目的地の迷宮十二階層の隠し部屋だね」
「安全面も問題なそうだな。あの宝箱は裏迷宮の報酬か」

 ふたりが宝箱に近づいていくので、俺もあとを追う。
 ディアーナたちは、ここで待機するようだ。ハクたちと戯れている。
 ハクたちを置いて、宝箱に近づく。
 裏迷宮を脱出して気になる点がひとつ、宝箱以外に階段があったことだ。
 裏迷宮に入る前までは、この部屋に階段はなかったはずだ。裏迷宮を脱出したことで現れたのか。
 この階段は魔力で作られている。


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 ご主人様の仰る通りです。
 裏迷宮の脱出に合わせて現れたようで、この階段は一時的なものです。
 階段の先は最下層十五階につながっています。

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 この階段の先って最下層なの?
 ならちょうどよかった。
 全員が疲労困憊なので、エマの短剣スキルはあきらめて、アン・フェンガーの迷宮を後にしようと提案するつもりだったのだ。
 到達ボーナスが貰えなくて残念だけど、欲張ってはいけない。


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 ご主人様、到達ボーナスは貰えます。
 裏迷宮を踏破したので、十三階、十四階は免除となります。

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 何それ!? 迷宮もなかなかやりおる。
 もしかして、到達ボーナスも豪華な物が貰えるのかな。


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 到達ボーナスの中身は、私では分かりかねます。
 お役に立てず申し訳ございません。

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 ヘルプ機能は、充分役に立っているよ。
 今回の裏迷宮の件だって、ヘルプ機能が作動していなければ、大変なことになっていたしね。
 本当に毎回、頭が上がりません。

「テオ兄さん、ニコライ様、安全確認ありがとうございます」
「ジーク、ここは裏迷宮の脱出用に用意された部屋のようだね。四方を壁に囲まれた出入り口がない部屋。あるのは魔力を帯びた階段だね」
「はい。僕が隠し部屋を発見した時は階段はありませんでした。調べた所、直通で最下層につながっているようです」
「やはりそうか」
「チビ、この宝箱の仕掛けはなんだ」

 ニコライの質問に答えるため、俺は宝箱へ近づき『鑑定』をした。


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 毒矢の宝箱
 説明:宝箱を開けると毒矢が連射される。
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「毒矢が仕組まれているようです」
「そうか。数は? 数本か?」
「連射されるとのことです」
「ちっ、厄介だな。うしろから開けるか。毒矢の連射が終わるまで待つしかないな。安全のため、姫さんたちを宝箱のうしろに移動させるか」

 迷宮内の宝箱は、仕掛けがあるのがあたり前で、ダンジョンは半々の確率だそうだ。
 コアンの下級ダンジョンでは、宝箱と遭遇する機会がなかった。『地図』に反応はあったけど、踏破を最優先としたからね。

「ニコライ、前に飛ぶとは限らないんじゃないかい」
「そうかっ。上に飛ばせば全範囲射程圏内だな」
「うんそうだね。裏迷宮を脱出した先にある宝箱だから、単純な連射ではないと思うよ。用心するに越したことはない。ジーク『守り』を最大限に強化できるかい」
「はい。できます」
「部屋の隅に全員集めて、僕とジークの『守り』を二重に展開しよう。宝箱は魔法で開けるよ。僕の魔法で開けられる距離だ」

 テオ兄さんの指示に、全員が宝箱の後方に移動し、部屋の隅に集まる。
 まずテオ兄さんが『守り』を展開する。その上から俺の『守り』を施す。
 最大限の強化をするため、魔力循環に集中した。
 渾身の『守り』ができたと自負する。毒矢の防衛は準備万端だ。

「いいね、宝箱を開けるよ『解錠』」

 テオ兄さんの魔法で、宝箱が開くと、次々と矢が連射されるその数、数百は下らない。しかも放たれている矢の大きさは、槍に匹敵する物もある。
 予想通り、全方位に矢が飛び交い、俺たちの周りには粉々に折れた矢が複数散らばっていた。『守り』が実にいい仕事をする。
 強度を今できる最高クラスにしたからね。

「こりゃーすげぇなぁ」
「想像以上だね」

 矢の数の多さに、あきれとも感嘆ともつかぬ声が響く。
 俺の横では、口が少し開いたまま動かないディアーナと、「ひぃえーー」と絶叫して腰を抜かし、ハクに支えられているエマがいる。
 スラは、誰が与えたのか、マイペースにオークの肉を食していた。
 時間にして数分の出来事だが、何十分と思えるほど濃い内容だった。
 矢の連射が終わり、辺り一面に砂埃が舞っている。
 砂埃が収まると、ニコライが「これは期待できるなっ。お宝はなんだ」と、ウキウキと宝箱へ近づいていった。
 そのうしろ姿は、普段とは違い滑稽で浮足立っている様子がわかる。
 しかし宝箱の中を見たニコライが、驚愕した声をあげる。

「なっ!? 空じゃねぇか。どうなってんだ!」
「空なのかい?」
「おいっ、チビ!」
「はい。いま調べています」


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 ご主人様、矢の残骸を確認ください。
 全て、オリハルコンです。

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 えっ? まじっすか?
 オリハルコンの毒矢だったのか?
『守り』の魔法を最大強化してよかった。


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 いえ、放たれている時は、強度の高いSランクの矢でした。
 連射が終了した瞬間に、オリハルコンへ変化しました

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 えっ? どういうことだ?
 オリハルコンって、稀少鉱物だよな。
 そもそも矢がオリハルコンに変わるのは、変だぞ。


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 迷宮のドロップ品です。
 オリハルコンは、毒矢のドロップ品と考えてください

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 はぁーー? ますます理解できない。
 毒矢のドロップ品? 毒矢は魔物扱いなのか。

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 この部屋のみの特徴のようです。
 あまり深く考えないほうがよろしいかと思います

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 はぁーー? なんだそれ?
 やっと裏迷宮から脱出して安心したと思ったら、毒矢の連射。しかも宝箱の中身がないとくる。
 毒矢がドロップ品に変化したと気づかなければ、骨折り損じゃないか。
 精神的にくるぞこれ。仕掛けた奴、性格ゆがんでるな。

「ニコライ様、テオ兄さん、毒矢がすべてオリハルコンに変わっています」
「はぁ? なに言ってるんだチビ! そんなはず……」
「本当だね、ジーク。これはどういうことだい」
「僕にもわかりません。ただ、この部屋の仕様のようです」
「オリハルコン……。まさか俺が手にすることになるとは……」
「ニコライ、感動しているところ悪いが、そうそうにこの部屋から出るよ。ジーク、魔法で回収できるかい」
「はい。できますが」
「テオ、どうした?」
「この部屋は、あまり長居するべきじゃない」
「お前の勘か。わかった。チビ、さっさと回収しろ。姫さんたち先に階段を下りるぞ」


 テオ兄さんの突然の指示に戸惑っている俺を後目に、ニコライがすぐに反応し行動する。
 ディアーナたちを促して、スラを肩に乗せ、先に階段を下りて行く。
 テオ兄さんの直感が、なにかを察したのだろうと俺も判断し、気を取り戻して、俺も『浮遊』『微風』『収納』を同時展開し、部屋全体に散らばっているオリハルコンだけを宙に浮かせ、一か所に集めて回収する。
 粉々になった毒矢そのものが、オリハルコンのため、精査するのに相当の魔力制御が必要となった。
 稀少鉱物なので、一グラムも無駄にしたくない。
 すべてのオリハルコンの回収を終えたところ、ドドドッと大きな地響きが鳴ると共に、部屋の隅から床が抜け落ちていく。

「嘘だろ!?」 
「ガウッ!〈ジーク、走る!〉 」
「ジーク! ハク! 階段に急ぐんだ!」

『倍速』を自分とハクにかけ、階段前にいるテオ兄さんと合流し、慌てて階段を駆け下りる。
 先にいるニコライたちには『報告』で知らせる。
 ドドドッとの崩壊音が迫る。後方の階段が徐々に崩れていく。

「階段も崩れるのかっ。ギリギリだな。うわっ」
「大丈夫かい、ジーク」
「ありがとうございます」

 後方に注意をとられ過ぎてしまい、前方の階段が崩れているのに気づかず、足が嵌ってしまう。
 テオ兄さんが、素早く補助してくれるが、この時間ロスで、すぐそばまで崩壊が近づいていた。
 ここはあれしかない!

「テオ兄さん、『飛行』の魔法を使います!」
「飛行? えっ? うわっ!」

 俺の『飛行』に、珍しくテオ兄さんが、慌てている。
 そりゃーそうだ。
 人間急に身体が浮いたら慌てて当然だ。
 ドドドッと、先ほどまで足を着けていた階段は崩れ落ち、視界が暗闇にとらわれる。
 崩れ落ちた場所から底が見えない。ブルッと身震いする。
 間一髪のところで、崩壊に巻き込まれずにはすんだ。

「ジーク、悪いけど手を引いてくれないかい。飛ぶなんて初めてで、不安定なんだ」
「すみません。気づかなくて。ハクは大丈夫だよね」
「ガウッ!〈ハクは大丈夫!〉」

 どこか不安そうなテオ兄さんの手を取り、先行する。
 俺も最初は、空間のバランスがなかなか掴めず、かなり難儀したのだ。
 ハクは何度か『飛行』を経験しているので、崩壊した階段の上をスムーズに飛んでいる。

「これはなかなかの経験だね。まさか『飛行』を経験できるなんて思ってもいなかったよ。ジークはもう風魔法Lv8を取得しているんだね」

「いいえ、僕の風魔法Lv3です。魔力値が高いので『飛行』の使用が可能なんです」
「なるほど。ということは、これは守秘だね」
「はい。その方向でお願いします」
「ほかにもありそうだね。例えば『地図』スキルとかね」
「あははは。『地図』スキルは所持してますよ。あとは許してください」

 ここは笑ってごまかす。
 そもそも『地図』スキルは、隠さず使用していたので、テオ兄さんたちには所持がバレて当然だ。
 あえてそれにテオ兄さんが触れなかったのは、ただ単に俺だからだとの結論に至ったのだと思う。
 テオ兄さんは、ほかにも多数の能力が俺にあると認識していると思う。
 信頼しているが、全ての能力を曝け出すことは、今はできない。
 許して欲しいと思う。
 空中でのバランス感覚をテオ兄さんが掴み始めた頃、暗闇の先の小さな明かりが徐々に大きくなり、長身の影が見えた。
 長身の影がチラつくその様子に、安堵する。
 無事だとの『報告』を受けていたが、それを目にするまで安心はできなかった。
 俺のすぐ隣でも、安堵のため息がこぼれた。