緑の光の前で各々装備の最終確認をする。今から裏迷宮を脱出する。
 昨日の収穫と報告に、テオ兄さんたちは半信半疑だったが、『魔力水』を飲んで自分のMP値が上がっていることに驚愕していた。

「チビ、すげー発見だぞ」
「たしかに大発見だけど、一回のみしかMP値が上がらないとなれば、裏迷宮のセーフティポイントのハイリスクを考えるとなんとも言えないね。魔法砂、魔草、魔木は魅力的ではあるけどね」

 興奮するニコライをよそにテオ兄さんが冷静に分析していた。
『魔力水』を飲んだMP値の上昇数は、テオ兄さん9、ニコライは5、ディアは7、エマは1だった。
 エマは、本当に期待をはずさないよね。

「皆、用意はいいかい? これから一気に階層スポットを目指すよ。前衛は、ジークとハク。中衛は、僕とディアーナ様とエマ。後衛は、ニコライとスラに任せる。それとジーク、各々の戦闘中に新たな魔物が出現したら『報告』を頼むよ」
「はい。魔物の種類と数をお伝えします」
「戦闘指示は僕が出す。ただし混戦中に魔物が出現した場合は、各自の判断に任せる。昨日より戦闘時間が長くなるため、ステータス確認は怠らないように。一瞬の判断ミスが命の危機となるからね」

 全員がうなずき合う。そしてテオ兄さんの合図で、俺とハクは、緑の光の外に出た。
 一瞬にしてセーフティポイントは消滅し、暗い洞窟内に戻る。
 不思議な光景を目の当たりにして、全員の足が止まるが、空気を読まない裏迷宮は、前方と後方にオーク十匹を出現させたので、全員が戦闘態勢に入る。
 これから人生最大の戦闘が始まるのだと思うと、俺は、不謹慎にもこの状況を楽しんでいた。
 追い込まれれば、追い込まれるほど楽しいと感じてしまう思考に苦笑いして、どのように攻略するかと考えるだけで気持ちが高揚する。
 俺たちは前に進むため、出現したオークを仕留めに入った。

「後方からオーク二十匹出現。ニコライ様は今別のオーク十匹と戦闘中です。応援を頼みます。ハク前方左側から、ゴブリン五十匹の出現だよ。魔法は温存で行こう。ここで待機してゴブリンを仕留めよう」
「ガウ!〈わかった!〉」
「なっ!? すぐ前方からオーガ三十匹が出現するよ。ゴブリンが合流するまでに仕留めるよハク!」
「ガウ!〈任せろ!〉」

 階層スポットが近づくにつれ、魔物の出現率が高く数も増えた。
 これは思っていたより骨が折れる。しかも、後方からの魔物の襲撃で、ニコライとスラが、隊列から遅れをとっていた。そこにテオ兄さんたちが加勢している状況だ。
 オーガの心臓を突き刺し、いったん合流するべきだと考える。もし両断されれば面倒なことになる。
 現に俺たちとテオ兄さんたちの間は、五〇メートルほど空いている。
 ここに魔物が出現すれば厄介だ。
 オーガ三十匹がドロップ品に変わる頃、左側からゴブリンが登場した。
 相変わらずの異臭に、ハクも耳を下げる。
 ハクがさっさと倒そうと目で訴えているが、俺は頭を横に振る。
 これ以上、テオ兄さんたちとの距離を広げるわけにはいかない。
 だがゴブリンは、俺たちに戦闘を仕掛けるわけもなく、その場を動かなくなった。
 これはあきらかに誘導されている。
 ここで動けば中間点に魔物が出現すると直感し、警報を鳴らしていた。
 くそーっ、このにおいは判断を鈍らせる。
 ハクに目で合図を送り、もったいないが、ゴブリン相手に魔法を使うことにした。
『灯火』『氷刃』とそれぞれ魔法を放つ。
 俺は火の矢、ハクは氷の矢だ。
「ギャッ」との複数の声が聞こえると、ゴブリンたちは後ずさる。
 ここで逃げの選択かと様子を見ていると、その中から『疾風』が俺たちに向かって放たれた。
 ビュービューと、俺たちの横を過ぎ去る。
『守り』を展開していたため、無傷だったが油断した。
 異臭と大量のゴブリンで、ゴブリンメイジが三匹出現していたことに気づかなかったのだ。
 ゴブリンメイジは、風の魔法使いのようで、全身にローブを羽織っていた。
 初対面の魔物に興奮するが、知能はあまり高くないようだ。何度も『疾風』を俺たちに向けて放っている。
 魔力値の高い俺が展開した『守り』がそう簡単に破られるはずはないが、ゴブリンメイジたちは、なぜ魔法が効かないのか、考えに至らないようだ。
 これは戦闘前にMP値が尽きるのではと思った通り、『疾風』がピタッと止まる。
 それと同時に痺れを切らしたハクが、ゴブリンの団体へ突っ込み、あっけなく殲滅した。

「ガウゥー〈ごめんなさい〉」

 我慢ができず前に出たことを気にしているようだが、ポンッと頭をなで「助かったよ」と笑う。
 ここでテオ兄さんたちと合流すると伝えると、ハクが俺の腰にある魔法袋をくわえる。
 待機中に、前方のドロップ品を集めてきてくれるようだ。
 ハクは本当にできた聖獣だ。尻尾をユラユラ揺らしながら前方へ歩いていく。
 その間に『地図』で、魔物の数を把握する。
 新たな魔物の出現はない。
 おやっと思う。
 今まで間髪入れず魔物が出現していたが、それが止まっていたからだ。
 これはなにかの前触れか。
 階層スポットとの距離は残り三〇〇メートル、ゴブリンが出現した左側の通路にあるのだ。
 俺の勘では、ここからが本番だと感じる。

「ジーク、魔物の出現が止まったね」
「テオ兄さん、はい。止まりました」
「不気味だね。階層スポットはこの先かな」
「正面、左側の通路の先にありますが、距離にして三〇〇メートル。おそらくここからが本番です」
「だろうね。初級者の裏迷宮でよかったよ。ランクが低い魔物だけど数は暴力だね。これは裏迷宮を脱出できない冒険者が多々いるだろうね」

 テオ兄さんは肩をすくめるが、その顔には疲労が出ている。
 ディアーナたちをフォローしながら魔物を倒しているのだ。その疲労に感謝する。
 ディアーナとエマは、全身を縦に揺らしながら呼吸を整えている。
 言葉を交わす余裕もないようだ。
 戦闘に入って二時間、よくがんばっていると思う。
 そこに魔法袋をくわえたハクが戻ってきた。
 ハクから魔法袋を受け取り、前方の様子を確認する。
 ハクの話では、魔物の気配はなく、左側の通路の先に階層スポットが見えたとのことだった。
『地図』内でも、通路の途中に階層スポットが表示されているので齟齬はない。
 疲労困憊のディアーナたちを先に脱出させるべきだ。
『倍速』で進めばほぼ戦闘せずに済むのではないか。出現する魔物の数にもよるが、と考えている最中にニコライとスラが合流する。
 全員が揃うと同時に、前方にオーク八十匹、後方にオーガ五十匹出現する。さらに前方の左側通路でスライム百五十匹、ゴブリン五十匹、オーガ五十匹が出現していた。
 まだまだ増えるだろう。裏迷宮を脱出させたくない意図が読み取れる。
 増える前に突破だ!

「テオ兄さん、魔法で一気に殲滅します。後方のオーガとは距離がありますので、先を急ぎましょう」
「了解。頼んだよ」
「行きますよ。『疾風』」

 魔力制御で『疾風』の威力を上げ、オークを瞬殺する。すかさずハクたちに指示する。

「ハク、左側を先行して。魔法は解禁だよ。ディア、エマ『倍速』をかけるから、俺から離れず一緒に動くよ。階層スポットを目指すんだ」
「「はい」」
「ガウ〈わかった〉」

 俺の指示に、考えを読み取ったテオ兄さん、ニコライもそれに続く。
 スラが「ピッ!〈肉!〉」と叫んでいるが無視だ。
 ハクが先行し、ゴブリンとオーガに『氷刃』を連射し、スライムを『氷結』で凍らしている。すぐ目の前でオーク二十匹が出現するが、ニコライとテオ兄さんが剣を構え、瞬殺する。
 残り二〇〇メートル、オーク二百体が出現する。
 今までで一番の数だが『狂風』で俺が約半分を瞬殺する。
 仕留め損ねたオークはテオ兄さんたちに任せ、ハクを前衛に『倍速』で階層スポットの距離を詰める。
 再びオーク百匹、ゴブリン五十匹が出現する。
 同じパターンの出現に若干イラッとするが『狂風』で一掃し「ディア、エマ、先に脱出して」と指示する。
 ふたりはうなずき階層スポットを目指すが、その直前でゴブリンキングが出現する。
 ゴブリンキングは、ふたりに攻撃を仕掛けようとするが、間にハクと俺が入り、その攻撃を受け止める。
 ゴブリンギングの攻撃を抑えつつ「そのまま走って」と伝えるが、動く気配がない。
 ふたりとも足が震えていた。
 突然現れたCランクの魔物に恐怖し、気が動転しているのだ。

「ハク、ここ任せていい?」
「ガゥ!〈大丈夫!〉」

 力強い返事に、戦闘を離脱し、ふたりに駆け寄り、『聖水』を施す。
 足の震えが止まったことを確認し、ふたりの手を引っ張り階層スポットまで走る。
 すぐに心のケアをするべきだが、ここでの優先事項は脱出だ。
「ごめん」と言って、つないでいる手に力を込めると、ふたりとも握り返してきた。
 ハッとしてディアーナ、エマの顔を覗くと微笑んでいた。グッと熱いものがこみ上げてくる。
 あぁー。これは参った。俺の婚約者たち最高だ。
 階層スポットの前で、ふたりに『守り』を展開する。脱出先はおそらく魔物はいないはずだが、慎重を期すのは当然だ。

「では先でお待ちしております。ジークベルト様ご武運を」
「姫様は私が守りますので、ご安心ください」

 ふたりは階層スポットに手をかざすと、体が光り、その場から消えた。
 ふたりの脱出を後方のテオ兄さんたちに『報告』する。

 さてここからが本番です。
 魔物数は、この数分で大増加し、オーガ八十匹、オーク二百二十匹、ゴブリン百三十匹、スライム七十匹、ゴブリンメイジ五匹、ゴブリンキング一匹、オークキング一匹となっている。
 先ほどハクに任せたゴブリンキングは、すでに息絶えドロップ品に変わっているが、新たにゴブリンキングとオークキングが現れて戦闘中である。
 Eランク以下の魔物しか出現しなかったが、ここにきてCランク、中ランクの魔物の出現に気が引き締まる。ただ中ランクの魔物を複数出現させるのは無理なようだ。
 これも迷宮のランクによるのかもしれない。
 黒い剣を片手に『熱火』と唱え、火の魔法剣でオーガ三十匹を相手する。
 オーガ数匹に剣を振り、火が舞う。
 オーガたちが驚いている隙に一番奥のオーガの胸もとに近づき心臓を突き刺した。ドロップ品となり、剣が宙に浮いた瞬間、剣を四方に振りそばにいたオーガを切りつけ、剣圧から出た火が近くにいたスライムに引火する。
 やべぇー。スライムに引火した。
 ドロップ品の薬草を焼いてしまう。
 慌てて鎮火しようとするが、怒り狂ったオーガが道を塞ぐ。
 邪魔だ。
 伯爵に習った剣技で、縦横と次々とオーガを切りつけるが、未熟な俺の剣は致命傷とまではいかず、傷が浅い。
 ただ火の魔法剣での攻撃のため、傷口から火が燃え、徐々に全身を焼き、オーガたちは苦しみながらドロップ品に変わっていく。あれ、俺かなり残酷な攻撃をしていると気づいた。
 後で判明した内容だが『熱火』ではなく『灯火』などの低魔法を使用していれば、全身を焼くような結果にはならなかったとのことだ。
 結局、オーガ三十匹とスライム二十匹のドロップ品は、スライムに引火した影響でほぼ焼いてしまった。痛恨のミスである。
 気を取り戻して、次の獲物に移るが近くにいたのは、ゴブリンの団体だった。
 ゴブリン七十匹とゴブリンメイジ二匹がいるが、異臭を放っているゴブリンの団体へ突入する勇気は俺にはなかった。数匹ならまだしも、十数匹で威力が数十倍となったあのにおいは我慢できないのだ。
『熱火』を直接ゴブリンの団体に向けて放つ。
 オーガのように苦しむことなくドロップ品に変わるだろうと思っていたが、ゴブリンメイジが『守り』を展開していたため、威力が弱った『熱火』を受けることになる。
 オーガと同じく苦しみながらドロップ品に変わっていった。
 地獄絵図のようだった。
 今回のゴブリンメイジは少し知能が高かったようだが、それがあだとなった。
 俺が放った攻撃だけどね。
 なぜ風魔法ではなく火魔法を選んだのか。風魔法だと臭いが拡散されるからだ。
 異臭の元は消えるが、臭いはすぐには消えないからね。
 ちなみにゴブリンのドロップ品は、ゴブリンの石と剣である。ほぼゴブリンの石のため、火で焼けることはない。
 ゴブリンの石は、数を集め、錬金することで、無属性の石となるのだ。
 所持することで、無属性の魔法の威力が少し上がるアイテムとなる。

 魔物数も減ってきた。
 オーガ三十五匹、オーク百八十匹、ゴブリン四十匹、スライム四十七匹、ゴブリンメイジ二匹、オークキング一匹体だ。
 これ以上の増加はないようだ。

 ゴブリンキングは、オークキングの相手もしつつ、ハクが単独で仕留めたようだ。
 今はオークキングと戦闘中だが魔法は使用せず、裏迷宮で取得した戦闘スキルの爪スキルの攻撃力を試している。
 とても楽しそうである。
 ハクの野生の本能が開花しつつあるかも。
 モフモフでかわいければ、問題なしだ。

 テオ兄さんは、オーク五十匹の中心にいて、華麗に舞っている。
 この表現が一番わかりやすい。
 オークの喉もとに短剣を次から次へ刺しているが、テオ兄さんの周囲を白い風が囲んでおり、オークからの攻撃を止めている。
 見たことがない魔法に興奮するが、あれはテオ兄さんのオリジナル魔法かもしれない。
 今度、教えてもらおう。

 ニコライは、氷の魔法剣でオーガを相手にしていた。
 俺とは違いすべて一撃で仕留めている。
 その剣技は、遠目からでも威力があり、ひと振りで致命傷となっている。
 パワー系の剣士の実力だ。
 残りのオーガと、近場のゴブリン十五匹はニコライに任せよう。
 あれ? そういえばスラがいない。
 ニコライの肩にいたはずのスラの姿が見あたらない。
 まさかと最悪の事態が頭をよぎるが、ないなと結論づける。大方、オークの肉を確保するため、オークに単独で挑んでいたりしてと予想していると、俺の近くにいたオーク一匹が、オークの肉に変わった。
 案の定、オークの足もとに水色の個体を確認した。
「ピッ!〈肉!〉」との幻聴が聞こえる。
 俺の周りにいたオークたちが、いっせいにスラに注目する。
「ピッ〈ばれた 〉」と、スラがスライムの中に溶け込もうとするが、時すでに遅し、オークたちがスラの前に立ちはだかる。
「ピッー〈どけー〉」と叫んでいるが、無理だろう。

 助けるかと動こうとした瞬間、数十本の針が、オークたちに突き刺さる。
 オークたちはその針を忌々しそうに抜き、スラに攻撃する仕草をするが、ピタッと動きが止まった。
 そして「グゥッ〈くるしい〉」と一匹のオークが苦しみだすと、次々とドロップ品に変わっていく。
 これは、麻痺と毒だ。針の中に麻痺と毒を仕込んだのだ。
 そういえば、セーフティポイント内で、麻痺草と毒草をスラにせがまれて、何束か渡したのを思い出す。
 力ではかなわないので、頭脳プレイで倒すスラの強さに感心するが、「ピッー〈肉じゃないー〉」と、泣き叫ぶ声が聞こえた。
 そうだよ、スラ。
 オークのドロップ品は、肉だけではないんだよ。
 そこには複数のオークの角が残っていた。

 そして裏迷宮での戦闘は思ったよりも早く終結したのだった。