スムーズに十五階層、アン・フェンガーの迷宮の最下層へたどり着いた。
途中ニコライとスラが、またもめていたがそこは完全スルーだ。
最下層は、ダンジョンと同じく魔物の気配がない。ただ違う点は、扉がなく広い空間の中心に人型の石像があり、そのうしろに階層スポットがあるだけだ。
あの石像の前で到達ボーナスがもらえるのだろう。
遠目だが石像のシルエットが誰かに似ていることに気づく。
近づくにつれそれが確信に変わり、思わず声に出していた。
「生死案内人!?」
「ジーク? この像は迷宮の守り神だよ。この像が持っている箱を回すと、目の前に到達ボーナスが現れるんだよ」
「うわぁ、ガラポンだ」
「ガラポン? ジーク大丈夫かい?」
急に膝をつき奇妙な言葉を発した俺に、テオ兄さん含め全員がそばに駆け寄ってくる。
心配顔の面々に「大丈夫です」と、手を上げ、精神ダメージから回復するのを待つ。
石像だけど、まさかの再会に驚いた。
生死案内人、こんなところでなにやってるの。
迷宮の守り神って……。
日本での仕様とは若干異なるが、玉の代わりに商品が現れるだけで、ガラポンだよね、それ。
ガラポンを回す順番はくじで決め、ディア、エマ、テオ兄さん、ニコライ、俺に決まった。
ハクとスラは到達ボーナスがもらえないのか、くじさえ用意されていなかった。
二匹とも元気にしているが、未練はあるようで、ガラポンをチラチラと見ている。
んー……。
もらえないかもしれないが、物は試しだ。全員が回した後、提案してみよう。
「では回しますね」
やや緊張した顔をしたディアーナが、箱を回すと、ピカッと光り、目の前に白い袋が現れる。
その中身は、MP回復薬が三個、HP回復薬が五個であった。
これはいい商品なのか。テオ兄さんたちに目配せすると、まずまずといった感じだった。
「次は私ですね。なんだかわくわくします」
エマがうれしそうに箱を回すと、光と共に、目の前に茶色の物体が現れる。
タワシだ。
ここでお決まりの商品を出すところが、さすがエマだ。
というか、日本産の物を異世界に持ち出すなよ。
エマが「これなんでしょう?」と、困惑しているだろ。
俺がフォローするのか、生死案内人。
エマにそれとなく「鍋とかを洗う品じゃないかなぁ」と、助言をしておく。
「やはり初心者向けの迷宮だね」
「到達ボーナスしょぼいな」
そう言ったテオ兄さんは、Bランクの短剣で、ニコライは、HP回復薬が十個だった。
さて次は俺の番だ。生死案内人の石像の前に立つ。
前世の清算は完了しているが、ここは顔なじみってことで『どうかスキル玉をお願いします』と、念じて箱を回す。
ピカッと光った後、手の中に玉が現れる。
「すげぇーな、チビ! スキル玉じゃねぇかっ!」
「よくやったよ。ジーク!」
「「すごいです!」」
各々褒めてくれるが、このスキル玉は求めているものではない。
俺がは喉から手が出るほど欲しいスキルだが、今はこれじゃないんだ。
うれしいけどうれしいけど、素直に喜べない。
『鑑定』結果を報告する。
「ですがこれ、身体強化のスキル玉です。短剣のスキル玉ではありません」
「いやジーク、これでスキル玉が手に入ることがわかったんだ。もう一度、踏破するよ」
テオ兄さんの目が妖しく光っている。
初心者向けの迷宮だとあきらめムードだったところのスキル玉だ。
やる気が出るのも無理はない。
うしろの階層スポットへ足早に進むテオ兄さんたちに、俺は待ったをかける。
「待ってください。ハクとスラはもらえないのでしょうか」
「ガゥッ?〈回せるの?〉」
「ピッ?〈できる?〉」
「魔獣や魔物が回したとは……。そうだね。試してみようか」
「ガゥ!〈やった!〉」
「ピッ!〈よし!〉」
テオ兄さんは、二匹の期待の目に折れたようだ。
二匹は喜び、早速スラが箱に飛び乗り回すと、光と共に、オークの肉が十個現れた。
続いてハクが、前足を使い器用に箱を回すと、俺と同じスキル玉が現れた。
「ガウッ〈ジークベルトと一緒だ〉」
ハクが喜んでいるそばで、テオ兄さんたちは唖然としている。
うん、そうなるよね。
ハクの幸運値は、隠蔽しているけどかなり高いんだ。
「なぁテオ、俺、夢でも見てるのか」
「うん、僕も現実に目を逸らしたくなるけど、これは絶対守秘だよ。ニコライ」
「わぁてるよ。これもチビの魔獣だからでいいんじゃねぇか」
「そうだね。なぜかそれで納得できる僕自身が怖いよ」
後から聞いた話だが、魔獣や魔物が到達ボーナスを取得したことは、今までないそうだ。
俺たちと同じく試した人はいたが到達ボーナスは、現れなかった。
ハクは幸運値の関係でたまたまと考えたとしても、スラにいたっては皆無だ。
これって生死案内人のサービスかなぁ。もう会うことはないが、心の中で感謝した。
勢いづいた俺たちは、二回目もスムーズに踏破した。
二回目の到達ボーナスの結果。
俺、身体強化のスキル玉
ハク、身体強化のスキル玉
スラ、オークの肉が十五個
テオ兄さん、Aランクのガラス石
ニコライ、Bランクの盾
ディア、Bランクの短剣
エマ、タワシ
俺とハクは、スキル玉だったが、前回と同じく身体強化のスキル玉だった。
もしかするとこの迷宮では、身体強化のスキル玉しか出ないのかもしれない。
ハクが、スラのオークの肉をうらやましそうに見ている。
そんな顔をせずとも、オークの肉は『収納』に、たくさんあるから、食べたいなら出すよ。
よしよしと頭をなでる。
スラは、オークの肉に大興奮だ。数が十五個と増えていたことも拍車をかけ、ピョンピョン飛び跳ねて喜んでいる。
そりゃー大好物ですもんね。
そして、エマの引きの悪さにドン引きです。
シャレではなく、二回目もタワシって。
この流れは三回目もタワシ確定だな。
テオ兄さんのAランクのガラス石は、大あたりだと思う。
地味に欲しい。
ダンジョン転移事件に巻き込まれるきっかけとなったガラス石。
フラウからいまだ魔法砂をもらえていないため、ガラス石の作製は止まったままだが、修練は続けている。
お手製のガラス石を絶対に作製してやるんだ。
「テオ、どうする? ここに来て四日目だ。もう一回挑戦することはできるが、方針を変えてレベル上げを優先するのもありだと思うぞ」
「そうだね、少し考えさせてほしい。スキル玉が取得できている現状であきらめるのもどうかと思うけど、身体強化のスキル玉しか出ない気がしてならない。ほかの迷宮では、スキル玉が一種類だけとの前例はない。けど今回はジークの運値で出ているのであって、本来、初級の迷宮ではありえないことだ。うーん」
「あのテオ兄さん」
「なんだいジーク?」
「実は十二階層に、隠し部屋があります。十三階層の階段と真逆だったので踏破してから相談しようと思いまして、報告が遅くなりました」
「ジークが話すぐらいだから、隠し部屋にはなにかあるのかい?」
「宝箱があるようです」
「おいっ、チビ、お前」
「ニコライ、黙っててくれるかい」
「おうっ」
「ジークは、どう思う。踏破かレベル上げか」
「そうですね。僕もテオ兄さんと同じく、この迷宮は身体強化のスキル玉しか出ない気がします。ですがレベル上げも、この迷宮では期待ができません。僕とハクはこの迷宮に入ってから、一度もレベルアップをしていませんし、ディアたちもレベルが1上がっただけです」
「そうだね。思っていたよりジークたちのレベルが高かったね。うん。やはり踏破しよう。身体強化のスキル玉も使用しよう。ディアーナ様、エマ、ジーク、そしてハクで使用するよ。そして途中で十二階層の隠し部屋に寄ろう」
テオ兄さんは、大きくうなずき、方針を全員へ伝える。
俺がなぜ十二階層の隠し部屋を知りえたか、その部屋に宝箱があるのがわかったかを詮索はされなかった。
ニコライの追及を意図してテオ兄さんは止めている。
俺の『地図』スキルは、隠す必要がないと判断しているため、隠し部屋を伝えたのだが、逆に気を使わせてしまった。
反省しないといけない。