セラにとって昨日は興奮した一日だった。
 治療の一環として行われた魔物討伐。
 地下室に充満する血のにおいと瀕死状態の魔物の様は、淑女であれば卒倒するが、セラは自身の皮膚の破裂を幾度か経験しているため、ほぼ動揺しなかった。
 それよりも魔物を倒すという、命を奪う行為に嫌悪感を抱くかとも思ったが、すんなりととどめを刺せた。
 案外、冒険者に向いているのかもしれないと、未来を想像できる心情の変化に驚いた。

「うふふ、お兄様と同じ冒険者になって魔物を倒す。楽しそうだわ」

 レベルが上がり、体調がすこぶるよくなった。
 右頬の腫れも若干引いた気がするし、全身を包んでいた倦怠感も和らいだ。
 長期戦になるが、完治できる病であると『赤の貴公子』は言いきった。
 今日から魔法での治療も始まるとのことだ。
 だが治療内容は、極秘。
 ニコライには内緒で、昨晩『誓約魔書』にサインした。

「勝手に行動したこと、お兄様に怒られるかしら。でもリスクを背負うのはあたり前だわ」

 セラは自分の行動が正しいと、言い聞かせるようにつぶやく。
 タイミングよく扉のノックの音が聞こえた。
 サッとフードをかぶり、ソファに深く座りなおして返事をした。

「はい、どうぞ」

 扉の向こうから銀髪の少年が現れ、セラの心が奪われる。
 なんて綺麗な方なの。きらめく銀髪に吸い込まれそうな紫の瞳、まとっている雰囲気は優しく澄んでいて、まるで物語の王子様みたい。
 この方が、お兄様の話題によく登場するテオバルト様の弟ジークベルト様。

「セラさんだね?」

 間近で聞こえた声に、セラの肩がわずかに上がる。
 セラが思いを馳せている間に、ジークベルトがソファまで来ていたようだ。

「はじめまして、ジークベルト・フォン・アーベルです。今日はあなたの治療に来ました」
「はっ、はじめまして、ジークベルト様。私はセラ・フォン・バーデンです。はい! 聞いております」
「ひとつお願いがあります。今から使用する魔法は他言無用でお願いします。これはセラさんと僕だけの秘密で、ニコライ様にも誰にも話さないでください」
「わかりました」

 セラの返事にジークベルトが、ほっとした顔をした。


 ***


「では早速治療を始めたいと思います。できれば、セラさんの体の一部を触って魔法を使用したいのですが」
「かかっ、からだを、さっ、さ、さ、さわるぅーー!?」
「落ち着いてください。誤解を与える言い方をしました。セラさんの体内にある魔力を僕が『吸収』するので、できれば手などを握らせていただければ、効率よく『吸収』できるのです。すみません。まだこの魔法を使い慣れてなくて、接触がなければ、かなり非効率で時間がかかります。ご負担をかけないためにも、治療と割りきっていただければと」
「治療のためですね。わかりました。よろしくお願いします」

 セラはそう言って手袋をはずし、おずおずと手を出す。
 その手には小さな気泡が複数できていた。
 これが叔父の言っていた気泡か、見た目は小さなニキビのようだ。
 セラは、現在Lv5でMP158/38である。
 MPの回復は、レベルにより個人差はあるが、MP1で五分程度だ。魔力飽和は、そのMP値を超える状態である。
 普通は体内で生み出された魔力が、上限を超えると自然と体外に放出される。
 セラはその放出が著しく低いのだ。そのため、体内に魔力が蓄積され、体調が悪化し気泡ができ、膨らんでいく。
 気泡ができる状態は、MP値が10を超える時である。
 叔父が見た時は、MP163/8だった。
 レベルが上がることで、MP値が増加する。それに合わせ体内で生み出される魔力、体外放出される魔力も増える。すると自然と魔力飽和状態がなくなるとのことだ。
 レベルが上がるまでの間、俺がセラに『吸収』と『低下』を施して、MP回復能力を低下させる。
 特に『低下』することで、MP1の回復時間が一時間となる。丸二日ほどは『吸収』する必要はなくなるが、残念なことに『低下』の持続は、現在一日なのだ。
 これは俺が、呪魔法のスキルを所持できていないからである。
 ただMP値を超える時間は、回復時間と異なるため、猶予はある。
 そのぶんセラにも努力してもらう。
 幸いなことにセラは、魔属性の光に適性があった。光魔法でMPを使用してもらうのだ。

「ごめんなさい。気味が悪いでしょう」
「いえ、謝っていただく必要などありません。がんばっている手ですよ」

 俺は沈んだ声でそう言う彼女の手をそっと両手で包み込むと、フードに視線を合わせ微笑み「では始めますね『吸収』」と声をかけて治療を始める。
 魔力が流れてくるのがわかる。
 うわぁー、この人の魔力、すごく気持ちいい。やべぇー。
 昨日ハクで『吸収』を練習した時とは、だいぶ違う。
 ハクの魔力は温かく、ジワジワと流れる感じだった。
 セラの魔力はふわっとやわらかい。そして癖になるくらい気持ちいい。
 人によって魔力の質が違うようだ。
「んっ、うぅんっ」と、セラの口から艶かしい声が聞こえる。
「えっ」と、思わず両手を放してしまった。
 気まずい空気が流れる。
 セラはフードを目深にかぶっていて表情は見えないが、艶かしい声に本人も戸惑っているようだ。

「すっ、すみません。声が出てしまって……続けてください」
「あっ、はい、続けますね」

 俺は再び手を掴み『吸収』の魔法を使用する。すると握っているセラの手がピクッと動き、空いていたもう片方の手を素早くフードの奥に押し込める。
「んーーんっっ」と、手で押さえても漏れ出る声がひどくエロい。
 これあきらかに……と、精神が大人の俺は察する。
 ただ治療を止めることはできないし、ここは見て見ぬふりをするのが、お互いのためだと判断する。そしてフードから視線を逸らし、煩悩を排除するため、最近あった嫌な出来事を思い出す。
 その間も、俺には癖になるくらい気持ちいい魔力が流れ、すぐそばでは艶かしい声が聞こえた。
 この地獄をMP1になる寸前まで耐えた。
 俺、がんばった。そして子供でよかったと思う。


 その後ヘルプ機能から補足が入る。


 **********************

 ご主人様とセラ・フォン・バーデンは、互いの魔力の相性がいいのでしょう。
 特に魔力を吸収されるセラ・フォン・バーデンは、相当な快感を得るようです。

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 俺、ニコライに殺されるかも……。



「『疾風』、ハク様お願いします」
「ガゥ! ガゥッ!〈任せろ! エマ、左だ!〉」
「はい。ハク様!」

 五匹いたオークが次々とドロップ品に変わる。
 今日の晩ご飯は、久々のオークの肉で決まりだ。
 あれ食べたくなるんだよねと、俺がのんきに感想を述べている横で、ニコライとテオ兄さんが彼女たちの動きに驚いていた。

「あいつら完璧なフォーメーションじゃねぇかっ」
「視力がおかしくなったのかな。エマが転ばずに攻撃をあててるよ。どういうことかなジーク?」

 グイッと腕を引っ張られ、笑顔で詰めてくるテオ兄さん。えっ笑顔が怖いです。

「よっよくわからないんですが、エマは共同で魔物を討伐すると戦闘中は、ほとんどドジっ子を発動しません。個人戦となると途端に発動します」
「へぇーその情報、どうして事前に教えてくれなかったかな」
「必要ないかとっ……おっ思いまして」
「テオ、チビも悪気があったわけじゃねぇんだから、そう……」
「ニコライ、そう、なに?」
「いやっな、おいっち……」
「ニコライ?」
「まぁ落ち着け、なっなな……」

 ふたりの声が俺から遠ざかっていく。
 おぉ、くわばらくわばら。
 テオ兄さんのことはニコライに任せて、討伐を終えたハクたちに「お疲れさま」と言って近づくと、ディアーナが困った顔をして、ドロップ品のオークの肉を見つめていた。

「ディア? どうしたの?」
「ジークベルト様、その、どうしましょう?」

 オークの肉の下に、五センチほどのベビースライムがいた。
 これはまた定番な展開です。
 とりあえずオークの肉をはずしてと──。ん? いない。オークの肉にベッタリ張りついている。
 オークの肉を振ってみるが、はずれない。ベビースライムを掴んでみるが、オークの肉からはずれない。
 このベビースライム、粘着力強くないか。

「いろいろと試してみたのですが、オークの肉からはずれないのです」
「そうみたいだね。これはどうしたものかな。討伐する?」
「まだ小さいですし、オークの肉と一緒に放置はダメでしょうか」

 ベビースライムは、俺の『討伐する』に、ピクッと反応した。
 言葉を理解しているようだ。おもしろい。

「このベビースライムは、常習犯だよ。毎回同じようなことをして食料を確保しているみたいだね。俺は甘くないよ。討伐されたくなければ、オークの肉から離れて。じゃないと一緒に焼くよ」
「ピッー〈それはいやー〉」

 ベビースライムが、オークの肉から離れる。逃亡しようと素早く移動するが、ヒョイッとすくい上げる。

「ピーッ〈はなせー〉」と声をあげているが無視だ。
 それより顔はどこだろう。普段はスライムをじっくり観察することなんてない。
 高知能の個体のようだし、定番通り飼ってみるか。なんとなくだけど、この個体を逃したらダメだと、俺の直感が言っている。
 これはもう魔契約するしかない。
 でも、俺にはハクがいるし……。ディアは違う。エマは無理。まさかのハク!? ベビースライムと戯れるハク。うん、かわいいけど、ないな……。
 そうだセラだ! うん、セラだよ。
 ベビースライムを『鑑定』すると、セラの治療に必要な能力を兼ね備えていた。
 これで安心して、武道大会に行ける。
 となると、やることはひとつ。目の前のベビースライムを捕獲することだ。
 まずは話し合いをして、様子見をしよう。

「お前、僕たちと一緒においで。お前を必要としている人がいるんだ」
「ピー〈いやだ〉」
「毎日、オークの肉を食べさせてあげるよ」
「ピッ〈いいよ〉」
「契約成立だね。あっ! 魔契約の相手は僕じゃないからね」

 ベビースライムの体が一瞬光ったが、すぐにおさまる。ハクのパターンもあるから、事前に伝えて正解だ。
 やはりこのベビースライムは賢いが、ちょろい。

「あの、ジークベルト様、この子をお飼いになるのですか?」
「うん。主は僕じゃないけどね。ベビースライム、前報酬だ。そのオークの肉食べていいよ」
「ピッ〈いいの〉」

 ベビースライムが、ウキウキとオークの肉の半分を包み込む。
 どれだけ好きなんだ。これは重点的にオークの肉を狩る必要がありそうだ。
 後でテオ兄さんに相談しよう。

「ん?」

 ハクから猛烈な視線を感じる。
 とてもうらやましそうな顔をして、チラチラとベビースライムを見ている。
 オークの肉をハクの前に出すと、上目遣いでいいの? と尋ねてきたので、頭をポンとなでてやる。
 その合図で、ハクがうれしそうにオークの肉にかぶりつく。


「──ということで、重点的にオークの肉を狩りたいのです」
「これがセラの治療に必要なのか」
「はい。この子の能力が必要です。この子をセラに預ければ、安心して武道大会に行けます」
「ピッ〈さわるなっ〉」

 ニコライがベビースライムを掴む。ベビースライムが尖端を針のように伸ばし、ニコライを攻撃している。
 まぁ全然効いてないけどね。

「弱っちぃーな。これすぐ殺れるぞ」

『殺れる』との言葉に、ベビースライムは過剰反応し、ブルブル震えだす。
 あっまだ魔契約していないのに脅すのはやめてほしい。逃げたら大変だ。
 ニコライからベビースライムを確保し、そのプルンプルンの体をなでて、大丈夫だと安心させる。
 ピクッと体を揺らしたベビースライムは、俺の肩によじ登ると首筋にピタッと張りつく。
 おそらくニコライの攻撃に備え、防衛しているのだと思われる。

「ジーク、話はわかったけど、魔契約していない魔物を伴っての踏破は難しいよ。それにレベル上げは必須だね。このままだとニコライの言う通り瞬殺だよ」

 またもや『瞬殺』に震え上がるベビースライム。首筋の粘着度が上がったような気がする。

「まだ五階ですし、いったん屋敷に戻ってセラと魔契約させた後、この子のレベル上げをするのはどうでしょう」
「んー。魔契約はそうそうにできるものではないんだよ。セラ殿にはまだ難しいと思うな」
「そうなんですか? だけどこの子、先ほど魔契約しようとしてましたが?」
「ピー〈できるぞー〉」
「「「えっ!?」」」

 ベビースライムは、俺の首もとで激しく光る。
 俺たちの戸惑う声と同時に、俺の体に光が降り注ぐ。
「ちょっと待てーー」との俺の声は虚しく響いた。
 無機質な音が頭の中に響く。


 **********************

 魔契約:ベビースライム特種体

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「ピッ〈どうだ〉」と、ベビースライムは、小さな体をプルンと動かす。
 俺は肩をガックリと下げ「魔契約しちゃいました」と報告した。

「なぁテオ、魔契約って、術者からするもんだと思ってたが、魔物から勝手にできるものなのか?」
「僕の知識もそうなんだけど、できたようだね。ジークだからね」
「なぁ最近なんでもチビだからっていう理由で片づけるのはどうかと思うぞ」
「じゃニコライは、ほかになにか思いつくのかな。説明してみてよ」
「いや、チビだからでいいな。だから笑顔で近づくなっ。お前最近沸点低すぎるぞ……。いやっ、今のは失言だ。俺が悪かった」

 ニコライがなぜか後ずさり、それをまたテオ兄さんが笑顔で追っている。
 んー? いつの間にかふたりは俺から遠ざかっていた。
 俺の報告聞こえたよな。さてどうしたものか。
 首筋のベビースライムを剥がし、手のひらにのせる。
「ピッ〈なんだ〉」と、ベビースライムが様子をうかがうようにして鳴く。
 プルンと動くベビースライムに、ハクとは違うかわいさを感じる。
 魔契約するとかわいく見えるのだ。
 名前 をどうしようかなと考えていると、ハクがそばに寄り添った。

「ガゥ?〈魔契約?〉」
「さすがハク。うんそう」
「ガウ!〈よろしく!〉」
「ピッ!〈よろしく!〉」

 ベビースライムが、ハクの背中に飛び乗り、頭の上に移動する。
 ベビースライムは定位置を見つけたようだ。
 ハクも嫌がってないしいいか。二匹は楽しそうに話し込んでいる。
 うん。ベビースライムはハクに任せよう。

「ジークベルト様、先ほどの光は? お体は大丈夫ですか?」

 休憩場に足を踏み入れると、ディアーナが慌てた様子で俺のそばに寄り、体に異常がないか確認している。エマもオロオロしている。突然の光に心配をかけたようだ。
 ふたりには、ベビースライムの件でテオ兄さんたちと話をするので、ここで待機していてねとお願いしたため、律儀に約束を守ってくれたようだ。
 ディアーナとエマの手を掴み「大丈夫だよ」と伝える。ふたりは安堵のため息をつく。
 俺、愛されてるなとふたりに感謝しつつ、ベビースライムと魔契約したことも伝える。

「セラ様との魔契約のお話だったのでは?」
「うん。それがね、ベビースライムが暴走しちゃってね」
「ピッ?〈呼んだ?〉」
「そうお前の話をしてたんだ。名前どうしよっか」
「ピッ!〈名前!〉」

 ハクと一緒に休憩場に現れたベビースライムは、ピョンピョンと跳ね、俺の手のひらに収まる。
 ハクも対抗心からか俺の膝の上に頭をのせる。
 モフモフとブルルンを堪能し放題の俺、これはなかなかにいいと頬が緩む。
 その様にディアーナが「うふふ、かわいいですね」と微笑むと、「スライムとベビースライムは別物ですよね。私、もてあそばれませんよね」と、エマが小さくつぶやいていた。
 エマにも自覚があったのかと、心の中で突っ込んだ。



 ベビースライムの名前をつけるにあたり、悩みに悩んだ。
 悲しいかな、俺のボキャブラリーのなさが露呈した。
 候補としてあがった名前がこの三択だった。

 スラリン
 ピエール
 ブルー

 ここでまさかの前世の知識が介入。あとは身体的特徴で、あははは……。
 頭を悩ませていたら、エマが「スラ様、オークの肉のおかわりいかがですか」と、ベビースライムに声をかけていた。
 あれ? 俺? 名前の候補、口に出したかな?
「ピッ!〈いる!〉」と、本人も受け入れているようだし、名前はスラに決定だ。
 名付け親となったエマは──ベビースライム様は長い、ベビー様はなんとなく嫌がられる。
 スライム様は個人的に嫌。
 スライムから二文字取ってスラ様と呼ぼう──と、安易に考えた仮名がまさか本名になるとはと、狼狽していたが、スラ本人も気に入っているようだし、それ採用です。
 悩んでいたことが、こうもあっさり解決して、気分が急上昇する。
 目の前にあるオークの肉を頬張る。
 やはり癖になる味だ。冒険の醍醐味ですね。
 前世で例えるなら、某テーマパークで店頭販売され、行列の長さに買うか悩むが、来たからには食べたいと購入して満足するあの商品と一緒なのだ。
 すごく具体的な例えだけど、わかってもらえると思う。
 食事も一段落したところで、テオ兄さんに呼出された。

「ジーク、迷宮に滞在できるのは、セラ殿の病状を考えれば、あと三日ぐらいだろうか」
「いやテオ、『魔草』で抑えられるぞ。五日は大丈夫だろう。チビの治療のおかげで、腫れも気泡もなくなった。光魔法もマリアンネ嬢のおかげで上達しているしな」
「そうですね。五日は大丈夫でしょうが、腫れないだけで気泡は出ますよ。やはり気泡でも嫌でしょう。早目に踏破する予定でお願いします」
「セラはそれぐらい気にしないぞ。迷宮に長居することは事前に承諾済みだ。できれば腫れる前に踏破してほしいが、腫れてもチビに治療してもらえるからいいってさ。だけど破裂前には帰宅してとのことだ」
「それはまた、ご令嬢としては豪胆だね」
「だろう。さすが俺の妹だ。だからセラを気にして踏破を急がなくてもいい。それよりチビ、俺はお前に聞きたいことがある。お前の治療だが、どういったもんなんだ」

 突然の振りに、セラの艶かしい姿を思い出し、声が裏返ってしまう。

「そっそれは、企業秘密です」
「キギョウ? ってか『赤の魔術師』に口止めされてるのはわかるけど、お前もセラも治療の話題になると、極端に動揺して、なぜに頬を染める。現に今のお前も赤いし、動揺している。お前らふたりでなにやってんだ」
「べっ、べつに、いやらしいことなんてしません」
「誰もそんなこと聞いてないだろう。どういうことだ」
「黙秘します」

 ニコライの目が笑っていない。
 俺、殺される。
 あれは治療であって、うしろめたいことなどないはずだ。それに子供の俺にどうこうできるわけはないが、だが言えない。言えるはずがない。
 どれだけ脅されても黙秘だ。徹底的に黙秘である。
 ヘルプ機能が調査した結果、『吸収』で、あのような快感を感じるのは、相当まれであり、天文学的数字でふたりの魔力の相性がいいとのことだった。
 一般的な『吸収』では、日光浴をした感覚の気持ちいいと思うぐらいなのだ。
 何歳までこの治療を続けるのかはわからない。セラのレベルが魔力飽和に追いつくまでだ。
 たしかに成人になってこの治療をすればいろいろと問題だ。
 特に俺が、我慢できるのか自信がない。
 それに最近のセラは、顔の腫れも引き、フードをかぶらず顔を出している。
 目の前で美少女が口に手をあて、必死に快感に耐えている姿は生々しすぎる。
 ニコライと同じ金髪がしっとりと汗をかく姿は、色気ムンムンです。
『吸収』が終わった後は、ふたりしてモジモジしてしまうのは、許してほしい。
 治療後すぐに部屋から出ることも考えたが、セラの状態はまさに情事の後である。
 隠蔽ではないが、落ち着くまでふたりで何気ない会話をして時間をつぶすのだ。
 セラの侍女ハンナは、治療内容をなんとなく察しているようで、俺の治療後は、すぐに風呂と着替えを用意している。
 優秀な侍女は口が堅いのだ。
 そういえば、事前にマリー姉様からハンナには注意するようにと忠告されていた。
 ハンナの俺に対する態度はとても良好である。
 どちらかといえば、将来の主人に対するような対応である。
 あれ? ハンナ、アーベル家の教育まだだよね。
 ドッと嫌な汗が湧いてきた。


 ***


 今後の方針について、テオ兄さんが全員に説明を始める。

「エスタニア王国で開催される武道大会まで、あと一ヶ月。時間がないことも関係しているが、今回のアン・フェンガーの迷宮の目的は、踏破と各々のレベルアップだ。特にディアーナ様への刺客に対する自己防衛は、最低限必要なのはわかるね」
「「はい」」
「いい返事だ。昨日話し合った結果、レベルを重点的に上げようと考えたが、一気に踏破することにした」
「それはどういうことでしょうか」
「迷宮では、踏破すると到達ボーナスがもらえる。これは何度挑戦しても、もらえるものなんだ」
「到達ボーナスを狙うということでしょうか」
「その通り。アン・フェンガーの迷宮は、最下層が十五階だ。それを最低三回繰り返す」
「テオバルト様、迷宮の到達ボーナスは、迷宮の難易度に準ずると習いました。アン・フェンガーの迷宮は、初心者向けの迷宮ですよね。到達ボーナスは期待できないのではないでしょうか」
「そこだよね。ここには『幸運者』の称号持ちのジークがいる。到達ボーナスは、その人の運値に非常に影響されるとの結果が出ているんだ。この意味わかるよね。狙いは『スキル玉』だ」

 テオ兄さんの説明にディアーナは納得してうなずき、「ジークベルト様は、称号持ちなのですね」と、俺を尊敬の眼差しで見つめる。俺は苦笑いしつつ、『俺の称号は、幸運者だけではなく、苦労人もあるんだ』と心の中でつぶやいた。

 迷宮の到達ボーナスは、一階から最下層までの各階を歩き、最下層まで到達するともらえるのだ。ただその間に階層スポットを使用して、ショートカットをすれば、到達とは満たされず、到達ボーナスはもらえない。ただし、一階から十階まで歩き、階層スポットでいったん迷宮の外に出て、再度十階から挑戦した場合は、もらえるのだ。
 どのように判断しているのかは不明だが、踏破の条件として各階の階段を通すことがポイントのような気がする。そして踏破すれば、リセットされる。
 ある冒険者が気まぐれで二回目の踏破をした際、到達ボーナスがもらえた。初回ボーナスと考えていた者が多かったため、目からウロコだったようだ。

「効率よく踏破するため、各自のレベルを確認しようと思う。ちなみに僕はLv24だ。ニコライはLv27だったよね」
「この前上がって、Lv28だ」
「あのー。レベルの確認でしたら、ジークベルト様にお尋ねください。ステータス値も正確に教えていただけますし、ハク様やスラ様のレベルもご存じのはずです」

 エマが、おずおずと発言する。
 あちゃーエマ、そこでその話題出すの。
 たしかにレベルやステータス値は、俺が皆に公開していた。お互いの強さがわかれば動きやすいと判断したためだ。
 口止めを忘れていた。俺の不手際だ。

「チビ、お前『鑑定』が使えるのか」
「そうですね、使えないこともないです」
「鑑定レベルが低いのかい」
「はい。僕はLv16ですので、テオ兄さんやニコライ様のステータスは確認できません」

 ここは鑑定レベルが低いことにしよう。レベルが高い人のステータスは確認できないので、ちょうどいい。俺の隠蔽ステータスに鑑定を追加しないと。


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 ご主人様、お任せください。私が追加しておきます。

 **********************


 ヘルプ機能から報告が入る。
 俺がLv15になった時点で、ヘルプ機能は鑑定を使用せずとも自由に発言ができるようになった。
 もうこれヘルプ機能ではないよね。俺の役立つ情報や作業を率先してやってくれる。
 ヘルプ機能と定着しているが、呼び名も変えたほうがいいよね。


 **********************

 ヘルプ機能でも、よろしいのですよ。
 ご主人様が名前をつけてくださるなら、うれしいです。
 できればかわいく清楚で気品がある名前を望みます。

 **********************


 それもう要望だから。時間が欲しいです。
 俺のボキャブラリーのなさは、知っているでしょ。


 **********************

 はい。もちろんです。
 ここで急かして、大変不名誉な名前をつけられたら困ります。

 **********************


 おいっ。ヘルプ機能!
 いくら俺でも常識はある。


 **********************

 前例があります。

 **********************


 ぐうの音も出ない。

「テオ兄さん、これが現在の皆のレベルとステータス値です」

 魔法袋から、一枚の紙を出しそれぞれのステータス値を書き加える。もちろん、俺とハクのステータス値は隠蔽している。
 現在のそれぞれのレベルとステ値はこれである。


 ***********************
 ジークベルト・フォン・アーベル
 Lv:16
 HP:310/310
 MP:1750/1750
 魔力:1750
 攻撃:310
 防御:310
 敏捷:310
 運:500
 ***********************


 ***********************
 ハク
 Lv:11
 HP:450/450  
 MP:370/370
 魔力:410
 攻撃:330
 防御:270
 俊敏:480
 運:150
 ***********************


 ***********************
 スラ
 Lv:1
 HP:10/10
 MP:10/10
 魔力:10
 攻撃:10
 防御:10
 俊敏:10
 運:10
 ***********************


 ***********************
 ディアーナ・フォン・エスタニア
 Lv:10
 HP:68/68
 MP:78/78
 魔力:84
 攻撃:56
 防御:61
 敏捷:53
 運:21
 ***********************


 ***********************
 エマ・グレンジャー
 Lv:10
 HP:62/62
 MP:10/10
 魔力:12
 攻撃:27
 防御:40
 敏捷:10
 運:8
 ***********************


 エマのステータス値の低さがわかるだろう。
 HPと防御、及第点で攻撃以外は壊滅的な低さだ。
 Lv1のスラと同じである。
 ちなみに、テオ兄さんたちのステータスはこれだ。


 ***********************
 テオバルト・フォン・アーベル
 Lv:24
 HP:163/163
 MP:151/151
 魔力:139
 攻撃:146
 防御:182
 敏捷:218
 運:84
 ***********************


 ***********************
 ニコライ・フォン・バーデン
 Lv:28
 HP:198/198
 MP:159/159
 魔力:140
 攻撃:229
 防御:154
 敏捷:134
 運:56
 ***********************


 テオ兄さんは、平均的にステータス値が高く、特に敏捷は群を抜く高さだ。
 陰に隠れているけど優秀なのだ。
 まぁ理由は、称号『日陰人』の影響が大きいのだろう。
 ニコライは、やはりパワー系の魔法戦士だ。攻撃とHPの高さがそれを表している。

「チビ、これまじか……」
「エマのステータスは、絶望的だね。あははははっ。昨日の理由がよくわかったよ。僕の判断は正しいね。ジーク、短剣のスキル玉を絶対に確保するんだ。もしくは身体能力系のスキル玉だ」

 ニコライは紙の内容を見て、絶句。
 テオ兄さんは、俺の肩をガッチリと掴み、厳命する。
 昨日との本気度合いが違う。
 初心者の迷宮で、俺の幸運値と称号が、到達ボーナスの獲得にどれだけ影響するかわからないが、かけてみる価値はあるとの話ではなかったか。妙なプレッシャーがかかる。
 これも苦労人の称号のせいだ。



 アン・フェンガーの迷宮は、全階層洞窟の迷宮である。また小規模のため、比較的、踏破に時間はかからない。
 トップ冒険者であれば、一日足らずで踏破が可能である。
 俺、ニコライ、テオ兄さん、三人が戦闘に加わったパーティーは、とどまることなく、一気に十二階層までたどり着いた。


「いったんここで休憩だね」
「ピッ!〈肉!〉」

 ニコライの肩からスラが飛び降りると、すぐエマにオークの肉を要望する。
 そのスラをヒョイッとつまみ「お前、話がある」と、ニコライが連れ出した。
「ピーッ〈はなせー〉」と叫んでいるが、スラの自業自得だと思う。
 スラは、この十二階層までに、Lv4となっている。
 この短時間に、瞬殺だと脅されていたベビースライムが、格上の魔物を仕留めているのだ。
 それには理由がある。
 ニコライが、魔法剣で無双中に、仕留め損ねた魔物を次から次へ横からかっさらう暴挙に出たのだ。
 なんとも狡賢い作戦である。
 ニコライが、無言で飼い主である俺に訴えていたが、見て見ぬふりをした。
 セラのためだ。スラのレベル上げは必須なのだ。

「あの子は、なかなかの逸材だね。ジークと魔契約をしただけはあるよ」
「テオ兄さん、スラの前では褒め言葉は禁止ですよ。調子に乗りますからね」
「わかっているよ。敵視していたニコライの肩に乗った時は、驚いたけど、まさか横取りするためだったなんて、想像つくかい」
「僕も、びっくりしました」
「しかも、一発で仕留められるほど弱った魔物しか狙っていない。自分の力量を把握できているね。それにしてもあの攻撃、種族特有のものかい」
「分離した攻撃ですよね。あれはスラの固有スキルのようです」
「通常のスライムでも分離できるのだろうか。これはヴィリー叔父さんに報告して……」

 テオ兄さんは、ブツブツと独り言をつぶやきながら、顎の下に手を置き、考え始めた。
 こうなると、外部からなにを言っても無駄だ。
 考えがまとまるまでは放置だね。
 スラの攻撃は特殊で、体から針の形をした物を作り出し、それを敵の急所に向け発射する。
 攻撃をした後は、若干体が小さくなっている。まさに身を削って攻撃をしているのだ。
 スラは固有スキルの『分離』と『擬態』をうまく使っている。


 ***********************
 スラ オス 0才
 種族:ベビースライム特種体
 Lv:4
 HP:40/40
 MP:40/40
 魔力:40
 攻撃:40
 防御:40
 俊敏:40
 運:25
 魔属性:闇・無

 固有スキル:分離Lv-・吸収Lv-・擬態Lv1

 魔契約:ジークベルト・フォン・アーベル
 ***********************


 固有スキルの分離は、体を分離することはもちろん、体内に吸収したものを分離する能力もある。
 例えば毒薬を吸収すれば、毒だけを分離して切り離すこともできるのだ。
 擬態は文字通り、ほかのものの姿に似せることができる。
 ただレベルが低いので精密なものはできない。
 今は針の形をしたもので精いっぱいのようだ。
 吸収は、あらゆるものを吸収できる能力だ。
 魔力を吸収しても、分離で分散できるのだ。
 ただしこのスキルも、魔力に準ずる。魔力が高ければ安定した吸収が可能になるというわけだ。
 武道大会で留守番となるセラの強力なサポートになるのだ。

「ピー〈たすけてー〉」
「うわぁ」

 スラが叫びながら俺に飛び乗り、肩までよじ登ると、首筋にピタッと張りつく。
 そこへ息を荒らげたニコライが走ってくる。

「はぁはぁ……っ、チビ、そいつを渡せ。そいつの根性叩きなおしてやる」
「ニコライ様、落ち着いてください。スラのレベル上げは、セラのためにもなります」
「セラのためだと」
「そうです。今回のやり方は、僕もどうかと思いますので、ちゃんと言い聞かせます。ただスラのレベル上げは必要です」
「ピッ〈そうだぞ〉」
「スラ、少し黙っていようか」
「ピッ〈わかった〉」
「レベルが上がれば、スラの固有スキルも安定します。武道大会中の懸念事項も解消されます。手伝ってくれるよね、スラ」
「ピッ!〈もちろん!〉」

 俺の肩の上で、飛び跳ねるスラをとらえながら、ニコライが苦虫を噛みつぶしたような顔をした。

「ちッ、今回だけだからな」
「ありがとうございます。そのぉー。甘えて申し訳ないんですが、スラはまだ低レベルです。できれば、戦闘中はスラを肩にのせてください。仕損じた魔物をスラに与えてあげてください」
「……っ。今回だけだからな」

 ニコライは、一瞬言葉を飲み込むと不承不承ながら頷く。
 俺はニコライに頭を下げた。

「ありがとうございます」

 了承してくれてよかった。
 これでスラのレベルはある程度上がるだろう。
 すごく怒ると思うが、ニコライとスラは、いいコンビだと思う。
 俺も言えた義理ではないが、ニコライの魔法剣はまだまだ隙がある。
 仕損じた魔物をスラが仕留めているのは、戦闘上、とても合理的である。
 あとはお互い距離を縮めれば円満なんだけどなぁ。
「ピ?〈どうした?〉」 と、肩にいるスラが飛び跳ねる。
「なんでもないよ」と、スラの体をなで、この騒動にも微動だにしないで、考え込んでいるテオ兄さんを横目で見た。
 相談したいことがあったけど、この様子では時間がないし、一度、踏破してからだなと思う。
 実は十二階層の地図内に、隠し部屋を発見したのだ。
 魔物の反応はなく、宝箱だけがあるようだ。
 この隠し部屋は、十三階層の階段と真逆に位置するため、休憩中に相談する予定だったが、ここは踏破を優先することにする。



 スムーズに十五階層、アン・フェンガーの迷宮の最下層へたどり着いた。
 途中ニコライとスラが、またもめていたがそこは完全スルーだ。
 最下層は、ダンジョンと同じく魔物の気配がない。ただ違う点は、扉がなく広い空間の中心に人型の石像があり、そのうしろに階層スポットがあるだけだ。
 あの石像の前で到達ボーナスがもらえるのだろう。
 遠目だが石像のシルエットが誰かに似ていることに気づく。
 近づくにつれそれが確信に変わり、思わず声に出していた。

「生死案内人!?」
「ジーク? この像は迷宮の守り神だよ。この像が持っている箱を回すと、目の前に到達ボーナスが現れるんだよ」
「うわぁ、ガラポンだ」
「ガラポン? ジーク大丈夫かい?」

 急に膝をつき奇妙な言葉を発した俺に、テオ兄さん含め全員がそばに駆け寄ってくる。
 心配顔の面々に「大丈夫です」と、手を上げ、精神ダメージから回復するのを待つ。
 石像だけど、まさかの再会に驚いた。
 生死案内人、こんなところでなにやってるの。
 迷宮の守り神って……。
 日本での仕様とは若干異なるが、玉の代わりに商品が現れるだけで、ガラポンだよね、それ。

 ガラポンを回す順番はくじで決め、ディア、エマ、テオ兄さん、ニコライ、俺に決まった。
 ハクとスラは到達ボーナスがもらえないのか、くじさえ用意されていなかった。
 二匹とも元気にしているが、未練はあるようで、ガラポンをチラチラと見ている。
 んー……。
 もらえないかもしれないが、物は試しだ。全員が回した後、提案してみよう。

「では回しますね」

 やや緊張した顔をしたディアーナが、箱を回すと、ピカッと光り、目の前に白い袋が現れる。
 その中身は、MP回復薬が三個、HP回復薬が五個であった。
 これはいい商品なのか。テオ兄さんたちに目配せすると、まずまずといった感じだった。

「次は私ですね。なんだかわくわくします」

 エマがうれしそうに箱を回すと、光と共に、目の前に茶色の物体が現れる。
 タワシだ。
 ここでお決まりの商品を出すところが、さすがエマだ。
 というか、日本産の物を異世界に持ち出すなよ。
 エマが「これなんでしょう?」と、困惑しているだろ。
 俺がフォローするのか、生死案内人。
 エマにそれとなく「鍋とかを洗う品じゃないかなぁ」と、助言をしておく。

「やはり初心者向けの迷宮だね」
「到達ボーナスしょぼいな」

 そう言ったテオ兄さんは、Bランクの短剣で、ニコライは、HP回復薬が十個だった。
 さて次は俺の番だ。生死案内人の石像の前に立つ。
 前世の清算は完了しているが、ここは顔なじみってことで『どうかスキル玉をお願いします』と、念じて箱を回す。
 ピカッと光った後、手の中に玉が現れる。

「すげぇーな、チビ! スキル玉じゃねぇかっ!」
「よくやったよ。ジーク!」
「「すごいです!」」

 各々褒めてくれるが、このスキル玉は求めているものではない。
 俺がは喉から手が出るほど欲しいスキルだが、今はこれじゃないんだ。
 うれしいけどうれしいけど、素直に喜べない。
『鑑定』結果を報告する。

「ですがこれ、身体強化のスキル玉です。短剣のスキル玉ではありません」
「いやジーク、これでスキル玉が手に入ることがわかったんだ。もう一度、踏破するよ」

 テオ兄さんの目が妖しく光っている。
 初心者向けの迷宮だとあきらめムードだったところのスキル玉だ。
 やる気が出るのも無理はない。
 うしろの階層スポットへ足早に進むテオ兄さんたちに、俺は待ったをかける。

「待ってください。ハクとスラはもらえないのでしょうか」
「ガゥッ?〈回せるの?〉」
「ピッ?〈できる?〉」
「魔獣や魔物が回したとは……。そうだね。試してみようか」
「ガゥ!〈やった!〉」
「ピッ!〈よし!〉」

 テオ兄さんは、二匹の期待の目に折れたようだ。
 二匹は喜び、早速スラが箱に飛び乗り回すと、光と共に、オークの肉が十個現れた。
 続いてハクが、前足を使い器用に箱を回すと、俺と同じスキル玉が現れた。

「ガウッ〈ジークベルトと一緒だ〉」

 ハクが喜んでいるそばで、テオ兄さんたちは唖然としている。
 うん、そうなるよね。
 ハクの幸運値は、隠蔽しているけどかなり高いんだ。

「なぁテオ、俺、夢でも見てるのか」
「うん、僕も現実に目を逸らしたくなるけど、これは絶対守秘だよ。ニコライ」
「わぁてるよ。これもチビの魔獣だからでいいんじゃねぇか」
「そうだね。なぜかそれで納得できる僕自身が怖いよ」

 後から聞いた話だが、魔獣や魔物が到達ボーナスを取得したことは、今までないそうだ。
 俺たちと同じく試した人はいたが到達ボーナスは、現れなかった。
 ハクは幸運値の関係でたまたまと考えたとしても、スラにいたっては皆無だ。
 これって生死案内人のサービスかなぁ。もう会うことはないが、心の中で感謝した。
 勢いづいた俺たちは、二回目もスムーズに踏破した。

 二回目の到達ボーナスの結果。

 俺、身体強化のスキル玉
 ハク、身体強化のスキル玉
 スラ、オークの肉が十五個
 テオ兄さん、Aランクのガラス石
 ニコライ、Bランクの盾
 ディア、Bランクの短剣
 エマ、タワシ

 俺とハクは、スキル玉だったが、前回と同じく身体強化のスキル玉だった。
 もしかするとこの迷宮では、身体強化のスキル玉しか出ないのかもしれない。
 ハクが、スラのオークの肉をうらやましそうに見ている。
 そんな顔をせずとも、オークの肉は『収納』に、たくさんあるから、食べたいなら出すよ。
 よしよしと頭をなでる。
 スラは、オークの肉に大興奮だ。数が十五個と増えていたことも拍車をかけ、ピョンピョン飛び跳ねて喜んでいる。
 そりゃー大好物ですもんね。
 そして、エマの引きの悪さにドン引きです。
 シャレではなく、二回目もタワシって。
 この流れは三回目もタワシ確定だな。
 テオ兄さんのAランクのガラス石は、大あたりだと思う。
 地味に欲しい。
 ダンジョン転移事件に巻き込まれるきっかけとなったガラス石。
 フラウからいまだ魔法砂をもらえていないため、ガラス石の作製は止まったままだが、修練は続けている。
 お手製のガラス石を絶対に作製してやるんだ。

「テオ、どうする? ここに来て四日目だ。もう一回挑戦することはできるが、方針を変えてレベル上げを優先するのもありだと思うぞ」
「そうだね、少し考えさせてほしい。スキル玉が取得できている現状であきらめるのもどうかと思うけど、身体強化のスキル玉しか出ない気がしてならない。ほかの迷宮では、スキル玉が一種類だけとの前例はない。けど今回はジークの運値で出ているのであって、本来、初級の迷宮ではありえないことだ。うーん」
「あのテオ兄さん」
「なんだいジーク?」
「実は十二階層に、隠し部屋があります。十三階層の階段と真逆だったので踏破してから相談しようと思いまして、報告が遅くなりました」
「ジークが話すぐらいだから、隠し部屋にはなにかあるのかい?」
「宝箱があるようです」
「おいっ、チビ、お前」
「ニコライ、黙っててくれるかい」
「おうっ」
「ジークは、どう思う。踏破かレベル上げか」
「そうですね。僕もテオ兄さんと同じく、この迷宮は身体強化のスキル玉しか出ない気がします。ですがレベル上げも、この迷宮では期待ができません。僕とハクはこの迷宮に入ってから、一度もレベルアップをしていませんし、ディアたちもレベルが1上がっただけです」
「そうだね。思っていたよりジークたちのレベルが高かったね。うん。やはり踏破しよう。身体強化のスキル玉も使用しよう。ディアーナ様、エマ、ジーク、そしてハクで使用するよ。そして途中で十二階層の隠し部屋に寄ろう」

 テオ兄さんは、大きくうなずき、方針を全員へ伝える。
 俺がなぜ十二階層の隠し部屋を知りえたか、その部屋に宝箱があるのがわかったかを詮索はされなかった。
 ニコライの追及を意図してテオ兄さんは止めている。
 俺の『地図』スキルは、隠す必要がないと判断しているため、隠し部屋を伝えたのだが、逆に気を使わせてしまった。
 反省しないといけない。



「魔物の数が異常だな。くそっ、取り逃がしたか。チビ、援護頼む」
「はい『疾風』。ハク、右側前方にも大量のオークがいるよ。テオ兄さん後方からオーガが迫っています」
「ガゥ!〈任せろ!〉」
「了解。ディアーナ様、援護を頼みます。エマはハクの取り逃がしを頼んだよ」
「「はい」」

 ただ今大混戦中です。
 十二階層の隠し部屋に到着目前で、トラップにかかったのだ。
 魔物の反応が、ほぼなかったこともあって油断していた。
 エマの「うわぁー」という声と共に、ガゴッと、お約束の音がした。
 俺は一部始終を目撃していた。
 エマが転ぶのを回避するため、壁に手をついたら、そこが罠の発動ポイントだった。
 本当にエマは、お約束は外さないよね。
 ガタンッと、音がして足もとが揺れた直後、そのまま床ごと急激に下がっていく。
 重力を感じず、フワッと浮く感覚に「うっ」と声が出てしまう。
 俺は、絶叫系が超苦手です。
 ディアーナたちも「きゃあー」と絶叫している。
 大がかりな仕掛けに、これちゃんと止まるよねと危惧していると、徐々に減速していき、ガダンッと停止した。

「皆、大丈夫かい」
「はい。大丈夫です。エマ、気をたしかにっ」
「ひっ姫しゃまー。ヒックッ、足がガクガクして、うっ、動きませぇん」

 テオ兄さんの声掛けに、ディアが気丈に返事をするが、ディアと抱き合っていたエマは、プチパニックを起こし、立ち上がることができず、その場に座り込む。
 スラはニコライの肩から落ち、床にへばりついたようで、床と平面に伸びていた。
 あれは大丈夫そうだ。
 ハクは床が落ちた瞬間、俺に駆け寄り守ろうとしてくれたが、今まで経験したことがない浮遊感に、すぐ耳を下げて恐怖した。
 その姿に「うっ」と、情けない声を出しながらも、ハクを抱きしめた。
 いまだハクは俺の腕の中でブルブル震えている。
 乗り物酔いしたのかもしれない。
 静かに『癒し』と精神を安定する魔法をかけると、ハクが腕の中から顔を出し「ガゥ〈こわかった〉 」と鳴く。
 よしよしと、ハクの体をなで安心させる。


 ***********************

 ご主人様、いますぐ地図を確認ください。

 ***********************


 ヘルプ機能からの警告を受け、『地図』を慌てて起動する。
『地図』の迷宮階層の表示がおかしい。
 マイナス十階層ってなんだ。

「テオ兄さん、階層表示がおかしいです。マイナス十階層との表示が……。えっ!? 前方から大量のオークの反応あり。数は三十です」
「マイナス十階層? 三十匹!? ニコライ頼む」
「おぅ! 行くぞ、スラ」
「ピッ〈がんばる〉」

 床に伸びていたスラの体が正常な状態に戻り、ニコライの肩に飛び乗る。
 それを確認したニコライが、オークのもとへ向かっていく。
 その間にテオ兄さんは、ディアーナとエマに『聖水』をかけ、精神を安定させている。
 突如、地図の左側にゴブリン三十、右側にスライム五十との表示が出る。
 これはどういうことだ?
 考えている暇はない。

「左側からゴブリンです。数三十。右側からスライムの大群。数五十。スライムは、僕が魔法でやります」
「了解。ディアーナ様、エマ、ゴブリンを狩るよ。ハクは、ニコライに加戦して」
「「はい」」
「ガウ〈わかった〉」

 それぞれが、戦闘態勢に入る。
 俺は『倍速』でスライムの大群に近づき『熱風』で瞬殺する。
 スライムが青から赤に変わり、次々とドロップ品の薬草に代わる。
 薬草にも種類があり、スライムの薬草は、HP回復薬のもとになる。
 回収している先から新たな魔物が出現する。
 光の粒が集まりオーク二十匹となった。
 腰にある黒い剣を抜き、オークの大群に切り込む。
『倍速』で動きを速め、一撃々確実に急所を狙い仕留めていく。
 二十個のオークの肉がそこにはできていた。
 スラが喜ぶなと『収納』に放り込み、テオ兄さんたちの戦闘に加戦するため、もとの場所へ急ぐ。
 この階層はおかしい。
 魔物の出現を目の当たりにしたが、復活するにも周期があるのだ。
 この数は尋常ではないし、俺たちが階層に着いた瞬間から、意図して魔物が出現している。
 言った先から前方に光の集合体を確認すると、ゴブリンが十匹現れる。
 うっとうしい。
 魔力温存のため、黒い剣でゴブリンをなぎ倒す。
 剣スキルを取得してから、剣筋があきらかに異なり、低ランクの魔物なら瞬殺で仕留められる。
 スキルの有無は、雲泥の差であると、実戦が語っている。

「次から次へと、湧いてくる。くっそー。きりがねぇー」
「ピッ〈危ない〉」

 ニコライの隙をオークが狙うが、スラがそれをカバーする。ニコライの集中力が落ちている。
 魔物と戦闘を初めて早一時間、いくら低ランクの魔物であっても、数が増えれば脅威だ。
  ニコライとテオ兄さんの疲労も激しい。ディアーナやエマは、そろそろ限界だ。
 これは地味にやばいぞ。
 打開策を考えなければ、全滅する可能性もある。
 ん? なんだこれ? セーフティポイント? 
 地図上に突如、緑のマークが現れた。
 すかさずヘルプ機能から説明が入る。


 ***********************

 ご主人様、すぐにその場所に移動してください。
 魔物との戦闘をいったん離脱できます。休憩場所です。
 セーフティポイントは、人がいない状態が一定時間続くと消えます。
 
 ***********************


 おぉー。ここで天の助け。
 消える前に移動だ。


「みんな、僕についてきて、魔物との戦闘をいったん離脱できる場所が現れました。早くしないとその場所が消えます」
「ジーク先行して、僕がうしろの魔物を引きつけるよ」

「はい」と、テオ兄さんに返事をして、戦闘中のハクを呼び、ディアーナたちの護衛を頼みつつ、セーフティポイントへ急ぐ。
 前方にも魔物の大群がいるが、黒い剣を振り回しなぎ倒す。ドロップ品は回収不要だ。
 ハクも襲ってくる魔物を前足で切り裂いている。ハクには念話で、魔法を温存するようにと伝えてある。
 この先なにがあるかわからないからね。
 地面から緑色の光を発光している場所が見えてくる。
 あれがセーフティポイント。
 なんとか消える前に到着できたと、安堵のため息をつきながら、緑の光に突っ込む。
 ディアーナたちもためらうことなく、俺の後に続く。



 その中は洞窟とは思えない景色が広がっていた。
 いわゆるオアシスだ。
 この場所は、異空間かもしれない。
 ディアーナたちは、不安なようで戦闘態勢を崩してはいない。
「ご苦労さま」と、ハクの頭をなでると「ガウッ?〈もう大丈夫なの?〉 」と、上目遣いで俺を見る。「もう大丈夫だよ」と微笑みながら、ディアーナたちに安全であることを説明する。
 そうこうするうちに、ニコライとスラ、テオ兄さんも無事にセーフティポイントへ入ってきた。
 すると、スラがすごい勢いで俺に飛び乗り、肩の上から抗議している。

「ピッ〈肉、すてた〉 」
「いやこの場合は、しかたないよ」
「ガゥ〈スラ、しかたない〉 」
「ピピッ〈主、肉すてずにできる〉」
「評価はありがたいけど、セーフティポイントがいつ消えるかわからなかったしね。それにほら大量にあるよ」
「ピッ!〈肉!〉」
「ハクも食べて、体力回復してね」
「ガウ!〈食べる!〉」

 スラは、オークの肉を回収せずに来たことを怒っていたようだが、オークの肉を出すとあっさりと引いた。
 スラは、どこまでいってもスラだ。
 ハクとスラが、オークの生肉を食べているうちに、テオ兄さんたちに近づく。
 まずは状況確認と今後をどうするかの話し合いと休憩が必要だ。

「テオ兄さん、ニコライ様、後方の処理ありがとうございました」
「ジーク、ここは安全なんだね。いつまでこの状態でいられるのかな」
「はい。魔物は入れない場所のようです。出るのも僕たち自身のタイミングで決められます」

 セーフティポイントは、迷宮内の魔物が介入することのできない場所であり、中に入ってしまえば安全が確保され、出るタイミングは自分で選べる。ただし、誰かひとりでも外に出れば、セーフティポイントは消失する。
 俺の説明に「そうか」と、テオ兄さんが大きく頷き、その場に座り込む。
 相当疲れているようだ。
 ニコライも剣を鞘に納め、ドサッと座り「ここ洞窟内だよなぁ」と、ぼやいている。
 テオ兄さんが「あぁそうだ」と、腰にある魔法袋を俺に差し出した。
 不思議そうに魔法袋を見つめる俺に「ドロップ品、回収しておいたよ」との補足が入った。
 さすがテオ兄さん、俺たちが回収しなかったドロップ品を拾ってくれたようだ。
 疲労を回復するため、ここでいったん休憩と軽い食事をすることにした。
 エマは疲労困憊のため、今回は俺が率先して食事の用意をする。
 さて何を食べようかな。『収納』には、料理人お手製の数々の品が入っている。
 テーブルの上にテーブルクロスを敷き、カツサンドとフルーツサンドを並べ、サイドにポテトフライとコールスロー、飲み物はフレシュジュースだ。

「うわぁー。美味しそうです。これ全部、ジークベルト様発案の品ですよね」
「そうだね」

 疲労困憊のはずのエマが、料理を前に目を輝かせ、はしゃいでいる。
 ずいぶん元気がいい。
 さきほどまで「もう動けません」と、弱音を吐いていた人物だとは思えないほどだ。
 料理オタク魂だね。
 レシピを教える約束をして、エマに全員を呼びに行ってもらう。


「チビが考える料理は、外れがなく上手いよな」
「ニコライ様、そうですよね! ジークベルト様のレシピは、今まで思いつかない料理方法や組合せですが、その味は抜群です。あぁー私も新しいレシピで料理が作れるんです。アーベル家にお勤めできて幸せです」
「エマ、そう興奮してはだめよ。ニコライ様もすみません」
「いや、いいんだけどよぉ。エマはチビの婚約者じゃねぇのか」
「滅相もございません。私では身分が違いすぎます。それに五歳も年上ですし」
「チビは、その変は気にしないだろう」
「はい。ジークベルト様は、いまは婚約者は増やさないとのことです。ですので、いまは婚約者候補ですわ」

 ニコライまた微妙な話を持ち出すな。
 エマが委縮しているだろ。
 ディアーナはなぜか複数の婚約者を望んでいるんだよね。
 婚約者の立場からすれば、複数って嫌じゃないのかな。
 乙女心はよくわからない。
 話を振られないように、俺はそーっと、テーブルを抜け、スラとハクのそばに近寄る。
 スラはカツサンドがお気に召したようで、その小さな身体を伸ばし、カツサンドを三個、一気に包み込んでいる。
 食べ物は逃げないので、お行儀の悪い食べ方をしないようにと注意する。
 躾は大事だ。
 ハクは食べ終わったお皿をジッーと見つめている。
 その様子に微笑みながら、成長期に遠慮するのはダメだよと伝え、足りなければ、おかわりを要望するようにと、フルーツサンドとカツサンドをお皿に追加する。
 最近のハクは、食欲が旺盛で、一般男性の三倍は食べるようになった。
 この様子だと、それでもまだ足りないのかもしれない。

「マイナス十階層、ニコライどう思う?」
「テオが考えている通りだろ。突発的に魔物が現れたり、魔物の数からして、裏迷宮に間違いないだろう。噂では聞いたことがあるが、まさか初心者の迷宮にこれがあるとは思ってもみなかったぜ」

「裏迷宮?」と、テオ兄さんたちの会話に俺は割り込む。

「裏迷宮、冒険者の中ではわりと有名な話なんだ。迷宮には数々のトラップがあるがそのひとつが裏迷宮につながっているとのことだった。ただ裏迷宮を語る冒険者が少なくその存在自体、信憑性を問われていた」
「そうなんですね。もしかすると裏迷宮から脱出できない冒険者が多いのかもしれません」
「そうだね。おそらく裏迷宮を踏破した者は少ない。この一時間で倒した魔物の数は、数百を超えている。低ランクの魔物だからなんとか持ちこたえたけど、ここが初心者の迷宮でなかったら、全滅の可能性もあったね。さて、どうしたものか」
「どうするもなにも、裏迷宮を踏破するしかねぇだろ」
「それはわかっているんだよ、ニコライ。ただここはマイナス十階層だろ。このような戦闘を最低十回は行うってことだよ。油断すれば全滅もある。ここは念入りに計画を立てないと、ジーク、この休憩場所は各階にあるのかい?」
「えっ? ちょっと待ってください。調べます」


 ***********************

 あります。
 ただし、セーフティポイントが出現する場所、時間などは、ランダムです。

 ***********************


 各階層に、セーフティポイントはあるようだ。
 安心する。
 ただ今回は近くにたまたま出現しただけで、毎回タイミング良くとはいかないだろう。

「あるようですが、セーフティポイント、この場所ですね。出現はランダムのようです。今回はたまたま運がよく近場に出現したようです」
「これはまた厄介な感じだね。出現場所や時間さえ見当がつけば、そこから踏破までの計画を立てようと考えていたんだが……」
「なぁ、チビ、テオ、俺が聞いた話だが、裏迷宮は一階層しかないってことだぞ。そもそもマイナスの階層表示自体おかしくないか」
「その話は本当かい。そうなると、マイナス十階層とは、どういうことなんだ。ジーク、マイナス十階層で間違いはないんだね」
「はい。マイナス十階層です」

 俺の答えにテオ兄さんが腕を組んで考え込んでいる。
 ヘルプ機能どういうことだ。


 ***********************

 確認しました。
 地図表示は間違いありません。
 おそらく降下中に裏迷宮のマイナス十階層へ転移したものと思われます。
 迷宮一つに対して裏迷宮の階層が一つとなります。そのため、各階に繋がる階段が存在しません。

 ***********************


 ってことは、この階層を脱出すればいいってことだよね。
 それなら無事に脱出できそうだ。
 しかし、このマイナス表示は、わかりにくい。


 ***********************

 ご主人様の『地図』スキルは、スキルポイントで『索敵』と合成したものですので、一般的な『地図』スキルとは若干異なります。
 特別仕様で、本来の表記が表示されています。
 通常は階層表示がありません。

 ***********************


 うわぁー。俺、余計な情報を外に出してしまった。
 階層表示がないってことは、誰かが意図して隠しているんだろ。
 関わりたくない。だけど、テオ兄さんたちには、事実を告げないと納得してもらえない。
 あぁーー。詰んだ。これは詰んだぞ。

「テオ兄さん、ニコライ様の話は本当のようです。今調査したところ、ここは裏迷宮のマイナス十階層で間違いはありませんが、各階ごとに、異なる迷宮とつながっているようです。アン・フェンガーの迷宮の裏迷宮は、マイナス十階層です。現にこの階層には、階段がありません」
「その話が本当なら、すごい発見だよ。裏迷宮は誰かが意図してつくった可能性があるね。魔物を出現させるには、召喚魔法が必要だし、この規模を人工的につくったのであれば、これはすごいよ」

 やはりテオ兄さんは、その可能性に気づいた。
 階層表示を隠していることは伝えていないのにだ。
 この情報提示で、俺の責任は果たしたよね。あとはご自由に調査してください。
 俺を巻き込まないでと、心の中で祈った。



 話し合いの結果、今日の戦闘はここまでにして、セーフティポイントで一夜を過ごすことにした。
 英気を養い、明日裏迷宮から脱出する。
 次の階層に繋がる階段がないため、階層スポットがこの裏迷宮の脱出路であるだろうと予想させた。
 ヘルプ機能もその予想に文句はないようだ。
 幸いなことに、この場所から階層スポットまでの距離は短い。
 魔物討伐しながら、正しい方向へ移動していたようだ。
 最初の着地点からは、だいぶ離れている。
 討伐した魔物数は数百を超え、俺もハクもレベルが上がった。もちろんディアたちも上がっている。
 計算上、脱出するまでに俺のレベルは、Lv18になると思われる。
 ハクは聖獣のため、人より倍の経験値が必要なため、おそらくLv13で終了だ。
 ディアーナとエマも戦闘数にもよるが、Lv13なるかどうかギリギリのところだ。
 スラは特種体のためか、経験値が人の三分の二であり、非常にレベルが上がりやすいことが判明した。 すでにLv8だ。脱出までには、Lv10になっているかもしれない。
 思わぬハプニングだったが、当初の目的のレベル上げができたと、にんまりしていると『バシャーン』と、水の音が聞こえた。
 慌てて目を向けると、ハクの背中に乗っていたはずのスラが湖に浮いていた。
 ハクは湖の際で、スラの行動に唖然としている。状況からスラが自ら飛び込んだと確信しつつ、戸惑っているハクの頭をなでながら、湖に浮くスラに声をかけた。

「スラ、どうしたの?」
「ピッ!〈ちからわく!〉」
「えっ? 力?」
「ガゥ?〈ちから?〉」
「ピッ〈のむ〉」
「湖の水を飲めってこと?」
「ピッ〈そうだ〉」

 スラはその水色の体をプルンと揺らし肯定する。
 ん? どういうことだ。
 湖の水を手ですくい、口をつけるが、味も匂いも特に変わったことはない。
 おいしい水だ。
 ハクも湖に顔を近づけ水を飲むが、首をかしげる。
 俺と同じ感想のようだ。
 不思議に思い、湖の水を『鑑定』したところ、驚くべき結果が出た。


 ***********************
 魔力の湖
 効果:MP値が1-10増加する。
 説明:魔力を含んだ湖。この湖の魔力水を飲むと初回のみ魔力が増加する。
 ***********************

 わぁーお。すごいの見つけたよ。
 全員のステータスを確認すると、MP値が10上がっていた。
 一回だけであっても魔力値を増加できるアイテムなんて『ステータス玉』以外、俺は知らない。
 これ大発見なんじゃ。


「スラ、お手柄だよ。この水は初めて飲む時にだけMP値が上がるんだ。現にぼくとハク、スラ、全員のMP値が10上がっているよ。大発見だよ」
「ピッ!〈肉!〉 」
「ぶれないね。わかったよ。休憩にしよう。湖からあがっておいで」

 ぶれないスラに、苦笑いして、塩胡椒で焼いたオークの肉を『収納』から出す。
 スラにも味覚はあるようで、生よりも焼いたオークの肉を好むため、野営時に大量に用意したのだ。
「ピッ!ピッ!ピッ!〈肉、肉、肉!〉 」と、歓喜しながら湖から上がってくるスラに、また少し大きくなったかもと思う。
 出会った頃は、五センチほどの大きさだったが、現在は一五センチほどに成長している。
 どこまで大きくなるのか楽しみだ。
 ハクの前にもオークの肉を置くと「ガゥ?〈いいの?〉」と問われた。
 スラのお手柄のご褒美であると察したため、気にしたようだ。

「これはご褒美じゃないよ。休憩のおやつだから遠慮する必要ないよ」

 そうハクに伝えるが、イマイチ説得力がないようだ。
 オークの肉を体内に吸収しているスラが、それに気づき俺に念話で話しかけてきた。
 念話の使い方が上手い。
 スラにハクが躊躇している理由を述べると、食べ終わったスラがハクの前足を叩き促す。

「ピッピー〈せなかかりた。だからいっしょ〉」
「ガゥー〈ありがとう〉」

 ハクが感謝を述べると、オークの肉にかぶりついた。
 なにこの友情と、感動する間もなく、スラからおかわりの要請が入る。
 スラはスラだね。

 現在、俺とハク、スラは、セーフティポイント内のオアシスを探検している。
 時間が空いたのと、新しく魔契約したスラとの交流を深めることを目的に、あと意外に大きかったオアシスが、冒険心を芽生えさせたのも大きい。
 まぁ単なる暇潰しである。
 それにしても、このオアシスは宝の山かもしれない。湖の水が『魔力水』なら、湖畔にあるこのキラキラした砂はどうなのだろうと鑑定したところ、大あたりだった。


 ***********************
 魔法砂S+
 説明:セーフティポイント製の魔力を含んだ砂。
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 自力で魔法砂S+を獲得しました。
 これでガラス石ができる。
 これ大量に確保しよう。
『収納』から空の容器と袋を出し、砂と水を中に入れる。
 ハクとスラは、おやつタイム中なので、その間に集めるだけ集めてしまおう。
 俺がせっせと作業をしていると、食べ終えた二匹が、不思議そうに砂を詰める俺を見ていた。

「ちょと待ってて、もう2袋で、砂は完了するから。あとは水を容器に入れるだけだから」
「ガゥ!〈手伝う!〉」
「気持ちは有難いけど、容器の中に水を入れるんだよ」
「ガゥ〈大丈夫〉」

 ハクはそう言うと、容器の蓋を器用に口ではずし、容器をくわえ、次々と背中へ投げる。
 その背中には薄く伸びたスラがおり、その容器をキャッチしている。
 十本あった容器をすべて背中にのせたハクは、はずした蓋をくわえ、湖に歩いていく。
 俺は砂を詰める手を止め、ハクたちの行動を見守る。
 どのようにして水を入れるか興味が湧いたのだ。
 湖の際で足を止めたハクは、スラになにか指示をする。すると容器が湖に次々と投げ込まれ、最後にスラが背中から飛び込んだ。湖に浮かぶ容器の上にスラが乗り、容器を沈め水を入れる。容器が沈みきると陸にいるハクに渡し、ハクは口で容器を受け取り、蓋をする。
 おぉー。素晴らしい連携だ。
 思わず拍手をして、ふたりの連携を褒める。
 俺もがんばろうと、残り二袋の砂詰めに集中する。
 結果、魔法砂が十袋(計50kg)、魔力水が十本(計20L)獲得できた。
 味を占めた俺は、ハクたちとオアシス内を歩き回り、くまなく鑑定した結果、これらを発見する。


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 魔草S+
 説明:セーフティポイント製の魔力を含んだ草。
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 魔木S+
 説明:セーフティポイント製の魔力を含んだ木。
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 魔草はMP値回復薬のもとであり、魔木は魔道具の作製する。
 魔草が五十、魔木五本を獲得した。
 今回獲得したものは、すべて強い魔力を帯びている。この空間が強い魔力でできている証拠である。
 これも誰かがつくったのかといらぬ考えが頭をよぎる。
 軽く身震いするも、頭を振り、平静を装った。



 緑の光の前で各々装備の最終確認をする。今から裏迷宮を脱出する。
 昨日の収穫と報告に、テオ兄さんたちは半信半疑だったが、『魔力水』を飲んで自分のMP値が上がっていることに驚愕していた。

「チビ、すげー発見だぞ」
「たしかに大発見だけど、一回のみしかMP値が上がらないとなれば、裏迷宮のセーフティポイントのハイリスクを考えるとなんとも言えないね。魔法砂、魔草、魔木は魅力的ではあるけどね」

 興奮するニコライをよそにテオ兄さんが冷静に分析していた。
『魔力水』を飲んだMP値の上昇数は、テオ兄さん9、ニコライは5、ディアは7、エマは1だった。
 エマは、本当に期待をはずさないよね。

「皆、用意はいいかい? これから一気に階層スポットを目指すよ。前衛は、ジークとハク。中衛は、僕とディアーナ様とエマ。後衛は、ニコライとスラに任せる。それとジーク、各々の戦闘中に新たな魔物が出現したら『報告』を頼むよ」
「はい。魔物の種類と数をお伝えします」
「戦闘指示は僕が出す。ただし混戦中に魔物が出現した場合は、各自の判断に任せる。昨日より戦闘時間が長くなるため、ステータス確認は怠らないように。一瞬の判断ミスが命の危機となるからね」

 全員がうなずき合う。そしてテオ兄さんの合図で、俺とハクは、緑の光の外に出た。
 一瞬にしてセーフティポイントは消滅し、暗い洞窟内に戻る。
 不思議な光景を目の当たりにして、全員の足が止まるが、空気を読まない裏迷宮は、前方と後方にオーク十匹を出現させたので、全員が戦闘態勢に入る。
 これから人生最大の戦闘が始まるのだと思うと、俺は、不謹慎にもこの状況を楽しんでいた。
 追い込まれれば、追い込まれるほど楽しいと感じてしまう思考に苦笑いして、どのように攻略するかと考えるだけで気持ちが高揚する。
 俺たちは前に進むため、出現したオークを仕留めに入った。

「後方からオーク二十匹出現。ニコライ様は今別のオーク十匹と戦闘中です。応援を頼みます。ハク前方左側から、ゴブリン五十匹の出現だよ。魔法は温存で行こう。ここで待機してゴブリンを仕留めよう」
「ガウ!〈わかった!〉」
「なっ!? すぐ前方からオーガ三十匹が出現するよ。ゴブリンが合流するまでに仕留めるよハク!」
「ガウ!〈任せろ!〉」

 階層スポットが近づくにつれ、魔物の出現率が高く数も増えた。
 これは思っていたより骨が折れる。しかも、後方からの魔物の襲撃で、ニコライとスラが、隊列から遅れをとっていた。そこにテオ兄さんたちが加勢している状況だ。
 オーガの心臓を突き刺し、いったん合流するべきだと考える。もし両断されれば面倒なことになる。
 現に俺たちとテオ兄さんたちの間は、五〇メートルほど空いている。
 ここに魔物が出現すれば厄介だ。
 オーガ三十匹がドロップ品に変わる頃、左側からゴブリンが登場した。
 相変わらずの異臭に、ハクも耳を下げる。
 ハクがさっさと倒そうと目で訴えているが、俺は頭を横に振る。
 これ以上、テオ兄さんたちとの距離を広げるわけにはいかない。
 だがゴブリンは、俺たちに戦闘を仕掛けるわけもなく、その場を動かなくなった。
 これはあきらかに誘導されている。
 ここで動けば中間点に魔物が出現すると直感し、警報を鳴らしていた。
 くそーっ、このにおいは判断を鈍らせる。
 ハクに目で合図を送り、もったいないが、ゴブリン相手に魔法を使うことにした。
『灯火』『氷刃』とそれぞれ魔法を放つ。
 俺は火の矢、ハクは氷の矢だ。
「ギャッ」との複数の声が聞こえると、ゴブリンたちは後ずさる。
 ここで逃げの選択かと様子を見ていると、その中から『疾風』が俺たちに向かって放たれた。
 ビュービューと、俺たちの横を過ぎ去る。
『守り』を展開していたため、無傷だったが油断した。
 異臭と大量のゴブリンで、ゴブリンメイジが三匹出現していたことに気づかなかったのだ。
 ゴブリンメイジは、風の魔法使いのようで、全身にローブを羽織っていた。
 初対面の魔物に興奮するが、知能はあまり高くないようだ。何度も『疾風』を俺たちに向けて放っている。
 魔力値の高い俺が展開した『守り』がそう簡単に破られるはずはないが、ゴブリンメイジたちは、なぜ魔法が効かないのか、考えに至らないようだ。
 これは戦闘前にMP値が尽きるのではと思った通り、『疾風』がピタッと止まる。
 それと同時に痺れを切らしたハクが、ゴブリンの団体へ突っ込み、あっけなく殲滅した。

「ガウゥー〈ごめんなさい〉」

 我慢ができず前に出たことを気にしているようだが、ポンッと頭をなで「助かったよ」と笑う。
 ここでテオ兄さんたちと合流すると伝えると、ハクが俺の腰にある魔法袋をくわえる。
 待機中に、前方のドロップ品を集めてきてくれるようだ。
 ハクは本当にできた聖獣だ。尻尾をユラユラ揺らしながら前方へ歩いていく。
 その間に『地図』で、魔物の数を把握する。
 新たな魔物の出現はない。
 おやっと思う。
 今まで間髪入れず魔物が出現していたが、それが止まっていたからだ。
 これはなにかの前触れか。
 階層スポットとの距離は残り三〇〇メートル、ゴブリンが出現した左側の通路にあるのだ。
 俺の勘では、ここからが本番だと感じる。

「ジーク、魔物の出現が止まったね」
「テオ兄さん、はい。止まりました」
「不気味だね。階層スポットはこの先かな」
「正面、左側の通路の先にありますが、距離にして三〇〇メートル。おそらくここからが本番です」
「だろうね。初級者の裏迷宮でよかったよ。ランクが低い魔物だけど数は暴力だね。これは裏迷宮を脱出できない冒険者が多々いるだろうね」

 テオ兄さんは肩をすくめるが、その顔には疲労が出ている。
 ディアーナたちをフォローしながら魔物を倒しているのだ。その疲労に感謝する。
 ディアーナとエマは、全身を縦に揺らしながら呼吸を整えている。
 言葉を交わす余裕もないようだ。
 戦闘に入って二時間、よくがんばっていると思う。
 そこに魔法袋をくわえたハクが戻ってきた。
 ハクから魔法袋を受け取り、前方の様子を確認する。
 ハクの話では、魔物の気配はなく、左側の通路の先に階層スポットが見えたとのことだった。
『地図』内でも、通路の途中に階層スポットが表示されているので齟齬はない。
 疲労困憊のディアーナたちを先に脱出させるべきだ。
『倍速』で進めばほぼ戦闘せずに済むのではないか。出現する魔物の数にもよるが、と考えている最中にニコライとスラが合流する。
 全員が揃うと同時に、前方にオーク八十匹、後方にオーガ五十匹出現する。さらに前方の左側通路でスライム百五十匹、ゴブリン五十匹、オーガ五十匹が出現していた。
 まだまだ増えるだろう。裏迷宮を脱出させたくない意図が読み取れる。
 増える前に突破だ!

「テオ兄さん、魔法で一気に殲滅します。後方のオーガとは距離がありますので、先を急ぎましょう」
「了解。頼んだよ」
「行きますよ。『疾風』」

 魔力制御で『疾風』の威力を上げ、オークを瞬殺する。すかさずハクたちに指示する。

「ハク、左側を先行して。魔法は解禁だよ。ディア、エマ『倍速』をかけるから、俺から離れず一緒に動くよ。階層スポットを目指すんだ」
「「はい」」
「ガウ〈わかった〉」

 俺の指示に、考えを読み取ったテオ兄さん、ニコライもそれに続く。
 スラが「ピッ!〈肉!〉」と叫んでいるが無視だ。
 ハクが先行し、ゴブリンとオーガに『氷刃』を連射し、スライムを『氷結』で凍らしている。すぐ目の前でオーク二十匹が出現するが、ニコライとテオ兄さんが剣を構え、瞬殺する。
 残り二〇〇メートル、オーク二百体が出現する。
 今までで一番の数だが『狂風』で俺が約半分を瞬殺する。
 仕留め損ねたオークはテオ兄さんたちに任せ、ハクを前衛に『倍速』で階層スポットの距離を詰める。
 再びオーク百匹、ゴブリン五十匹が出現する。
 同じパターンの出現に若干イラッとするが『狂風』で一掃し「ディア、エマ、先に脱出して」と指示する。
 ふたりはうなずき階層スポットを目指すが、その直前でゴブリンキングが出現する。
 ゴブリンキングは、ふたりに攻撃を仕掛けようとするが、間にハクと俺が入り、その攻撃を受け止める。
 ゴブリンギングの攻撃を抑えつつ「そのまま走って」と伝えるが、動く気配がない。
 ふたりとも足が震えていた。
 突然現れたCランクの魔物に恐怖し、気が動転しているのだ。

「ハク、ここ任せていい?」
「ガゥ!〈大丈夫!〉」

 力強い返事に、戦闘を離脱し、ふたりに駆け寄り、『聖水』を施す。
 足の震えが止まったことを確認し、ふたりの手を引っ張り階層スポットまで走る。
 すぐに心のケアをするべきだが、ここでの優先事項は脱出だ。
「ごめん」と言って、つないでいる手に力を込めると、ふたりとも握り返してきた。
 ハッとしてディアーナ、エマの顔を覗くと微笑んでいた。グッと熱いものがこみ上げてくる。
 あぁー。これは参った。俺の婚約者たち最高だ。
 階層スポットの前で、ふたりに『守り』を展開する。脱出先はおそらく魔物はいないはずだが、慎重を期すのは当然だ。

「では先でお待ちしております。ジークベルト様ご武運を」
「姫様は私が守りますので、ご安心ください」

 ふたりは階層スポットに手をかざすと、体が光り、その場から消えた。
 ふたりの脱出を後方のテオ兄さんたちに『報告』する。

 さてここからが本番です。
 魔物数は、この数分で大増加し、オーガ八十匹、オーク二百二十匹、ゴブリン百三十匹、スライム七十匹、ゴブリンメイジ五匹、ゴブリンキング一匹、オークキング一匹となっている。
 先ほどハクに任せたゴブリンキングは、すでに息絶えドロップ品に変わっているが、新たにゴブリンキングとオークキングが現れて戦闘中である。
 Eランク以下の魔物しか出現しなかったが、ここにきてCランク、中ランクの魔物の出現に気が引き締まる。ただ中ランクの魔物を複数出現させるのは無理なようだ。
 これも迷宮のランクによるのかもしれない。
 黒い剣を片手に『熱火』と唱え、火の魔法剣でオーガ三十匹を相手する。
 オーガ数匹に剣を振り、火が舞う。
 オーガたちが驚いている隙に一番奥のオーガの胸もとに近づき心臓を突き刺した。ドロップ品となり、剣が宙に浮いた瞬間、剣を四方に振りそばにいたオーガを切りつけ、剣圧から出た火が近くにいたスライムに引火する。
 やべぇー。スライムに引火した。
 ドロップ品の薬草を焼いてしまう。
 慌てて鎮火しようとするが、怒り狂ったオーガが道を塞ぐ。
 邪魔だ。
 伯爵に習った剣技で、縦横と次々とオーガを切りつけるが、未熟な俺の剣は致命傷とまではいかず、傷が浅い。
 ただ火の魔法剣での攻撃のため、傷口から火が燃え、徐々に全身を焼き、オーガたちは苦しみながらドロップ品に変わっていく。あれ、俺かなり残酷な攻撃をしていると気づいた。
 後で判明した内容だが『熱火』ではなく『灯火』などの低魔法を使用していれば、全身を焼くような結果にはならなかったとのことだ。
 結局、オーガ三十匹とスライム二十匹のドロップ品は、スライムに引火した影響でほぼ焼いてしまった。痛恨のミスである。
 気を取り戻して、次の獲物に移るが近くにいたのは、ゴブリンの団体だった。
 ゴブリン七十匹とゴブリンメイジ二匹がいるが、異臭を放っているゴブリンの団体へ突入する勇気は俺にはなかった。数匹ならまだしも、十数匹で威力が数十倍となったあのにおいは我慢できないのだ。
『熱火』を直接ゴブリンの団体に向けて放つ。
 オーガのように苦しむことなくドロップ品に変わるだろうと思っていたが、ゴブリンメイジが『守り』を展開していたため、威力が弱った『熱火』を受けることになる。
 オーガと同じく苦しみながらドロップ品に変わっていった。
 地獄絵図のようだった。
 今回のゴブリンメイジは少し知能が高かったようだが、それがあだとなった。
 俺が放った攻撃だけどね。
 なぜ風魔法ではなく火魔法を選んだのか。風魔法だと臭いが拡散されるからだ。
 異臭の元は消えるが、臭いはすぐには消えないからね。
 ちなみにゴブリンのドロップ品は、ゴブリンの石と剣である。ほぼゴブリンの石のため、火で焼けることはない。
 ゴブリンの石は、数を集め、錬金することで、無属性の石となるのだ。
 所持することで、無属性の魔法の威力が少し上がるアイテムとなる。

 魔物数も減ってきた。
 オーガ三十五匹、オーク百八十匹、ゴブリン四十匹、スライム四十七匹、ゴブリンメイジ二匹、オークキング一匹体だ。
 これ以上の増加はないようだ。

 ゴブリンキングは、オークキングの相手もしつつ、ハクが単独で仕留めたようだ。
 今はオークキングと戦闘中だが魔法は使用せず、裏迷宮で取得した戦闘スキルの爪スキルの攻撃力を試している。
 とても楽しそうである。
 ハクの野生の本能が開花しつつあるかも。
 モフモフでかわいければ、問題なしだ。

 テオ兄さんは、オーク五十匹の中心にいて、華麗に舞っている。
 この表現が一番わかりやすい。
 オークの喉もとに短剣を次から次へ刺しているが、テオ兄さんの周囲を白い風が囲んでおり、オークからの攻撃を止めている。
 見たことがない魔法に興奮するが、あれはテオ兄さんのオリジナル魔法かもしれない。
 今度、教えてもらおう。

 ニコライは、氷の魔法剣でオーガを相手にしていた。
 俺とは違いすべて一撃で仕留めている。
 その剣技は、遠目からでも威力があり、ひと振りで致命傷となっている。
 パワー系の剣士の実力だ。
 残りのオーガと、近場のゴブリン十五匹はニコライに任せよう。
 あれ? そういえばスラがいない。
 ニコライの肩にいたはずのスラの姿が見あたらない。
 まさかと最悪の事態が頭をよぎるが、ないなと結論づける。大方、オークの肉を確保するため、オークに単独で挑んでいたりしてと予想していると、俺の近くにいたオーク一匹が、オークの肉に変わった。
 案の定、オークの足もとに水色の個体を確認した。
「ピッ!〈肉!〉」との幻聴が聞こえる。
 俺の周りにいたオークたちが、いっせいにスラに注目する。
「ピッ〈ばれた 〉」と、スラがスライムの中に溶け込もうとするが、時すでに遅し、オークたちがスラの前に立ちはだかる。
「ピッー〈どけー〉」と叫んでいるが、無理だろう。

 助けるかと動こうとした瞬間、数十本の針が、オークたちに突き刺さる。
 オークたちはその針を忌々しそうに抜き、スラに攻撃する仕草をするが、ピタッと動きが止まった。
 そして「グゥッ〈くるしい〉」と一匹のオークが苦しみだすと、次々とドロップ品に変わっていく。
 これは、麻痺と毒だ。針の中に麻痺と毒を仕込んだのだ。
 そういえば、セーフティポイント内で、麻痺草と毒草をスラにせがまれて、何束か渡したのを思い出す。
 力ではかなわないので、頭脳プレイで倒すスラの強さに感心するが、「ピッー〈肉じゃないー〉」と、泣き叫ぶ声が聞こえた。
 そうだよ、スラ。
 オークのドロップ品は、肉だけではないんだよ。
 そこには複数のオークの角が残っていた。

 そして裏迷宮での戦闘は思ったよりも早く終結したのだった。