アン・フェンガーの迷宮は、全階層洞窟の迷宮である。また小規模のため、比較的、踏破に時間はかからない。
 トップ冒険者であれば、一日足らずで踏破が可能である。
 俺、ニコライ、テオ兄さん、三人が戦闘に加わったパーティーは、とどまることなく、一気に十二階層までたどり着いた。


「いったんここで休憩だね」
「ピッ!〈肉!〉」

 ニコライの肩からスラが飛び降りると、すぐエマにオークの肉を要望する。
 そのスラをヒョイッとつまみ「お前、話がある」と、ニコライが連れ出した。
「ピーッ〈はなせー〉」と叫んでいるが、スラの自業自得だと思う。
 スラは、この十二階層までに、Lv4となっている。
 この短時間に、瞬殺だと脅されていたベビースライムが、格上の魔物を仕留めているのだ。
 それには理由がある。
 ニコライが、魔法剣で無双中に、仕留め損ねた魔物を次から次へ横からかっさらう暴挙に出たのだ。
 なんとも狡賢い作戦である。
 ニコライが、無言で飼い主である俺に訴えていたが、見て見ぬふりをした。
 セラのためだ。スラのレベル上げは必須なのだ。

「あの子は、なかなかの逸材だね。ジークと魔契約をしただけはあるよ」
「テオ兄さん、スラの前では褒め言葉は禁止ですよ。調子に乗りますからね」
「わかっているよ。敵視していたニコライの肩に乗った時は、驚いたけど、まさか横取りするためだったなんて、想像つくかい」
「僕も、びっくりしました」
「しかも、一発で仕留められるほど弱った魔物しか狙っていない。自分の力量を把握できているね。それにしてもあの攻撃、種族特有のものかい」
「分離した攻撃ですよね。あれはスラの固有スキルのようです」
「通常のスライムでも分離できるのだろうか。これはヴィリー叔父さんに報告して……」

 テオ兄さんは、ブツブツと独り言をつぶやきながら、顎の下に手を置き、考え始めた。
 こうなると、外部からなにを言っても無駄だ。
 考えがまとまるまでは放置だね。
 スラの攻撃は特殊で、体から針の形をした物を作り出し、それを敵の急所に向け発射する。
 攻撃をした後は、若干体が小さくなっている。まさに身を削って攻撃をしているのだ。
 スラは固有スキルの『分離』と『擬態』をうまく使っている。


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 スラ オス 0才
 種族:ベビースライム特種体
 Lv:4
 HP:40/40
 MP:40/40
 魔力:40
 攻撃:40
 防御:40
 俊敏:40
 運:25
 魔属性:闇・無

 固有スキル:分離Lv-・吸収Lv-・擬態Lv1

 魔契約:ジークベルト・フォン・アーベル
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 固有スキルの分離は、体を分離することはもちろん、体内に吸収したものを分離する能力もある。
 例えば毒薬を吸収すれば、毒だけを分離して切り離すこともできるのだ。
 擬態は文字通り、ほかのものの姿に似せることができる。
 ただレベルが低いので精密なものはできない。
 今は針の形をしたもので精いっぱいのようだ。
 吸収は、あらゆるものを吸収できる能力だ。
 魔力を吸収しても、分離で分散できるのだ。
 ただしこのスキルも、魔力に準ずる。魔力が高ければ安定した吸収が可能になるというわけだ。
 武道大会で留守番となるセラの強力なサポートになるのだ。

「ピー〈たすけてー〉」
「うわぁ」

 スラが叫びながら俺に飛び乗り、肩までよじ登ると、首筋にピタッと張りつく。
 そこへ息を荒らげたニコライが走ってくる。

「はぁはぁ……っ、チビ、そいつを渡せ。そいつの根性叩きなおしてやる」
「ニコライ様、落ち着いてください。スラのレベル上げは、セラのためにもなります」
「セラのためだと」
「そうです。今回のやり方は、僕もどうかと思いますので、ちゃんと言い聞かせます。ただスラのレベル上げは必要です」
「ピッ〈そうだぞ〉」
「スラ、少し黙っていようか」
「ピッ〈わかった〉」
「レベルが上がれば、スラの固有スキルも安定します。武道大会中の懸念事項も解消されます。手伝ってくれるよね、スラ」
「ピッ!〈もちろん!〉」

 俺の肩の上で、飛び跳ねるスラをとらえながら、ニコライが苦虫を噛みつぶしたような顔をした。

「ちッ、今回だけだからな」
「ありがとうございます。そのぉー。甘えて申し訳ないんですが、スラはまだ低レベルです。できれば、戦闘中はスラを肩にのせてください。仕損じた魔物をスラに与えてあげてください」
「……っ。今回だけだからな」

 ニコライは、一瞬言葉を飲み込むと不承不承ながら頷く。
 俺はニコライに頭を下げた。

「ありがとうございます」

 了承してくれてよかった。
 これでスラのレベルはある程度上がるだろう。
 すごく怒ると思うが、ニコライとスラは、いいコンビだと思う。
 俺も言えた義理ではないが、ニコライの魔法剣はまだまだ隙がある。
 仕損じた魔物をスラが仕留めているのは、戦闘上、とても合理的である。
 あとはお互い距離を縮めれば円満なんだけどなぁ。
「ピ?〈どうした?〉」 と、肩にいるスラが飛び跳ねる。
「なんでもないよ」と、スラの体をなで、この騒動にも微動だにしないで、考え込んでいるテオ兄さんを横目で見た。
 相談したいことがあったけど、この様子では時間がないし、一度、踏破してからだなと思う。
 実は十二階層の地図内に、隠し部屋を発見したのだ。
 魔物の反応はなく、宝箱だけがあるようだ。
 この隠し部屋は、十三階層の階段と真逆に位置するため、休憩中に相談する予定だったが、ここは踏破を優先することにする。