ベビースライムの名前をつけるにあたり、悩みに悩んだ。
悲しいかな、俺のボキャブラリーのなさが露呈した。
候補としてあがった名前がこの三択だった。
スラリン
ピエール
ブルー
ここでまさかの前世の知識が介入。あとは身体的特徴で、あははは……。
頭を悩ませていたら、エマが「スラ様、オークの肉のおかわりいかがですか」と、ベビースライムに声をかけていた。
あれ? 俺? 名前の候補、口に出したかな?
「ピッ!〈いる!〉」と、本人も受け入れているようだし、名前はスラに決定だ。
名付け親となったエマは──ベビースライム様は長い、ベビー様はなんとなく嫌がられる。
スライム様は個人的に嫌。
スライムから二文字取ってスラ様と呼ぼう──と、安易に考えた仮名がまさか本名になるとはと、狼狽していたが、スラ本人も気に入っているようだし、それ採用です。
悩んでいたことが、こうもあっさり解決して、気分が急上昇する。
目の前にあるオークの肉を頬張る。
やはり癖になる味だ。冒険の醍醐味ですね。
前世で例えるなら、某テーマパークで店頭販売され、行列の長さに買うか悩むが、来たからには食べたいと購入して満足するあの商品と一緒なのだ。
すごく具体的な例えだけど、わかってもらえると思う。
食事も一段落したところで、テオ兄さんに呼出された。
「ジーク、迷宮に滞在できるのは、セラ殿の病状を考えれば、あと三日ぐらいだろうか」
「いやテオ、『魔草』で抑えられるぞ。五日は大丈夫だろう。チビの治療のおかげで、腫れも気泡もなくなった。光魔法もマリアンネ嬢のおかげで上達しているしな」
「そうですね。五日は大丈夫でしょうが、腫れないだけで気泡は出ますよ。やはり気泡でも嫌でしょう。早目に踏破する予定でお願いします」
「セラはそれぐらい気にしないぞ。迷宮に長居することは事前に承諾済みだ。できれば腫れる前に踏破してほしいが、腫れてもチビに治療してもらえるからいいってさ。だけど破裂前には帰宅してとのことだ」
「それはまた、ご令嬢としては豪胆だね」
「だろう。さすが俺の妹だ。だからセラを気にして踏破を急がなくてもいい。それよりチビ、俺はお前に聞きたいことがある。お前の治療だが、どういったもんなんだ」
突然の振りに、セラの艶かしい姿を思い出し、声が裏返ってしまう。
「そっそれは、企業秘密です」
「キギョウ? ってか『赤の魔術師』に口止めされてるのはわかるけど、お前もセラも治療の話題になると、極端に動揺して、なぜに頬を染める。現に今のお前も赤いし、動揺している。お前らふたりでなにやってんだ」
「べっ、べつに、いやらしいことなんてしません」
「誰もそんなこと聞いてないだろう。どういうことだ」
「黙秘します」
ニコライの目が笑っていない。
俺、殺される。
あれは治療であって、うしろめたいことなどないはずだ。それに子供の俺にどうこうできるわけはないが、だが言えない。言えるはずがない。
どれだけ脅されても黙秘だ。徹底的に黙秘である。
ヘルプ機能が調査した結果、『吸収』で、あのような快感を感じるのは、相当まれであり、天文学的数字でふたりの魔力の相性がいいとのことだった。
一般的な『吸収』では、日光浴をした感覚の気持ちいいと思うぐらいなのだ。
何歳までこの治療を続けるのかはわからない。セラのレベルが魔力飽和に追いつくまでだ。
たしかに成人になってこの治療をすればいろいろと問題だ。
特に俺が、我慢できるのか自信がない。
それに最近のセラは、顔の腫れも引き、フードをかぶらず顔を出している。
目の前で美少女が口に手をあて、必死に快感に耐えている姿は生々しすぎる。
ニコライと同じ金髪がしっとりと汗をかく姿は、色気ムンムンです。
『吸収』が終わった後は、ふたりしてモジモジしてしまうのは、許してほしい。
治療後すぐに部屋から出ることも考えたが、セラの状態はまさに情事の後である。
隠蔽ではないが、落ち着くまでふたりで何気ない会話をして時間をつぶすのだ。
セラの侍女ハンナは、治療内容をなんとなく察しているようで、俺の治療後は、すぐに風呂と着替えを用意している。
優秀な侍女は口が堅いのだ。
そういえば、事前にマリー姉様からハンナには注意するようにと忠告されていた。
ハンナの俺に対する態度はとても良好である。
どちらかといえば、将来の主人に対するような対応である。
あれ? ハンナ、アーベル家の教育まだだよね。
ドッと嫌な汗が湧いてきた。
***
今後の方針について、テオ兄さんが全員に説明を始める。
「エスタニア王国で開催される武道大会まで、あと一ヶ月。時間がないことも関係しているが、今回のアン・フェンガーの迷宮の目的は、踏破と各々のレベルアップだ。特にディアーナ様への刺客に対する自己防衛は、最低限必要なのはわかるね」
「「はい」」
「いい返事だ。昨日話し合った結果、レベルを重点的に上げようと考えたが、一気に踏破することにした」
「それはどういうことでしょうか」
「迷宮では、踏破すると到達ボーナスがもらえる。これは何度挑戦しても、もらえるものなんだ」
「到達ボーナスを狙うということでしょうか」
「その通り。アン・フェンガーの迷宮は、最下層が十五階だ。それを最低三回繰り返す」
「テオバルト様、迷宮の到達ボーナスは、迷宮の難易度に準ずると習いました。アン・フェンガーの迷宮は、初心者向けの迷宮ですよね。到達ボーナスは期待できないのではないでしょうか」
「そこだよね。ここには『幸運者』の称号持ちのジークがいる。到達ボーナスは、その人の運値に非常に影響されるとの結果が出ているんだ。この意味わかるよね。狙いは『スキル玉』だ」
テオ兄さんの説明にディアーナは納得してうなずき、「ジークベルト様は、称号持ちなのですね」と、俺を尊敬の眼差しで見つめる。俺は苦笑いしつつ、『俺の称号は、幸運者だけではなく、苦労人もあるんだ』と心の中でつぶやいた。
迷宮の到達ボーナスは、一階から最下層までの各階を歩き、最下層まで到達するともらえるのだ。ただその間に階層スポットを使用して、ショートカットをすれば、到達とは満たされず、到達ボーナスはもらえない。ただし、一階から十階まで歩き、階層スポットでいったん迷宮の外に出て、再度十階から挑戦した場合は、もらえるのだ。
どのように判断しているのかは不明だが、踏破の条件として各階の階段を通すことがポイントのような気がする。そして踏破すれば、リセットされる。
ある冒険者が気まぐれで二回目の踏破をした際、到達ボーナスがもらえた。初回ボーナスと考えていた者が多かったため、目からウロコだったようだ。
「効率よく踏破するため、各自のレベルを確認しようと思う。ちなみに僕はLv24だ。ニコライはLv27だったよね」
「この前上がって、Lv28だ」
「あのー。レベルの確認でしたら、ジークベルト様にお尋ねください。ステータス値も正確に教えていただけますし、ハク様やスラ様のレベルもご存じのはずです」
エマが、おずおずと発言する。
あちゃーエマ、そこでその話題出すの。
たしかにレベルやステータス値は、俺が皆に公開していた。お互いの強さがわかれば動きやすいと判断したためだ。
口止めを忘れていた。俺の不手際だ。
「チビ、お前『鑑定』が使えるのか」
「そうですね、使えないこともないです」
「鑑定レベルが低いのかい」
「はい。僕はLv16ですので、テオ兄さんやニコライ様のステータスは確認できません」
ここは鑑定レベルが低いことにしよう。レベルが高い人のステータスは確認できないので、ちょうどいい。俺の隠蔽ステータスに鑑定を追加しないと。
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ご主人様、お任せください。私が追加しておきます。
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ヘルプ機能から報告が入る。
俺がLv15になった時点で、ヘルプ機能は鑑定を使用せずとも自由に発言ができるようになった。
もうこれヘルプ機能ではないよね。俺の役立つ情報や作業を率先してやってくれる。
ヘルプ機能と定着しているが、呼び名も変えたほうがいいよね。
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ヘルプ機能でも、よろしいのですよ。
ご主人様が名前をつけてくださるなら、うれしいです。
できればかわいく清楚で気品がある名前を望みます。
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それもう要望だから。時間が欲しいです。
俺のボキャブラリーのなさは、知っているでしょ。
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はい。もちろんです。
ここで急かして、大変不名誉な名前をつけられたら困ります。
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おいっ。ヘルプ機能!
いくら俺でも常識はある。
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前例があります。
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ぐうの音も出ない。
「テオ兄さん、これが現在の皆のレベルとステータス値です」
魔法袋から、一枚の紙を出しそれぞれのステータス値を書き加える。もちろん、俺とハクのステータス値は隠蔽している。
現在のそれぞれのレベルとステ値はこれである。
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ジークベルト・フォン・アーベル
Lv:16
HP:310/310
MP:1750/1750
魔力:1750
攻撃:310
防御:310
敏捷:310
運:500
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ハク
Lv:11
HP:450/450
MP:370/370
魔力:410
攻撃:330
防御:270
俊敏:480
運:150
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スラ
Lv:1
HP:10/10
MP:10/10
魔力:10
攻撃:10
防御:10
俊敏:10
運:10
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ディアーナ・フォン・エスタニア
Lv:10
HP:68/68
MP:78/78
魔力:84
攻撃:56
防御:61
敏捷:53
運:21
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エマ・グレンジャー
Lv:10
HP:62/62
MP:10/10
魔力:12
攻撃:27
防御:40
敏捷:10
運:8
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エマのステータス値の低さがわかるだろう。
HPと防御、及第点で攻撃以外は壊滅的な低さだ。
Lv1のスラと同じである。
ちなみに、テオ兄さんたちのステータスはこれだ。
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テオバルト・フォン・アーベル
Lv:24
HP:163/163
MP:151/151
魔力:139
攻撃:146
防御:182
敏捷:218
運:84
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ニコライ・フォン・バーデン
Lv:28
HP:198/198
MP:159/159
魔力:140
攻撃:229
防御:154
敏捷:134
運:56
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テオ兄さんは、平均的にステータス値が高く、特に敏捷は群を抜く高さだ。
陰に隠れているけど優秀なのだ。
まぁ理由は、称号『日陰人』の影響が大きいのだろう。
ニコライは、やはりパワー系の魔法戦士だ。攻撃とHPの高さがそれを表している。
「チビ、これまじか……」
「エマのステータスは、絶望的だね。あははははっ。昨日の理由がよくわかったよ。僕の判断は正しいね。ジーク、短剣のスキル玉を絶対に確保するんだ。もしくは身体能力系のスキル玉だ」
ニコライは紙の内容を見て、絶句。
テオ兄さんは、俺の肩をガッチリと掴み、厳命する。
昨日との本気度合いが違う。
初心者の迷宮で、俺の幸運値と称号が、到達ボーナスの獲得にどれだけ影響するかわからないが、かけてみる価値はあるとの話ではなかったか。妙なプレッシャーがかかる。
これも苦労人の称号のせいだ。