セラにとって昨日は興奮した一日だった。
 治療の一環として行われた魔物討伐。
 地下室に充満する血のにおいと瀕死状態の魔物の様は、淑女であれば卒倒するが、セラは自身の皮膚の破裂を幾度か経験しているため、ほぼ動揺しなかった。
 それよりも魔物を倒すという、命を奪う行為に嫌悪感を抱くかとも思ったが、すんなりととどめを刺せた。
 案外、冒険者に向いているのかもしれないと、未来を想像できる心情の変化に驚いた。

「うふふ、お兄様と同じ冒険者になって魔物を倒す。楽しそうだわ」

 レベルが上がり、体調がすこぶるよくなった。
 右頬の腫れも若干引いた気がするし、全身を包んでいた倦怠感も和らいだ。
 長期戦になるが、完治できる病であると『赤の貴公子』は言いきった。
 今日から魔法での治療も始まるとのことだ。
 だが治療内容は、極秘。
 ニコライには内緒で、昨晩『誓約魔書』にサインした。

「勝手に行動したこと、お兄様に怒られるかしら。でもリスクを背負うのはあたり前だわ」

 セラは自分の行動が正しいと、言い聞かせるようにつぶやく。
 タイミングよく扉のノックの音が聞こえた。
 サッとフードをかぶり、ソファに深く座りなおして返事をした。

「はい、どうぞ」

 扉の向こうから銀髪の少年が現れ、セラの心が奪われる。
 なんて綺麗な方なの。きらめく銀髪に吸い込まれそうな紫の瞳、まとっている雰囲気は優しく澄んでいて、まるで物語の王子様みたい。
 この方が、お兄様の話題によく登場するテオバルト様の弟ジークベルト様。

「セラさんだね?」

 間近で聞こえた声に、セラの肩がわずかに上がる。
 セラが思いを馳せている間に、ジークベルトがソファまで来ていたようだ。

「はじめまして、ジークベルト・フォン・アーベルです。今日はあなたの治療に来ました」
「はっ、はじめまして、ジークベルト様。私はセラ・フォン・バーデンです。はい! 聞いております」
「ひとつお願いがあります。今から使用する魔法は他言無用でお願いします。これはセラさんと僕だけの秘密で、ニコライ様にも誰にも話さないでください」
「わかりました」

 セラの返事にジークベルトが、ほっとした顔をした。


 ***


「では早速治療を始めたいと思います。できれば、セラさんの体の一部を触って魔法を使用したいのですが」
「かかっ、からだを、さっ、さ、さ、さわるぅーー!?」
「落ち着いてください。誤解を与える言い方をしました。セラさんの体内にある魔力を僕が『吸収』するので、できれば手などを握らせていただければ、効率よく『吸収』できるのです。すみません。まだこの魔法を使い慣れてなくて、接触がなければ、かなり非効率で時間がかかります。ご負担をかけないためにも、治療と割りきっていただければと」
「治療のためですね。わかりました。よろしくお願いします」

 セラはそう言って手袋をはずし、おずおずと手を出す。
 その手には小さな気泡が複数できていた。
 これが叔父の言っていた気泡か、見た目は小さなニキビのようだ。
 セラは、現在Lv5でMP158/38である。
 MPの回復は、レベルにより個人差はあるが、MP1で五分程度だ。魔力飽和は、そのMP値を超える状態である。
 普通は体内で生み出された魔力が、上限を超えると自然と体外に放出される。
 セラはその放出が著しく低いのだ。そのため、体内に魔力が蓄積され、体調が悪化し気泡ができ、膨らんでいく。
 気泡ができる状態は、MP値が10を超える時である。
 叔父が見た時は、MP163/8だった。
 レベルが上がることで、MP値が増加する。それに合わせ体内で生み出される魔力、体外放出される魔力も増える。すると自然と魔力飽和状態がなくなるとのことだ。
 レベルが上がるまでの間、俺がセラに『吸収』と『低下』を施して、MP回復能力を低下させる。
 特に『低下』することで、MP1の回復時間が一時間となる。丸二日ほどは『吸収』する必要はなくなるが、残念なことに『低下』の持続は、現在一日なのだ。
 これは俺が、呪魔法のスキルを所持できていないからである。
 ただMP値を超える時間は、回復時間と異なるため、猶予はある。
 そのぶんセラにも努力してもらう。
 幸いなことにセラは、魔属性の光に適性があった。光魔法でMPを使用してもらうのだ。

「ごめんなさい。気味が悪いでしょう」
「いえ、謝っていただく必要などありません。がんばっている手ですよ」

 俺は沈んだ声でそう言う彼女の手をそっと両手で包み込むと、フードに視線を合わせ微笑み「では始めますね『吸収』」と声をかけて治療を始める。
 魔力が流れてくるのがわかる。
 うわぁー、この人の魔力、すごく気持ちいい。やべぇー。
 昨日ハクで『吸収』を練習した時とは、だいぶ違う。
 ハクの魔力は温かく、ジワジワと流れる感じだった。
 セラの魔力はふわっとやわらかい。そして癖になるくらい気持ちいい。
 人によって魔力の質が違うようだ。
「んっ、うぅんっ」と、セラの口から艶かしい声が聞こえる。
「えっ」と、思わず両手を放してしまった。
 気まずい空気が流れる。
 セラはフードを目深にかぶっていて表情は見えないが、艶かしい声に本人も戸惑っているようだ。

「すっ、すみません。声が出てしまって……続けてください」
「あっ、はい、続けますね」

 俺は再び手を掴み『吸収』の魔法を使用する。すると握っているセラの手がピクッと動き、空いていたもう片方の手を素早くフードの奥に押し込める。
「んーーんっっ」と、手で押さえても漏れ出る声がひどくエロい。
 これあきらかに……と、精神が大人の俺は察する。
 ただ治療を止めることはできないし、ここは見て見ぬふりをするのが、お互いのためだと判断する。そしてフードから視線を逸らし、煩悩を排除するため、最近あった嫌な出来事を思い出す。
 その間も、俺には癖になるくらい気持ちいい魔力が流れ、すぐそばでは艶かしい声が聞こえた。
 この地獄をMP1になる寸前まで耐えた。
 俺、がんばった。そして子供でよかったと思う。


 その後ヘルプ機能から補足が入る。


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 ご主人様とセラ・フォン・バーデンは、互いの魔力の相性がいいのでしょう。
 特に魔力を吸収されるセラ・フォン・バーデンは、相当な快感を得るようです。

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 俺、ニコライに殺されるかも……。